【閑話閑談】

「コンギョ」狂騒曲

(2021.10.20)岡林弘志

 

 寡聞にして知らなかったが、なんとこの日本で北朝鮮の「扇動歌」が流行っている。タイトルは「攻撃戦だ(コンギョッチョニダ)」。実は知り合いの中学生から「この歌知ってる?」と、スマホのユーチューブを見せられた。威勢のいいリズミカルな調べが流れてきて、女性歌手が歌うのは朝鮮語だ。

 

 どういうことか。いま中学生の間で、このユーチューブが次々と交換され、人気があるのだという。中には、朝鮮語の歌詞を3番まで覚えていて、もちろん意味はわからないまま歌う生徒もいる。ある中学校では、体育祭の時、行進曲などと共に「コンギョ」が流され、雰囲気を盛り上げたという。

 

 早速、インターネットで調べてみる。なんと「コンギョ」で検索できる。北朝鮮の閲兵式や軍事演習などの動画を背景に、女性歌手が歌っている動画から、朝鮮語をカタカナにした歌詞や日本語訳がついたもの。また金正恩そっくりさんが出てくるパロディー動画‥‥。驚くのはそれぞれの視聴回数が70万回、30万回とかなりの数字が出ていることだ。そして、ウィキペディアは「攻撃戦だ」という1項目を立てて解説している。その他、様々な解説や説明、感想なども見ることが出来る。歌詞(1番だけ)を紹介する。

 

「攻撃戦だ」

赤旗掲げ攻撃だ! 銃隊先頭に突撃だ!

一心の隊伍を導いていく その姿は先軍の旗印だ

攻撃 攻撃 攻撃 前へ

将軍様の革命方式は 白頭山の稲妻のように攻撃!

 

 この歌は2010年1月の「労働新聞」1面に、楽譜付きで発表された。作詞は尹斗根、作曲は安正浩。発表されたときは、普天堡(ポチョンボ)電子楽団の演奏で、尹惠英が歌った。その後、よく知られる旺載山芸術団、銀河水管弦楽団、牡丹峰楽団なども演奏している。

 

 歌詞だけ見ると軍歌だが、実は経済混迷を脱するため、人民を鼓舞する煽動歌だ。故金正日総書記は、2008年「強盛大国の大門を開く」と、大風呂敷を広げたが、核ミサイル開発、金一族の神格化事業にカネをつぎ込み、核などをめぐり中国との間もぎくしゃく、経済は低迷を続けていた。そして、金正日は2010年2月「人民が未だにトウモロコシの飯を食べていることに胸が痛む」と失政を認めざるを得なかった。

 

 このため、経済目標をなんとか達成しようと、金正日は「総攻撃戦」をスローガンに。そして住民を駆り立てるため作られたのがこの歌だ。一番の歌詞には金正日が旗印にした「先軍政治」の「先軍」という単語が出てくる。テレビ、ラジオからはしょっちゅう流され、田植の時期や工事現場などに音楽宣伝隊を派遣して、歌われたのだろう。また、北朝鮮からの日本語放送でも「突撃戦の勢いで」というタイトルで度々流された。しかし、歌で人々が食えるようになるはずもなく、金正日は様々な心労が重なり、2012年12月亡くなる。

 

 こうした背景のある歌が、何故日本で一部にしても流行りだしたのか。最初は、なにやら、鼓舞されるようなメロディに興味を持ったユーチューバーがコピーして流したのがきっかけだったようだ。それがニコニコ動画で取り上げられ、北朝鮮を揶揄するユーチューバーなどによって、面白おかしく作り替えられ、中には純粋に歌の調子を面白がる層にも広がり、ということで、ついには北朝鮮とはなんのつながりも関心も無い青少年にも広がったということか。

 

 一時は、カラオケにも入っていたらしいが、これは多分朝鮮総連が著作権を元にクレームを付けたか、使用料を請求したためか、すぐに消えてしまったらしい。なお、ユーチューブに詳しい人によると、視聴回数1回に付き著作権者に料金を払うというのはよくあることなので、「コンギョ」でも、その金が総連か北朝鮮関係のどこかに支払われている可能性もあるという。

 

 それにしても、北朝鮮の歌がこんな形で流行るのは初めてだろう。かつて「イムジン河」がラジオでよく聞かれた時代もあったが、これは朝鮮総連が著作権などを理由にクレームを付け、放送禁止になった。その後は、アングラ的に歌われてきた。しかし、歌う人は北朝鮮の歌であることを知って、あるいは意識して歌ってきた。

 

 「北朝鮮では歌は、金一族を讃え、忠誠を尽くすための道具だ。聞いたり歌うことで心の深層に影響して洗脳されることはないのか」。こんな心配の声も聞こえてくるが、意識するしないにかかわらず、北朝鮮の歌がこれだけ知られているのは珍しい現象だ。日本と韓国の若者等の中に、お互いの国の熱烈なポップソングのフアンがいる。それぞれの国には反日感情、嫌韓感情があるが、「いいものはいい」と気にしない。

 

 振り返って見れば、子供の頃、全く意味がわからない歌が流行ったことがある。有名なのは森山加代子が歌って流行った「じんじろげ」だ。「ジンジロゲーヤ ジンジロゲ ドーレドンガラガッタ‥‥」。このほかにも「ピラミヤパミヤ ジョイガラリーヤ‥‥シッカリカマタキ ワーイワーイ‥‥」、あるいは「ドンジャンドンジャン ジクドンジャン ウラウラチクリン キンシンビョーシャ‥‥」

 

 もちろん意味はわからないし、知ろうともしなかった。だけど何回かまねしているうちに、何となく覚えてしまい、得意になって歌っていた。いずれも調子がいい。リズミカルだ。こういう歌は、頭や体に入りやすいのかもしれない。心理学者に聞けばなんとか現象というのかもしれないが、こういう歌は国境を越えるのである。

 

 「コンギョ」もその類いか。それに嫌北朝鮮派が加わってユーチューブを賑やかせているのか。あるいはやがて「NKホップス」と名づけられるジャンルの先駆けになるのか。金正恩さんもびっくりだろう。ただ、最近の北朝鮮のテレビ、ラジオではではほとんど放送されないらしい。金正日時代の歌だからだ。今や金正恩を讃える歌が飛び交っている。

 

更新日:2022年6月24日