ジレンマは変わらず

(2021.5.17)岡林弘志

 

 米国のバイデン政権が対北朝鮮政策をまとめた。「現実的アプローチ」だというが、具体的な内容は明らかでない。一方の北朝鮮は「核は独裁体制の守護神」と位置づけており、今の体制が続く限り核を手放すことはなさそうだ。これまでもこの壁を打ち破ることが出来なかった。「非核化」のためには体制崩壊を待つか、妥協的な方法としてまずは開発を凍結させるか‥‥。堂々めぐりに陥るか。当面は、経済制裁によって国力が疲弊する状態を続けさせて様子を見るしかないか。

 

「現実的アプローチ」で、当面静観か

 

 「北朝鮮の核開発は米国と世界の安全保障にとって深刻な脅威だ」「同盟国と緊密に連携して、外交と厳しい抑止力を通して対処したい」(4・28)。バイデン大統領は、初めての施政方針演説で、対北朝鮮政策の基本姿勢を明らかにした。当然、厳しく対応していくが、日本や韓国と緊密な連携を取りながら進める意向を示している。

 

 同時に、サキ大統領報道官は、バイデン政権による対北政策見直しが完了したことを明らかにした(4・29)。「(トランプ政権の)『一括的取り引き』や(オバマ政権の)『戦略的忍耐』でもない」「綿密で実質的な接近、そして外交的な解決法を模索する」という。そして「調整された現実的アプローチ」と強調した。その手の内は明かさなかった。

 

 対北対応については、その後のG7外相会議(5・4~6)でも取り上げられ、改めて北朝鮮に国連安保理決議に従うよう求め、北朝鮮の完全非核化へのコミットメント(関与)を確認した。同時に、ブリンケン国務長官は、記者会見で「北朝鮮が外交的に関与することを望む」「我々は、数日後、数ヶ月後、北朝鮮が言葉だけでなく、実際にいかなる行動をとるかを注目している」と当面、北朝鮮の出方を見守る意向を示した。

 

 発足したばかりのバイデン政権は、自らの公約の実行だけでなく、トランプ政権の後始末や後遺症の手当てに忙しい。地球温暖化対策や新型コロナなどにかかわる国際機関への復帰、対中国連携の再構築、国内では雇用の創出など。最初の「百日」の間に、いかなる業績を残せるかが試されているからだ。また、対イランやイスラエルとガザ地区との紛争など、対処すべき多大が山積している。その中で、対北政策はかなり優先度が低そうだ。当面、北朝鮮が物騒なことをしないよう注視するということだろう。

 

 一つ気になるのは「我々の目標は、朝鮮半島の完全な非核化」(サキ)という用語だ。トランプ政権では「北朝鮮の完全な非核化」と言った。「朝鮮半島の非核化」は、北朝鮮が持ち出した用語だ。北も非核化するから、韓国も非核化、米軍の核持ち込みは許さないということだ。さらには、持ち込みの可能性をなくすため、在韓米軍の撤退、グアムや在日米軍の核の規制も求めるだろうといわれた。

 

 今回、米国が何故「朝鮮半島」と言ったのか。北朝鮮に柔軟に対応するというメッセージ、北朝鮮を協議の場に出させるためという見方もある。ただ、G7外相会議や日米外相会談の後、茂木敏充外相は、「北朝鮮の大量破壊兵器と弾道ミサイルの『完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄(CVID)』を目指すことで一致した」という。使い分けか。

 

「サラミ戦術」の繰り返しにならないか

 

 具体的には、どんな方法を描いているのか。どうも、「段階的なアプローチ」ではないかという見方が多い。まずは核ミサイルの実験停止、製造部門の凍結‥‥と進めていき、見返りに制裁の一部解除、米韓合同軍事演習の規模縮小、凍結‥‥と小刻みに進めていく。米国メディアは「特定の行動に見返りを与える準備が出来ている」(米高官)という。

 

 もしそうだとすれば、1990年代、2000年代のやり方と似ている。この方法は「いつか来た道」になる可能性が大きい。南北や米朝の間で、核開発停止などのいくつかの協定が結ばれ、軽水炉爆破など一定の進展はあった。しかし、北朝鮮があれやこれやいちゃもんを付け、協定は結局有名無実になってしまった。

 

