また「人民生活」は犠牲?!

(2021.1.20)岡林弘志

 

 北朝鮮の2021年は、鳴り物入りの第8回労働党大会で始まった。新たに「総書記」の肩書きの付いた金正恩は、「人民大衆第一主義」「人民の忠僕」をしきりに強調した。一方で「軍事強国」、核ミサイル開発への執念を改めて露わにし、氷点下の軍事パレードまでして見せた。権力を手にして10年、肝心の経済立て直しについて「五カ年計画」を打ち出したが、これまで通り自力更生、自給自足を繰り返すばかり。肝心の「人民生活の向上」は再び二の次か。

 

軍事パレードで新型SLBMを誇示

 

 今回の党大会は、8日間という異例の長さだったが、金正恩が一番やりたかったのは、閉幕後の軍事パレードではなかったか。かつて党大会に際して行われたことはない。しかも、昨年10月の党創建75周年のパレードからわずか三ヶ月である。閲兵した金正恩は、終始笑顔で上機嫌、「どうだ。これを見ろ」と言わんばかりの表情だった。

 

 「その名前を聞いただけでも敵対勢力が戦慄する、党の頼もしい核武装力である戦略軍縦隊に観衆は熱狂的な歓呼を送った」(1・15朝鮮中央テレビ)。パレードは、14日夜、氷点下の中で行われ、翌日午後テレビで1時間半ほどの録画を放映した。また、朝鮮中央通信は、写真を100枚も付けて、内外に大々的に発信した。

 

 パレードの目玉は、テレビが「世界最強の兵器、水中戦略弾道弾」と紹介した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星5」だろう。昨年10月には「北極星4」が初めて登場したが、それより弾頭が一回り大きくなっている。潜水艦は米大陸の近くまで潜航してミサイルを発射出来る。実用化すれば、米国にとって最も脅威になる。ただ、先の4型もまだ発射実験をしていない。わずか3カ月でさらに新型が出来るとは考えにくい。

 

 それなのに、今回、ハリボテにしてもわざわざ「北極星5」を登場させたのは、米国のバイデン新政権を意識してのことだ。金正恩が慕ったトランプ大統領と違い、バイデン大統領は北朝鮮には厳しく対応すると見られている。オバマ政権と同様、実務レベルでの協議を先行させ、トップダウンで首脳会談に出てくることはなさそうだ。このため、交渉に応じなければ、危ういことになるよと牽制、もっと言えば脅すのが狙いだのようだ。バイデン政権への初のメッセージだ。そのためにも、パレードをやりたかった。

 

はっきりした「核を強化、最強の軍事力に全力を尽くす」

 

 それにしても、異例ずくめの党大会だった。まず新年早々の開催は初めてだ。会期は8日間(1・5~12)と、1970年の第5回の12日間に次ぐ長さだ。この中で、金正恩は、「開会の辞」(1・5)「第7期活動の総括への報告」(1・5~7)を行った。最終日には「結語」と「閉会の辞」を述べている。朝鮮中央通信は、総括は「9時間」に及んだと報道した。昨年健康不安がささやかれたため、元気で精力的に日程をこなしていることを誇示したのか。

 

 今大会では今年から2015年までの5年間の国家運営の基本方針「経済発展5カ年計画」が決定された。経済制裁、災害、コロナ禍の「三重苦」が続く中で、どう生き延びるか。そのために、いかなる方策を講じるか。特に金正恩は「人民生活の向上」を最大のスローガンに掲げてきた。北朝鮮の人々もそこに注目していたはずだ。しかし、最も、具体的に内容が示され、わかりやすかったのは「軍事強国」のさらなる推進だった。

 

 「核戦争抑止力をさらに強化するとともに、最強の軍事力を備えることに全力を尽くす」(金正恩の結語)。報告の中で、「核戦力の近代化」について具体的に述べている。パレードで誇示したSLBMについては、「核長距離打撃能力を向上させるうえで重要な意義を持つ原子力潜水艦と水中発射核戦略武器を保有することに関する課題が上程された」と述べた。そして、原子力潜水艦の設計、研究は「最終審査の段階」という。これに搭載するのが、「北極星5」だ。

 

 大陸間弾道ミサイル(ICBM)については、「核弾頭と弾頭制御能力向上した全地球圏打撃ロケット」と表現。昨年10月のパレードに「11軸自走発射台車」に装着した新型巨大ロケットとして登場させたという。さらに「1万5000キロの射程圏内にある戦略的対象を正確に打撃・消滅させる命中率を向上させ」、同時に「多弾頭個別誘導技術の研究が最終段階、試験制作に入る準備」をしているという。

