いくら叱りまくっても

(2021.3.17)

岡林弘志

 

 経済がダメなのは幹部党員のせいだ――金正恩・労働党総書記は、こう言いたいようだ。相次いで重要会議を開き、幹部連中を叱咤激励というか叱り飛ばしている。確かに党幹部等の専横ぶりは目に余るのだろう。しかし、綱紀粛正によって経済がうまくいくとは思えない。経済混迷の最大の原因は、北朝鮮独裁体制の特異な経済構造、そして核ミサイルにしがみついているための国際的な経済制裁にあるのではないか。

 

金正恩の怒りは止まらない

 

 「党と革命に対する忠実性、人民に対する献身性、同志に対する尊重の心、活動に対する誠実性が乏しい傾向が現れている」(3・3)。金正恩は全国の市・郡のトップである「市・郡党責任書記講習会」を主宰して、厳しい表情で非難した。1月の党大会以来、2月には党中央員会総会を開いたのに続いての全国規模の会議だ。しかもこの講習会は「党史上初めて」だ。

 

 先月の党中央委総会でも、金正恩は幹部連中の仕事ぶりがなっていないと激しく指弾、経済担当書記をクビにして、参加者を震え上がらせた。幹部連中の堕落は目に余ることを改めて認識したのだろう。それでも足りないと思ったようで、今回は地方の党幹部を集めて、改めて叱責、党への忠誠、「人民第一主義」を求めた。

 

 ここでも①清廉潔白性を堅持し、権勢と官僚主義、不正腐敗行為を絶対にしてはならない②家族、親戚も絶対に私利私欲を追求しない――ことを求めた。いずれも、かねて指摘されてきた党幹部の目に余る行為だ。地位をいいことに横車を押し、私腹を肥やす。工場に派遣された幹部が資材を横流ししてカネを懐に入れ、便宜を図って賄賂を受け取る。家族もそれに習って、いばり、利権をあさる。

 

 もう一つ③特に農業部門に根深いホラをなくすための闘いを度合い強く展開しなければならない。これは先の中央委でも厳しく指摘したことだ。今年からの五カ年計画で、農業部門は出来もしないのに生産目標を高く設定したことが金正恩の怒りを買った。それでも収まらないらしく、今回も「ホラを吹くな!」と改めて叱り飛ばした。そのうえで、「優先的な経済課業は農業生産を決定的に増やすこと」と強調した。いかに食糧難が厳しいかを認識してのことだろう。

 

一時は綱紀粛正となりそうだが

 

 なお、金正恩の最側近になった趙甬元・組織書記が「一部の活動で現れている欠点」を具体的に指摘し、「辛辣に批判」したという。要するに金正恩の代弁者としての役割を果たしつつあるのだろう。

 

 これを受けて、参加者の何人かは「これまでの欠点と偏向を分析」して、「党の指導を正しく理解せず、ホラをふいて人民の暮らしを盛り立てられずにいる」などと自己批判した。さらには「重大な欠点を発露させた活動家に対する鋭い批判」が行われた。また「一部は実名でつるし上げられた」(朝鮮中央通信)という。

 

 北朝鮮では、各職場単位などで毎週末「生活総和」が行われ、反省させられたり、つるし上げをしているが、それを金正恩の前でさせられたわけだ。金正恩のカンに触れば左遷、党籍剥奪もあり得る。全員が針のむしろに上に座らされた気分。冷や汗が止まらなかったに違いない。

 

 おそらく、金正恩の叱責はその通りなのだろう。取り巻きの忠誠競争の中で、実情をばらした手合いがいたようだ。しかし、労働党幹部連中が行いを正して、しっかり仕事をすれば、経済の立て直しはできるのか。どうも、そんな単純な話ではなさそうだ。幹部の中には、事あるごとに上納金を納めさせたり、貿易関係者から多額の賄賂を取って巨額のドルをためこんだりという手合いもいる。

 

 しかし、中堅以下は党からの給料だけでは食っていけない、家族を養えない。多くの公務員もそうだ。そのために目端の利く者は、所管の部署からの様々な便宜供与、余録をあさることになる。今回の叱責で、党員や公務員の綱紀粛正はやらざるをえないだろう。しかし、袖の下なしで食っていけるのか。そこが保障されなければ、背に腹は替えられぬ。やがてなし崩しになりそうだ。

 

