北朝鮮 清津でコメ騒動

東北アジア資料センター代表 花房征夫

(2008. 4.25)

 

北朝鮮版コメ騒動が勃発

 今年の3月4日、咸鏡北道都清津市スナン総合市場で北朝鮮版「コメ騒動」が起きた。この日、地元の官憲は「市場で働く50歳未満の女性の就業禁止」の中央指令に基づき、当該女性の拘束などに動いたようだ。これに対してスナン市場ではこれに抗議する女性が瞬く間に数千人規模に増え、一時は不測の事態まで想定されたという。

 彼女らは異口同音に「家には食べものがない。これでは餓死しかない。前のように年齢に関係なく市場で働ける制度に戻してくれ」と訴えたという。

 地元の咸鏡北道・労働党道委員会は緊急会議を招集、「清津では配給制度が絶えて久しい。取り締まると餓死者でて騒ぎになりかねない。市場で母親が働けないと男性労働者に影響して、金策製鉄所など主要工場維持にも支障を来たす「従来通り、年齢に関係なく市場の女性就業を認めてくれ」とピョンヤンの党中央委員会に建議したという。

 この結果、清津市場では50歳未満の女性の就業が認められた。住民の直接行動が中央の取り締まり方針を覆した珍しいケースで、今後、この種の住民による抵抗などがどう推移するのか注目される(連合08・03・13)。

 それだけに北朝鮮当局は社会不安を助長しかねない脱北者増加や地域住民の集団行動阻止などに躍起のようだ。情報誌「良き友」の3月5日付けニュースレター(114号)によると「2月20日、食糧を求めて中国に不法出国した女性13人と男性2人が国境の咸鏡北道穏城郡で公開処刑」された。問題の15人を橋上に並べ次々に射殺したので、動員されて目撃した住民の中にはショックで倒れたり「余りにも厳しすぎる」「食えないから越境したのではないか」と涙を流した住民もあったと伝えている。

 

1.コメの価格3倍に暴騰、トウモロコシは5倍

 国連下部組織の世界食糧機構(WFP)アジア局長は4月16日、「北朝鮮は昨年夏の洪水の影響によって、総人口の1/3相当の650万人が飢餓線上にある」と警告した。深刻な北朝鮮の食糧問題の打開は、外部世界の迅速な大規模支援に加えて、北朝鮮当局が透明性のある「モニタリング」を導入して、貧しい人々に援助物資が届くようにすることが大事だと訴えた(連合08・04・17) 

 韓国で北朝鮮の食糧問題を継続して追跡しているのが、仏教系の市民団体(NGO)「良き友」の人々である。

 この民間団体は4月18日号(120号)の最新版に、主要都市でのコメ、トウモロコシの狂乱物価状態(表1参照)をリアルタイムで報じている。資料によると、コメの物価は1年前に比べて3倍以上急騰し、地域的には江華島に近い海州が2,750ウォン台で最も高く、東海岸咸興の2,600~700ウォン、首都ピョンヤンや元山、会寧などの2,500~600ウォン台と続いている。このように北朝鮮では現在、全土で穀物価格が暴騰して、コメは月給の全部を注ぎ込んでも2キロ程度しか買えない状態である。ちなみにコメの値段は1年前は850ウォンであったから、わずか1年間で3倍に狂騰し、とりわけ今春の高騰が目立っている。

 深刻なことは、庶民の主食であるトウモロコシの価格が暴騰していることだ。トウモロコシは粉にして餃子、だんご、パンなどにして食べるが、トウモロコシは値段がコメの1/3程度と割安なので庶民の主食になってきた。そのトーモロコシの値段が1年前(約300ウォン)に比べると、現在5倍以上に狂騰している。

 前述の情報誌「良き友」によると、トウモロコシ(1キロ)の最高地帯はコメと同じく港町・海州で1,700ウォン、首都ピョンヤンや元山では1,000~1,500、黄海道の沙里院1,300、延辺対岸の会寧1,100などだという(いずれもウォン)。

 このように今春からの北朝鮮の穀物は大暴騰で、他国ならば暴動に発展するであろう。北朝鮮の人間は誰しも、90年代後半に経験した、300万人が餓死した悪夢、「苦難の行軍」時代の再来を噂して、極度の不安に陥っていると脱北者などが伝えている。彼らは麦が出てくる7月半まで食いつなぐことに必死のようである。

