鈴置高史著『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』を読んで

(2014. 6. 2) 

 

 レーダーの第2回として書評を載せたい。オバマ米大統領は先月(4月23~25日)日本を国賓として訪問した後、韓国を25~26日に訪問した。今回書評として取り上げる本書は、オバマ訪韓の直前に発売されたもので、極めてタイムリーな出版であったと言える。本書はタイトルが刺激的であるのに留まらず、内容もまた刺激的で且つスケールが大きく、正に「巻措く与わず」の感がある。『日経ビジネス』の電子サイトで最高のアプローチ数を誇るだけのことはある。

 

 本書は日経ビジネスオンラインに2013年10月から14年3月まで「早読み 深読み 朝鮮半島」として連載された記事に加筆・修正し、本にしたものである。急速に立ち位置を変える、即ち“離米従中”の動きをとる韓国の外交姿勢を分析したシリーズの3作目になる。

ちなみに、これまでのシリーズのタイトルと内容を簡単に紹介しておきたい。1作目の『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』(13年2月刊)は、韓国が中国に傾斜する兆しを記している。2作目の『中国という蟻地獄に落ちた韓国』(13年11月刊)は朴槿恵政権の思いがけない速さの“離米従中”を描いている。3作目の本書では主に韓国と米中の駆け引きを書いたものである。注目すべきは、シリーズ刊行前の10年11月に刊行された小説『朝鮮半島201Z年』であろう。そこで著者が近未来小説の形で展開させた事態がその後韓国で正に展開している事態と大きく重なっていたのである。著者は事態の推移を正確に予測していたと言える。これらの刊行物は現在の朝鮮半島の動きをリアルタイムで読者に伝える啓蒙書ともなっている。

 

著者鈴置高史氏の経歴を簡単に見ておきたい。鈴置氏は現在日経新聞の論説委員である。1977年日経新聞に入社。大阪経済部等を経て、ソウル特派員(87~92年)、ハーバート大学日米関係プログラム研究委員(95~96年)、香港特派員(99~2003年と06~08年)、経済解説部長(04~05年)等を歴任している。評者の印象では、香港時代の自由な取材活動が著者のその後のスケールの大きい構想力を培ったようである。著者は02年に「中国の工場現場を歩き中国経済の勃興を描いた」としてボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。著者はまた『現代コリア』とも関係が深く、編集委員として雑誌作りにも関与した。

 

本書の内容について、以下簡単に紹介したい。タイトルを見るだけでも、刺激的な内容であることが想像できよう。プロローグ 韓国の二股外交についに怒った米国。第1章 日米同盟強化で逆切れした韓国、第1節「だったら、中国と同盟を結ぶ」、第2節逆切れの韓国、卑日で正面突破、第3節「異様な反日」を生む「絶望的な恐中」、第4節「明清G2時代」再び。第2章 中国からも裏切られた、第1節似て非なる中国の“識別圏、”第2節読み違えた中国、その掌に乗った韓国、第3節天動説で四面楚歌に陥った韓国、第4節「二股外交はやめよ」と韓国を叱った米副大統領、第5節靖国で「しめた!」と叫んだ韓国だが……。第3章 不気味に揺れる北朝鮮、第1節親中派の張成沢が粛清、第2節中国頼みのクーデター、第3節北も南も中国の属国だ。第4章 袋小路の朴槿恵外交、第1節「日本は冷たくなった」と怒る韓国人、第2節「韓中連合軍は無敵」と信じる韓国人、第3節安倍の次の悪役は金正恩、第4節「歴史は棚上げせよ」と命じた米国。エピローグ 「米国の怒り」を日本のメディアで知った韓国人。

 

本書の特徴を紹介するにあたり、先ずプロローグの内容に触れておきたい。著者がもっとも言いたいこと、即ちメッセージが詰まっており、極めて印象的でもあるからだ。

「米国が韓国に怒り出した。朴槿恵政権が中国の顔色をうかがい、米国の要求を無視するようになったからだ。米韓の亀裂を見てとった中国は、しめたとばかりに間に割って入る。朝鮮戦争後に固まり、60年間も続いてきた東アジアの勢力均衡が今、崩れ始めた。米国が堪忍袋の緒を切ったのは、2013年9月のヘーゲル国防長官の訪韓からだ。この時、米国はミサイル防衛網(MD)への参加や、米日韓の3国軍事協力体制の強化を韓国に呼びかけた。これに対し朴槿恵大統領は『日本の従軍慰安婦』を持ち出し、すべて断った。さらに青瓦台(大統領府)は『米国の要請は拒否した』と会談内容を公開した。……なぜ、韓国政府はそれほどまでに強情なのだろうか。一言で答えれば、台頭する中国に睨まれるのが怖いのだ。新羅以来、朝鮮半島の王朝は中華王朝の属国だった。隣の超大国に逆らって侵攻されたこともしばしばだ。中国人も韓国人も『韓国が中国に従うのは当然』と思っているフシがある。……21世紀の“明清交代期(=米中の勢力逆転…評者注)“も二股でしのぎ、両大国の対立を利用して獲れるものは獲ろう、というのが韓国の今の空気だ。……朴槿恵大統領は「米中等距離外交」と「核武装」の権利を獲得するため、米国にチキンゲームを挑み始めたのだ。注意すべきは、ゲームの環境が急速に変わっていることだ。……『朴槿恵の異様な反日』に驚く日本人の目には、日韓関係の悪化ばかりが大きく映っている。しかし『日韓』は、米国の力と意志の衰えにより『世界』で始まった地殻変動の一部にすぎない。全体像を見失ってはならない。このまま行くと米国と韓国が同盟関係を打ち切ることだってあり得る。もちろんそれは日本が大陸に向き合う最前線国家になることを意味する」