現場指導の実績を誇示するために横車

 

 もう一つ、はっきり指摘したようではないが、責任書記らが経済そのものをダメにしていることも取り上げられたのか。北朝鮮では各部門、職場に党書記が派遣され、それぞれの責任者以上の権限を持っている。具体的な仕事、企業活動について、労働党の指示とは違う、党の精神に反している、首領様の指示通りにやれなどという監視役だ。

 

 しかし、それらの指示が実務者の計画や仕事を阻害することがよくあった。各地域や職場の実情、そして経済運営の原則を無視して、党中央の指示を押しつければ、現場の運営に支障を来すことはよくありそうだ。現場に任せればうまくいくのに、それでは責任書記の仕事はなくなってしまう。これほどの指導をしたと上部へ上げるために、とにかく現場に口出しをする。仕事熱心のアリバイ証明だ。現場が異議を唱えたり、反対すれば、左遷されたり、ひどければ強制労働所へ送られる。

 

 そして、先に触れたように、強持ての権限をいいことに、賄賂を取り、資材を横流しして私服を肥やす。こうした「党指導」の実態が、長い間の現場の仕事の障害になり、生産の邪魔をし、北朝鮮経済の低迷・混迷の大きな一因となってきた。

 

 同時に、これまで経済計画や目標を水増ししたり、低めに抑えたりするのも、責任書記等がノルマを意識、しっかり指導していることをアピールするためのテクニックの一つだ。それぞれが競争し、あるいは競争させられて、ノルマ100%達成ではだめ、それを越えた数字を上部に上げる必要がある。このため、よく言われるように生産量を多く見せるために、鉱産物には混じり物が多く、トウモロコシの収穫にはシンも入っている。

 

 生産量や達成率は上へ報告するに連れて、少しづつ水増しされる。このため、全国単位の統計ではとてつもない数字が出る。ここからは食糧難などうかがえない。昔から北朝鮮の統計は信用できないと言われてきた。建国時から行われてきたノルマ至上主義の永年の病弊だ。首領様が満足するような数字を出すため、実際とはかけ離れた数字が行き交うことになる。

 

 これらの弊害は是正されるのか。どうも、今回金正恩が出先の責任書記にハッパをかけたことで、さらに、責任書記が張り切って、党の方針や指導を現場に押しつけることになるのではないか。金正恩が打ち出した「内閣主導の経済運営」は、お題目だけになってしまう。おそらく現場の実務責任者は腹の中では、責任書記は黙っていてくれた方が生産は増え、成績は上がると思っているのではないか。しかし、今回の金正恩の言明で現場はさらに混乱することにならないか。

 

独裁、軍需優先が経済混迷の根本原因

 

 経済低迷の原因をマクロの視点から見ると、北朝鮮特有の経済構造にある。かねて言われるように、北朝鮮経済は第1経済(民生)、第2経済(軍事)、第3経済(独裁統治)の三つに分かれている。法律などがあるわけではないが、金日成時代からの行われている仕組みである。

 

 第3経済は、労働党39号室が管理していると言われ、独裁体制を維持するための資金を調達する。独裁者一家の生計をはじめ贅沢な嗜好品などをまかない、全国にある別荘(特閣)の維持管理。各種記念日などに、首領様の施しとして幹部連中に配られる報償品の調達などが行われる。かつてはドルまで配ったようだ。様々な神格化事業も行われる。

 

 第2経済は、核ミサイル開発を中心に、最新の装備開発を担当する。国家予算の中に軍事予算が計上されているが、ほとんどは今ある部隊の維持運営のためにつかわれる。かねて軍も食糧不足に困っているようだが、予算不足のためだ。それなのに、巨額の経費がかかる核ミサイル開発を活発に進めてきたのは、第2経済という別枠の資金、資材調達の方法があるからだ。

 

 そして第1経済は、いわゆる民生を中心にした国家予算だ。毎年、最高人民会議で議決され施行される。問題は3部門の優先度にある。言うまでもなく、第3、第2、第1の順番だ。「人民生活向上」のカギを握る第1経済は最も優先度が低い。この結果、住宅建設のための資材を調達しようとしても、第2、第3経済部門が必要とすれば、そちらに取られてしまう。

 