 

 すでに「世界的な核強国、軍事強国に浮上」させ、これからも「核戦力の建設を中断することなく、強行推進する」ことを決めたのである。2年前、核と経済の「並進路線」の内、核開発は目標を達したので、これから経済に重点を置くと宣言したのに、やはり核開発を休むわけには行かないということか。

 

「主敵、米国を屈服させるぞ!」

 

 「最大の主敵である米国を制圧、屈服させることに焦点を合わせる」。金正恩は、「報告」の中で、改めて激しい言葉で、対米認識を明らかにした。先述したように、北朝鮮が「核強国」へ執念を燃やす理由がここにある。そして、米国が相手となれば、開発を止めるわけには行かない。軍事力は、敵国を上回らなければ安心できない性癖を持っている。キリがない。

 

 その米国については「誰が政治の実権を担当しても対朝鮮政策の本心は絶対に変らない」という認識を示した。要するに、北朝鮮を亡き者にすることを狙う米国は、核で言うことを聞かせるしかないということだろう。また、バイデンはトランプのように、自ら首脳会談に出てくる可能性は極めて小さい。「新たな朝米関係を築くカギは米国が朝鮮への敵視政策を撤回することだ」とも述べたが、かつての言葉と軍事での脅し路線に戻ったということだ。

 

 党大会で、金正恩が核兵器開発についてかなり具体的に述べたのも、脅しの裏付けとして、言葉だけでないぞ、この通り、と誇示したのが先に紹介した軍事パレードだ。金正恩は「核戦争抑止力と自衛的国防力強化」と「抑止」「自衛」という表現をしている。しかし、パレードで演説した金正官国防相は「敵対勢力がわが国家の安全を少しでも侵害するなら、われわれの最も強力な攻撃的力を先制的に動員して徹底的に膺懲する」と声を張り上げた。先制攻撃もあり得ると宣言したのである。金正恩の本音を代弁したのか。

 

 また、労働党規約を改定し、序文に「共和国の武力を政治思想的、軍事技術的に強化する」ことで、「軍事脅威を制圧し、朝鮮半島の安定と平和的環境を守る」と明記した。「武力強化」が労働党と党が率いる国家の主要な仕事、優先課題であることを誇示したものだ。同時に「武力による赤化統一」が国是であることを再確認したのだろう。

 

総書記は「人民の忠僕」と言うが

 

 「全党員が尊厳ある労働党の最高指導職務を任せてくれたことは最大の栄光であり、恐縮と重い心を禁じ得ない」(1・12)。金正恩は「結語」の冒頭で「総書記」の称号に感謝した。それだけ嬉しかったのだろう。「偉大な我が人民を運命の天と見なし、真の人民の忠僕らしく為民献身に決死の覚悟で奮闘する」と「宣誓」した。何とも殊勝なことだ。この通りなら人民は涙を流さずにはいられない。

 

 やはり「総書記」という肩書きの魅力には抗しきれなかった。祖父金日成が総書記になったのは54歳、父親の金正日は55歳だ。金正恩は37歳になったばかりのようで、何とも若い。しかも、金正日が亡くなったとき、金正恩は「永遠の総書記」という称号を贈っている。要するに「総書記」という肩書きは「永久欠番」にするということだったはずだ。金正恩はこれまで第1書記(2012)、そして党委員長(2016)の肩書きを持っていたが、やはり薄っぺらに感じたのか。取り巻きの忠誠ごっこの現れでもある。

 

 なお、いわゆる「推戴」の理由は、「国力と地位を短期間に最高の境地へ引き上げた」「核武力の完成という歴史的大業を実現、祖国を世界的な軍事強国に変えた」。マンセー、マンセー、とうわけだ。しかし、豊富な鉱物資源を持ち、勤勉な国民を抱えながら、未だに世界の最貧国の一つ。「国力と地位」は極めて脆弱、軍事だけの局部肥大というのは、北朝鮮の最大の矛盾だ。国家のあり方としては極めていびつだ。

 

 北朝鮮でもう一つ「永久欠番」になっているのは、金日成が持っていた「国家主席」だ。息子の金正日はついにこの肩書きを付けることはなかった。しかし、この調子だと、やがて、金正恩は、この肩書きも手に入れることになるかもしれない。直後の最高人民会議(1・18)でという観測もあったが、さすがに今回はここまではやらなかった。

