何か変わるのか?!

(2021.6.20)岡林弘志

 

 北朝鮮の最高規範、労働党規約が改定された。金正恩総書記が権力を握ってから10年。「白頭山の血統」だけでなく、自分らしさ、独自性を出したいという意向を反映しているようだ。おやっと思わせるのは、総書記の「代理人」である「第1書記」を新設したことだ。独裁政権でのナンバー2は危うさを秘めているがどういうことか。しかも改定から半年も経つのに未だ公表していない。権力内部で何か起きているのか。「三重苦」による「第2の苦難の行軍」は続く。

 

「第一書記は総書記の代理人だ!!」

 

 「党中央委員会第一書記(原文は第一秘書)は朝鮮労働党総書記の代理人である」(第3章26条)。労働党規約にこの条文が加わった。1月の第八回労働党大会で決定されたが、北朝鮮は公表してこなかった。北朝鮮では、総書記が「上御一人」。絶対的権力を持ち、ナンバー2も3も4もないといわれてきた。金正恩総書記は、いくつかの持病を持っているが、未だに30代後半、本人が様々な会議を主催するなど活動をしている中で、いかなる意図があるのか。

 

 わかりにくいのは、規約改定からすでに半年が過ぎたのに、その部分を北朝鮮が公表しないことだ。党大会5日目(1・9)に可決され、当時注目を集めたのは「総書記」の肩書き復活。翌日、金正恩が「推挙された」。これは直ちに公表され、日韓のメディアに大きく取り上げられた。ご存じの通りだ。

 

 それだけでなく、改定された党規約そのものも、未だに公表されていない。前回の第七回党大会(2016・4)では、直後に公表され、朝鮮中央放送など北朝鮮メディアが全文を報道した。今回は、韓国のハンギョレ新聞や日本の李相哲TV(ユーチューブ)が5月末に全文を入手し、この部分を伝えたことで明らかになった。

 

 当の26条には、まず「党中央員会は、党中央委第一書記、書記を選挙する」とさりげなく「第一書記」が入っている。そして次の段落で改めて1行分空けて、冒頭に紹介した「総書記の代理人」の条文が置かれている。やはり、特別な項目ということだろう。「第一書記」の名称は、金正日総書記が死去した後の2012年4月~2016年5月、金正恩が使った。「祖父や父親が使った総書記の名称は恐れ多い」という理由だった。今回の「党中央委第一書記」は、これとは全く違う。北朝鮮で初めて登場した肩書きだ。

 

「代理人」は何を代わるのか?

 

 それでは、「代理人」とは何か。最も素直な解釈は、総書記に万が一のことがあり、統治行為が出来なくなったとき、代わって統治に当たるということだ。肥満などによるいくつのも成人病を持つ金正恩にとっては、万が一の備えをしておくのは、ある意味で当然だ。

 

 もう一つは、何から何にまで権限を持つ独裁者のやるべきことは無限にある。独裁者とて生身の人間、ここは普段から代理人を置いて、国家存続の根幹にかかわらない部分の任務は分担する。総書記の負担を軽減するための措置。これも極めて常識的な解釈だ。

 

 総書記の後継者という見方も出来るが、党中央委がこの代理人を「選挙する」と明記してある。これまで、総書記など「上御一人」は、選挙でなく「白頭山の血統」が「推戴」によって就任していた。その後継者も上御一人の意向に従って決められた。ということを勘案すると、後継者というのは無理があると思う。

 

 ただ、独裁者にとって、ナンバー2は極めて危険な存在になり得る。ナンバー1にとってかわる存在だからだ。金正恩が叔父の張成沢を無残な方法で処刑したのは、外貨を貯め、徒党を組もうとしたからだ。ナンバー2ともなれば、必ず取り巻きが出来る。ナンバー1から遠ざけられたり、処罰されたりした者は、起死回生を掛けて取り入る。やがては、ナンバー1は邪魔な存在になり‥‥。特に張成沢には、「あんな若造に‥」という底意があり、見破られた。

 

 こういうことを想定して、金一族は、ナンバー2の存在を許さなかった。金日成は実弟を要職に就かせたが、権力の中枢には触らせなかった。ただ、後継者として、長男の金正日を指名し、1980年に公にした。このため、金正日の回りには、取り巻きが出来、さらには父親の権限を少しずつ奪い、金日成の最後は哀れだったとも言われる。この経験もあってのことと思うが、金正日が金正恩を後継者にしたのは、持病が悪化して、持ち直す可能性がなくなってからだ。

 

またまた、健康不安説も

 

 こうしたナンバー2の持つ性癖や危険を金正恩もよくわかっているはずだ。取り巻きは余計わかっている。それなのに何故、自分の「代理人」を置くことにしたのか。やはり、健康状態などを勘案して、後継者を決めておかざるを得なくなったのか。金正恩の負担を減らすために、という側近等の説得を受け入れたのか。

 

