「血統」、実績誇示に懸命だが‥

(2022.2.25)岡林弘志

 

 例年より厳しい寒さの中、「自力更正」はままならず、八方ふさがりの北朝鮮の苦難はさらに増している。人々はどこまで我慢できるか。こんなとき、金正恩・労働党総書記にとって、最も頼りになるのは、核・ミサイル、それ以上に「白頭山の血統」だ。今年は、奇しくも(?)父親・金正日の生誕80年、祖父・金日成の生誕110年という節目に当たる。この際、大々的に祝って、自分も含めた「首領様」の神格化をますます高めなければ、体制の危機を招く。

 

「光明星節」、これは皮肉!?いやいや

 

 「白頭の革命精神で偉大な金正日同志の偉業をあくまで完成させよう」(2・16)。金正恩の父親、金正日総書記の生誕記念(光明星節)の慶祝大会が、「革命の聖地」という白頭山の麓の三池淵市で盛大に行なわれた。例年は、金正恩が遺体を安置してある平壌郊外の金繍山宮殿を参拝していたが、今回は80年という節目を迎え、特別の行事にしたようだ。

 

 「全国の人民は金正日総書記の革命遺産を跳躍台にして、五千年の民族史の最も誇るに足る時代に生きている」。同市近郊の金正日の銅像が建つ広場での式典で「報告」した李日煥・党書記は、当然のことながら、金正日の功績がいかに偉大であり、そのために人民はいま最もいい時代に生きているかを強調した。そして「朝鮮の二月が有している深遠な重さと意義について感激に溢れて刻みつけている」のだという。

 

 具体的には。「わが人民に自存の精神を植え付けて千万金にも換えられない強国建設の第一の元手をもたらしてくれた」ことだ。要するに、金正恩が事あるごとに強調する「自立更正」の基礎をつくってくれた。それが金正日。もっと具体的には、2、3百万人もの餓死者などを出した1990年代後半の「苦難の行軍」を指しているのか。それが今日の「三重苦」の中でも、誇り高く生きていける基礎をつくった。生き続けていくため我慢しろという教訓を残したということか。

 

 そういう理屈も成り立つか。しかし、「民族史のもっとも誇る時代」は言いすぎではないか。ただ、この文言を素直に読むと皮肉にも聞える。金正日の治世が「先軍政治」などと言って軍を最優先に国家運営を行なったため、国際的な孤立を招き、国内のあらゆる産業のインフラ整備をおろそかにした結果、世界の最貧国から未だに抜け出せず、人々は腹をすかせている。どれほど我々が大変な思いをしているか。素直に金正日の治世を振り返えると、皮肉にも聞える。

 

 もっとも、核ミサイル開発最優先で、国際的孤立―経済制裁を招き、季節毎の災害を克服できず、そこにコロナ禍が加わった「三重苦」に苦しむ金正恩の治世と基本的な違いはない。とても、金正日に皮肉を言えるような現状ではない。ここは何が何でも「金一族の神格化」を進め、人々が従うようにしなければならない。

 

 雪が1m以上も積もる広場での式典には、金正恩も出席、花籠を捧げ、銅像に頭を下げたが、なぜか演説はしなかった。余談だが、金正恩は祖父の髪型や体格、服装まで似せるなど、最大の尊崇の念を持っているようだが、父親にはさほどでない印象を受ける。そうしたことの表れか。なお、この式典には、金正恩の実妹の金与正・党副部長も出席、壇上の席に座っていた。現体制の中で唯一の「白頭山の血筋」の身内だからだ。

 

「金一族」の記念日を最大限に利用

 

 いま、何年ぶりかの厳しい寒さが続く中、食うのにも事欠く人々の不平不満は溜まりに溜まっている。金一族独裁の危機である。ここをいかに乗り越えるか。1月には、ミサイルを連発して、金正恩の偉大さを人々に知らしめた。続いて、金正恩と取り巻きの特権層が考えたのが、さらなる「金一族の神格化」だろう。幸い、今年は父親と祖父の生誕記念の「節目」に当たる。前回も触れたが、北朝鮮では5年、10年の節目を「整周年」と称して、盛大に祝うことになっているそうだ。これを利用しないわけはない。

 

 手始めが「光明星節」の記念行事だ。金日成主席が白頭山でのパルチザン作戦の最中に金正日は生れたという。その場所には、樹皮をそぎ落として「生誕の地」と墨書された樹木が立っている。その麓の街が三池淵市。今では聖地の一角として、革命の街だ。金一族の思想を学び、体験する学習の地の一角として、全国から人々が動員され賑わう。