引用が少々長くなってしまったが、プロローグの内容は実に興味深く、且つ重いメッセージとなっている。米韓の対立、日韓関係の冷却化、韓国の対中接近、中国からの秋波等々、韓国を取り巻く現在の諸情勢は、著者の見方を踏まえれば相互の連関が容易に理解できる。それが本書の魅力でもある。

本書の特徴の第一は、最近の韓国の外交スタンスの変化について、歴史的事実を踏まえ説明に成功している点である。韓国の外交スタンスの変化にいち早く気が付いた著者は、幅広い観点からその変化の根源を考察し、今まで一部歴史学者の世界での言葉であった“明清交代期”を取り込み、スケールの大きい構想に仕立て上げたのである。それが“離米従中”のドラマであった。著者の韓国史に対する強い探求心該博な知識の成果でもある。

韓国が“離米従中”に至った変化には、韓国人の意識の中にある歴史的DNAの存在を著者は指摘する。この点と関連して特に興味深いのは、17世紀にあった明清交代期での体験である。この時韓国は上手く対処できず「丙子胡乱」という大変な民族的屈辱を被った。その体験は韓国人にとってトラウマとなっていた。中国の台頭と米国の没落という世界史的変化を目の当たりにして、韓国は二度と失敗しないよう新しい権力者に取り入ろうとしているのが今の韓国である。中国という巨大な帝国と隣合わさった韓国の厳しい地政学的位置を思わざるを得ない。

第2の特徴として、著者は“離米従中”路線が朴槿恵政権下で強まるとみていることである。かつて反米自主外交を標榜して当選した盧武鉉大統領は政権基盤の労組や農民の反対を押し切って韓米FTAを締結したが、その背景に在韓米軍の1個師団撤退という米国からの圧力があり、盧武鉉政権は韓米FTAを締結することで米国に対し、恭順の意を示さざるを得なかった。この著者の見方は盧武鉉大統領の変節を不思議に思っていた評者にとって“目からうろこ”でもあった。問題は今の朴槿恵政権が米国からの圧力にどう対応するかである。盧武鉉政権とは違うというのが著者の見方である。著者は「今度は、韓国が逆切れして一気に米国から離れるかもしれません。理由は二つあります。いまはもう、国の安全保障を中国に託すという手があるからです。少なくとも韓国は『中国カード』を使って、米国の威嚇に対抗することができます。中国もそれをバックアップし始めました。もう一つの理由は朴槿恵大統領の個性です。非常に頑固な性格で、一度決めた方針をまず変えません。ここが盧武鉉元大統領とは大きく異なります。半島情勢は極めて流動的な局面に入ったのです」極めて重大な指摘である。

第3の特徴として、本書では読者からの質問への回答や各分野の専門家との対談も組まれ、著者の“離米従中”の見方をより分かりやすく浮き彫りにさせていることである。韓国政治の専門家である木村幹神戸大学大学院教授はシリーズによく登場する。今回には木村教授以外に、北朝鮮問題の専門家として荒木和博拓大教授が、防空識別圏問題で安全保障問題の専門家B氏等も対談の相手として登場している。特に中国が13年11月に突然宣言した東シナ海の防衛識別圏についてのB氏の説明は明快である。

 

以上、本書の特徴について3点指摘しておいたが、気になる点がないではない。これは著者の責任ではないのだが、“離米従中”外交路線に対し、当事者である韓国人がどれ程真剣に向き合あっているのか、疑問なしとしないのである。“離米従中”政策は韓国にとって極めて重要な国家方針の選択であるが、その原因になっている現代の“明清交代”、即ち、凋落する米国から台頭する中国への覇権の移動についての展望、或いは韓国が米中二股外交を推進することによる得失について、韓国人自身による議論や考察があまりなされていないような印象を受ける。極めて重要な問題であるだけに、韓国人自身による真剣な議論と考察が早急になされていく必要がある。

 

本書の内容は韓国でもようやく話題になり始めているようである。韓国人が議論の中に加わっていけば、面白い展開も期待できよう。今後も著者のリアルタイムの解説と分析が楽しみでもある。著者の筆法がますます冴えていくよう期待し、擱筆したい。

更新日:2022年6月24日