 当時、北朝鮮の「サラミ戦術」といわれた。老朽化した施設などを壊すなど、サラミを切るように少しずつやってるところを見せ、その都度見返りを得るという方法だ。実際に韓国、日本は多額のドルを北朝鮮に渡し、様々な援助をした。ところが、この間も北朝鮮は秘密裏に核ミサイル開発を進めていた。交渉決裂後、しばらくして核ミサイル実験を再開したことでよくわかる。

 

 そして、2000年代、イラクのサダム・フセイン、リビアのカダフィが亡き者にされた。この出来事は金正日総書記に非常な恐怖を与えた。北朝鮮は、いずれも核を持っていなかった、あるいは放棄したため、亡き者にされたと判断。核こそ体制の守護神と改めて位置づけ、金正恩への遺言にも記されていたという。核開発・保持は国是といってもいい。

 

 このため、トランプ政権では、こうした案件、「ビッグディール」は、直接金正恩と直談判するしかない判断。そして「『完全な非核化』、要するに「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」を目指した。トランプには、おれしか出来ないという自負があり、「太っ腹」を誇示したい金正恩と気脈が通じたようで、史上初めての米朝首脳会談が3回も開かれた。しかし、米国は3回目の会談で北朝鮮が秘密裏に進めている核施設も廃棄するよう求め、「丸裸」になるのを恐れた北朝鮮は応ずることができず、交渉は空中分解した。

 

 その前のオバマ政権時は、制裁は厳しくやりつつ静観という対応をしたが、もちろん核開発を止めることは出来なかった。要するに一挙解決、段階的解決、静観などのアプローチはいずれも失敗に終わった。いかなることがあっても核は手放さないことを国是としている限り、ほとんど打つ手はなさそうというのが現状だ。バイデン政権は、当然これまでの政権の失敗を教訓に具体策を展開するだろうが、道を開くのは容易ではない。

 

 もう一つ、実務者・高官協議の限界だ。北朝鮮は肝心なことになると、全て党中央、金正恩にお伺いをたてなければならない。現場に裁量権はない。代表団には首領様直属の監視員がついており、相手に妥協すれば、直ちにクビあるいは処分となってしまう。また、代表者はいかに相手に厳しく言うか、忠誠ごっこの場にもなってきた。まさに会議は踊るになりかねない。

 

中国は北の強力な後ろ盾?

 

 トランプ時代、もう一つの方法として、中国を通じての圧力も試みた。中国は北朝鮮の生殺与奪の権を握っている。特に石油関連はほぼ100%中国からの輸入に頼っており、これを止めれば、北朝鮮経済の息の根を止められる。このため、トランプは習近平主席とやはりトップ同士のつながりを強め、まず国連の対北制裁を厳格に実施するよう求めた。

 

 中国は経済成長、各国との公益を最優先に進めており、朝鮮半島での軍事的ゴタゴタは望ましくない。また、中国の意向を無視して核実験などをやる金正恩に不快感を持っていた。このため、中国は、北朝鮮の息の根を止めない範囲内で制裁を厳しく適用した。これもあって、窮地に立たされた金正恩は、一挙に制裁解除を実現すると自負して、米朝首脳会談に応じた。

 

 しかし、こうした中国を取り巻く情勢は大きく変わった。トランプ政権の途中から、中国の経済進出、情報分野での横行もあって、中国に対する関税引き上げ、経済制裁を厳しくした。一方で、米朝首脳会談は金正恩が思うように進まず、人民に期待を掛けさせたがスカに終わった。このため、八方ふさがりになった金正恩は習近平に取り入り、数回の首脳会談で恭順の意を示し、かつての「唇歯の間柄」を取り戻したといわれる。

 

 そして、いまバイデン政権は習近平政権のウイグルなどの人権問題を厳しく追及、経済面でも制裁を継続する意向を示している。また、台湾や南シナ海でのえげつない中国の覇権追求にも、同盟国と連携して厳しい対応をしている。中国は孤立しつつある。こんな時、味方は少しでも多い方がいい。北朝鮮は十分な味方だ。人権問題という共通の弱みも持っている。

 

 このため中国は、北朝鮮を崩壊させるようなことはしないだろうし、北が弱みを握られて米国にすり寄るようなことも許さない。北の暴走は困るが、生かさず殺さず、手をさしのべる可能性はさらに大きくなりそうだ。米国の厳しい対北対応に中国が同調する可能性は極めて少なくなったようだ。

 