 そういえば最近、金正恩の「激やせ」説が出ている。米国の北朝鮮専門メディア「NKニュース」が「普段から高度肥満で糖尿病や心臓疾患などの病気を患ってきた金正恩氏が突然痩せた」「健康異常の可能性も排除できない」(6・8)と、報じたことがきっかけだ。労働党政治局会議(6・4)を主催した金正恩の見ると、4月30日に比べて一目で分かるくらい痩せていたという。その証拠として、昨年11月と今年3月、6月4日の「腕時計を着用している金正恩氏」(朝鮮中央通信)の写真を比較、バンドの締め方が狭くなっているという。

 

 確かに今年に入って、金正恩は会議を時々主宰しているが、昨年までは積極的だった現地視察が激減している。最近では、平壌市内の住宅建設(3・25,31)ぐらいしか報道されていない。改めて、1ヶ月ぶりに姿を見せた党政治局会議(6・4)の写真を見ると、たしかにむくんでいるように見え、覇気が感じられない。健康に不安を感じて、職務代理をおけるようにしたということか。

 

「白頭山」の金与正か「最側近」の趙甬元か

 

 それでは、具体的に誰がなるか。最も有力とされるのが、最近、金正恩の最側近に昇ってきた趙甬元・党書記(労働党中央委政治局常務委員兼中央軍事委員)。今年63歳か。頭髪が大分後退した丸顔で、金正恩の出るところ、必ず寄り添う。労働党の会議を司会し、時に幹部を指さして叱責する場面の映像も流された。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いだ。職務を分担すると「第一書記」には、最も近いところにいるといえそうだ。

 

 また、金正恩の実妹、金与正・党中央委宣伝扇動部副部長の名前も出ている。ナンバー2ともなれば万が一の場合は金正恩の後継者となる。「白頭山の血統」以外は考えられないという見方からだ。いま、権力内部で該当するのは、金与正ただ一人だ。韓国・平昌での冬季五輪の際は、事実上の使節団団長として訪韓し、存在を誇示した。その後、紆余曲折があったが、今も対韓国政策の最高責任者として、時々対韓非難声明などを出している。

 

 ただ、今年1月の第八回党大会などで、金与正は政治局員候補から外された。また、その後の韓国非難の声明の署名を見ると、「党第一副部長」から「副部長」に降格している。金正恩が対南関係を任せたところ、開城の南北連絡事務所を爆破(20・6・16)というなんとも荒っぽいやり方に、さすがの金正恩もあきれたという。このため、実務的な代理人を任せることはなさそうだ。また、金正恩には男の実子がいるようで、妹が後継者という可能性は低い。

 

 今年3回目の党中央委総会(6・15~18)が開かれた。ここで「代理人」の選挙がという観測もあったが、これに関しての発表はなかった。公に出来ないのか、決まってないとしたら、万一の場合の職務代行、その時になって決めるということかもしれない

 

「武力赤化統一」はそのままではないか?

 

 韓国で注目されているのが、いわゆる「武力赤化統一」にかかわる部分だ。序文の「朝鮮労働党の当面目標」はこれまでの「全国的範囲で民族解放民主主義革命の課題を遂行」という文言が変わった。新規約では、「全国的範囲で社会の自主的で民主主義的な発展を実現」になっている。南半部は「自主的で民主主義的」に運営するのを認めるとも読み取れる。また、序文の終わりの方にある「南朝鮮」に言及した部分。「南朝鮮人民の闘争を積極的に支持・応援」は「民族の共同繁栄を実現するため闘争する」に変わった。

 

 こうした変化について、ハンギョレ新聞(6・1)は、南北分断の現実を受け入れ、南北関係の認識の枠組みを変えたという。要するに、これにより金正恩が「2012年の政権獲得後から模索してきた二つの朝鮮志向という朝鮮半島の未来像を、労働党規約という最上位規範に公式に反映し始めた」「現実を反映した『共存』への方向転換」した現れと分析。過去の南北国連同時加盟、南北基本合意書の採択、過去5回の南北首脳会談などを勘案してのことと言う。その通りなら「北主導統一革命統一論を事実上廃棄した」ことになるが‥。

 

 ハンギョレ新聞はかねて対北融和姿勢で知られている。この記事では結論として、韓国の「国家保安法」に言及する。要するに、北朝鮮が「北主導革命統一論」を捨てた以上、「国家保安法存廃論争に重大な影響を及ぼしうる」と主張、見出しにもとっている。回りくどい表現だが、北朝鮮を「反国家団体」とみなすこの法律は無用、廃止しろということだ。

 

 国家保安法は、実際に北朝鮮が韓国内で諜報、謀略活動をする上で、最大の障害になっている。このため、事あるごとに北朝鮮は廃止を求めてきた。同新聞が紹介しているように、初の南北首脳会談(2000・6)で金正日国防委員長が「どうして廃棄しないのか」と求めたこともある。しかし、韓国は結果として受け入れなかった。北の対南工作が続いているからだ。

 

