恐怖政治が強まる一方!

(2021.7.20)岡林弘志

 

 

 「第二の苦難の行軍」をどう乗り切るか。最近顕著になってきたのは、恐怖支配だ。コロナ関連で失政があったという理由で、軍の最高首脳部が左遷された。これによって、一時的には綱紀粛正が進むだろうが、様々な失政は、永年の独裁の病弊の積み重なりだ。トカゲのしっぽ切りで、「三重苦」が解けるわけではない。また、人々の生活苦が和らぐわけではない。粛正の反動が出てくるのではないか。

 

「幹部の無能と無責任」

 

 「党の重要決定の実行を怠ることによって、国家と人民の安全に大きな危機を醸成する重大事件を生じさせた」(6・22)。金正恩・労働党総書記は、党中央委政治局拡大会議を招集して、厳しく糾弾した。「国家非常防疫戦の長期化に応じた組織・機構的、物質的および科学技術的対策」のことだという。要するに新型コロナの流行が長期化するのに伴う対策、対応について指示されたことをちゃんとやらなかったということだろう。

 

 演壇に立った金正恩は、眉間にしわを寄せ、終始険しい表情。時に非難すべき人物を指さして、こうなった原因は「幹部の無能と無責任感だ」と決めつけた。これからも「幹部の中に現れる思想的欠陥とあらゆる否定的要素との闘争を全党的に力強く繰り広げる」と、厳しく対応する方針を示した。恐怖政治はこれからも進む。

 

 ただ、肝心の「重大事件」が何なのか、具体的な言及はなかった。ただ、このことが判明したきっかけは、「党の決定と国家的な最重大課題の遂行を怠った一部の責任幹部の職務怠慢行為が詳細に通報」され、「資料通報があった」からだ。要するに内部告発、チクリがあって、金正恩の知るところとなったのである。忠誠競争の結果でもある。

 

 これに伴い、拡大会議では「政治局常務委員」も含めた懲罰人事も行なわれた。常務委員と言えば、金正恩、崔龍海・最高人民会議常任委員長、趙甬元・党書記、李炳哲・党中央軍事委員会副委員長、金徳訓・首相の5人しかいない。最上位の顔ぶれだ。その誰かが左遷というのだから大事件だ。しかし、事件の具体的な内容と人物については、この日の会議や北朝鮮のメディアでは、未だに公表していない。

 

 ただ、数日後に朝鮮中央テレビで放映された画像を見ると、これらの議案の採決の際、挙手しない幹部がいた。軍のトップである李炳哲・労働党中央軍事委員会副委員長(党常務委員)とナンバー2の朴正天・軍総参謀長(党中央委政治局員)。二人はうつむいたままだった。また、教育・科学技術担当の崔相建・書記(政治局員)は、席にいなかった。議案の対象になれば、当然採決には参加しない。処罰の対象になった可能性が大きい。

 

ミサイルの最高責任者を更迭

 

 数日後、やはり李炳哲は降格されたことが判明した。金正恩は金日成主席の27周忌に錦繍山太陽宮殿を参拝、多数の幹部が随行した。李炳哲はこれまで最前列だったが、この日は3列目。しかも軍服ではなく人民服。これによって、常務委員解任が明らかになった。「軍需工業相に降格された」(韓国・国家情報院)とも。やはりである。

 

 李炳哲は、金正恩の治世になってミサイル開発を中心になって進めた功労者だ。このため金正恩の信頼は厚く、2019年末に政治局委員、昨年8月には常務委員と中央軍事委員会の副委員長へと上り詰めた。元帥の称号も付与されている。今回、軍の不祥事で、トップとしての責任をとらされたということだろう。

 

 しかし、これからも米大陸向けの戦略ミサイルの開発は手を抜けない。このため、これまで軍首脳であっても公開処刑など残酷な方法で粛正された例もあるが、李炳哲は今回、宮殿参拝にも顔を見せ、比較的軽い処罰で済んだといっていいか。後任についての発表、報道はない。このため、しばらくの冷却期間をおいて復活するかもしれない。

 