 

金与正は出すぎたか?降格

 

 人事で、もう一つおやっと思わせたのが、妹の金与正の降格だ。これまで「党第1副部長」だったが、「第1」がはずれただの「副部長」に。もう一つの肩書き「党政治局員候補」から名前が消えた。いずれにしても、降格は間違いない。韓国の文在寅政権内には、今大会で昇格し、名実共に金正恩の最側近の地位に昇るという観測もあったが、はずれた。

 

 理由は不明だが、独裁体制維持のため、不都合なことがあったのだろう。かつて指摘したが、金与正が金正恩への唯一のパイプということになれば、当然取り巻きが出来る。首領様に忠誠を誓うとは別の集団が生れる。独裁者にとってゆゆしきこと。とうてい許せない。危険な兆候は芽のうちに摘んでおく必要がある。男尊女卑の風潮もありそうだ。30歳そこそこの女性が親ほどの年齢の男に厳しく指図してペコペコさせることへの抵抗もあったか。

 

 ではあるが、この人事と同時に、金与正は「党副部長名」で韓国非難の談話を発表した(1・12)。韓国の合同参謀本部が予行演習を勘違いして「北朝鮮が軍事パレード」と公表(1・11)。これに対して、「他人の家の祝い事に軍事機関が乗り出した。それほどすることがないのか」と皮肉っている。そのうえ「理解できない奇怪な一族」「特等の馬鹿」と罵詈雑言。これまでと同様、対外関係、特に南北関係についての権限は変らないのか。「権力内部の唯一の肉親」としての存在は変わらないようだ。

 

 もっとも、その舌の根が乾く間もない2日後に軍事パレードは派手に行われた。人のやることを黙ってみていればいいと言いたいのか、これでは駄々っ子のいちゃもん。それに使う言葉が下品だ。「ロイヤル・ファミリー」という言葉が恥ずかしい。反対にこれが身内として望ましい忠誠の尽くし方と思っているのか。南北連絡事務所爆破予告の時もそうだったが、なんとも稚拙でいただけない。

 

金与正に代わるように一気にのし上がったのが、金正恩のカバン持ち、趙甬元だ。最近の金正恩の現地指導にはほとんど随行している。これまで党政治局の政治局員だったが、政治局委員を飛ばして常務委員へと2階級特進。常務委員は金正恩(別格だが)をはじめ、崔竜海、李炳哲、金徳訓という顔ぶれだ。まさに独裁の中枢の4人のうちの一人にのし上がった。

 

 経歴は公表されていないが、金日成総合大学卒業、組織指導部の経験が長い党官僚。1957年生まれと言われ、63、4歳のようだ。朝鮮中央通信の写真には、金正恩のヨコで忠勤に励む様子がよく出てくる。眼鏡を掛け、額は大分広くなっている。また党書記、党軍事委員会委員にも任命された。側近中の側近に昇格と言っていいだろう。

 

「5カ年計画」も自力更生、自給自足

 

 さて、肝心の今年からの「国家経済発展5カ年計画」はどうか。破綻寸前の経済をどう立て直すのか。金正恩は、大会の中で「現実的な可能性を考慮して経済の自立的構造を完備する」「必ず遂行するため決死の闘争を繰り広げる」と述べた。そして、「一心団結」「自力更生」を「今一度肝に銘じて、高く掲げる」と、前の「5カ年戦略」と変わらないスローガンを繰り返した。

 

 金正恩は「結語」の中で、「5カ年計画」の中身について、「中心課題は金属鉱業と化学工業。農業部門の物質的・技術的土台を強固にし、軽工業部門で原料の国産化の比重を高めて、人民生活一段と引き上げる」と述べた。具体的な増産計画や数字の入った内部文書があるだろうが、前の「5カ年戦略」と同様明らかにされていない。とにかく威勢のいい言葉と精神論があちこちにちりばめられている。

 

 はっきりしたのは、昨年までの「国家経済発展5カ年戦略」の失敗だ。金正恩は「最悪中の最悪が続いた難局」のため、「ほとんど全ての部門の目標を甚だしく達成できなかった」と、率直に認めた。同時に、「経験と教訓、誤謬を全面的に掘り下げて分析した」。「苦い経験は極めて貴重」「大きな障害、ネックなどの欠点を認め、二度と弊害を繰り返さない」‥‥。素直な反省の言葉はこれまでにないことだ。