 元々国家財政が限られる中で、核ミサイル開発や金一族の神格化事業、金正恩肝いりの観光地開発などが優先されれば、民生経済に回るモノとカネは限られる。金正恩は「五カ年経済発展戦略」(2015~2019)も目標のほとんどが未達成だったことを認めたが、その根本の原因は、こうしたいびつな経済構造にあるのではないか。

 

治山治水を放置しては

 

 昨年秋、金正恩は災害地視察の帰りに、「半世紀もはるか前に建設した住宅がまだそのままある」と指摘、早急に再建の計画をたてるように指示した。「立ち後れた生活環境の地方の人民の暮らしを見ながら、顔を背けるなら、我が党の人民政策は空論」とまで言い切った。全くその通りだ。しかし、こうした実情に顔を背けてきたのは自分自身ではないか。そう言いながら今の経済構造をそのままでは、現状がよくなることはない。

 

 「北朝鮮の山林23万haがはげ山に」――。グローバル・フォレスト・ウォッチ(GFW)が発表した2001~19年の間の伐採面積だ。とくに、19年は2万8000haと伐採が急増、ほとんどが中朝国境の両江道、慈江道などで、外貨稼ぎのため、中国に輸出したためだ。金正恩は「全ての山を青い森が茂る黄金の山に」と指示しているが、現状は正反対になっている(3・3中央日報)。

 

 昨年夏、北朝鮮は大水害に襲われた。大きな原因は治山治水が放置されているためだ。山林伐採も経済難の中で背に腹は替えられぬのだろうが、これでは金正恩の指示こそが空論ということになる。そして、せっかく稼いだ外貨も、第2、第3経済に優先的に回されたとなれば、どう見ても人民生活の向上は実現しないどころか、そのツケを人民が負わされることになる。

 

 そのうえ、第2、第3経済は、法の枠外にもあるようだ。担当者は特権的な地位にあることを利用して私腹を肥やす。時に、党や軍の高級幹部がドルのタンス預金を摘発され粛正される例があるようだが、一般の捜査機関は手を付けられない。これも経済構造の弊害の一つである。

 

 そして、マクロの観点からは、核ミサイル開発も経済停滞の大きな要因だ。言うまでもなく、最貧国からの脱出には、周辺国の協力が不可欠だ。しかし、金正恩は先の党大会でも、核ミサイルの開発推進を明言した。国内の資源を優先的に消費するとともに、周辺国の協力、援助の道を閉ざしている。

 

自ら「人民第一」の見本になれるのか

 

 金正恩は、昨年秋から盛んに「人民第一主義」を強調している。「全ての活動を人民への献身奉仕で」「大衆こそは立派な師」「全てを人民のために、全てを人民大衆に依拠して」‥‥。これでは人民はくすぐったくてたまらないだろう。それともどこの国の話かとしらけるか。金正恩が人民を前面に出すのは、それだけ人民の不平不満が高まっていることの裏返しだろう。

 

 そして、「人民の利益を侵害したら、断固打撃を加える」とも明言した。不正腐敗をしてきた党幹部への警告のつもりだろう。しかし、これまで見てきたように、人民の利益を最も侵害しているのは、いびつな経済構造そのものだ。そして、そのうえに立って、贅沢な生活をしている金正恩の生活そのものだ。かつて、東洋の政治指導者の中には「清貧に甘んじる」ことを心がけた例もあるが、人民第一というなら、一つの手本だが‥‥。

 

 経済運営の「内閣中心」は、金正恩が数年前から指示していることだ。今年に入っての一連の会議でも内閣主導の経済運営をするよう繰り返している。しかし、いまの経済構造をそのままでは、有名無実。そして、経済運営がうまくいかなければ粛正。これでは言われた内閣は途方に暮れるばかりだ。

 

経済構造そのままでは絵に描いた餅

 

 一連の会議で、金正恩は独裁資金、核ミサイル開発資金の特別優遇については、何も言っていない。というよりは、独裁体制維持の根幹にかかわるため、手を付けることが出来ない。これでは、病気の体の根本原因をそのままに、熱が出た、どこかが痛いなどという症状だけを薬で治す、対症療法に過ぎない。

 

 「市・郡の経済事業と人民生活の改善で著しい実績を成し遂げなければならない」(3・4)。金正恩は、声に凄みをきかせて演説したが、このままでは絵に描いた餅に終わりそうだ。しばらくは、金正恩の叱責の声が全国に鳴り響くということか。

 

更新日:2022年6月24日