パレードと「3K」職場との落差

(2021.9.16)岡林弘志

 

 「三重苦」に苦しむ北朝鮮で、またまた軍事パレードが行なわれた。しかも真夜中、金日成広場を煌々と照らし、花火も景気よく揚げた。しかし、パレードは何も生産しない。壮大な無駄だ。それでもやらざるを得ない。人々に「一心団結」を誇示し、認識させる必要があるからだ。一方で、炭鉱など労働条件が悪い地方の職場は働き手が集まらず四苦八苦。金正恩・労働党総書記は志願しろとハッパをかけているが、「配給を知らない若者たち」の多くは忠誠心が薄いようだ。

 

予備役パレードを真夜中に

 

 とにかく、金正恩の笑顔がしばしば現れた中継録画放送だった。北朝鮮創建73周年を記念しての「民間および安全武力閲兵式」(9・9)だ。このところ、恒例の真夜中の零時からだ。わかりにくい名称だが、要するに正規軍でなく、各職場、団体などの予備役、そして警察組織である社会安全部の職場内軍事組織だ。「17~60歳の男性と30歳以下の未婚の女性が対象。全国的には全人口の4分の1、570万人が所属している」(聯合ニュース)という。

 

 閲兵式すなわち軍事パレードは、昨年10月労働党記念日に正規軍が行なったパレードとほぼ形式は同じ。参加部隊が広場に集合すると、ちょうど午前零時。花火が打ち上げられ、金正恩が子供たちに花束を渡され、お立ち台に姿を現す。大歓声がひとしきりわき上がり、一段落すると、参加者全員で「金正恩総書記、決死擁護!!」「マンセー!!」の大合唱。

 

 メーンエベント、各部隊の行進へ。各道や職場などの部隊が一つ一つ紹介されて登場。先頭はそれぞれの責任書記のようだ。全部で30余部隊。中には、白衣を着た医療関係者の部隊、テレビや映画でおなじみの人気俳優も加わる芸能人部隊、オリンピックなどでメダルをとったスポーツマンの部隊などもあって、会場を賑わせた。

 

 最後は、騎兵部隊、軍用犬部隊、サイドカーを連ねた部隊、あとは小型高射砲をトラクターに載せた砲兵部隊、はしご車も加わった消防部隊‥‥。1時間ほどの部隊行進の後は、動員された人々が広場に広がって飛び上がり、手を振り上げ、金正恩に向かって「マンセー」の連呼、さらには円陣をつくってダンス。最後は再び花火が上がり、大団円。

 

 共和国創建記念日とあって、観覧席には功労のあった人士が招かれた。見慣れた長老も何人か見えた。例のピンクのチョゴリを着た名物アナウンサー、李春姫(この録画中継のナレーションも担当)もいて、何回か写され、最後の辺りでは金正恩に呼ばれて、触れんばかりに近づき、如何にも親しそうに話をするシーンもわざわざ放映された。観客席は部隊が変わる毎に映し出され、感嘆し感激する表情がアップされた。いかに誇らしく感じているかを強調したのだろう。

 

 ただ疑問もある。行進は正規軍ほどモモを異常に高く揚げないが、予備役とはいえほぼ一糸乱れず整然と。男は全員徴兵義務があるが、数日の訓練でこれほどなのは不自然でもある。一部は本物の予備軍だが、正規軍に予備役の制服を着せて動員したのではないか。疑問の声も出ているほどだ。また、今回も深夜にもかかわらず、児童数十人動員され、金正恩らに花束を捧げ、最後まで見学していた。

 

 金正恩はもちろん、参加の予備軍や参観者はほぼ全員マスクをしていない。直前の党政治局拡大会議(9・2)で、金正恩は「国家的な防疫体制を一層強化」するようハッパをかけたばかりである。なのに、真夜中「三密」状態をわざわざつくり、マスクもさせない。防疫体制以前の問題だ。

 

 パレードもさることながら、金正恩の変わり方も注目された。顔のむくみがとれ、すっきりした顔つきになっている。20kgは痩せたのではないか。明るいグレーのスーツだったこともあり、歩き方も前よりは軽快だ。また極端な刈り上げではなく、耳の上からの自然な刈り上げとなり、かなり印象が異なっている。「影武者」説も出たが、まあ本物だろう。年に三回もやらせるぐらいなので、閲兵式は気分がいい、終始上機嫌だった。

 

パレードで人心掌握? 壮大な浪費!

