演説は踊る、言葉は踊る

(2021.10.19)岡林弘志

 

 「綱領的」「歴史的」――金正恩・労働党総書記は、今年になって、こんな修飾語を付けた演説を度々行なっている。それほど価値があるだろう演説を数多くというのは異常だ。「三重苦」によって経済が混迷を極めるなか、絶えず何かを話して、指示、命令をしていなければ安心できないのか。一方で、核ミサイル開発だけは確実に進めている。

 

「5年で人民の食衣住を解決する」!?

 

 「経済を盛り立て、人民の食衣住問題を解決する上で効果的な5年、山河をもう一度大きく変貌させる大変革の5年にする」(10・10)。金正恩は、党創建記念日に「綱領な演説」を行なった。そして「世界が羨む社会主義強国を打ち立てる」いう。北朝鮮では「綱領」は最高法規といってもいい。それに匹敵するような演説ということか。タイトルは「社会主義建設の新たな発展期に即して党活動をさらに改善しよう」と平板だ。

 

 要するに、今年からの経済発展五カ年計画の期間内に、食衣住の問題で人民が困らないようにすると公約したことになる。そのうえ「世界が羨む」ほどにというのだから驚く。しかし、「人民生活の向上」は数年前からの金正恩の公約だ。裏返すと、それから数年経つのに、いまだ公約は果たされていないと自ら認めたことになる。

 

 演説の初めでは、最高責任者になってからの「10年間の輝かしい成果」について言及し、「(労働党は)人民の真の忠僕党としての性格と本態をしっかり守る体系と基盤を確立した」という。素直に聞けば、労働党は私の指導でしっかり住民本位での党に生まれ変わったのに、肝心の人民生活は困窮しているということか。ようやく立派な党にしたので、これからやるということか。

 

 この演説は党の記念日なので党活動家に向けた内容になっている。式典の出席者も党幹部だ。「仕事を一つ手配しても、人民の利益に抵触しないか、人々に不便を掛けないかを深く考えるべきである」「人民の立場に立って人民の便宜保障の原則に基づいて処理しなければならない」のだ。説教じみているが、本当にそうなれば、人民はどんなに喜ぶことか。なんと情け深い最高指導者であることかと。

 

 しかし、実態は正反対だ。人々は、金一族の記念日など神格化のために、一斉に動員されて銅像や記念碑的建造物の周りの清掃、草採りから花壇の整備にかり出される。様々な記念日までの完成を目指す開発工事や地域整備、毎年の年中行事のようになっている災害復旧、経済再建のための「〇〇日闘争」にも動員される。人民は年がら年中「不便」を掛けられている。

 

 地域の党責任者が住民の負担を減らすよう上の組織に揚げたところ、首になった、処罰を受けた。こんな話も漏れてくる。先の金正恩の指示通りには出来ないのが現実だ。無理な労役を押しつけて、住民の反発を受け、中には暴行を加えられたなんて話も。こうした無理強いをしてくるのは党幹部であり、いずれも「党中央」のご威光をひけらかせてのことだ。金正恩が好きな、短期間で建造物を完成させる「速度戦」も、様々な無理強いの大きな要因だ。

 

 また「党活動家は特典、特恵を願うことなく清廉潔白に」というが、この指示を守ったら、活動家一家のかなりは生活が立ちゆかなくなるだろう。政府の役人もそうだが、月給だけでは食っていけない。いわば、横流し、賄賂は必要悪だ。前にも金正恩は同じような指示を出したと思うが、繰り替えし指示しなければならないのは、そのためだ。建前だけでは生きていけない。

 

 この演説を「綱領的」というからには極めて重要視していることはわかるが、内容はこれまでの繰り返しも多い。指示するだけではなかなか実行されないのだ。また、「人民生活の向上」も、こんどこそは実現できるという裏付けは示されていない。精神論が踊っている。

 

南北通信回線の復旧だけでは

 

 そのちょっと前には「歴史的」と銘打った演説もあった。金正恩が最高人民会議(9・29)で行なった施政方針演説だ。こちらは政府に向けてのもので「社会主義建設の新たな発展のための当面の闘争方向について」という演題だ。「当面」なのに「歴史的」というからには、内容が画期的なのかと期待させられる。

 

 まずわかりやすい南北関係、対米国関係を見ると。日韓のメディアがニュースにしたのは、南北通信回線の回復だ。金正恩は「梗塞した北南関係が回復され、朝鮮半島の恒久平和を望む全民族の期待と念願を実現する一環」と強調した。大義名分はともかく、具体的には昨年10月に自分の方から切断した「北南通信連絡線を再び復元する」というのでは、羊頭狗肉の類い、「歴史的」にはほど遠い。

 

 その数日前、文在寅・韓国大統領は国連演説で「韓米朝または韓米中朝による韓半島での戦争終了宣言を提案」した(9・21)。これに対して、金正恩の施政演説では「北南関係の回復、新段階への発展は、南朝鮮当局の態度いかん」と、にべもない。「北南間の不信と対決の火種をそのまま、終戦宣言をしても、予想しない衝突が再発しかねない」。「南朝鮮当局が、言葉でなく実践で民族自主を堅持し北南宣言を誠実に履行するのが重要」という。

