「ウクライナ侵攻」は反面教師!?

2022.3.22(岡林弘志)

 

 ロシアによるウクライナ侵攻――。泥沼化の様相を呈しており、20世紀の悪夢をみる心地がする。多くの国がロシアへの経済制裁など厳しく対応している。しかし、大国を仮想敵国とする金正恩・労働党総書記は、「やはり核を持っていないとダメ」とあらためて確信したはずだ。「核・ミサイル強国」を目指す「兵器システム開発5カ年計画」こそが、この独裁体制を守り、存続させるための基盤という考えをますます固めているに違いない。

 

北メデイア、国内でのウクライナ報道なし

 

 「ウクライナ事態の根源は、全的に他国に対する強権と専横をこととしている米国と西側の覇権主義政策にある」(2・28)。北朝鮮外務省が出した談話は、悪いのは侵略したロシアではなく、ウクライナをわが陣営に取り込もうとした米国、西欧の方。全く筋違いだが、北朝鮮は国連総会でのロシア非難声明に反対したたった5カ国のうちの一つであり、その線上にある声明だ。いずれにせよ数少ない“仲間内”を非難できない。

 

 さらに「現実は、主権国家の平和と安全を脅かす米国の一方的かつ二重基準的な政策が存在する限り、世界にはいつになっても平穏が訪れないということをいま一度如実に実証している」(同)。わが北朝鮮も、対話といいながら侵略の準備を着々と進める米国の「二重基準」に苦しめられていると、ついでに米国の対北朝鮮政策も非難している。

 

 北朝鮮は米国を非難するならどんなことでも利用する。今回の声明もその線上だ。絶好の機会であるはずだが、不思議なのはこれまでのところウクライナ事態について、北朝鮮のメディアは国内向けの報道を一切していない。やはり、大国が小国を侵略というところに、戸惑いを感じているのか。

 

 もともと北朝鮮のメディアは、独裁体制のためにならないニュースは取り上げない。今のウクライナをめぐる情勢は、金正恩体制にとってはプラスにならないと判断しているのか。金正恩は、外交関係に触れる度に「我が国の自主権の尊重」、「我々の国権と自主的な発展利益を徹底的に守る」(21・9・29、最高人民会議で)ことを強調してきた。今回の独立国ウクライナへのロシアの侵攻は、まさしく「自主権」の侵害であり、侵略だ。仲間内だとしても、手放しで賛同できる事態ではない。

 

 また、ソ連邦崩壊時にウクライナなどで働いていたソ連の原子力専門家を多数雇い入れ、核開発に拍車をかけた。この中にはウクライナ人もいたといわれ、北朝鮮とロシア、ウクライナの関係は込み入っている。こうした事情も、沈黙の背景にあるのかもしれない。

 

 もっとも、北朝鮮はうわさ社会、口コミが盛んだ。ロシアがウクライナへ攻めていったことは、かなり広まっているようだ。また、労働党の会合などでは、ロシアは戦争中だ。我々も非常事態に備えておくべき、そして反米宣伝の学習が始まったという情報もある。

 

中国は誤算、対応が定まらず

 

 もう一つ、北朝鮮が黙っているのは、中国の動向を見ているのだろう。中国の習近平主席は、先の北京五輪にプーチン大統領を招待し「両国の友好に限界はない。両国が協力するうえで『禁じられた分野』はない」と、蜜月状態を強調する共同声明を出した(2・4)。会談ではウクライナを念頭に、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大はけしからんという点でも一致したようだ。

 

 それからわずか20日ほど後のウクライナ進入。当初、中国は楽観していた。侵攻開始の日、外務省は「支援は必要ない」とコメントしている。また、ウクライナには留学生など6千人の中国人がいたが、侵攻が始まってもしばらく退避勧告を出さなかった。ロシア側の楽観的な情勢分析を鵜呑みにしていたためだ。そのうえ、これまでウクライナとの関係は良好で、習近平が進めてきた「一帯一路」の重要な位置にある。

 

 こうした事情もあり中国の歯切れはよくない。国連総会のロシア非難決議も反対ではなく棄権だった。これは、プーチンが描いたようにウクライナ侵攻が進まなかったためだ。二日もあればウクライナを占領し、人々はロシアを大歓迎する。しかし事態は正反対。ウクライナの抵抗は強く侵攻は手間取っている。そのうえ、国際的な対ロ非難は日増しに強まり、極めて厳しい経済制裁も始まった。

 

 中国とロシアとの交易量は増えているようだが、国家として経済・軍事援助をすれば、国際的な非難は中国にも向く。まさに「火中の栗を拾う」ことになる。バイデン米大統領は、経済制裁にも言及しながら、習近平に直接クギを刺した(3・18)。今年秋の共産党大会で、異例の三期目、恒久政権を目指す習近平にとっては、大きな障害になる。

 