 

 予備役のパレードはこれまでの何回もあったが、今回ほど盛大なのは初めてではないか。労働新聞(9・10)は一面トップ、73枚もの写真を載せている。正規軍の時とほぼ同じだ扱い。また、軍事パレードは過去1年の間に3回目。最近これほどの頻度で行なう国はない。しかも経済制裁、重なる災害、コロナによる鎖国の「三重苦」の中で、巨額の費用、人手がかかる行事は、常識的には異常だ。それでも、パレードをせざるを得ない理由はなんなのか。困窮の中で薄れる恐れのある金正恩への求心力、団結力、統制力を維持強化するのが狙いだ。

 

 「政治体制の堅固性と優越性‥外部の挑戦と脅威にびくともしない不敗性において、我が国と比較できる国はない」。パレードで演説した李日煥・党書記は、「一心団結」を誇った。同時に現状については「地球上のどんな国家も遭わなかった前代未聞の難関」にあることを認める。だから「金正恩総書記の指導に従い、固く団結しよう」。要するに、人民に食わせることによって求心力を高めることは出来ないから、精神的な忠誠心を煽るために、こうした行事をしばしばやらざるを得ないというだろう。

 

 しかし、パレードで人民の腹が一杯になるわけはない。また、真夜中、おそらく10万人ほどの動員は、とてつもないエネルギーと時間の浪費だ。様々な飾り物、群衆が手に持つ旗や造花、参加する車両の塗装や燃料、花火、広い場照らすための光熱費‥‥。言うまでもなく、こうした行事によって何かが生産されるわけではない。要するにカネ、ヒト、モノは消費されるだけだ。しかも、「三重苦」の中で、年に3回もである。裏返してみると、それだけ団結力強化に危機を覚えているということだ。

 

 これから農繁期。いくら人手があっても足りない。8月からすでに水害、干害が発生しているが、復旧も急務である。パレードにはトラクターも見えたが、農業機械はここ数十年足りない。時にテレビに映るのは数十年前のものだろう。しかし、独裁体制そのものが、不自然なほどの団結力強化、そのための行事や仕掛けが欠かせないのだろう。

 

「3K」志願の青年をわざわざ集めて激励

 

 「家事よりも国家を先に考え、仕事の善し悪しをものともせず、祖国の重荷を一つでも減らすために献身する愛国者は、国家にとって大きな力だ」(8・30)。金正恩は、わざわざ「困難で骨の折れる部門に志願した青年」(記事のタイトル)9人を呼んで褒めちぎり激励した。総書記の前とあってしゃちほこばった青年の一人一人と握手し、記念写真に収まるなどして、「明るい将来を祝福」した。報道は抽象的だが、炭鉱や平壌から遠い農村など、いわゆる「3K(きつい、汚い、危険)職場」を自ら志願した青年を激励したのである。

 

 「こうした青年が数多く輩出しているのは我が国の優越性の表れ」と、金正恩は胸を張ったが、同時に「われわれの青年集団が燎原(りょうげん)の火となるべきである」と述べた。要するに、こうした青年たちが次々と出て来るようにしなければならないということだ。逆にいうと、3K職場への志願者が少ないので、わざわざ呼んで激励しなければならないということだろう。余談。一通り激励が済んだところで金正恩がたばこを吸い始めた。我慢ができないのだろうか。青年にいい手本にはならない。

 

 この激励に先立ち、青年節(8・28)を祝う大集会が開かれた。この後行なわれた記念撮影の映像を見ると、万人単位の青年が招かれた。朝鮮中央通信によると、この集会は「社会主義建設の困難で骨の折れる部門に志願した頼もしい青年たち」に対する金正恩の「祝賀文伝達の集い」だ。祝賀文によると、集まったのは「首都の市民証を派遣状にかえて炭鉱や協同農場に進出し、都市を離れて大建設場や離れ島にためらわずに進出する青年」であり「社会主義祖国の懐で育った朝鮮青年だけ」だそうだ。

 

 具体的には「山間の学校勤務を自ら希望した沙里院師範学校の卒業生、オクド共同農場での勤務を嘆願した南浦市竜岡郡の青年同盟委員会指導員、江原道の牧場に行くことを希望した平壌高級商店の職員たち」(朝鮮中央通信)だ。いずれも平壌周辺から農村地帯、僻地の職場を志望した青年たちが集会に参加したという。  

