物騒な新年のメッセージ?!

(2022.1.19)岡林弘志

 

 2022年が始まった。北朝鮮が外に向けて最初に発した“メッセージ”が4回の連続ミサイルの発射だった。そして核爆弾と戦略ミサイル開発を再開するという。なんとも物騒な“お年玉”だ。昨年暮には、金正恩・労働党総書記が今年の施政方針を示したが、そこには外交についての言及がなかった。「三重苦」が続く中、内政問題、特に農村問題は深刻だ。食糧確保に集中せざるを得ない。このため、唯一開発が進む核・ミサイルによる軍事的挑発という脅しによってしか、対外的アピールが出来ないということか。

 

新年早々「極超音速ミサイル」など連発

 

 「もっとも重要な戦略的意義を持つ極超音速兵器部門で大成功を収めた」(1・11朝鮮中央通信)。金正恩・労働党総書記は、今年初めての仕事として「極超音速ミサイル」の発射実験の視察をした。特別列車で現地に行き、お気に入りのレザーのロングコートで、列車の窓を半開きにして身を乗り出し、双眼鏡で噴煙を残して飛び上がる様子を見て大満足だった。珍しく、妹の金与正・党副部長も同行した。

 

 今回の実験はこの種のミサイルの「技術的特性を最終的に実証するのが目的」だという。そのために金正恩がわざわざ立ち会ったのだろう。ミサイル実験の視察は2020年3月以来のことだ。北部の慈江道から日本海へ向けて発射された。弾

頭部分は「距離600km辺りから滑空再跳躍し、初期発射方位角から目標点方位角へ240km強い旋回軌道を遂行して、1000Km水域の設定標的に命中した」(1・12朝鮮中央通信)。わかりにくいが、要するに上下左右に軌道を変えながら飛んだということだ。この通りなら、迎撃は非常に難しい。

★北朝鮮のミサイル発射★
① 1・5 「極超音速ミサイル 700km」
➁ 1・11 「極超音速ミサイル 1000km」
  金正恩視察
③ 1・14 「鉄道機動ミサイル2発」430km
④ 1・17 「戦術ミサイル2発」380km
*「」は北朝鮮の発表

 

 韓国軍合同参謀本部は、最大音速マッハ10(音速の10倍)だったことを認め、日本の防衛省も「変則軌道を飛んだ」ことを確認した。「極超」は、マッハ5(音速の五倍)以上の速度を意味するが、今回の実験は、北朝鮮がかなり高度のミサイル技術を手に入れたことをアピールしたのだろう。北東アジアの不安定がさらに増すのは間違いない。

 

 その6日前。同じ種類のミサイルをやはり日本海に向けて発射した(1・5)。標的は700Km先。この時も北朝鮮は変則軌道を飛んだと発表した。韓国国防省は「射程やミサイルが水平移動する『側面軌道』は誇張されたものであり、極超音速の飛翔体の技術には至っていない」(1・7)と見ていた。しかし、2回目となる今回は、格段と上の技術を見せ、韓国軍の分析を冷笑した格好だ。

 

 2発目から、わずか3日をおいて3回目が発射された(1・14)。これは「平安北道の鉄道機動ミサイル連隊の射撃訓練」だ。約10分間隔で2発発射され、430Km先にある日本海の無人島へ命中した。朝鮮中央通信は、列車の発射台から飛び立ち、無人島へ命中し、黒煙などを巻き上げる写真を送信した。そして、どこへでも移動できる列車搭載のミサイルシステムの運用を「いっそう完成させる」という。

 

 その3日後に4回目(1・17)。これは「戦術誘導弾」2発で「朝鮮東海上の島の目標を精密打撃」(朝鮮中央通信)したという。「生産、装備されている戦術ミサイルを選択的に検閲し、正確性を検証するのが目的」という。短距離ミサイルが実際に配置し、さらに増やしつつあるということだろう。韓国軍は380km飛行と見ている。

 

 北朝鮮は中・短距離ミサイルについては、いつでもどこからでも発射が可能で、すでに実戦配備されている。そして、レーダーでは捉えにくいし、まして迎撃は無理ということをアピールしたのだろう。

 

バイデン政権にいらだち、核・戦略ミサイル実験を再開へ

 

 連続ミサイル発射に続いて、こんどは核と米国にまで届く戦略核ミサイルの開発を再び進めることにしたらしい。労働党中央委政治局会議(1・19)には、金正恩が出席して、「米国の敵視政策と軍事的脅威は黙過できない危険ラインに至った」ため、「暫定的に中止した全ての活動再開を迅速に検討することを指示した」という。

 