 また、習近平には、ウクライナ侵攻は台湾の強制・軍事力による併合の参考にという思惑もあったかもしれない。しかし事態は逆目に出ている。武力による事態の変更は容易でないという教訓になりつつある。米国・CIA(中央情報局)のウィリアム・バーンズ長官は、議会で「習近平主席は落ち着かない状態だ」と報告した(3・11)。

 

「核を捨てた国は滅ぼされる」「核は守護神」

 

 北朝鮮は中国に生殺与奪の権を握られている。中国の思惑を越えて、これ以上プーチンの肩を持つわけにはいかない。それでプラスになる事は何もない。沈黙せざるを得ないのだろう。今回の事態で、まず金正恩の頭に浮かんだのは「核を捨てた国は滅ぼされる」という“教訓”だろう。というのは、かつてウクライナは「核保有国」、のちに核廃棄をした国だからだ。

 

 ソ連邦が崩壊した時、連邦に属していたウクライナは核兵器開発や原子力発電の一大拠点だった。ご存じのように、過去最大の原発事故(1986)を起こしたチェルノブイリ発電所はウクライナ国内にある。そしてソ連が製造した核爆弾が1000発以上もあったという。米ロに次ぎ、英仏より多い数を有していたのである。しかし、1994年のウクライナと米ロ英による「ブダペスト覚書」によって、ウクライナなどの領土、主権を守る代わりに核兵器を放棄することになった。実際に1996年に非核化が実行された。

 

 それから8年後、プーチンは、ウクライナのクリミアを略奪(2014)するなど「主権」を犯し、今回はウクライナ全体への侵攻、さらには核兵器の使用までちらつかせて脅している。世界の大国がサインした「覚書」は、紙っぺらになってしまった。米朝首脳会談で、トランプ前大統領は核を放棄すれば、主権を認め、経済発展のため全面的な援助をすると言ったが、信じなくてよかった。金正恩は改めて思っているだろう。

 

 今回のウクライナ侵攻は核兵器の有無が大きな理由ではないが、金正恩から見ると、核放棄が今回の侵攻を招いたと見える。カダフィのリビアやフセインのイラクに続いて、3番目の反面教師である。やはり、核は「体制の守護神」。何が何でも、核・ミサイル開発の手を緩めてはならない。それに、核を持っていれば、相手を脅すことさえ出来るのだ。

 

 改めて、金正恩は昨年1月の第8回労働党大会で決定した「国防科学発展及び兵器システム開発5か年計画」の正当性をかみしめているに違いない。米国が北朝鮮を侵略しないように米大陸にまで届くICBM(大陸間弾道弾)の完成は急務と自らに言い聞かせているに違いない。

 

 ちなみに「5カ年計画」は、①核兵器の小型・軽量化と超大型核弾頭の生産②極超音速滑空ミサイルの導入③15,000kmの射程圏内を正確に打撃できる長距離弾道ミサイル(ICBM)の保有④原子力潜水艦と潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の保有⑤軍事偵察衛星の保有――の5つの課題からなっている。なんとも壮大だ。これが実現すれば金正恩が誇るまさに「軍事強国」「核大国」だ。

 

大陸間弾道弾の開発を誇示

 

 「平壌の順安付近から発射した未詳の飛翔(ひしょう)体は、高度が20キロにも達しない初期段階で爆発した」(3・16)――韓国軍当局は、北朝鮮が同日16日午前9時半ごろ発射したミサイルが失敗したことを明らかにした。発射直後に爆発したため正体は掴みにくい。ただ、直近の2回(2・27、3・5)について、北朝鮮は「偵察衛星開発のための重要実験」と公表している。今回も同じ平壌郊外の順安飛行場からの発射で、同じ機種と見ている。ただ、今回北朝鮮の発表はない。

 

 なお、北朝鮮は「偵察衛星打上げ用」というが、日米韓の防衛当局は新型ICBM(大陸間弾道弾)、2020年10月の軍事パレードで公開した「火星17」と同型と見ている。車軸11輪の大型車両に載せられて登場、偉容を誇示したものだ。ここ2回の実験は高度550~600km、飛距離300kmと中距離ミサイル級だったが、完成すれば、米本土を射程に収める能力を持つと専門家は分析する。

 

 「朝鮮の国威にふさわしく、将来の宇宙征服の前哨基地に立派に変転させる」(3・11)。金正恩は、ミサイル発射と時を同じくして、北西部の東倉里・西海衛星発射場を視察(3・11)。施設を「大型運搬ロケットを打ち上げられるよう近代的に改修、拡張する」よう指示し、壮大な夢を語った。しかし、このための大型ロケットとICBMは技術的にほとんど同じ。金正恩は、それこそが米国の侵略を防ぎ、米国に恐怖を感じさせて、交渉する際の文字通り「武器」になると、開発を急いでいるのだろう。

 