 

 念のため復習しておくと、金正日の生地はここではない。金日成がロシアのハバロフスク近郊に逃れていたときに、オケアンスカヤという所で生れ、当時の名前は「キム・ユーラ」とロシア風だった。生れたのは1941年だったが、父親の生れた1912年と「整周年」が一致するよう1942年生に変えたとも言われる。日韓の北朝鮮研究者やウォッチャーによる調査の結果である。もちろん、北朝鮮内でこんなことを言えば、首領様を冒涜したことになり、即刻処刑される。

 

 とにかく、今年の「整周年」は、これまでになく盛大にやることになったようだ。実際に2・16を前後して、全国各地で芸術団をはじめとする各種団体の芸術公演が行なわれた。平壌体育館では「慶祝大公演・輝け正日峰」と称して、かつて歌われた金正日の名前が入った歌謡が披露された。このほか、平壌市内だけでも、東平壌大劇場、烽火芸術劇場、青年中央会館、人民文化宮殿‥とあらゆる所で催された。

 

 また、地方でも祝賀の集いと称して、舞踏会や農楽、さらには料理コンテストまで、とにかく出来るだけ多くの人々を動員して、金一族支配の有り難さを再認識させようという狙いのようだ。

 

ミサイル、住宅建設で実績誇示

 

 同時に、金正恩自身の功績、実績アピールにも懸命だ。まずは年明け早々のミサイルの連続発射。1ヶ月間に7回もミサイルを打ち上げた。短距離から中距離、しかも「極超音速」や変則軌道を飛ぶ種類もあり、着実に技術が進んでいることを見せつけた。ほぼ完成という「極超音速ミサイル」発射の際(1・11)は、金正恩が視察、「大成功」と、高く評価した。

 

 国内的にも、「米帝」が恐れる装備の開発は、金正恩の指導力や権威を人民に知らしめるための有力な手段だ。「神格化」のためにも、極めて有効と判断しているのだろう。1ヶ月間に7回というのは、最高指導者に就任した10年のうちで最多だ。メディアでは打ち上げの度に金正恩の指導力の偉大さが強調された。近いうちの長距離弾道ミサイル(ICBM)の試射を予測する専門家もいる。

 

 今年は真冬のうちから、金正恩の「現地指導」が例年になく多い。「和盛地区の大変革によって首都建設の大繁栄期を一層輝かそう」(2・12)。金正恩は、平壌市内9・9節通につながる和盛地区の1万戸住宅建設の着工式を華々しく行ない、「人民の笑い声が響き渡る社会主義繁華街を、まさにこの和盛地区にこれ見よがしに立ち上げなければなりません」と、夢を振りまいた。

 

 平壌は、地方に比べてはるかに住宅事情はいいが、やはり「革命の首都」として、プロパガンダシティでもなければならない。昨年には平壌市東部の松新・松花地区で高層の1万世帯の住宅が完成した。「国の経済状況が厳しく、幾多の難関が横たわっている条件の下で進められた」ものだ。私が命令すれば、いかなる悪条件の中でも実現できることを強調したかったのだろう。その第二段が和整地区だ。

 

 一方で昨年、三池淵市の再開発地区を視察した際(11・16)は、「三池淵市での優れた経験を拡大させ、地方建設、文化的な全社会建設を促す」と述べた。党大会などでも三池淵をモデルに地方の再開発を進めると公約した。しかし、北朝鮮の最大のネックはモノ不足だ。本人もわかっているらしく「これら全ての建設対象の中でも、和盛地区1万世帯住宅建設は最も先行すべき基本戦域」と、最優先にするよう命じた。やはり「革命の聖地」を固めるということか。しかし、これでは、地方の住宅整備は遅れざるを得ない。

 

予定通り完成? 維持管理ができるのか!?

 

 和盛住宅地区の着工式と同様、咸鏡南道・蓮浦温室農場の着工式(2・18)も、華々しく行なわれた。金正恩が高級そうなカシミヤのオーバーを着て現われ、「人民の生活向上に大きく寄与する近代的な農場、党の温室農場建設政策の実現の今一つの新しい基準をつくる」と述べた。続いて鍬入れ、さらに金正恩がスイッチを押して会場内の一角にセットされたハッパに点火、華々しく土煙が上がった。お祭り騒ぎだ。

 

 会場の完成予想図を見ると、温室は数百棟から千棟ほどか。なんとも立派なものだ。しかし、冬は零下30度にもなるこの地で温室を絶えず稼働するのは、とてつもない燃料が必要だ。石油燃料の全てを中国からの輸入に頼り、経済制裁の対象にもなっているのに、大丈夫か。