 

実は「立ち後れた青年」が多く、取り締まりも

 

 ただこの後の祝賀文では「立ち後れていた青年たちが、母なる祖国のために自分をささげる素晴らしい決心を固めて、困難で骨の折れる部門に進出することで人生の再出発をした」とも述べている。要するに「社会主義祖国の懐」で育ったにもかかわらず、これほど多くの青年たちが「立ち後れていた」ことを思わず漏らしてしまった。

 

 いわゆる3K職場が極端な人出不足はかなり昔からだ。このため、強制労働所などの囚人を動員していた。しかし、それでも人手は足りない。特に若い世代はこうした職場への嫌悪感が強い。このため、8月はじめには「最高権限の命令」で3K職場に自発的に志願するよう指示が出されたという。「自発的」という名の強制である。これに伴い、除隊者を強制的に3K職場に送ったところ、脱走者が多く出たという情報もあった。金正恩が言うように「党の呼び掛けには水火をもいとわぬ朝鮮青年の革命性と戦闘的気概を全世界に誇示」というわけではなさそうだ。

 

 実際に「平安南道では、すでに数百人の若者が農村や順川の炭鉱に向かったが、その中に幹部の子女は一人もいなかった」(9・6デイリーNK)という例も。このため、それ以外の地方も似たようなものらしく、全国的に党や保衛部などの取り締まり機関が、幹部連中の子女に対する「非社会主義行為の検閲」を行なっているという。強制的に農村や炭鉱に送り込むためだ。

 

 しかし、こうした若者は現場に送られても役に立たず、トラブルを起こすのがせいぜい。ほとぼりが冷める頃には、親がコネや賄賂を使って家に戻す。現地の管理者等も役立たずを抱えているより、賄賂のおこぼれに預かる方がマシ。デイリーNKの解説だ。「宝石のような愛国の心を抱いて祖国の復興と進歩のために奮闘する青年英雄になるべきである」。金正恩は、全国の青年に呼びかけたが、実態はそんなきれい事にはいかない。それ故に、3K職場行きを奨励する大イベントを開かざるをえないのである。なぜこんなことに。

 

配給を知らない「チャンマダン世代」の勝手

 

 「チャンマダン(市場)世代」。要するに、朝鮮動乱はもちろん配給の恩恵を知らない世代だ。1990年代の後半、ソ連崩壊、東西冷戦終結の影響を北朝鮮はまともに受けた。経済を支えていたソ連や中国など社会主義国からの援助が止まり、貿易での特恵措置がなくなった。さらにそれまでの農業インフラ整備の手抜きが重なり凶作にも見舞われた。このため飢餓などで百万から2百万人が死亡した。いわゆる「苦難の行軍」である。

 

 この時から、社会主義の柱である配給制度は運営が出来なくなり、「革命の首都」平壌以外の配給はほとんど止った。生き残りの手段として出てきたのが闇市だ。私による営業は認めない建前だが、餓死者を出さないためには、労働党も認めざるを得なくなった。各地に「チャンマダン(市場)」ができた。今では全国に400以上と言われ、「市場経済」(「しじょう」と言うより「いちば」と呼んだ方がしっくりする)は、大分前から民生経済の中心になっている。

 

 ヒトは物心が付くのが5歳前後とすると、1990年生まれ(今年31歳)以降の若者のほとんどは「配給を知らない世代」だ。配給のありがたさを知らなければ、当然体制とそれを率いる「首領様」への忠誠心も湧いてこない。学校では、毎日「首領様」への忠誠、「決死擁護」を教えが、実感が伴わなければ、身につく度合いは薄くなる。社会へ出ても、いかに楽をして食っていくかが最大の関心事だ。

 

 また、「平壌」のより増しな生活、金正恩が自慢する彩色された高層住宅街は、時にテレビで放送される。汗水垂らし、泥にまみれ、あるいは粉塵に息を詰まらせて働く3K職場は、最も望ましくない職場だ。いかに「首領様」が命令しようが、労働党が指示しようが、なんとか避けたい。独裁体制がいい悪いとは関係なく、とにかくいやなものはいやだ。「チャンマダン世代」は、古い世代、あるいは権力層からは、なんともやっかいな世代なのだ。

 

「韓流」取り締まりも厳しくなったが

 

