「四面楚歌」の1年だった

(2020.12.18)岡林弘志

 

 この1年、世界は新型コロナに明け暮れた。そのうえ、北朝鮮は大水害に襲われ、それ以前からの全面的な経済制裁が続いている。「第2の苦難の行軍」始まりの年だったといってもいいだろう。就任10年となる金正恩・労働党委員長にとっては、独裁権力でもどうにもならないという苦い経験を強いられ、欲求不満が積もりに積もった1年だった。別の角度から見ると、コロナ禍が金正恩と北朝鮮を振り回し、矛盾を露呈させた1年だった。

 

国境封鎖、密輸防止で軍同士の銃殺事件も

 

 「北朝鮮が中朝国境封鎖のため投入した『暴風軍団』の兵士が先週、両江道ポテ里で国境警備隊の兵士に銃撃を加えて射殺する事件が発生」(12・12朝鮮日報)。北朝鮮軍同士で銃殺というのだからすさまじい。北朝鮮は今年初め、新型コロナの流入を恐れて、中朝国境を封鎖、ヒトやモノの行き来を禁止した。しかし密輸は止まらない。というより密輸が増えたのではないか。国境地帯の住民にとっては生き残りの手段だからだ。

 

 それはかねて食糧の配給が滞る国境警備隊も同じ、密輸を見逃しあるいはぐるになることで、食うことが出来、余録にも預かれる。ところが、コロナウイルスの潜入を極度に恐れる金正恩は、国境を水も漏らさぬようにするため、特殊部隊「暴風軍団」を派遣、立ち入り禁止の鉄条網に近づき、入る者あらば問答無用で射殺を厳命した。

 

 今回は、警備隊員2人が鉄条網に近づいたところ、暴風軍団の兵士が銃撃し、一人が即死した。このため、両隊の雰囲気が悪化、衝突寸前になっているという。「暴風軍団」は、今年夏から派遣されるようになったが、これまでも似たような事件があった。「11月1日に両江道恵山で、警備隊の保衛指導員が密輸を行っていたところ、暴風軍団の兵士に摘発されて逃走、逮捕」(同)されたという。また、数十キロの金塊を密輸しようとしたグループが道の保衛局(秘密警察)に逮捕されたという情報もあった。コロナによる国境封鎖で公の交易が出来なくなったため、密輸がはびこる現状がよくわかる。

 

 ちなみに、中国との貿易は極端に減った。韓国貿易協会の統計によると、10月の貿易額は前年同月比99.4%減の166万ドル(約1億7300万円)。月間貿易額としては過去最低となった。また、今年1~10月の累計貿易額は前年同期比約76.0%減少(12・10)だった。貿易はほとんど行われていないといってもいいだろう。

 

地域や市場の封鎖で生活苦さらに強まる

 

 同時に、こうした事件のあった恵山市をはじめ、中国と行き来したヒトやモノが発覚した地域は封鎖、市場も営業禁止になるなど、厳しい措置がとられている。恵山市は20日間の全面封鎖令が実施されたという。これで困るのは人民だ。生活の手段、食糧を手に入れる場を失ったことになり死活問題。このため、住民の強い抗議で市場封鎖期間が短縮されたところもあったようだ。

 

 モノが少なくなれば、当然物価は上がる。一時、外貨稼ぎのため、中国へ輸出する予定の魚介類や食糧が国内に出回り、物価は上がっていないと言われた。また、中国からの食糧援助もあったようだが、かなりの量はコロナを恐れて、倉庫に摘んだままともいわれる。やはり物価は上がっているようだ。

 

 特に、いまはキムジャン(キムチの漬け込み)の季節だ。各家庭が大量の白菜やニンニク、唐辛子などを買い込む。いずれも、水害の影響を受け、さらに「中国から物資搬入が禁止され、食料の価格が4倍に値上がりした。調味料は4・6倍に、1キロ6000ウォン(560円)台だった砂糖は2万7800ウォンに高騰した」(11・27韓国国情院)という。

 

 生活の困窮に、拍車を掛けているのがコロナによる区域外への「外出禁止」だ。中朝国境地帯や咸鏡北道の清津市などでは、厳重に実施され、商売だけでなく、日常の買い物も不自由になり、それにもまして、食糧や日用品などが市場に出回らなくなり、住民は死活問題と不満を募らせている。地方の街では、老人や子どものいわゆる「コッチェビ」、浮浪者が増え、行き倒れも出ているようだ。