 回りくどい言い方だが、北朝鮮は初の米朝首脳会談を前に、2018年4月、党中央委総会で、核実験場廃棄、核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を中止すると宣言した。それなのに、米国は「朝米会談以降、中止を約束した(米韓)合同演習を数百回、各種の戦略兵器実験を行ない、先端軍事攻撃手段を南朝鮮に搬入、戦略兵器を朝鮮半島周辺に投入」したという。従って、核・戦略ミサイル開発を再開するということだろう。

 

 北朝鮮のいらだちがにじみ出ている。しかし、バイデン政権は発足後から、北朝鮮に対して「現実的アプローチ」「段階的な非核化」などの方針を打ち出し、水面下で話し合いを持ちかけた。しかし、北朝鮮は全く応じなかったという。一方で、バイデン政権は国内分断の修復、国際的威信の回復などで手一杯。対北政策の優先度は下がってしまった。北朝鮮が自ら招いた結果でもある。知らん顔をしていて、相手がそっぽを向いたら、怒り出す。駄々っ子の理屈だ。

 

 また、「現米行政府は我々の自衛権を骨抜きにするための策動を執拗に続けている」と非難した。最近では、核ミサイル開発にかかわった部門の北朝鮮籍7人らを制裁の対象に加えた(1・13)。昨年9月以降6回の国連安保理決議違反のミサイル発射を対象にしている。北朝鮮は「主導的に講じた信頼構築措置を全面的に再検討」とも言うが、信頼は自らが壊したのだ。

 

外交方針の代わりにミサイル発射?!

 

 それにしても、外交政策について昨年暮からの動きを見ると異常だ。第一に、今年の外交方針が公に示されていない。朝鮮中央通信が報じた昨年末の党中央委総会での金正恩の「結語」は今年の施政方針に相当するものが、そこには外交方針は一行も出てこない。例年の首領様の新年辞や施政方針では、必ず米国と韓国との関係について触れていたが、何もないのは極めて珍しい。

 

 年初の連続のミサイル発射と核・戦略ミサイル開発再開の意思表示によって、今年の対外的なメッセージを代弁させたのか。一つは、これからも核ミサイル開発を続行するという意思表示。金正恩は現地視察(1・11)で「我が国の戦略的な軍事力を質量共に持続的に強化し、我が軍隊の近代性向上に拍車を掛けなければならない」とハッパをかけた。

 

 昨年1月の第8回党大会で最重要課題として「核戦争抑止力の強化」「核先制攻撃能力の高度化」をうたっている。同時に「国防科学発展および兵器システム開発五カ年計画」を策定した。これに従って着々と進めて行くぞ、わかっているかというアピールだ。

 

 そして、米国に対する最終的な目標は、北朝鮮を「核保有国」と認めて、「朝鮮半島」全体の非核化―在韓米軍の撤退―朝鮮戦争休戦協定から平和協定への切り替え―を早く進めろ。応じなければ、米本土に届く核・ミサイルの開発を続ける。それでもいいかという脅しだろう。

 

 韓国の文在寅大統領には、自らが言い出した「終戦宣言」をやりたければ、米国の言いなりにならずに、「民族同士」を最優先にして、経済制裁を解除しろと言ってきた。それが出来ない残り任期わずかの文在寅政権を見限ったということだ。従って、間近に迫った大統領選(3・9)を意識して、もっと骨のある対北融和派が出てこいということだろう。

 

中国へは気配り、一部交易再開も

 

 外交のついでに、対中国関係にも触れる。北朝鮮は、1回目のミサイル発射と同じ日、北京での冬季オリンピック不参加を中国側に伝えた(1・5)。「敵対勢力の策動と世界的な感染症の大流行のため」と、新型コロナのオミクロン株流行を恐れてのことだ。ただ、「大会に参加できなくなったが、盛大かつ素晴らしい五輪を準備しようとする中国の全ての事業を全面的に支持、応援する」と補っている。

 

 しかし、間近になってのミサイル発射は、地域不安定の元、中国にとっては腹立たしいことだ。それを補おうとしたのだろう。米国主導の外交ボイコットをわざわざ取り上げ「五輪憲章の精神に対する冒涜、中国の国際的イメージに泥を塗ろうとする卑劣な行為」と強い言葉で非難した。五輪に国威発揚を掛ける中国のメンツをつぶしてはいけない。同時に、経済制裁の中で命綱である中国のご機嫌を損ねないよう、コロナ恐怖にとりつかれながらも、精一杯気を遣ったのだろう。

 

 対中国関係では、コロナ禍を恐れ閉ざしていた中国との国境を一部開いた(1・16)。中国外務省は「貨物輸送の再開」を記者会見で認めた。北朝鮮としては新型コロナは怖いが、様々な物資不足の深刻化に耐えられなくなった。この列車は翌日、食糧などの生活必需品、医療用品を積んで北朝鮮に戻った。これから、農業関連の肥料、農薬、農機具部品、燃料なども輸送されるようだ。やはり、中国しか頼るところはない。