 

 要するに、米国への追従から脱して、米韓軍事演習を止め、在韓米軍を撤退させる、という従来の主張と同じだ。我々はいつも正しい。韓国が米国と結託して、わが共和国を亡きものにしようとする好戦的態度をそのままに、南北交流や終戦宣言などと言うな。また、米国の顔色をうかがって、北への経済援助・協力も出来ないのになんだということだろう。これも「歴史的」といえるような内容ではない。

 

 米国のバイデン政権に対しては。「米国の軍事的脅威と敵視政策は少しも変わらない」と決めつけている。米国は「外交的関与」「前提条件のない対話」というが、「敵対行為の隠蔽であり、敵視政策の延長」と、これも従来と同じ。やはりトランプとの首脳会談決裂のショックが未だ残っているのだろう。新たな対応は打ち出されなかった。

 

原料、資材をどうやって調達するのか

 

 それでは、内政はどうか。まずは「政策的課題について詳細に」述べている。まず「経済活動」について、「優先的に解決すべき問題は、原料と資材、動力と設備を十分に生産、保障すること」という。民生経済の停滞の原因はまさにそこにある。かねてわかっているはずのことだ。問題は首領様が指示しても、原料、資材、電力など絶対量が大幅に不足する現状では、金正恩の命令とはいえ、実現できない。どういう方策があるのか、具体的な言及なしには絵空事だ。

 

 毎年の水害、干害を防ぐ「治山治水」などの国土管理については、「五カ年計画期間内に、洪水被害をなくす」という。確かに喫緊の課題だ。しかし、この問題も指摘するだけではことは進まない。どう資材や機材を調達するか。「自力更正」というだけで、打ちでの小槌のようにモノが出てくるわけはない。そして「食糧問題を改善し解消」のために、「異常気象に耐えられる種子問題を解決」しろという。日照り、長雨、強風、異常寒気などにも影響なく収穫が出来る品種の改良は、短期間には解決出来ない。

 

 そして「農作物の配置を大胆に変えて稲作、小麦、大麦の栽培に方向転換する」という。野菜や果物などの畑を減らせということか。そうすれば「人民に白米と小麦粉を保障、食生活を文化的に改善」できるという。これまで金正恩は広大な果樹園や養魚場などを作らせ、現地指導をしてきたのではないか。そこはどうするのか。祖父・金日成主席も「人民に白米を腹一杯」といったが、実情を無視した農業政策は結果として、食糧不足、飢餓をもたらしただけだ。

 

 このほか、軽工業では「地方産業工場」を作れという。おそらく工業団地の様なものだろうが、何年か前にも同じような計画があったが、結局、原料、資材、電力不足で立ち消えになってしまった。このほか、化学、教育、保健医療、芸術、スポーツなどの分野についても総花的に述べている。わざわざ防疫にも言及して「信頼性があるが、さらに国の防疫基盤を引き上げる」という。そういえば、昨年大々的に着工した「平壌総合病院」は昨年10月完成の予定だが、どうなったのかなんの報道もない。

 

不安解消のために度々の演説?!

 

 「眼光紙背に徹す」というほどの読み方が出来なかったせいか、最近の演説のどこが「綱領的」か「歴史的」かよくわからない。ただ、今年に入って金正恩の演説の回数が多いのは確かだ。ざっと拾ってみると――。

 

 ▼第8回党大会(1・8~12)。開会の辞、「綱領的な」結語、「閉会の辞」

 ▼党中央委第2回総会(2・8~11)。五カ年計画の初年度の活動計画説明。

 ▼党第6回細胞書記大会(4・6~8)。開会の辞、「綱領的な」結語

 ▼党中央委総会(6・15~18)。「食糧事情切迫」と演説

 ▼党中央委政治局拡大会議(6・29)。軍首脳3人をクビにする演説

 ▼全国老兵大会(7・27)。「戦争の様な試練の時」と演説

 ▼人民軍・国防相幹部講習会(7・31)、演説

 (▼民防などの軍事パレード(9・9)を閲兵)

 ▼最高人民会議(9・29)で「歴史的」演説

 ▼党創建記念日(10・10)、「綱領的」演説

 ▼国防発展展覧会(10・11)記念演説

 

 ざっとこんな具合だ。「綱領」は政党や労働組合などの組織の基本的な目的や方針、規範などを定めたもので、特に社会主義国ではより重要視するものだ。北朝鮮では金一族の独裁支配を定めた「朝鮮労働党の唯一的指導体系確立の10大原則」が最高の綱領といわれている。とにかく「綱領」は重みのあるものだ。その「綱領的な」演説を今年、3回も行なっている。そのうえ「歴史的」な演説もある。

 