 同時に、他の軍幹部の人事も行なわれた。国防相には李永吉・社会安全相が昇格した。金繍山宮殿参拝によって確認された。社会安全省の制服でなく、軍服を着て大将(星4つ)の肩章を付け、2列目に並んでいた。金正寛・国防相は解任されたということになる。また、朴正天・軍総参謀長は元帥から次帥に降格させられた。これも「重大事件」にかかわってのことだ。後任の社会安全相にはキム・ジョンホ氏が復帰したという。軍上層部がこれだけ変わるのは珍しい。

 

 なお、李永吉は浮沈が激しい。金正恩政権発足後の2012年に軍総参謀長に就任したが、16年に解任され、韓国では処刑説まで出た。その後参謀部作戦総局長に左遷されたことが確認された。18年には再び総参謀長に復帰したが、19年には解任された。今回再び表舞台に登場した。また、キム・ジョンホも返り咲きだ。こうしてみると、金正恩は事あるごとに懲罰人事を行なうが、静かに反省していれば、復帰する可能性も。要するに、人材が限られているということだろう。

 

コロナを恐れ過ぎての「重大事件」

 

 それでは、いかなる「重大事件」だったのか。今回の拡大会議は、党中央委総会(6・15~18)からわずか11日しか経っていない。それだけ、金正恩のかんに障ったということか。内容については、韓国を中心に様々な情報が飛び交っている。

 

 デイリーNK(7・1)によると、軍によるコメ密輸だという。金正恩は国民の食糧難解消のため、軍糧米の放出・配給を命令した。ところが、軍内部ではかねて幹部による横流しが頻繁に行なわれている。また、軍へのコメ供給も滞りがちで、十分な備蓄米はない。このため、急きょ傘下の貿易会社などを通じて中朝国境や南浦港を通じて大量のコメを搬入した。

 

 しかし、北朝鮮は新型コロナの搬入を抑えるため、昨年1月から国境閉鎖、貿易を停止している。ただ、国家が必要と判断した物資のみが搬入されているが、そうした物資も消毒と一定の隔離期間を経た上で国内への移送が許可されるなど、厳重な管理がなされている。このため、コメの搬入に疑問を持った南浦検疫所が上層部に報告、発覚したという。また、咸鏡北道(ハムギョンブクト)など一部国境地域では、中国から持ち込んだコメを、“隔離期間”を経ないまま国民に供給したという。

 

 また、中央日報(7・14)は、「韓国政府の当局者」の分析として、「義州飛行場の防疫設備に金正恩委員長が怒った」ためと報じた。金正恩は6月下旬、中朝国境の新義州近くにある同飛行場を視察した。中国からの輸入や支援物資に備えて各種施設を建設中だが、防疫設備が十分に整備されていないのを知って激怒したのだという。北朝鮮は国境を封鎖しているが、さる3月習近平国家主席が「人民によりよい生活を用意する考えがある」と金正恩に親書を送った。

 

 これを受けて、金正恩は支援を受けることを決め、「確実な防疫」を施すための施設を早急に作るよう指示した。グーグルの人工衛星写真でも施設が建設中なのが確認できたという。ところが肝心の防疫施設が整わず、「国の経済事情と人民生活を深刻に阻害した」のである。果たして、新型コロナのウイルスが物資に付着して、感染の原因になるかよくわからないが、金正恩が異常なほど神経質になっているのはよくわかる。

 

 いずれが真相か、いまのところ不明だが、軍の食糧横流しは永年の悪弊だ。中にはいたずらに私服を肥やす軍幹部もいるだろうが、給与だけでは家族を養えず、やむを得ずというケースがほとんどとも言われる。また、防疫施設といっても、国内では良質なものは生産出来ず、もともと輸入に頼ってきた。それが「コロナ鎖国」で止まってしまい、どうにもならなかったのだろう。責任者の怠慢以前の問題だ。

 

人民は首領様の「やつれた姿」に涙

 

 「総書記同志のやつれた姿を見ると、我々は非常に胸を痛めた。みんな『自然に涙が流れる』と言っている」(6・25)。朝鮮中央テレビは、数日前金正恩が国務委員会演奏団の公演を鑑賞する姿を見ての市民の感想を放映した。要するに、金正恩の激やせの姿を見て驚き、おかわいそうにと嘆いたということだ。確かに、その後の党中央委拡大会議で演説する金正恩を見ると、ぽっちゃりしていた顔は張りがなく、幹部らを叱責したこともあり、眉の間にははっきりと縦皺がよっていた。