 金正恩は、体制への危機はかなり減ったと判断しているはずだ。かつて、周辺国は締め付けを厳しくすれば、あるいは指導者が替われば、体制が崩壊するという見方が強かった。しかし、その可能性はさらに遠ざかったか。どうしても食えなくなれば、必ず習近平が助けてくれる。いま、コロナで国境を封じているが、コロナが収まれば、中国の商売人達は競って、品物を搬入する。最悪の事態は回避することが出来る。金正恩はそう踏んでいるのかもしれない。

 

「大統領は大きなミス」「深刻な状況に直面する」

 

 「対朝鮮敵視政策を旧態依然として追求」「我々の自衛的抑止力を『脅威』と罵倒したこと自体が言語道断であり、自衛権に対する侵害である」(5・2)北朝鮮外務省のクォン・ジョングン米国担当局長は、バイデン演説をいつもの口調で非難した。従前のように、核はあくまでも自衛のためのものであると主張している。

 

 その北朝鮮。「米国の執権者は現在の時点で大変大きなミスを犯した」「政策の根幹が何であるのかが鮮明になった以上、われわれはやむを得ず、それ相応の措置を取らざるを得ない。時間が経てば米国は非常に深刻な状況に直面する」(5・2クォン・ジョングン・外務省米国担当局長)と、いつものように脅しを掛けている。要するにバイデンが厳しく対応というなら、我々も米大陸まで届く核ミサイル実験、近くまで潜航できるミサイル搭載の潜水艦の試航も始めるぞといいたいのだろう。

 

 バイデン政権は、2月中旬から北朝鮮との間で緊張が増さないよう、国連の北朝鮮代表部も含めて複数のチャンネルを通じて接触を試みたが、なんの反応も示さなかった。ただ、韓国メディアによると、新たな対北政策を直接説明するため、再度接触したところ、北朝鮮側は「(打診を)しっかり受け付けた」と回答したという(5・11)。

 

 また、「北朝鮮外務省の対米交渉局傘下に人員60人規模の組織が新設された」(5・13デイリーNK)という。北朝鮮国内の高位情報筋の話として伝えている。米メディアの報道をリアルタイムでモニタリングし、政府やメディアの主張をウォッチ、対米戦略の考案に当たっているという。そして「対米交渉局の業務を統括するのは金正恩総書記の妹である金与正・労働党宣伝扇動部副部長」という。

 

 北朝鮮にとって、米国は「最大の敵」だ。対米部門を重視するのは当然だ。果たして、北朝鮮は米国との接触の場に出てくるか。出てきて、聞き置くだけになるか、いつもように罵詈雑言を浴びせるか。あるいは金与正が韓国に対してやっているように、口汚くののしるのか。打つ手の選択肢はそう多くはない。

 

局部肥大症のままでは

 

 バイデン政権も、北朝鮮の核開発を一挙に可決する方法はない。それでは、すでに核を抱えている北朝鮮は有利な立場にあるのか。というと決してそうではない。何にも増して、自らの格好が悪い。核ミサイルという部分の「局部肥大症」だ。そこにばかり栄養が行って、他の部分は萎えてしまっている。それぞれの細胞には電力などのエネルギー、栄養が行き渡らず、新陳代謝も悪い。歩くのがやっとの状態だ。

 

 時に核ミサイルを振りかざすが、周辺が恐れて、食糧を提供したりすることはない。危険な存在として、国際社会が経済制裁を掛けているからだ。北が実験などで脅しを掛ければ掛けるほどきつくなる。「核」は、異常な体質の「守護神」になってはいるが、「打ち出の小槌」ではない。むしろ「貧乏神」だ。

 

 このため、金正恩も口にしたように人民は「苦難の行軍」を強いられている。コロナ禍もあって、人民の生活を大きく支える市場は大幅な制限が加えられ、取り締まり当局と人民の間には険悪な空気がまん延している。浮浪者や行き倒れの情報がしょっちゅう漏れてくる。軍隊や工事現場に派遣された兵士による乱暴狼藉も増えている。治安も悪化する一方だ。

 

 また、今年から始まった「経済成長五カ年計画」の達成のため、各部門には厳しいノルマが課せられ、そのための無理な動員もあって、これまた人民の不平不満に輪を掛けている。北朝鮮は、このまま時間が過ぎるのを静かに待つというわけには行かない。米朝接触・協議に応じるか、核ミサイル実験を始めるか。バイデン政権の出方を探りながら、次なる一手を模索しているのだろう。

 

更新日:2022年6月24日