首切りで経済は立て直せるのか

(2021.2.18)岡林弘志

 

 北朝鮮では新しい「経済発展5カ年計画」が始まり、各部門の初年の事業計画がまとまった。しかし、金正恩・総書記には我慢がならないらしく、党大会から一ヶ月なのに中央委員会総会を開いて、「保身と敗北主義」などを理由に「辛辣に批判」した。要するに怒りまくったのである。そして任命したばかりの経済部門の最高責任者ともいえる労働党経済部長をクビにした。厳罰をもって処すれば経済はよくなるのか。経済の混迷は独裁体制の永年の弊害の現れとも思えるが。

 

「行き当たりばったりじゃないか!!」

 

 「消極性と保身主義」「行き当たりばったり」「官僚主義とホラ」――。金正恩は党中央員会総会(2・8~11)で、「5カ年計画」初年の事業計画そのものを厳しく批判した。時には、担当の責任者を立たせて、指さしながら激しい言葉で浴びせる場面もあった。先月党大会を開いたばかり、再び総会を4日間も開くというのは異例なことだ。しかも事業計画の段階で叱責するというのも異例だ。

 

総会の議題は5つ。①第8回党大会が示した5カ年計画の初年の課題の貫徹②全社会的に反社会主義、非社会主義との戦いをより度合い強く繰り広げる―要するに、計画実行の第1年を貫徹するために、反社会主義などの背信は許さないということだろう。そして、③党中央委のスローガン集修正④「党規約解説」の審議⑤組織問題(人事)となっている。

 

 ① ②については、金正恩が長々とぶった。最初にやり玉に挙がったのは内閣だ。「内閣で作成した今年の人民の経済計画は以前と変わらない」「内閣は主導的な役割をせず、省が起案した数字を機械的に取りまとめた」と指摘。各省の案をただ集めただけじゃないか。しかも「必ず遂行すべきものも計画を低く立てる弊害が現れた」のである。

 

 続いて、各部門別の問題点を挙げていく。まず農業。「営農資材を円滑に保障出来ないのに、穀物生産目標を主観的に高く立てた」。これは「官僚主義とホラ」という。反対に電力、建設、軽工業部門では「年末に批判を受けない程度に低く」している。目標を高くしたり、低くしたり、しっちゃかめっちゃかではないかということだろう。

 

 確かにその通りだろう。しかし、北朝鮮では永年、こういうことで計画を立ててきたのだ。年末になって、百数十%以上という数字を出して、「超過遂行したという評価を受けるため」(金正恩)だ。このために目標は低い方がいい。首領様も知っていたのだ。一方で農業部門は、今年の金正恩はこれまでと違うと鼻息をうかがって、無理して従来より高い目標を掲げたのか。しかしこれもダメだという。じゃあどうすればいいのか。各部門の責任者は哀れだ。

 

指摘の通りだが、あんたには言われたくない!?

 

 各部門に対する指摘を見ると、ある意味でその通り。北朝鮮経済の欠点、永年の弊害を指摘している。しかし、問題は何故そうなったのかだ。電力生産について、金正恩は「電力不足で各部門が困り、人民にも不便を与えている」のに、「発電機の元の性能を回復するのに力を入れるという条件を持ち出し、計画を現在の生産水準より低く立てた」と怒った。

 

 電力不足は北朝鮮の永年の病弊だ。発電設備は日本の植民地時代のものも残るなどほとんどが老朽化している。肝心のタービン部分などはしょっちゅう故障、思うように修理交換が出来ず、稼働率は低いまま。修理に必要な資材が調達できないからだ。それでも、担当部局はまず発電機を100%稼働させることが必要と考えたのだろう。ある意味で素直だ。

 

 一方で発電所の新設は進められてきた。金正恩が鳴り物入りで建設を始めた白頭山英雄青年発電所、清川江段階式発電所、それに超大型と言われる端川発電所はどうなったのか。革命の記念日などを目標に「速度戦」のハッパをかけたため、工事が荒く、完成後すぐにダムの一部が崩れたなどの情報が漏れてくる。

 

 要するに目標を低くせざるを得ない原因は金正恩が作ったのではないか。また、送電設備の老朽化も言われてから久しい。発電所から各工場、家庭に届く前に漏電で半分以上が消えてしまうという。銅線が足りない。いずれも軍需産業を優先、金正恩主導の核ミサイル開発最優先のとばっちりだろう。

 