 

 このため、韓国メディアでは重病説などが飛び交ったが、韓国国家情報院は、「10キロから20キロ減量した。その後、何時間も会議を主宰し総書記としての活動についても全く問題がない」と国会に報告、病気ではなく、減量したためという見方を示した。30代後半にして、身長170㎝、体重140kgというのは尋常ではない。すでに、成人病をいくつもといわれており、ダイエットをするのは遅すぎるくらいだ。

 

 それなら、健康のためにダイエットと言えばそれで済む話だ。しかし、独裁者は求心力を高めるために、利用せざるを得ない事情があったのだ。ここ数年食糧難は厳しくなる一方、人民の不満は最高指導者に向かいつつある。そこをなんとか交わすために、担当幹部を更迭し、最高指導者の心痛はいかばかりという演出をしているのだろう。

 

 そういえば、金正恩は昨年の労働党創建75周年記念日(10・10)で、「人民に報いることが出来ずに面目ない」「私の努力が足りずに人民が困難から抜け出せないでいる」と、涙を流しながら詫びた。そして、一月の党大会では「五カ年経済戦略」の「全ての目標が達成できなかった」と反省した。そして「人民第一」をスローガンにやっていくと約束した。要するに人民のことを心底から考えていることを盛んにアピールしてきた。

 

 ところが、食糧をはじめ人民の生活は苦しくなる一方。このままでは自分に非難が集中する。これを避けるため、オレは一生懸命やっているのに、下々が言うことを聞かない。というところを人民に具体的に見せる必要があったのだろう。それが今回の懲罰人事だ。未完成の平壌総合病院の建設でもそうだったが、責任者に工事の遅れを全て押しつけ、責任をとらせる。元々は経済制裁を招いた核ミサイル開発、それに伴い民生経済をおろそかにしたことが原因だ。自らの国家運営、指導力に問題があるからだ。

 

食糧難は進み、反動・反発はないか

 

 それを棚に上げて、部下の責任ばかりを厳しく追及する。北朝鮮の特権階級は、自分たちの権益が守れるから金正恩を「決死擁護」する。しかし、場合によっては生命の危険までも招くとあれば、当然金正恩離れ、反金正恩の動きも出てくる。5月には平壌で反金正恩ビラが撒かれたという情報が漏れてきた。その後も他の地域でもビラが撒かれたという情報もある。

 

 「北朝鮮住民の4割が栄養不足」-国連食糧農業機関(FAO)など食糧、保健などの国際機関の2021年版報告書(7・13)によると、18~20年における北朝鮮の栄養不足人口は1090万人で、総人口の42.4%。人口の半数近くが栄養不足というのだから、最貧国の程度がさらにひどくなったということだ。当然、FAOは、外部からの食糧支援が必要な国(食糧不足国)に再指定した。

 

 すでに言われているように、いま北朝鮮の食糧事情は極めて深刻だ。アジアプレス(7・14)は、携帯電話などによって得た住民の「コロナより飢えの方が怖い」という声を紹介している。具体的には「現金がなくなると、隣人や知人からカネや食糧を借り、さらには家財を質に入れたり、売ったり。借金取りが押しかけ、鍋釜まで奪っていく光景が近所でもしばしば見られる。さらには犯罪か、女性なら売春、最後に家を売る」。「倒れて事切れた人を見るのが珍しくなくなった。コチェビは皆死んだのではないか」

 

 さすがに、このまま放置出来ないという認識は強まっているようだ。このため、労働党や政府から地方に向けて、住民への配給、トウモロコシの無料配布など、様々な指示が出て、各種の会議が行なわれているという。しかし、無い袖は振れない。咸鏡北道では、かろうじて配給が行なわれたが、届いたトウモロコシの質がひどく「ニワトリのエサを食えというのか」と住民は強い不満を漏らしている(7・19デイリーNK)という。かえって住民の反発、不満に火をつけるかっこうだ。

 

 また、地球温暖化の影響で、今年も風水害は必至だ。明るい展望は全く見えず、「三重苦」の程度はさらに激しくなりそうだ。

 

更新日:2022年6月24日