 今年は経済発展五カ年計画の初年度ということを勘案しても、重要と銘打った演説の回数が多い。それだけ、広く訴え、注意喚起をする必要があるということか。確かに、経済制裁、災害、コロナの「三重苦」の中で、経済は混迷の度を増し、「人民生活」は安定どころか困窮の度合いを増している。しかし、演説をして命令すれば解決するほど安易な状態ではない。

 

 それでも、演説をせざるを得ない。実を示すことが出来ないなかでは、指導者が存在していること、君臨していることを示すには演説しかないのかもしれない。最高指導者としてはちゃんと命令、指示している。しかし、党や政府の責任者がその通りにやらないから、人民は食うに困る。ということか。そうでないと、人民の不平不満が自分に向かってくる。風よけのためにも、時々演説をしないと不安に駆られるのか。不安の裏返しのようにも見える。

 

唯一実績を上げたミサイル開発を大々的に誇示

 

 そんななか、「国防発展展覧会―自衛2021」(10・11~)の開会式は華々しかった。会場となった三代革命展示館。例によって、金正恩が到着すると、盛大な拍手で迎え、イスに座るとセレモニー。軍楽隊のパレード、特殊部隊のテッコンドウ演技、落下傘部隊、ジェット戦闘機による航空ショーと、さながらミニ閲兵式。この様子は、例の李春姫アナウンサーが感涙むせぶという独特の節回しで全国に放映された。

 

 困窮の度を強める北朝鮮の中で、唯一実行力を示せるのが核・ミサイル開発だ。それを誇示するための展覧会だ。金正恩は開会式で演説、「強力な軍事力保有の努力は中核的な国策」と強調したうえで、「無敵の軍事力の保有、強化はわが党の最重大政策で目標」「まず強くならなければならない」と、核ミサイル開発を今後も積極的に進める決意を述べた。

 

 この展覧会は初めての開催で、5年間に開発された兵器が展示されている。写真を見ると、ミサイルが中心、様々な種類が所狭しと並べられている。聯合ニュースによると、先月に試射した超音速ミサイル、連射発射弾道ミサイル、ミサイル防衛(MD)を無力化できる機動式再突入体(MARV)搭載の弾道ミサイル、それに初めて登場する新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)も「火星17」と名前が付いていた。

 

 どこまで実用化が進んでいるかは不明だが、ミサイル開発を協力に進めていることは確かなようだ。金正恩の表情は誇らしげで、演説の後、展示会場で軍首脳等と生ビールのジョッキで乾杯、うまそうにたばこを吹かしていた。また、会場には金正恩の大型の肖像画が飾られていた。この展示こそ、祖父や父親ではなく自分自身の実績であることを誇る意向を反映したものだろう。

 

 これに先だって、北朝鮮はミサイルを三回発射した(9・11、9・15、9・28)。「最新型」「最新鋭」などと開発が進んでいることを内外に誇示するものだった。いずれも、今回の展覧会に展示されているが、これらの発射は、展覧会の前触れ、祝砲だったようだ。

 

 「屈強な防衛力が凝縮された展覧会に観覧の人派が続いている」(10・14朝鮮中央通信)。党や公務員、軍関係者はもちろん、あらゆる機関が動員されている。この様子が連日のようにテレビや労働新聞などで報道されている。全国からも参観の団体が来るというか動員されているようだ。連合ニュースは「強力な国防力を備えたと国民に自負させる狙い」、三重苦で疲弊する住民の「関心を他にそらし、体制への忠誠心を高めたい思惑」があると分析する。

 

最新兵器で腹は満たされず

 

 この展覧会の様子を紹介するにつけても、「人民生活の向上」・民生経済の停滞・混迷との落差がより鮮明になる。別の見方をすると、少ない外貨や資源を「世界に誇る」核ミサイル開発につぎ込んでいるからとあらためてそう思う。国家運営の目標が「人民の忠僕」になっていないのだ。

 

 理屈としては、国家が米国などから攻められないように頑張っているからこそ、人民は安心して暮らしていける。ということだろう。しかし、見学した一時は、この軍事力を誇らしく思うだろうが、空腹が満たせるものではない。それでも核ミサイルに固執するのは、独裁体制を守るために強固な鎧が必要ということだろう。「富国強兵」という言葉があるが、「強兵」を先にした国家がずっと続いた歴史はない。

 

 金正恩の演説のいくつかは、人民は「学習」の主要な内容だ。先に紹介した「歴史的な施政演説」の全文は、「各級党、勤労者団体、人民政権機関、武力機関‥‥に配布される」と朝鮮中央通信はわざわざ記している。毎週金曜日には「生活総和」が開かれ、ほぼ全国民が学習させられ、時として暗唱させられる。そして反省させられる。「首領様」の演説は、人民の負担が増えることにもつながる。

 

 「会議は踊る」。90年ほど前の映画のタイトルだが、フランスの諺では「されど進まず」と続く。いま、北朝鮮では会議や演説が事あるごとに「踊っている」。しかし、肝心の苦境脱出の見通しは立たない。金正恩は「5年の間に人民の食衣住を解決」と約束したが、具体策が伴わない限り、ミサイル開発のように解決への道筋は見えない。

 

更新日:2022年6月24日