 

 まさに八方ふさがりだ。しかし、コロナにかかわる地域封鎖、外出制限の命令は、金正恩による直接の命令のため、取り締まり当局もかつてのように袖の下で見逃すというわけにはいかない。ばれれば粛正が待っているからだ。コロナ禍は、ちょっとしたことで物不足に陥り、それを非合法すれすれのやりとりで何とか凌いできた地方の実情を浮き彫りにしている。

 

 「結核や栄養失調で欠員3割…お粗末な北朝鮮軍の冬季訓練」(12・2デイリーNK)。北朝鮮は毎年12月から3月に掛けて冬季訓練を行い、最初の2週間は、金正恩指令の工事に動員されている兵士も参加しなければならない。しかし、東海岸の軍事境界線近くの「第1軍団第2師団参謀部の報告によると、参加可能なのは全体の65%に過ぎない」という。

 

 既に療養中の者や栄養失調、今回は新型コロナが疑われる呼吸困難などの症状で隔離された兵士もおり、こうした数字になったという。食糧不足は、かねて言われるように軍隊も例外ではないことがあらためて露呈した。冬季訓練は既に始まったようだが、「例年と比べて動きは活発ではない」(12・15韓国国防部)という。

 

警戒は「超特級」に、雪合戦も控えろ?!

 

 とにかく、金正恩は新型コロナに異常なほど過敏だ。肥満による成人病をいくつも持っているようで、もし感染したら命取りになることを意識しているのだろう。世界でコロナが流行り始めた2月からは2、3週間ほど姿を見せないことが度々、元山の特閣にかなりの間避難していたこともあった。金日成主席の生誕記念日(4・15)、恒例の錦繍山太陽宮殿の参拝もせず、重病説も出たほどだ。この1年、金正恩の動静報道は前年の半分もいかないか。

 

 金正恩の神経過敏はあちこちに現れている。先に紹介した国境地帯での銃殺など厳重警戒もその一つ。そして、風邪の季節、冬に入ってコロナは再び特に北半球で猛威を見せている。これに呼応して、北朝鮮は「新型コロナウイルスの防疫段階を再び最高レベルの『超特級』に引き上げた」(12・2朝鮮中央通信)。

 

 この防疫態勢は、今年2月の「非常防疫法」に基づくもので、労働党政治局拡大会議で、金正恩が「中央指揮部の指揮と統制に全部門が服従し、監視をより強化する」と指示している。防疫レベルは、1級、特級、超特級の3段階に分類され、2月に「超特級」が実施された。今回で2回目だろう。これにより、一部の商店や飲食店、銭湯などが休業となり、国内の地域を封鎖、人や物資が入る橋や港湾に消毒施設を設置する。集会や登校を中止。地上、海上、空中の全ての国境が封鎖される。

 

 この「超特級」防疫措置は、平壌にある各国大使館にも通達された(12・7)。ロシア大使館がフェイスブックで紹介したところによると、北朝鮮外務省と外交団のやりとりは電話を中心に行う。面談が必要な場合は2メートル以上の距離を保ち、握手などを避ける‥‥。そのうえ、「降雪時に外出する際のマスクや帽子の着用」を要請、「雪合戦は控える」よう求めている。雪雲は中国方面から流れてくるため、注意しろということか。そして、雪にはコロナウイルスが紛れ込んでいる?

 

 そういえば、秋の終わりの黄砂の季節、「黄砂警報」が出された(10・21)。この時もテレビでは「有害物質、ウイルス、病原性微生物が含まれている」と、厳重注意を呼びかけた。確かに中国の空中の汚染物質は黄砂などに乗って流れるだろうが、生き物であるウイルスまでかなりの距離を超えて移動するだろうか。いずれにしても、この冬、北朝鮮の子ども達は雪合戦も雪だるまも作れない。

 