 

 しかし、核と戦略ミサイルの実験の再開は、かつてのように中国の神経をいらだたせるのではないか。長期政権を目指す習近平主席にとって、足元固め、貧富の格差是正、人口減の食い止め、経済回復などを実現するためには、この地域の不安定は全く望ましくない。黙っているわけにはいかないだろう。

 

 一方、連続ミサイル発射は、当然国内向けでもある。「あの米帝」が驚くほどに我が国のミサイル技術は進んでいる。国威発揚と首領様の指導力のすごさを誇示するためだ。同時に、混迷の度を深める国内の食糧問題、民生経済から人々の目をそらすためだ。現状がいかに深刻か。先に触れた「結語」の行間から浮かび上がってくる。

 

施政方針で「農村問題」を重要課題に

 

 今年の「施政方針」に当たる「結語」。正確に言うと、「金正恩総書記の綱領的な結語『2022年度の党と国家の活動方向』」(2021・12・31)である。かつては首領様が「新年の辞」を通じて、全人民に向けて訓示するのが恒例だった。しかし、金正恩は2020年、21年に続いて、今年も人民に向かって演説はしなかった。今回その代わりになるのが、年末の党中央委員会総会での「結語」だ。12・27~31日と5日間も行なわれ、最終日に金正恩が読み上げた。

 

 この中で、最も重点を置いたのが「社会主義農村問題の正しい解決」だ。総会には、「22年度の活動計画」など6項目が議案として出されたが、3項目目にわざわざ1項目を立て、特に食糧生産を緊急の課題と強調している。金正恩は何年も前に「人民がベルトを締めなくてもいいように」と約束した。未だに人々の腹を満たすことが出来ていないことを認めたのだ。

 

 金正恩が農村問題の「中心課題」としてあげたのは①革命的農業勤労者に改造②国の食糧問題を完全に解決③農村住民の生活環境を画期的に改変―の三項目だ。まずは、農民の思想を改造して、政治意識を高めることが「重要」と指摘。食糧確保については、10年間の穀物生産、畜産物、果実、野菜、工芸作物、養蚕業生産の目標を明らかにしたという。例によって具体的な数字は、朝鮮中央通信も明らかにしていない。そして、3番目の生活環境については「農村住民に世に羨むことのない立派な生活環境を提供」するのだという。

 

 この三つの課題を実現する手段として、「思想、技術、文化の三大革命」が「最も重要な課題」と強調する。まず思想では「党と国家、制度の偉大さと有り難さを体得させるよう教育する」という。しかし、腹を空かしている農民に、どうして現体制の有り難さを「体得」させるのか。難題だ。

 

 また「農業勤労者を知識型の勤労者につくる」。「高い科学技術を身につける」ために「見聞を広めてやり、農業科学技術学習と先進営農技術普及活動を活発に展開、農村に大学卒業生を多く配置」するのだという。農業に科学や化学、技術が必要なのは当然だ。しかし、それも農業機器や肥料、農薬があってのことだ。大卒配置と言うが、おそらく農村へ行きたいという若者はほとんどいない。昨年暮には金正恩のお声掛かりで、きつい職場への志願者を募集して送り込んだが、各部門への割り当てがあったとも言われる。

 

「農村に笑いとロマン、睦まじい情を」?!

 

 三大革命の一つ「文化」についても目標を示している。「農業勤労者の文化意識水準を高め、革命的かつ健全で文化的な生活気風を確立する」。そして、「農業勤労者が故郷と村をこぎれいに整え、文化芸術活動、スポーツ活動を活発にし、気高く健全な道徳気風を確立する。そのうえで「農村に笑いとロマン、睦まじい情が満ち溢れるようにすべきである」と指示している。

 

 なんとも有り難いお言葉ではないか。農村万歳!だ。そして、これを内外に伝えた朝鮮中央通信は「社会主義楽園建設の労働党の強烈な意思と決心の表出」と評価した。懐かしい。久しぶりに「楽園」という用語を目にした。半世紀ほど前、日本でも盛んにばらまかれた北朝鮮のPR月刊誌「朝鮮画報」は、農村や工場など笑顔の人々が溢れる「地上の楽園」を盛んに宣伝していた。それを信じて北朝鮮へ渡った在日朝鮮人らは10万人にものぼる。

 

 もちろん「楽園」はいまも実現していない。農民の切実な願いは、食うに困らない、雨風を避けることが出来、冬は寒さをしのげる家が欲しいということだろう。絵に描いた天国の農村のような話を聞かされても腹の足しにはならない。振り返れば、金日成の時代から、北朝鮮の人々は「白いコメの飯を食い、絹の衣服を着て、瓦葺きの家に住む」という未来像を聞かされてきた。

