「コロナ禍」に「バイデン禍」も

(2020.11.20)岡林弘志

 

 米朝首脳会談は決裂のままだが、それでも金正恩・労働党委員長はトランプ米大統領との個人的なつながりに望みを掛けていた。豪腕によって国際的な閉塞状態の突破口を開いてくれるという期待が残っていたからだ。ところが再選ならず、しかも次期大統領は人権に厳しい民主党のバイデン・元副大統領にほぼ決まった。年明けの党大会に向けて「80日間戦闘」を展開中だが、「三重苦」に続く“凶事”に意気は上がらない。

 

すでに熾烈な前哨戦があった

 

 「この男は叔父の脳みそを吹き飛ばし、兄を空港で暗殺させた。社会的に価値のない男だ」(2019・11・11)。バイデンは、1年ほど前、大統領選の遊説先のアイオワ州で、トランプが金正恩と親書のやりとりをしていることを「虐殺者とラブレターのやりとりをしている」と非難し、金正恩の過去の行為を激しい言葉で非難した。既に米朝首脳会談は決裂、北朝鮮は「完全な核廃棄」をするつもりがないことがわかった後のことだ。

 

 北朝鮮は「最高尊厳」をけなされれば、黙っているわけにはいかない。「これまで大統領選挙で2回も落選したのに、また野良犬のように歩き回り、大統領選に熱をあげている。狂った老いぼれ狂人」(11・14)。朝鮮中央通信を使って面罵。さらには「バイデンのような狂人を放置すると人々を害する。棍棒で叩き殺すべきだ」と、口を極めて非難した。なお、バイデンはかつて2回大統領選への挑戦はしたが、正確には民主党候補を絞る段階で降りている。

 

 大統領選大詰めの候補者直接討論(10・23)。バイデンはトランプが金正恩と3回も会談しながら非核化を実現できなかったと言及、そのうえで「北朝鮮の体制に正当性を与えた」と非難した。また、民主党はテレビの選挙コマーシャルで、トランプがプーチン・ロシア大統領や金正恩と握手する場面を流し、「独裁者と暴君は賞賛され、同盟国は脇に追いやられる」と説明した。

 

 トランプも、米朝首脳会談が始まって以降、自分の功績を際立たせるために、前のオバマ政権が対北関係では無能だったことを事あるごとに指摘してきた。しかし、非核化は結局前進せず、今度はバイデンから非難された。同時に金正恩の残酷さも話題にした。これを北朝鮮も受けて立ち、既にバイデンと北朝鮮は大統領就任前から犬猿の仲だ。

 

やはり、トランプに未練か

 

 米大統領選(11・3)からすでに半月以上経つが、北朝鮮は結果について沈黙したままだ。最近、党中央委政治局拡大会議(11・15)が開かれたが、言及したとの報道はない。対米工作の責任者と言われる金与正・党中央委第一副部長も沈黙、各メディアは結果も含め何も報じていない。未だにトランプが敗北を認めていないため、再選に一縷の望みを託しているのか。

 

 バイデンが言うようにトランプは相変わらず金正恩を「信頼できる」とつぶやき、親書の交換をしている。これまで、米国指導者からは無視されるか、批判されることはあった。しかし、国際舞台に引っ張り出してくれ、これほど北朝鮮指導者に親しくしてくれた大統領は初めてだ。悪いのは、トランプの側近や実務官僚の差し出口のせいだ。

 

 トランプが再選され、1期目以上の強力な権力基盤を固めれば、指導力を発揮して、「北が非核化に努力すると言っているのだからいいじゃないか」と、経済制裁解除の道を開く。韓国の文在寅大統領は、大喜びで全面的な経済協力・援助を惜しまず、日本もトランプに言われて、経済協力さらには国交正常化、巨額の賠償金‥‥。

 

 そうなれば、金正恩は30代にして、世界の最強国を手玉にとった卓越した指導者だ。金一族の独裁体制は3代目にして最強の権力基盤を築き、金王国は永遠に続く‥‥。ここまで夢見たかはわからないが、現状では金正恩の描くような展望は開けそうもない。というより、逆回りを始めている。

 

人権に厳しいバイデンは悪夢

 