 「北朝鮮当局は海水が新型コロナウイルスに汚染されることを懸念し、漁業や塩の生産も禁止した」(11・27韓国国情院)。冬になると日本の日本海側海岸には北朝鮮の難破船の漂着が恒例行事のようになっていたが、今年はほとんどないという。毎年、北朝鮮の漁船が大挙押し寄せる日本堆付近での漁を止めているのだろう。海水や塩の中で、コロナウイルスが生きられるとも思わないが。外貨稼ぎのためこの海域の漁業権を中国に売ったという情報もあるが。

 

 いずれにしても金正恩の神経過敏の反映だろう。確かに、WHO(世界保健機構)や各国政府は非常防疫態勢を呼びかけている。まして北朝鮮は医療や保健態勢が脆弱で、人々の栄養状態も悪い。まだ、ワクチンが出来ていない今は、最大限の注意、警戒が必要だが、科学的な根拠があるとは思えない措置まで乱発している。

 

防疫の象徴・平壌総合病院はいまだ未完成

 

 こんな中でも、金正恩はパフォーマンスが好きなところを見せた。コロナ対策の象徴にするつもりだったのが平壌総合病院建設だ。革命の一等地に地上15階の堂々たる建物。多くの労働者や関係者を集めて大々的に起工式を行った(3・17)。労働党創建75周年記念日(10・10)完成を命令、人民軍の精鋭工作部隊を投入したが、未だに完成したという報道はない。もともと「全世界が羨むよう立派な病院」(金正恩)という目標が突拍子もなさ過ぎる。まして200日で建てるのは無理だ。コロナによって、口癖の「速度戦」の矛盾が表面化した。

 

 「韓国製医療機器を金正恩の許可なく導入、新義州税関と平壌医科大学病院の関係者大粛正」(11・26東亜日報)。平壌総合病院用とは書いてないが、おそらくそのためのものだろう。この機器は韓国の親北団体が送った、製造元は韓国だが「中国製」というプレートをつけたが、密告でばれたなどともいわれる。何とか設備を整えようとして粛正された幹部は哀れだ。経済制裁の中、しかも金正恩は命令だけでカネは出さない。どうしろと言うのか。

 

 振り返ると、この病院については金正恩が不満を爆発させ、担当の責任者全員をクビにしたこともある(7・20)。設備や資材の調達が強引、うまくいかない、人民に献金を強いるなどしたという理由だ。これも同じ事。国全体でカネとモノが逼迫する中、全てを現場任せでうまくいくはずがない。となれば、資材調達など関係部門を脅して供出させるしかない。無理な計画をぶち上げ、うまくいかないと現場の責任者を処分する。金正恩の典型的なやり方がよくわかる。関係者の恨み節が聞えてくるようだ。

 

 それでも、建物は何とか出来て、朝鮮中央通信などが写真を配信したこともあった。しかし、肝心の中身、先端的な医療機器と医師、看護師は、「速度戦」など精神論だけではどうにもならない。遊園地造成などの様々なプロジェクトでは何とかごまかすことが出来たが、今はより厳格な制裁の真っ最中、高度に専門的な施設は輸入に頼るしかないが不可能だ。完成はいつのことやら。

 

「感染者ゼロ」で通しているが

 

 北朝鮮は、新型コロナ元年の今年、公式には「感染者ゼロ」のままで通すつもりだ。「コロナの検査を受けたのは累計9337人(3日まで)、感染が確認された事例はなかった」(12・11)。WHO(世界保健機関)の発表だ。このうち「半数近い4275人は重症急性呼吸器感染症またはインフルエンザのような症状があったか、隔離期間中に発熱した人たち」だったが、コロナではなかったという。もちろん、これは北朝鮮当局の報告のままだ。

 

 北朝鮮は、「国家非常防疫態勢」を宣言(1・28)以来「感染者ゼロ」と発表してきた。この間、軍隊内で数百人規模の感染者、平壌市内でも中国からの帰国者から感染で死者が出た、中朝国境地帯でも中国からの帰国者によって感染など、様々な情報が飛び交った。しかし、北朝鮮は認めていない。

 

 「後先の計算もなく妄言を吐くのを見れば、北南関係により冷たい冷気を吹き付けたくてやっきになっているようだ」(12・9)。金与正・党中央委第1副部長の談話だ。韓国の康京和外相が国際的な会議で「北は感染者がいないといいながらコロナの統制に集中している。不思議な状況だ」「防疫支援を提案したが受け入れない。この排除は北らしい」などと発言したことに怒りをぶつけたものだ。