 今回の食糧危機は北朝鮮のエリート層も直撃している。「良き友」3.12(116号)は、ピョンヤンで「3月から配給中止」と衝撃的なニュースを報じ、配給中止は9月まで継続するというから、ただ事ではない。一般庶民などへの配給停止は10年以上前からであるが、今回の危機は首都ピョンヤンにも飛び火して、食糧危機の矛盾が権力内部に拡がっていることが明らかとなった。

 

2.食糧暴騰の背景

① 大水害のインパクト

 コメやトウモロコシなどの主穀暴騰の第1要因は、昨年8月中旬の大水害の後遺症である。このときは「40年に1度」という大豪雨が穀倉地帯、黄海南・北道や平安南道を直撃して、農耕地が砂利で埋め尽くされた。北朝鮮当局は「民・官・軍に総動員令」をかけて水害復旧を急がせたが、ハゲ山から流出した砂利堆積被害は深刻で、コメの作柄は最悪になった。

 当時、水害によるコメ被害は10万トンなどと報じられたが、実際はその何倍にもなったようだ。WFPなど国際組織は、このときの被害規模を25万トン程度と見ているから、100~150万トン規模の可能性がある。この結果、この結果、北朝鮮にはコメの在庫が枯渇し、企業も個人もコメびつにはコメはない。したがって金正日の守護神である軍隊でも備蓄米を取り崩す騒ぎが起きている。

 

②世界的な穀物価格急騰

 第2の食糧価格高騰要因は、世界的食糧価格の高騰である。北朝鮮は大半が山岳地帯のため耕地面積は少なく、食糧自給は困難である。加えていまや過去の遺物になった集団農場の経営方式に未だにこだわっているため勤労意欲喪失で、増産など望めない。そのため必要食糧の30~40%程度は中国(トウモロコシが多い)、ベトナム、タイなど穀物輸出国から確保していている。近年は余剰米であるが韓国からのコメ援助の重要性が増している。

 しかし、海外農産物が現在、大異変をきたている。東南アジアのコメ価格は年初来で30~40%も高騰、さらに暴騰の形勢である。そのため世界最大級のコメ輸入国フィリピンでは、米穀商に抗議デモ隊が押しかけ、一大政治問題になった。

 そして共産ゲリラが米穀商の車両を襲撃するので、コメ輸送には軍隊まで動員される騒ぎになっている。高騰を続ける農産物はコメだけではない。昨年、トウモロコシの価格は62%、大豆の価格も31%跳ね上がり、小麦の価格は今年3月末に前年比90%ほど上昇した。

 干ばつや大雪などで生産量が減っている一方で、トウモロコシなどを利用するエタノール生産が増加し、中国やインドなどでは経済発展の成果で食糧需要の増大が続き、肉などの食料高度化が進行している。また最近はドル安の結果、行き場を失った投資家らが「食糧買い占め」に乗りだしたので、価格高騰はさらに続く見通しだ。

 

③ 中国の食糧輸出抑制策がスタート 

 暴騰の第3要因は、主要供給国・中国における緊迫した食糧事情と対外政策の転換だ。中国からの対北朝鮮食糧輸出(2007年)は15万トン程度だから、それほどの規模ではない。

 中国の対北食糧貿易ルートは以下の通りである。

 200万人という中国朝鮮族の親族訪問はコメ、トウモロコシなどの穀物贈与が多い。さらに統計に載らない零細な国境取引(ポッタリチャンサ・担ぎ屋)が多いことは、図們、長白などの中朝国境に出向けば、簡単に目撃出来るであろう。

 対北食糧の密輸も公然の秘密だし、豚肉、缶詰、各種菓子類、冷凍食品、インスタント食品など各種の加工食料品まで合わせると、中国は以前も現在も、北朝鮮にとって最大の食糧供給国である。

 その中国が、今年はじめから北京五輪大会の対策もあって、自らの食糧確保に動き出し、主要食糧に輸出関税を賦課している。

 輸出関税率はコメ5%、トウモロコシ20%、小麦粉20~25%と高率なのが特徴で、その分だけ食糧価格は押し上げられようになった。同時に中国政府は貿易業者に輸出許可証などを求めるので、中国の対北食糧供給は当面、縮小するしかない。この結果、鴨緑江鉄橋を通る食糧トラックは半減、などと韓国マスコミは報じている。