 

 北朝鮮が「建国」してから70年余。すでに東西冷戦が終わり、社会主義が崩壊して30年。この体制では、一般人民の生活はよくならない。いかに論理的に正しくとも、人間はその通りに考え、行動することは出来ない。人間には感情や好き嫌いもあり、情緒は論理の外にある。いわば、いい加減なのが人間だ。「結語」を読んで、あらためてそんなことを思った。

 

 金正恩が言うように、「革命的な」農村労働者や人民への改造は極めて困難だし、出来ても長続きしない。最も革命的なはずの党幹部も汚職をして処刑という話が時々漏れてくる。まして、今の体制の中で食うに困っている人たちに、ありがたく思えというのはさらに難しい。このため、独裁体制は人民を従わせるため、基本的人権を無視して、強権を使うしかない。それが今の北朝鮮。社会主義国家の実情だ。

 

「根本的な解決方途」というが‥

 

 「結語」にもどると、今年の「国家的な投資」については「根本的な解決方途が具体的に言及」した。「いかなる干ばつ洪水にも微動だにしない灌漑システムを整備、補強して完成」させる。「窒素、燐酸、カリ肥料など各種の肥料」「効能の高い農薬」を「十分に供給」する。「近代的な電力設備と電気機械をより多く送って、生産活動と文化生活を改善」。そして「農村を近代的な農業機械で覆い、農業労働者が農業を楽しく営む‥‥のが党の構想、決心だ」

 

 そして、農村建設については「全ての農村を三池淵市の水準に、社会主義理想村をつくる」そのために、「全ての市、郡に必要なセメントを優先的に前もって供給、設計・建設陣を強化、必要な建設装備を備える‥‥主要器材と仕上げの建材を国家的に保障」するという。

 

 確かに、それが出来れば「根本的に解決する」のは間違いない。しかし、それが出来ないから今日の惨状がある。問題は具体的にどうするかだ。いかに「5カ年計画」などを打ち出しても、裏付けがなければ「絵に描いた餅」だ。これまでの10年で「自力更正」では不可能なのはあきらか。コロナ鎖国以前は、中国との貿易、協力・援助によって、なんとかやってきた。今の食糧難、生活苦は、そのことを証明している。

 

 いずれにしてもその我慢も限界だ。先に触れた中国と貨物列車の往来再開がそれを示している。春の農作業が始まるに当たって、肥料、農薬をはじめ、農業機械の部品やガソリン、オイル、霜よけやビニールハウス用のビニールなどが輸入されることになるだろう。ここで手を抜けば、秋の収穫は大幅に減少する。コロナは怖し、されどこれ以上の食糧不足には耐えられないのだ。これ以上のじり貧を避けるための窮余の一策だ。

 

 一方で、金正恩は「農村問題」解決のために、「最大の農業道である黄海南道を重視すべき」「5カ年の計画の期間、力を集中すると強調した」。結局は平壌市も南に位置する黄海南道が重点になってしまった。絶対量が限られているなか、これでは、「全ての市、郡」にセメントや建材などは行かない。まして、核と戦略ミサイル開発をさらに進めるという。これでは民生経済へのカネとモノはさらに限定される。バラ色の夢がばらまかれたに過ぎない。

 

「絵に描いた餅」で満腹!!

 

 「祖国の歴史に意義深い革命的大慶事の年」。「結語」の締めくくりで、金正恩は今年が特別な年であることを強調した。その後の党政治局会議(1・19)で具体的な議題となった。故金日成主席の生誕110年(4・15)、故金正日総書記の生誕80年(2・16)のことだ。これを祝うのは「偉大なる金日成主席の子孫、金正日総書記の戦士、教え子の当然の義務。わが人民の光栄であり誇り」なのだ。

 

 北朝鮮では、「整周年」(5や10で割り切れる特別な意味を持つ年)を盛大に祝うことになっている。ただ、昨年は労働党創建記念日(10・10)など「整周年」ではないのに盛大に祝ったばかりだ。今年も当然「勝利と栄光の大祭典として盛大に祝う」という。韓国軍によると、平壌近郊の美林飛行場で、軍事パレードの準備の動きが始まったという。早ければ2・16か。大々的な浪費がまた繰り返される。

 

 今回の「結語」は「わが人民の世紀的宿望を実現する記念碑的文献」(朝鮮中央通信)という。たしかに美しい夢は一杯並べられた。しかし、経済制裁、自然災害、コロナの「三重苦」の中、北朝鮮の人々は、今年も有り難い「絵に描いた餅」での満腹を強いられている。そして、ミサイルの連発は「腹が減っても戦は出来る」という新しい諺をつくろうとしているのか。

 

更新日:2022年6月24日