 もう一つ、金正恩が自ら指示した「今年平壌市に一万世帯の住宅を無条件で建設する」という目標だ。党大会の決定になったが、「建設部門は資材と労力の保障を口実に、目標より低く」した。これは「保身と敗北主義」のせいだと言う。しかし、今、平壌総合病院の建設、元山近郊の葛麻観光開発などに軍兵士が大動員されている。金正恩は鶴の一声で労力や資材を動員できるだろうが、建設部門が言ってもそうはいかない。おそらく現実的な数字を出したのだろう。

 

 それに、金正恩は先の党大会で「市・郡の住民の生活は立ち後れている」ので「地方経済を発展させ、人民の生活水準を向上させる」と約束、「全ての郡・市に毎年1万トンのセメントを保障する」と明言している。実行できれば、地方は喜ぶだろう。しかし、そのうえ平壌に1万世帯の住宅は可能なのか。しかもこれを今年中にというのだから、元々無理な計画だ。土地を選び整地して、設計するだけ1年かかりそうだ。

 

 ただ、先にも触れたが、農業部門では「営農資材の調達が困難な状況にもかかわらず、穀類の生産目標を主観的に引き上げた」と叱責している。ここでは「営農資材」、おそらく農業用トラクターなど各種の器材のことだろうが、実際に不足している実情を自ら認め、本当にそれだけ生産できるのかと怒っている。資材不足を認めれば怒られるし、認めなくとも怒られる。

 

 しかし、年間計画を立てたばかりなのに、これだけ怒りまくるというのは、反面、いかに北朝鮮経済の立て直しが難しいかの裏返しだ。同時に発電、住宅建設の何がネックになっているかがよくわかる。このほかにも軽工業でも「資材保障条件と先質後量にかこつけて」と指摘。要するに材料がない、質のいいものができないということだ。

 

あれもこれも全部やれ!!

 

 そのうえで、金正恩は計画実行の目標を示した。鉄道運輸部門では「活動の中心を鉄道の整備、補強において、線路の状態を改善する」と指示。しかし、レールは老朽化、敷石は水害で流れたり、盗まれたりで、列車が時間通りに運行することはほとんどない。簡単に「改善」出来ない状態が数十年続いている。

 

 「平壌の1万戸世帯住宅建設やインフラ工事、重要建設と地方建設を大々的に行い」、「セメント生産能力の拡張事業を積極的に進める」というが、言うは易く実行は難しい。セメントは発展途上高がまず手を付ける基礎的産業だが、北朝鮮では生産設備がこれも老朽化して、きわめて稼働率が低い。

 

 農業。「特に災害性気候に対処する科学的で現実的な方策を立てる」と言うが、まずは治山治水をしっかりやるのが先決だ。山には植林をし、川筋を整えて川底が上がらないよう管理し、堤防を築く。また「トラクターと農業機械生産単位の物質的、技術的土台を築く」というが、かつて「朝鮮画報」によく出てきた若い女性が笑顔でトラクターを操縦してという光景は、長い間夢でしかない。とにかく原資材が圧倒的に不足している。軍用車両は作っても農機具用の鉄鋼は回ってこない。

 

 そして、収穫を増やすため「多収穫品種を育種し、栽培面積を増やす」と指示するが、北朝鮮の気候、土地に合った品種は既にわかっているはずだ。祖父金日成の時代から、生半可な知識でこれを作れあれを作れと指示して、みんな失敗した。さらに「灌漑システムと施設の復元、干拓地建設と新しい土地の開墾、耕地整理」をせよという。これらが全て出来れば、北朝鮮は食糧で困ることはない。問題はどうして出来るようにするかだ。目的ではなく手段を示さなければ解決にならない。

 

「自力更生」で生活苦は進む

 

 じゃあ、どうするのか。金正恩は「核心的な眼識と策略」が足りないと厳しい。「経済活動で特別重視」すべきは「国家的な自立更生、計画的な自立更生、科学的な自立更生」だ。「輸入しなければならない物資でもなく、国内で生産する製品も、能力の限り買い入れて使え」というのは「最も典型的な怠慢行為」と非難する。

 

 その通りだが、国産で間に合って、質がそれなりならば、わざわざ輸入することはない。すでに数十年前から、自力更生の名の下に、何とか鉄や何とか繊維を作ってきた。革命博物館などには展示されているが、使用に耐えるものは出来ず、ほとんどが今は生産されていないようだ。言うは易く行うは難しだ。

 

 もう一つ、金正恩が指示したのが「人材の育成」だ。「国の経済を盛り立てるために最もかかっている」課題だ。必要なのは「新型の人材」というが、余りに抽象的だ。そのうえで「全ての部門は自分の分野に必要な人材は自前で育成する原則に立って」やれという。そう簡単に人材育成ができるなら、何も苦労はしない。そもそも、教育・人材育成は基本的に国家の仕事。それに優秀と言われる人材は核ミサイル開発やサイバー攻撃の分野に優先的に配属される。