 北京五輪大会を意識した治安強化も北朝鮮の食糧確保には悪影響を与えている。中国政府は最近、脱北者の取り締まりを強化して国境地域の監視を強めている。そのため国境貿易は萎縮し、食糧の密輸も激減している。

 中国は食糧のみならず、石油など基本エネルギーや衣食住の基礎物資も供給している。しかし石油価格は指摘するまでもなく連日、史上最高値を更新し、代替手段を持たない北朝鮮は中国の石油を市場価格で購入しなければならない。

 加えて昨今の中国は、消費物資、日常雑貨などのインフレが悪化し、今年1~3月期の消費者物価は8.3%に上昇している(「毎日新聞」08・4・15日)。こうして中国の北朝鮮向け製品は軒並みに高騰し、コメをはじめ日常雑貨や石油、コークスなどに対し、なけなしの外貨を投入せざるを得ないのが昨今の北朝鮮の現実である。

 

④  同一民族・韓国の食糧や肥料などの対北支援の中断が挙げられる。

 韓国は金大中政権以来、北朝鮮が核実験した2006年を唯一の例外にして、毎年40万~50万トンのコメ支援を10年以上、実施してきた。親北政権の盧武鉉前大統領は米50万トン、肥料40万トンに使う南北協力基金1,974億ウォンをいち早く計上したので、李明博大統領の指示があれば、コメや肥料は直ちに北朝鮮港に輸送できる状態になっている。

 韓国の対北食糧支援は例年ならば2,3月に確定し、4月は毎年、援助物資の運搬時期となっていた。今年は先行き不透明だ。韓国の李明博大統領は、北朝鮮核の廃絶を重視して「非核・開放・3000」という新南北方針を掲げている。日韓首脳会談でも「朝鮮半島の非核化は北東アジアの平和と安定に不可欠」と強調している。

 北の金正日最高指導者は、李明博大統領のこうした相互主義の交渉スタイルに激怒し、「民族反逆者」「逆徒」とと糾弾しながら、ミサイルを韓国に向け発射して恫喝している。このように南北交渉は当分「波高し」の状態で、金大中、盧武鉉時代の安易な対北朝鮮援助は過去のものになった。

 今、北朝鮮の農業は苗代作りの時期である。肥料、苗代用ビニール資材、種もみなどが必要だが、肥料40万トンも含めた各種の農業資材は韓国から持ち込まれていただけに、新規の確保は困難だ。各道党幹部は、貿易関係者を中国隣接都市の新義州に派遣して、各種農業資材の確保に奔走しているが、必要資材は殆ど集まっていないようである。

 韓国肥料の援助中断の影響が大きく、今秋のコメ、トウモロコシなどの作柄に悪影響を与えることが懸念される。半世紀ぶりとされた大水害の復旧も進んでないようだ。建設機械が不足ているだけでなく、燃料のガソリン不足も恒常化している。李明博政権の対北朝鮮政策と援助物資の動きが金正日政権に大きな影響を与えそうである。

 

 

増える工場離脱者

 ところで今回の北朝鮮食糧問題では、90年代で起きた餓死時代と異なる、地域住民の動揺、抵抗などを引き起こし、世界に報じられている。冒頭で述べた「清津コメ騒動」などその典型である。

 主要工場労働者の離脱現象なども注目すべき事例だ。例えば、咸鏡北道清津にある金策製鉄所では出勤しない労働者が増え、早退者なども珍しくないようだ。彼らは形式的な出勤を止めて、代わりに市場などに出て自転車での運搬などでカネを稼ぎ、背負子(チゲクン)やリヤカーの荷物運びをし、市場で働く妻の補助的労働を行っている。

 工場労働者の離脱は、地域社会や工場での金正日の統制力低下を意味する。そこで工場内の党組織などは巡察隊を出して職場復帰や工場秩序の維持に努めていて、時には拘束までして規律維持を図っているが、肝心の労働者側には工場に出ても1000ウォン程度の賃金にならないからトウモロコシを1キロも買えない。そんなことで地方では地域官憲や党の企業管理者などとの葛藤が増えて、サボタージュも珍しくないとのことだ。

 

このような大量餓死可能性は低いか?