 北朝鮮が、本当に「武力赤化統一」を放棄したなら誠に目出度い。これにより、朝鮮半島と周辺は70年以上にわたって、不安定を強いられてきたのだから。しかし、今回の改定党規約を読むと、どうして楽観できるかよくわからない。確かに「当面目標」の段落では、「民主的発展を実現」という文言が出てくる。しかし、続く「最終目的」の部分では、「人民の理想が完全に実現された共産主義社会を建設する」と明記してある。要するに「赤化」はあきらめていないということだ。

 

 また、在韓米軍について言及している段落では、「美帝の侵略武力を撤去させ‥‥全ての外勢の干渉を徹底的に排撃」と、これまでの方針を改めて明記してある。そして、「強力な国防力で根源的な軍事的脅威を制圧し‥祖国の平和統一を前に立て民族の共同繁栄を実現するため闘争する」と続く。「強力な国防力」というのは核・ミサイルの大量破壊兵器をちらつかせてということだろう。これでは「武力統一」を捨てたとは読めない。

 

先代より自分、金正恩の独自性を強調!

 

 改定党規約全体を読んで、特徴的なのは、祖父や父親ではなく、金正恩の考えを前面に押し出していることだ。まず、「金日成や金正日の個人名が一度も登場しない」(6・2ハンギョレ新聞)。冒頭は「朝鮮労働党は偉大なる金日成-金正日主義党だ」と歌われ、「『偉大なる金日成-金正日主義』や『社会全体の金日成-金正日主義化』(合わせて10回)」と、名前は出てくるが、いずれも主義の名称として使われている。旧規約には「金日成が44回、金正日が40回登場」するが、今回は個人名としては一つも出てこない。

 

 当の金正恩はどうか。以前の党規約では「15回」(同)出てきたが、今回は一度も出てこない。確かに、金正恩の個人名は出てこないが、この間金正恩が打ち出した政治路線は各所にちりばめられている。昨年末辺りから、演説によく出てくるのが「人民大衆第一主義」だ。この用語は改定規約の序文に「朝鮮労働党は、人民大衆第一主義を社会主義基本政治方式とする」という項目を立てて明記されている。

 

 また、金正恩が就任当初から掲げてきた核と経済発展の「並進路線」は、核は完成と、昨年経済重点に切り替えられた。このため、今回「並進路線」は消え、「自力更生の旗の下に経済建設を確実にし」と、これまた、金正恩が強調、今年からの経済五カ年計画の軸となっている「自力更生」が登場した。

 

 指導者の個人名が出てこないことなどから、ハンギョレ新聞は「変化の核心は“人治”から“党中心の制度による統治”への重心移動」と解説する。これによって、金正恩の「ツルの一声」で、やたらに遊興、観光施設、見てくれの住宅を作り、「速度戦」を強いて結果として欠陥施設に‥‥などの独善がなくなるなら、人民にとっては喜ばしいことだ。

 

 しかし、現実は「昨年の台風被害で人民の食糧事情が逼迫(ひっぱく)している」(6・15党中央委総会)。金正恩は食糧難を認めた。そのうえコロナ防疫のため「人民の衣食住を保障する闘争は長期化する」という。理由に水害とコロナ禍を挙げたが、実際はそれ以前から、治山治水、農業インフラ整備をおろそかにし、核ミサイル開発にカネや資源をつぎ込んできたためだ。「人民第一主義」とは言えない。

 

 また、党機関中心の国家運営にはならない仕組みもある。「党の唯一領導体系確立の10大原則」(2013年改定)だ。全国民が暗記させられ、実は党規約より重みがあると言われる。金一族への絶対忠誠、絶対服従、決死擁護を内容とする。「金一族独裁」のための最高法規のような存在だ。これがある以上、上御一人への個人崇拝はなくならない。人民はあくまでも奉仕する存在だ。

 

混迷はさらに深まる?

 

 党規約は、これまでも5年に1回の党大会の度に改定されてきた。いわゆる「不磨の大典」ではない。その時の首領様の意向で変わったと目新しさをアピールする一つの手段でもある。これによって国のあり方の基本が変わることはなかったと思う。

 

 今回の改定如何にかかわらず、経済制裁、昨年の大水害、コロナの「三重苦」が重くのしかかる。コロナは変異株が脅威を増し、コロナ鎖国はなかなか解けそうもない。「第2の苦難の行軍」にあえぐ現状に変わりはない。物、外貨、食糧、電力などの何重もの「不足」押しかかる。金正恩が昨年鳴り物入りで着工した平壌総合病院、燐酸肥料工場について、とうに「速度戦」によって完成しているはずだが、その後の報道はない。

 

 さらには、平壌の中心地でも配給停止が広がっている。特に地方は、食糧不足、市場での商売制限、厳しい取り締まり、それへの反発などが重なり、治安が悪化している。また、平壌市内では4月に続いて、5月にも反金正恩ビラが撒かれ、治安当局が取り締まりに躍起という情報もある。様々な「会議」は踊るが、混迷はより深刻さを増している。

 

更新日:2022年6月24日