 「反動的思想・文化排撃法」―。昨年暮れの最高人民会議常任委員会総会で採択された法律だ。「南朝鮮式に話したり、南朝鮮唱法で歌ったりした者は労働鍛錬刑または2年までの労働教化刑に処する」(27条)。「韓流」といわれる韓国の映画、テレビドラマや歌謡ショー、そのなかで使われるソウルなまりの単語や言い回しはダメ。また、中国の携帯電話使用、麻薬の栽培・売買‥‥いわゆる反動的と見る行動を厳罰に処すための法律だ。

 

 具体的には、夫のことを「オッパ」(北でもヨボか)、ボーイフレンドを「ナムチン」(北ではナムドンム)などは韓国式の呼び方だ。また、「恥ずかしい」を「チョクパルリダ」、「そして」の簡略形「クルゴ」なども韓国式の言い方だ。さらに「路上で恋人たちが抱き合うことも革命の敵と見なされる」し、韓国のポップソングはもってのほかだ。(7・8国家情報院が国会へ報告)。

 

 いわゆる韓流取り締まりは、米朝首脳会談決裂、南北交流が中断した後に厳しさを増した。金正恩は非公開の会議で「変態的な傀儡(かいらい)の言葉遣い、傀儡風を一掃せよ」と指示した(昨年)という。それなのに、あらためて取り締まり法を作ったのは、韓流が少しも減らないからだ。

 

 こうした韓流の流行を支えているのが「チャンマダン世代」である。北朝鮮の言い回しに比べてやわらかいしゃべり方をするソウル訛りは、「戦争を知らない世代」でもあるこの世代にとっては、なんの拒否感もなく、むしろ聴き心地がいい。というよりかっこいい。ないものにあこがれるのは若者の常でもある。

 

 どの国でも、世代による断層は存在する。しかし、北朝鮮のような全体国家、「首領様」に全ての権力を集中させる北朝鮮では、体制の危機に結びつく。それ故の厳重取り締まり、厳罰だ。一時的に韓流は下火になるかもしれないが、面白いものは面白い、かっこいいものはかっこいいのである。感情まではなかなか取り締まれない。「世代の落差」あるいは食い違いは、これからも独裁体制の難問であり続けそうだ。

 

これからも「イベント」が必要?

 

 ここまで書いたら、北朝鮮は「(9月)11、12両日、新たに開発した新型長距離巡航ミサイルの試射に成功した」と写真付きで発表した。「国家の領土と領海上空に設定された楕円および8字形飛行軌道に沿って7580秒飛行し、1500km先の標的に命中した」という。1500kmなら日本列島は範囲内だ。在日米軍基地を意識してのことだろう。

 

 続けてミサイル発射(9・15の真夜中)。「鉄道軌道ミサイル連隊」による弾道ミサイル。中部山岳地帯から、日本海へ向けて2発発射「800km水域に設定された標的を正確に打撃した」(朝鮮中央通信)という。ここは日本の排他的経済水域(EEZ)内だ(防衛省)。ただ、2回とも金正恩は「現地指導」をしなかった。ちなみに、先の巡航ミサイルは国連安保理非難決議の対象外だが、今回は対象になる。

 

 丁度この頃、日米韓高官協議(9・14)。中国の王毅外相が訪韓しての外相会談(9・15)が行なわれた。また、韓国はSLBMの水中発射が成功と発表、文在寅大統領が「ミサイル戦略の増強こそ、北の挑発に対する確実な抑止力なる」と述べた(9・15)。先には、縮小して行なわれた米韓合同軍事演習に対して、北朝鮮は「対抗措置」を予告していた。

 

 北朝鮮は苦境を脱出するため、対米交渉を最優先課題に据えている。このため、これまでも核ミサイルの実験など、武力挑発によって、協議の場に引っ張り出そうとしてきた。今回も今年1月に発足したバイデン政権をにらみながら、様々な効果を狙っての連続発射だろう。

 

 相互信頼ではなく脅しによって相手をさせようという姿勢は変わりないようだ。しかし、米国がこれに屈して、北朝鮮が望むような交渉に応じることはない。今のところ、「三重苦」からの脱出はまったくめどが立たない。ミサイル発射は人民の忠誠心刺激にもなる。これからも人民が余計なこと、体制への不平・不満を抱かないよう、人心掌握のイベント、ハプニングを続けざるをえないようだ。

 

更新日:2022年6月24日