 

 また、温室自体の支柱や鉄骨、外面を覆うビニールシートなど建築資材は大丈夫か。いずれも国内生産には限りがある。温室は風水害に弱い。メインテナンスは大丈夫か。金正恩は「党創立記念日(10・10)までの230余日間に温室農場を完工する」。そのために、「建設戦闘を展開し、文字通り新しい連浦創造精神、連浦熱風を巻き起す」よう命令した。

 

 金正恩は、車のサンルーフを開けて身を乗り出し、車に押し寄せる熱狂的な兵士達の歓呼の声に送られて機嫌良く去って行って。しかし、会場周辺にはまだ、厚く雪が積もっている。「速度戦」に駆り出される人民軍の建設部隊は、様々な面で文字通り「苦難の行軍」を強いられる。

 

 この厳冬期にもかかわらず、金正恩の出番が多い。それだけ危機感が強い。実績づくりを迫られているということだろう。しかし、これが本当に「人民生活向上」に結びつくかは不明だ。先にも触れた三池淵地区の住宅地区は「オール電化」をアピールしたが、停電が多く暖房も不十分。薪や練炭を燃す竈がないため、食事づくりにも支障を来しているという情報も流れてくる。

 

 また、すでに金正恩も出席して完成式を行なった松新・松花地区の1万世帯については、骨組みだけで未完成の住宅もかなりという情報もある。何回も触れるが、昨年秋を目標にやはり賑々しく着工した平壌総合病院はいまだに完成式は行なわれていない。現状を無視して、派手に大事業に着手しても、実が伴わない。首領様の計画・着想の壮大さに人々は尊敬の念を強いられるが、その恩恵にはなかなかあずかれない。

 

次は「太陽節」の軍事パレード! 「人民の生活」は?

 

 次は祖父金日成の誕生日「太陽節」(4・15)110年だ。こちらの節目の年は軍事パレードをすることが多い。これまでも100周年の2012年、105周年の2017年に行なわれている。今年もすでに、平壌郊外の美林飛行場の訓練場で、軍事パレードの予行演習が始まったようだ。このため、一部の軍首脳は「光明節」に参加しなかったという情報もある。いずれにしても、恒例によって軍事パレードが行なわれ、金日成の偉大さを誇示することになるようだ。

 

 動員される人々は大変だが、楽しみの一つは「贈り物」だ。かねて「生誕記念日」には、全国民には特別配給、児童には学用品をはじめ、菓子や衣類など様々なプレゼントがあった。また、様々な分野の功労者、業績優秀者に対しても首領様の名前でプレゼントが渡された。1990年代の「苦難の行軍」以降は途切れがちと言われるが、今のような困難なときには、いやが上にも期待は高まる。

 

 ところが今回、「光明星節」でプレゼントをしたところ、かえってブーイングという例があったという(2・23デイリーNK)。平壌で農民を集めた祝賀会。1000人以上が集まったが、労働党からの衣類、缶詰、菓子などが入ったプレゼントはわずか30セットだけ。生産量が多かった農民に送られたが、期待していた多くの農民は失望。全国的でも同様の集まりがあったが、同じだったという。なぜもっと多くの農民に配らないのかと不満が広がっているという。

 

布地輸入も行事のユニホーム用か

 

 そんな折「太陽節を前に中国からの布地輸入が急増」(2・17聯合ニュース)という報道があった。先月16日、一年半ぶりに中国・丹東と北朝鮮・新義州の貨物列車運行が再開された。「当初は食用油など生活用品が多かったが、近頃は布地が運送量の30%を占める」という中国の北朝鮮消息筋の話を紹介している。そして、この布地は「太陽節の記念行事の参加者が着るユニホームを作るため」という。

 

 北朝鮮はコロナ禍を極度に恐れ、中国との貿易を止めてしまった。このため食糧品や生活用品の多くが値上がりしている。そのせいで中国との間の輸送再開への人々の期待は大きい。しかし、その中身が生活や腹の足しにならないとしたら、人々の失望は大きい。

 

 人々の不平・不満をそらすため、この一年、金正恩は核・ミサイル開発と神格化事業に力を入れるようだ。しかし、いずれも腹の足しになるなり、「人民生活」のために何かを生産するものではない。反対に、莫大なカネとモノ、人々のエネルギーを費消する。金正恩は「人民の家々に満ちあふれる明るい笑顔を描き見たい」(2・18)というが、人民とってはこの冬の寒さに続いて厳しい一年になりそうだ。

 

更新日:2022年6月24日