 トランプの4年間、やはり前半は「太ったロケットマン」「狂った老いぼれ」と非難の応酬の繰り返しだった。しかし、後半は”親友”に変った。一つは、トランプが北朝鮮の人権問題に関心がなかったからだ。ところが、バイデンは人権重視で知られている。「バイデン大統領」は、北朝鮮にとって悪夢でしかないだろう。

 

 「人権問題の解決が国家発展の力になると信じている」。今回、いくつかのメディアが紹介しているように、バイデンはオバマ政権の副大統領当時の2011年8月、中国の四川大学で行った演説で人権尊重を強調した。このときホスト役だった当時の習近平・国家副主席を目の前にしてだ。

 

 従って、就任後は中国のウイグル自治区や香港など中国の人権問題、政治弾圧、それに通商関係でも厳しく臨むと見られる。当然、北朝鮮に対しても事あれば人権侵害を指摘し、厳しく対応する可能性が大きい。かねて国連では、米国などが主導して、北朝鮮の人権侵害が取り上げられ、毎年対北非難決議がされてきた。さらには「侵害の責任者(金正恩)を処罰」するよう、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう安保理に勧告する決議案まで採択された(2016・12・19)こともある。

 

 しかし、北朝鮮にとって、人権問題は譲歩できない。人民の人権を認めれば、独裁体制そのものが成り立たないからだ。人権を厳しく制限することによって、独裁体制に対する批判や不満を封じ、忠誠をしいることができる。人権問題は独裁政権の根幹にかかわるアキレス腱だ。交渉の余地などない。

 

 「条件なく会いはしない」「核能力縮小の確約が必要だ」。バイデンは、候補者討論の中で、米朝首脳会談の条件を示した。要するに北朝鮮が「完全な非核化」を確約する前提なしに、トップ会談は行わない。民主党は、かねて実務レベルの協議、積み上げを行う「ボトムアップ方式」によって、政策決定をしてきたが、バイデンもそれを踏襲するということだ。段階的な非核化と引き換えに経済制裁解除を求めている北朝鮮と主張の隔たりは大きい。いつか来た道に戻りそうだ。

 

大統領交代時、ミサイル発射などで様子見が通例

 

 北朝鮮は、新大統領に対してどう出るか。過去の北朝鮮の対応はわかりやすい。核・ミサイルにかかわる強硬な動きを誇示して、米国の出方を見るというものだ。クリントン大統領就任直後には、核拡散防止条約(NPT)からの脱退宣言(1993・3)。ブッシュ大統領再選の際は「核兵器保有宣言」(2004・2)と、非核化交渉に背を向けた。

 

 オバマ大統領の際は「テポドン2号」(2009・4)。再選の後は長距離ロケット「銀河3号」(2012・12)を発射、続いて3回目の核実験(2013・2)をしている。トランプが大統領選を争った2016年には、4回目、5回目の核実験、中距離ミサイル「ムスダン」、潜水艦発射ミサイル(SLBM)発射。就任直後には中距離弾道ミサイル「ムスダン」(2017・2)、さらには米大陸に届くという長距離弾道ミサイル、6回目の核実験(2017・9)‥‥。激しく核ミサイル実験を繰り返した。

 

 「核強国」を目指し、最大の脅威である米国を協議の場に引っ張り出そうと脅しに脅したのである。これが奏効したか、トランプの功名心をくすぐる動きもあって、史上初めての米朝首脳会談が実現した。結果はご存じの通り進展は全くないが、北朝鮮としては、核の脅し以外に米国を交渉の場につかせる方法はない。という状況は今も変わりがない。

 

 「我が共和国は強力な戦争抑止力を持つ世界的な軍事強国だ」(11・8)。特に米大統領選には触れていないが、この微妙な時期に、労働新聞は1面論説で軍事大国を強調している。バイデンに対しても、軍事力、核ミサイルを誇示することで、交渉の場に引っ張り出そうという意思を示したのかもしれない。

 

 そして前もって、「軍事強国」を証明するように誇示したのが、先の労働党創建75周年の軍事パレード(10・8)だ。新登場したのが、全長24mほどの11軸22車輪の「新型ICBM」と、「北極星4」と名称がつけられた新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などだ。さらに搭載可能な潜水艦2隻を建造中という情報もある。ただ、いずれも発射実験はされておらず、どこまで実用化が進んでいるか疑問だが、いずれも米国本土を攻撃することを目的としている。

 