 順安飛行場付近では、次の発射準備が始まったという情報もある。来月の金日成生誕110年(4・15)前後に、「人工衛星」と称して、ICBMを打ち上げる。日米韓の専門家の予測だ。北朝鮮は、今年になってすでに10回、各種ミサイルの発射実験を行なった。いつになく速いペースだ。経済的自立はますます困難になる中、「核・ミサイル」だけが、独裁体制の求心力を持つと信じてのことだろう。

 

プーチンは独裁体制の危うさを実証

 

 話をロシアのウクライナ侵攻に戻すと、プーチンは反面教師として多くの教訓を残しつつある。ロシア軍の戦力と国内の世論操作能力を過大評価。そしてウクライナの抵抗力、国際的な非難・経済制裁の過小評価‥‥。いずれも周辺に集めたごますりによる情報を鵜呑みにしたためだ。独裁体制は必ず過ちを犯すという法則の標本になってしまった。

 

 これから、ロシア国内の経済難はさらに厳しくなる。プーチンは、大量の天然ガスや原油をロシアから輸入しているドイツやフランスなどは輸入禁止の経済制裁は出来ない、ロシアへの進出企業も撤退しないとたかをくくっていたようだ。しかし、かつてないほどの国際的な経済制裁が短期間のうちに始まった。すでにルーブル貨は急落、生活物資不足、インフレがはじまり、さらに加速する。ロシアの人々の生活は困難を増す。独裁は自国民も犠牲にする。

 

 いまやIT時代。スマホで撮ったロシア攻撃によるウクライナ人の犠牲や各種施設、住宅の惨状は、瞬く間に世界中に広がり、プーチンの残酷さを際立たせ、印象付ける。ロシアも様々なプロパガンダをしてようだが、再生数はごくわずか、とても追いつかない。宣伝戦では圧倒的にロシアは劣っている。また、西側からのサイバー攻撃も盛んと言われる。21世紀の戦争の一断面だ。

 

 プーチンは、旧ソ連の「大国意識」にとらわれている。しかし、ロシアは経済大国ではない。面積はご存じの通り世界一だが、人口は約1億4000万で日本をわずかに上回る程度。GDPは、韓国に次いで11位だ。米国の10分の1でしかない。ただ、広大な国土に眠る石油と天然ガスが経済を支えてきた。輸出量で天然ガスは世界1位、石油は世界2位。国家財政のほぼ半分を占める。今回の経済制裁で輸出は大きく減少し、西欧や日本を含めたアジアのいくつかの国は大きな影響を受ける。しかし、ロシアは最大の金づるを失うなどそれに数倍する損失を被ることになる。

 

 ロシア国内は、厳しい言論統制などにより、プーチンの支持率は高止まりという。いわば官製メディアによる調査、報道なのでどこまで信用できるか不明だ。しかし、これから進む生活苦は隠しようがない。旧ソ連の名誉回復をプーチンに託していたロシアの人々は、それでも我慢してプーチンについていくのか。ロシア問題研究家の中にはプーチン体制の終わりを予測する見方も出ている。

 

「武力赤化統一」の反面教師

 

 今回のプーチンの暴挙から金正恩が学ぶべきはいくつもありそうだ。一つは「武力による赤化統一」は失敗するということだ。この方針は今でも事実上の「国是」だろう。改めて調べてみた。最高法規の労働党規約(2021・1改定)には「朝鮮労働党は、南朝鮮において、全ての外勢を排除し、強力な国防力で根源的な軍事的脅威を制圧‥祖国の平和統一を前に立てて‥民族の共同繁栄を実現する」(前文)とある。

 

 「平和統一」という言葉を使っているが、素直に読めば「強力な国防力」即ち核やミサイルまで持ち出して、軍事的脅威を「制圧」するというのだから、やはり「武力赤化統一」だろう。しかし、ウクライナの例は、軍事力による制圧は大きな抵抗に遭い、たとえ制圧しても統治するのはさらに困難ということを見せつけている。まして韓国においておや。説明するまでもないだろう。「武力赤化統一」は止めた方がいい。

 

 本来、金正恩が最も学ぶべきは独裁体制そのものの危うさだ。プーチンは長い執権の中で、耳に痛い意見を言う側近をことごとく排除・粛清、周りはゴマすりばかり。プーチンが喜びそうな威勢のいい情報、方針が通ってしまう。そして今回の過ちを犯した。しかし、こうした独裁の弊害を正せば、独裁ではなくなる。金正恩の居場所を失う。望むべきもないか。

 

 先にも触れたように「核ミサイルこそが守護神」が唯一の“教訓”になりそうだ。このため、経済制裁、大水害、コロナ鎖国の「三重苦」の中で、金正恩の最大の公約であるはずの「人民生活の向上」はますます遠ざかる。人々は、腹を空かせながら、時々華々しく行なわれる住宅や農場の着工式を見せつけられ、様々な神格化行事に動員され、ますます腹を空かせる。

 

更新日:2022年6月24日