 このように北朝鮮では、食糧危機と連動して注目すべき現象が動き出しているが、90年代中ばに起きたような「大量の餓死者は起きないのでは」と北朝鮮専門家の大方は予測している。

 理由の一つは90年代で餓死したときの「学習効果」である。生き残った庶民はこのときから10年以上、必死自助努力を重ねて生存のノウハウを蓄積してきた。「現在の人達は、当局の取り締まりがどうあれ、生きる意欲、方法は普通でなく、座して死を待つような人々ではない」という点で専門家の見解は一致している。

 もう1つは市場機能が作用していることである。現在、殆どの北朝鮮住民は市場から食糧や日常雑貨を調達、生活している。そして卸売り業者や流通業者なども市場価格んどの動向を見ながら製品出荷し、在庫管理を行っている。したがって物不足や高い利益が出せる物資が現れると、卸業者たちは中国との取引ルートを総動員して、必要物資を確保して、国内に持ち込んでくる。国境を管理する軍隊も「上納」(賄賂)がある限り、物資の往来を妨害することはないので、モノ不足で危機を招く可能性は低い。

 国内でも物資の供給システムは機能して、民活方式の物流業者活動は活発なようだ。北朝鮮の輸送の中心は列車だが、加えてトラック、自転車、牛車、それに背負子など様々な民活の運搬方式が出現して市場の物流機能を支えている。このように北朝鮮市場では「需要と供給」のシステムがそれなりに機能していて、穀物の全面的な途絶などは起きそうもない。コッチェビ(子ども乞食)らも含めた住民の分業が出来ている、と市場事情に詳しい脱北者らが語っている。

 しかし食糧危機は社会不安に直結して、体制問題が浮上と分析する人達も少なくない。金ヨンス韓国・国防大学教授はその1人で、今回の食糧危機は金正日体制崩壊の一段階というシナリオを発表している。金教授は「今後の北朝鮮の体制危機シナリオを次の10段階に分けて、①食糧問題の悪化→②北朝鮮住民の動揺→③局地的な騒乱→④北朝鮮軍が出動→⑤騒乱の拡散→-⑥武力鎮圧→⑦全国的な住民蜂起→⑧大量虐殺→⑨国連介入と北朝鮮指導部の分裂→⑩準内戦状況」と展望している。そして現在は第3段階の局地騒乱のプロセスで、以降は短期間で進行する可能性が高い、と説明している。

 

米朝会談の行方とベトナム訪問説の浮上

 北朝鮮食糧問題の解決に向けては、先述の世界食糧機構(WFP)の援助提言など様々な打開策が模索されているが、注目されるのは米国が3月末表明した大規模食糧援助の動きである。ブッシュ政権は米朝シンガポール会談で、北朝鮮が核申告を完全に行えば食糧50万トンの支援が可能と発表(3月.28日)し、ライス国務長官も「テロ支援国家」リストから北朝鮮国名を削除することもありうる」とまで述べている。北朝鮮が戦略的な意志決定の非核路線に踏み切るとは考え難いが、米朝会談の「成果」を求める米国務省は焦っているので、大規模食糧支援構想の展開は要注意である。

  そんな中で金正日総書記の5月ベトナム訪問説が浮上している。 北京の北朝鮮消息筋によると、金総書記のベトナム訪問の主目的は危機状態になるコメの確保で、ベトナムは世界有数コメ供給国なので食糧確保は可能、と金正日は判断しているようだ。そして「従来の南北関係に変更を迫る韓国のコメは受け取らない」と金正日は決定したなどの観測ま流れている。 

  そしてベトナムからの帰路に、胡錦濤と会談して中朝連携を強化し、併せて食糧確保の道をつけるなどの観測も出ている。ちなみに金正日は、最近では2000年5月と2001年1月、2004年4月、2006年1月など4回、中国を訪問している。「中央日報」2008.04.18

 

 

北朝鮮の主穀物価動向(08年4月第2週:6~12)

単位:1キロ 北ウォン

  ピョンヤン 咸興 海州 沙里院 元山 会寧
コメ 2,500 2,600~2,700 2,750 2,100 2,500 2,500
トウモロコシ 1,400~1,500 1,100~1,200 1,500~1,700 1,300 1,400~1,500 1,100

「良き友」(120) 2008年4月18日

更新日:2022年6月24日