 しかし、ミサイル発射験を断行したところで、米朝関係改善の糸口がつかめるわけではない。むしろバイデン新政権は、対北非難を強め、オバマ政権と同じような「戦略的忍耐」路線に戻るかもしれない。オバマ政権時、北朝鮮の核ミサイル開発を黙認したに等しいという批判もあるが、トランプ政権時の対話が進む中でも北朝鮮は開発を進めていた。パレードがそれを裏付けている。

 

中国は北の軍事的挑発を許すか

 

 それでは、ICBM発射とならざるを得ないのか。大きいのは中国の存在だ。かねて経済制裁の中、北朝鮮の生殺与奪の権を握ると言われている。今年はコロナ禍で、北朝鮮は中国との国境を閉ざし、貿易は激減した。このため、食糧支援などが滞り、一事は革命の首都・平壌の配給が止まるほど、食糧事情が逼迫してしまった。

 

 このため、韓国政府や中国関係者によると、中国は今年に入って食糧50~60万t、肥料55万tを支援、6~8月に輸送した食糧はトウモロコシなど穀物60万t。さらに台風被害受けたと10月に要請があり、20万tの追加支援を検討している。「支援の規模としては異例だ」(この項、11・13朝日新聞)という。

 

 一方で、北朝鮮が中国の金融機関などに対してサイバー攻撃を仕掛けたので、中国側が9月末から中朝国境を完全に封鎖、密輸も厳しく取り締まっている。という情報もある。となれば、食糧不足だけでなく、物価は上がり、大混乱をもたらす。いずれにせよ、中国に生殺与奪というか、まさに首根っこを捕まれているのは間違いない。

 

 かねて、中国は北朝鮮の大量破壊兵器開発に厳しく対応してきた。核実験、ICBM発射の度に苦言を呈し、国連の経済制裁にも加担せざるを得なかった。朝鮮半島情勢を不安定にし、米国介入を招く。また、対北影響力のなさを非難されるからだ。ただ、厳しく圧力を掛けてきたトランプ政権がようやく終わる。

 

 しかし、次のバイデンは、先述したように人権問題に厳しい。そのうえ、北朝鮮の核ミサイル実験などで、朝鮮半島が不安定になり、米国から同盟国を抑えられないのかなどと非難されるのはご免だ。中国としては、北朝鮮におとなしくしていて欲しいはずだ。かつてのように、中国がいかに止めても、北朝鮮は核ミサイル実験断行とは行きそうもない。

 

 「中国と北朝鮮は、困難な時に生死を分けた血盟だ」(10・23)。 習近平・中国国家主席は、朝鮮戦争参戦70年の記念式典で演説し、あらためて中朝関係の深さを強調した。さらに、「抗米援朝戦争当時、中国と米国の国力の差は非常に大きかった」「そのような大変な状況でも、中国軍と北朝鮮軍は生死を共にし、友情を築いた」と強調した。 要するに、中国も苦しかったのに、助けてやった。そうでなければ、あのとき、北朝鮮はなくなっていたぞ。中国の意向に逆らう様なことはするなということだろう。

 

 「朝中の軍隊と人民が生死苦楽を共に血潮を流して獲得した偉大な勝利は、今日になっても実に大きな意義を持つ」(1・22)金正恩も、平安南道にある中国志願軍烈士陵園を、党や軍、政府幹部を引き連れて、参拝した。さらに、平壌の(中朝)友誼塔、中国・瀋陽の抗米援朝烈士陵園、丹東の抗米援朝記念塔にもそれぞれ花籠を贈った。

 

 9月の北朝鮮政権樹立72周年でも、習近平は祝電を送り「中朝関係発展を重視している」「新型コロナウイルスの発生後、中朝親善がより深まった」。金正恩も答電のなかで「朝中(中朝)親善を一層高い段階に強化・発展させるため、あらゆる努力をする」と両国のこれからも含めた絆の深さを再確認している。両国関係の節目ということもあるだろうが、バイデンという好ましくない大統領の登場を念頭に、北朝鮮も中国の支えが不可欠。中朝連携を深める必要があるということか。

 

金正恩のイライラは募り、肥満が進む

 

