統一戦線部出身脱北者の目で見た黄炳瑞の訪韓
統一戦線部出身脱北者の目で見れば、黄炳瑞の訪韓と一挙一動は、張成沢処刑ほどの北韓体制の常識に反する巨大事件の連続だ。一言で、類例のない変化だ。その変化が果たして北韓内部の変化から来たものなのか、それとも、韓国との対話のために変化を演出したものなのか…
張真晟
(2014.10. 6)
北韓軍総政治局長の黄炳瑞が金養建と崔龍海などを率いて、アジア競技大会の閉会式に出席するため10月4日、仁川を訪問した。数日前まで、戦争脅迫と核恐喝、何よりも朴槿恵大統領を口汚く非難したのに、あまりにも意外な反轉だ。
何れにせよ、3代世襲以降、北韓の対南行動が金正日政権のときとは違って明確に戦略的一貫性を失った。金正日の存命中は対南‘強硬’の目的は明白だった。対北支援を強要するためか、それとも対外関係に影響を与えるため、または内部結束のための対南脅迫用として戦略的期間の設定や展開の段階がはっきりしていた。
過度の執着力と専門性をもって対南心理戦基地まで動員して、まるで文学的ストーリーを作るように感性的側面まで考慮した。その北韓が金正恩政権に入ってからはあまりにも即興的で惑乱している。
仁川アジア競技大会に派遣する‘美女応援団’問題でも、わずか2日間で協議から取消に急変した。今回の黄炳瑞の訪韓もそうだ。一昨日までは、朴槿恵大統領を猛非難し到底付き合えない勢力と罵倒したのに突然、閉会式への出席を通知してきた。
戦略の混沌はリーダーシップの不在を意味する。金正日の存命中は、北韓の全幹部が自らの責任を提議書をもって金正日に転嫁した。金正日のサインが法であるため、むしろその便利さを最大限に利用し、幹部たちのその服従精神によって安定した‘唯一支配’環境が構築された。
だが、今日の北韓は違う。首領主義の名分を生かして署名の責任は金正恩に転嫁してもその前段階で実権者たちが完璧に決定せねばならない。単に金正恩が年齢ほど権力経験が足りないためではない。
首領という頂点にあらゆる論理を集中させる体制だが、その首領が発言をちょっと誤るだけで体制の基盤が丸ごと揺らぐからだ。‘首領’の思想も容貌も、さらに肥満まで(祖父を)真似せねばならない3代世襲の指導者であるため、党組織指導部はもっと慎重にならざるを得ない。つまり、金正日の党組織指導部は側近たちの離脱を監視したが、金正恩の党組織指導部は、首領の脱線にもっと気を使わねばならない状況だ。
党の組織指導部と宣伝扇動部は、北韓の物理的独裁と感性的独裁の二大軸だ。党の組織指導部と宣伝扇動部は今までの十分な経験と組織力をもって一応は金正恩の首領演出を操作できるが、問題は対内外政策のような国政運営の実務領域だ。
先月、姜錫柱が欧州歴訪を強行したのも、そういう権力内部の悩みを余すところなく見せてくれる。金日成と金正日政権のときは、一介の幹部が北韓政権の代弁人の資格で、いろんな国々を長期間外交歴訪した例があったのか?