 

 そのうえで「党中央指導機関のメンバーの活動を全面的に検討し、党の強化、革命活動にどれほど寄与したかを評価した」という。さらに、直後の最高人民会議(1・17)での金徳訓首相が報告。「5カ年戦略」失敗の原因は「経済を指導する幹部が無責任な態度や旧態依然とした方式から抜け出せなかった」という。これに伴い、経済部門担当の副首相8人のうち6人、閣僚(級)45人のうち21人が交代という大幅な人事が行われた。要するに、党や政府の幹部が怠けていたのが失敗の原因ということだ。

 

 金正恩は失敗の原因を探るため、「現場で働く労働者、農民、知識人党員の意見を真摯に聞いた」という。この過程で「大衆こそ立派な師という貴重な真理を今一度確認した」と、何ともけなげだ。しかし、「ミサイルを何発も飛ばすなら、食うものをくれ」という不満を人民は口にしないし、幹部も上へ報告しない。クビが飛ぶからだ。結局、責任は党と政府の幹部にあり、いわゆるトカゲのしっぽ切りが今回も行われたということだろう。

 

 党幹部が汚職、賄賂、袖の下をとる大きな理由は、退廃もあるが、月給だけでは食っていけないからだ。公務員もそうだ。また、工場の労働者は工場の備品や原料をくすねたりしなければ、食っていけない。昨年秋の災害復旧でもセメントや木材などの資材横流しという例もあった。この国の組織の宿痾になっている。是正するには職務に忠実であれば、ちゃんと食っていけるようにすることが先決だ。

 

核と経済再生の「絶対矛盾」は変らない

 

 「5カ年戦略」の失敗の根本的な原因ははっきりしている。核と経済の「並進路線」といいながら、核ミサイル開発を最優先にしたことにある。金正恩は「核強国」「軍事強国」を誇ったが、これこそが北朝鮮の経済破綻の根本原因だ。カネ、モノ、優秀な人材を集中させ続けた。極端な軍備増強は国を貧しくする。党や政府の幹部の怠惰は枝葉のことだ。

 

 従って、核を独裁体制の“守護神”とするこの国のあり方そのものを変えない限り、経済再建は出来ない。「自力更生」は、金正日の時代から唱えてきた。しかし、未だに最貧国から抜け出ることが出来ない。すでに限界があることを証明している。数年前に訪朝した際、政府関係者から経済は東西冷戦前の1979年の水準に回復出来ていないと聞いたことがある。40年ほど経過した今も変っていないのではないか。

 

 しかも、金正恩は、革命の首都平壌をはじめ、自分が生れたらしい元山、祖父や父親がかかわる白頭山、三池淵などの革命の聖地、観光地の開発など、神格化や観光開発に重きを置いている。このため、産業のインフラ整備は遅れ、電力供給、物資の輸送もままならない。治山治水も後回し、年中行事の如く夏から秋にかけて大水害に見舞われる。

 

 そして、国連による経済制裁が経済に重くのしかかる。これも核ミサイル開発が招いた。要するに、核が経済再建の大きい障害になっている。いかに党組織をしゃんとさせても経済再建は出来ない。2年ほど前、金正恩は並進路線の軍備強化は一定の成果を得たので、「人民生活の向上」に国力を注ぐと言ったが、人々に期待を持たせただけだ。北朝鮮においては、核と経済は「絶対矛盾」の関係だ。

 

「以民為天」など言葉は踊ったが

 

 「以民為天」(王者は民を以て天と為す=史記)「人民の忠僕」―。金正恩は、この大会で様々な漢語を引用して、いかに人民を大事に思っているかをくどいほどアピールした。そして、10月の党創建記念日の演説では涙を流して人民に生活苦を強いていることを詫びている。これが独裁体制を維持するために有効と判断したのだろう。

 

 しかし、実が伴わなければ「巧言令色少なし仁」だ。言葉だけで人々の腹が膨らみ、人々にあがめられるわけではない。「富国」を二の次にして「強兵」を優先すれば、過ちを繰り返すことになる。また、全世界が困難を強いられているコロナ禍は収まりそうにない。これから続く経済制裁、大水害、コロナ禍の「三重苦」の中で「5カ年計画」は始まるが、言葉だけの「人民が主人公」「人民生活の向上」に、人々はどこまで我慢できるのか。

 

更新日:2022年6月24日