 

 経済制裁、コロナ鎖国、大水害の「三重苦」の中で、経済はむしろ悪くなっている。ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使は同国のインタファクス通信のインタビューで「平壌では小麦粉や砂糖などの基本的な生活必需品さえも購入が難しくなっている」。さらに「やっとのことで(サイズが)合う服と靴を見つけても、値段は封鎖前の3~4倍。ロシア大使館の職員はお互いに服や靴を交換して子どもたちに着せている」「最大の問題は医薬品の不足」(2・9聯合ニュース)という。外交特権があるはずの外交官ですらこの状態だ。人民の生活はさらに厳しい。

 

 大使が言うように、中国からの輸入に頼っている砂糖や食用油などが高騰している。韓国国情院によると(2・16)、「昨年の中国と北朝鮮の貿易規模については、前年比75%減少し、全面的な国境封鎖後の昨年10~12月期は99%減少」という。貿易がほとんど止まっているかだ。生活必需品や建設資材なども不足。また鉱産物や水産品などの輸出も止まり、外貨稼ぎが出来ない。

 

 また国情院は、今年の北朝鮮の穀物の需要量は550万トンだが、生産量が440万トンだったため、食糧不足の地域があるという。「自力更生」の基本は食糧だ。肝心の穀物が不足しては、どうにもならない。「自力更生」はすでに長い間スローガンになっているが、いまだ道遠し。三重苦が追い打ちを掛けている。

 

計画を実行できなければ厳罰に。直ちに見本も

 

 驚いたのは、金正恩の「人民経済計画は、党の指令であり、国家の法である」という宣告だ。そして「誰も駆け引きする権利はなく、もっぱら無条件に遂行する義務しかない」と言い渡した。恐ろしいことだ。計画がその通りに実行されなければ、法律違反、罰せられるということだろう。なんと首領様が法律と決めてしまったのだ。かつてフランスに「朕は国家なり」と叫んだ王様がいたが、そういうことだろう。

 

 また、「党の決定、指示の執行を怠ける単位特殊化、本位主義をこれ以上、放置できず、党権、法権、軍権を発動して断固として打撃を加える」と「特別に言明」した。よくわからない用語だが、要するにセクト主義ということか。それぞれが組織などの事情を最優先にして、例えば経済計画などの実行を怠れば、軍も動員して取り締まるぞということか。まさに超法規的だ。

 

 これは言葉だけではないぞ!!見せしめになったのが、先月の党大会で任命されたばかりの金斗一・党経済部長だ。人事の中で、呉秀容・党書記が経済部長に選任されたことで更迭が判明した。党経済部長は政府・内閣の経済部門より上、北朝鮮経済の最高責任者と言ってもいいだろう。具体的な報道はないが、金斗一は、5カ年計画初年度の計画立案がなっていないことの責任をとらされたのだ。

 

 金正恩の言った「計画は国家の法」が早速実行に移されたのだろう。韓国の中央日報による(2・15)と、会議の最中、金正恩の最側近、趙甬元・党組織秘書が金斗一を立ち上がらせ、金正恩が金斗一にらみつける場面があったという。一家・一族は強制収容所送り、ことによると本当にくびを切られるかもしれない。恐ろしさに腰が抜け、自分では立ち上がれなかったのだろう。

 

金正恩は上機嫌だが

 

 中央委員会総会の最終日は旧正月(2・11)が始まる日だった。金正恩は言いたいことを言い、機嫌がよかったのか、党中央委員会総会に参加した指導機関のメンバーを引き連れて、旧正月祝賀公演を鑑賞した。参加者は「総書記同志を身近にいただいて旧正月を祝う意義深い公演を鑑賞、大きな激情と歓喜に包まれていた」(2・12朝鮮中央通信)という。

 

 しかし、これから「経済五カ年計画」の実行に当たる党幹部等は公演を楽しむことが出来ただろうか。金斗一の例は決して他人事ではない。明日は我が身である。「恐怖政治」が一段と進みそうだ。「劇場と歓喜」どころではなく、首筋を冷たい風が通り抜ける気がしたのではないか。

 

 それから5日後、金正恩は父親金正日の生誕記念日(光明星節)の記念公演も鑑賞した。1年1カ月ぶりに李雪主夫人を伴い、終始笑顔を見せていた。あらためて中央委総会で総書記の威厳、威光を示せたことをかみしめて機嫌がよかったのか。しかし、それで経済立て直しが出来るほど事態は容易くない。北朝鮮の厳しい冬はまだまだ続きそうだ。

 

更新日:2022年6月24日