 

 そして、金与正談話は「正確に聞いたので我々はいつまでも記憶するだろうし、多分正確に計算されるべきであろう」(朝鮮中央通信日本語版)と結んでいる。「南北連絡事務所爆破予告」(6・13)、米国向けに「独立記念日行事のビデオが欲しい」(7・10)の談話に続くものだ。しかし、今回もそうだが、持って回った様な文章で、何ともすっきりしない。とにかく「感染者ゼロ」を揶揄されたと思い、頭にきたのだろう。

 

 しかし、北朝鮮がやせ我慢をしているのは間違いなく、韓国の支援を拒否しているだけでなく、WHOも「北朝鮮が国境を封鎖しているために新型コロナ防疫に用いる物資を届けることができず、中東ドバイにあるWTOの倉庫に保管されている」という。また、「中国製らしい支援物資も保管先を探している」という。これも神経過敏、モノからもコロナが感染すると極度に恐れている為だ。

 

 しかし、コロナが最初に発生した中国と川一本を隔てるだけの北朝鮮で感染ゼロというのは不自然だ。「北当局は国境地域で3万人を隔離したといっており、患者の発生と密接に関連した数字だろう」(12・16東京新聞)。清津で医師をしていた脱北者の崔政訓・高麗大研究員はソウルでの外国メディアのインタビューにこう答えた。「WHOの支援でコロナの診断機器があるのは平壌だけだろう。地方では死者もかなり出ているが、遺体を特に診断もせず処理するしかない」という。

 

 また、北朝鮮では「2009年冬から翌年春にかけてインフルエンザの感染が拡大し、多数の死者が出た」。この時「北朝鮮が保有する薬剤では効かず、李明博政権の支援を受け入れた。私もタミフルを患者に投与し、すぐ症状が改善したのを覚えている」と語った。北朝鮮は、ロシアからロシアが開発したコロナ治療薬の支援を受けたという情報もあるが、こういうときはやせ我慢やミエを張っている場合ではない。周辺国では収まったのに、北朝鮮にだけウイルスが残ったとなっては困る。

 

「80日間闘争」はにぎやかだが

 

 「祖国の北辺に人民の幸福の笑い声がまたもや響き渡っている」(12・9)。このところ、朝鮮中央通信は、年明けの第8回労働党大会に向けた経済再建の「80日間キャンペーン」の成果を、ほぼ連日報じている。この日は、夏の水害で大被害を受けた咸鏡北道において「北方の厳しい条件下でも、千数百戸の住宅を立派に建設した」ことを取り上げ、「216師団戦闘員の献身的な努力」を讃えている。

 

 このほかにも、「来年の春季植林の苗木栽培を完了」「養蚕部門の100余単位が計画を超過達成」「紡織工業部門で国産化、リサイクリングを積極推進」‥‥。中には、「人民の生活向上に寄与する平壌靴下工場」「平壌駅前百貨店の従業員が最大に覚醒、奮発して消毒を行っている」「平壌香料工場でわれわれの資源と原料で良質の香料を開発するために努めている」など、この際だから何でもかんでもやっていると報告しておけ、といった類いの「成果」も羅列されている。

 

 かねて北朝鮮では、経済活動の成果については、具体的な数字を出したことがなく、せいぜい前年比何%増などというだけだ。今回も、金正恩の大号令のもとにキャンペーンが始まり、とにかく成果が上がっていることをアピールする必要があり、忠誠の競い合いがメディアを賑わせているのだろう。

 

 しかし、実際は経済制裁、夏の大水害そしてコロナ禍の「三重苦」で四苦八苦が実情だ。そして、一縷の望みを託していたトランプ米大統領の再選は完全に消えた。「四面」が囲まれた格好だ。この1年を振り返ると、コロナ禍が金正恩を振り回し、北朝鮮はイライラの募った金正恩に振り回され、例年以上に犠牲者を出した。

 

 年明けに開かれる第8回労働党大会では、新たな5カ年計画が掲げられる予定だ。このままではいかに明るい5年が描かれても、「四面楚歌」の中ではまさに「画餅」にすぎない。絵でしか餅を食えない正月というのは悲惨だ。

 

更新日:2022年6月24日