今回の黄炳瑞の訪韓に対して韓国の言論媒体らは、金正恩の特使であると言い金正恩のリーダーシップの安定を広報してしるが、なぜそこまで軽率な判断をするのか理解し難い。逆に、黄炳瑞は金正日政権のとき訪韓した朴載慶軍宣伝副局長より地位は高いが、首領特使の格は低い。
その根拠として、第一、黄炳瑞が警護員を公開的に帯同して現れたことだ。北韓での警護とは首領のみの独占物だ。外部世界で思うように権力の第2人者、3人者を容認しない権力牽制の原則のためだ。首領への忠誠誇示のための謙虚競争が体質化された北韓の幹部たちなので、仮に警護員を付けてくれても絶対に断わるのが正常だ。
張成沢が適当に拍手をしたのも不敬罪で処刑する北韓だからこそ、忠臣ならあり得ない破倫だ。黄炳瑞が背広を着た警護員を連れて仁川空港に現れたのは、首領神格化への違反を超えて露骨な権力の誇示だ。
第二は、金正恩の専用機で来たにも拘らず、代表団の訪韓中、金正恩神格化が全く強調されなかったことだ。金正日時代なら専用機の配慮からはじめ、北韓の体育人たちに与える現場での感謝文の伝達など、自由社会の前で最大限の神格化宣伝の効果を狙ったはずだ。
なのに、黄炳瑞は金正恩の名前を省略した奨励で北側の体育人たちに会い、記者たちの前でも金正恩が北側体育人たちを祝賀するよう専用機まで出して下さったという当然の発言も全くしなかった。
第三に、北韓メディアの様態だ。もし、当初から金正恩のリーダーシップ宣伝のための訪韓だったら、体育人たちを激励するために、自ら専用機を出して下さったとあらゆる美辞を動員して大騒ぎをするはずだ。しかし、労働党宣伝扇動部は黄炳瑞と崔龍海、金養建が訪韓するという事実伝達の短い報道だけをした。
第四は、黄炳瑞一行が金正恩の身辺異常説を事実として確認してくれた。柳吉在統一部長官が金正恩の健康を案ずるや崔龍海は大丈夫だとだけ答えた。実は、北韓では首領の身辺異常説は‘最高の尊厳’への冒涜に該当する発言だ。
本来なら怒るか断固と一蹴せねばならないのに、崔龍海は質問に答える程度で非常に穏やかに対応した。これは、特に敵国で‘最高尊厳’を守護せねばならない労働党員としての良心と道理の逸脱だ。
このような推測に基づいて、われわれは 黄炳瑞の訪韓で大きく3つに注目しなければならない。
第一、対南秘書である金養建や国家体育指導委員会の委員長である崔龍海だけが閉幕式に来ても十分なのに、あえて黄炳瑞総政治局を団長にして派手に代表団を構成したことだ。
北韓側が本当に南北高位級会談をもって情勢の突破を狙うなら、黄炳瑞の存在を最大限に温存させておいて、段階的手順を踏んで最終的に出しても良いはずなのに、性急に登場させた。過去のように周密な戦略的な打算や名分、部分的な飛躍のような計算がなく、文字通り太っ腹な訪韓をしたわけだが、そこに比べて内容は非常に空虚だ。
第二は、黄炳瑞が軍服を着て仁川に来たことだ。北韓が南北関係において非常に節制する部分が軍事代表団の派遣だ。北韓の立場では、戦略的主導権は平和への脅迫しか持っていないため、そのカードを最大化するためなのだ。
その北韓が、仁川アジア競技大会の閉会式に参加を名分にした訪韓代表団に、北韓軍を代表する総政治局長を入れた。今まで、首領唯一指導体制くらい、対南関係において厳格に遵守されてきた民・軍の二重戦略のリズムを完全に壊してしまったのだ。
第三に、北韓代表団の穏やかな表情だ。戦略的に何かの目的を用意してきたら、面談対象と内容、雰囲気、もっと具体的には、記者たちの質問内容に応じて準備された心理戦的表情に変わるのが、そもそも伝統的な北韓代表団の訪韓戦術でかつ対応戦略だ。
だが、黄炳瑞からがお人よしの笑顔と平穏さで一貫した。さらに歓談という用語も使用したが、仮に、その歓談が外交的修辞だとしても、表情は品位を守らねばならないのに、卑屈にさせ見えた。
現在、韓国のメディアは、金正恩の特使だの、体制安定を誇示するための訪韓だのと騒ぎながら、北側が逃してしまった宣伝まで代わりに熱心に広報しはしゃいでいる。金正日の長期独裁によって北韓住民よりも、韓国の言論媒体や学者たちがもっと洗脳されたようだ。
統一戦線部出身脱北者の目で見れば、黄炳瑞の訪韓と一挙一動は、張成沢処刑ほどの北韓体制の常識に反する巨大事件の連続だ。一言で、類例のない変化だ。その変化が果たして北韓内部の変化から来たものなのか、それとも、韓国との対話のために変化を演出したものなのか…
もし、後者であれば、いくら中国の実用政策によって無視され、米国の北核+人権圧迫に追われ、日本とは拉致問題の壁に阻まれ、姜錫柱の欧州行脚が失敗した北韓政権でも、韓国のマスコミが評価するように建国以来最高の代表団ではなく、最初の対南屈従であるわけだ。
www.chogabje.com2014-10-05 23:34