 金正恩動静は25日ぶり。労働党中央委政治局拡大会議が開催され(11・16)、金正恩が主宰した。朝鮮戦争の中国義勇兵の墓所を訪問して以来だ。会議では、来年1月の第8回党大会に向けて「80日間戦闘」にハッパをかけるためだ。しかし、テレビを見ると、金正恩は眉の間にしわを寄せ、険しい目つきで、手を激しく振って叱責しているらしい不機嫌極まりない表情の映像が続いた。

 

 この会議では、新型コロナに対する「国家非常防疫システム」を「鉄桶の如く強化」するための課題が討議された。同時に、金正恩は「重大な犯罪行為を働いた平壌医科大学の党委員会と党中央委、司法・治安担当機関」の「無責任と激甚な職務怠慢」を「辛辣に批判」したのである。医科大学だからコロナにかかわる問題か、具体的な内容は不明だが、金正恩が激怒したのは間違いない。

 

 どうも、金正恩のイライラは募るばかりだ。先の党創建75年では人民に感謝して涙まで流したのに、金正恩の命令で被災地へ行った平壌からの選りすぐりの「最精鋭党員師団」の一部は、資材を横流し、連夜酒宴を開いて、住民の非難の的になっているという情報もある。また、肝いりの平壌総合病院は、大目標の党創建記念日までの完成は出来なかった。元々計画が無理だったのだが、ストレスは貯まる一方だ。

 

 「体重は140キロ台と見られる」(10・3)。韓国国情院の分析だ。確かに、拡大会議の映像を見ても、金正恩の肥満ぶりは目立つ。首の後ろの襟元の肉はたるみ、眼鏡のツルの上下の肉は盛り上がり、顔全体がますます丸々としてきた。国情院は「年齢が若く、肥満は大きな健康問題ではない」という。しかし、常識的には、30代半ばでこの体重は異常だ。韓国のメディアは「仕事のストレスで暴飲暴食」「成人病の巣」「仰向けに寝るのも苦しいはず」など医療関係者の分析も入れて報じている。

 

 それと、おやおやと思ったのは、「禁煙法制定にかかわる政令」だ。最高人民会議で採択された(11・4)。政治・思想教育の施設、劇場、映画館など公共施設での喫煙を禁じ、違反者は罰則ということだ。さてさて、ヘビースモーカーの金正恩はどうする。つい最近の被災地の現地視察でもたばこをぷかぷか吹かす映像が報じられた。本来なら、率先して禁煙の模範を示すべき立場である。しかし、禁煙をすると、ストレスが溜まり、一方で食べるものが旨くなって太るのが通例だ。さてどうする。

 

重苦しさ増す「第8回党大会」

 

 一方、冬の到来とともに北半球では、新型コロナが再び大流行の兆しを見せている。北朝鮮は相変わらず「感染者ゼロ」というが、「世界保健機関(WHO)が17日公表した報告書によると、感染が疑われる人は10月29日時点で6173人で、1週間前の22日までに確認された5368人に比べ805人増えた」(11・17聯合ニュース)という。

 

 どの地方か不明だが、かねて中朝国境地帯では、中国からの支援や交易、密輸などで、人の行き来があり、モノに残っていたウイルスが人にというケースもあるようだ。両江道・満浦市、咸鏡北道・恵山市などはそのため、都市封鎖されたという。このため、経済活動、市場もが厳しく制限され、住民は生活難・食糧難に苦しんでいる。また、北朝鮮は住民の隔離についてはWHOなどに報告しているようだが、そこでの衛生・食糧供給態勢は劣悪で、そのために死者が出ている‥‥という話も漏れてくる。

 

 金正恩が「鉄桶のように」といっても、ウイルスは人間の目には見えない。完全に防ぐことは不可能だ。しかも、つい最近はマスクもしない兵士や住民が10万人ほども集まる「三密」の一大イベントを開いたばかりだ。やることと言うことが違う。これでは、新型ウイルスの思うつぼだ。

 

 経済制裁、コロナ禍、大災害の「三重苦」。このうちコロナ禍は、風邪の季節に入ってますます猛威をふるいそうだ。そのうえに今度は「バイデン禍」が加わる。いま、北朝鮮は年明け1月の第8回労働党大会に向けて「80日間戦闘」を展開中。同時に、その後の長期の経済計画と共に、外交政策も検討・立案している最中だ。たとえ、バラ色に文言が並べられても、取り巻く状況はますます重苦しさを増している。 

 

更新日:2022年6月24日