爆破された「砂上の楼閣」

(2020.6.19)岡林弘志

 

 ここまでやるか、何とも乱暴でえげつない。北朝鮮は、南北融和の象徴として文在寅政権が作った開城の南北共同連絡事務所を爆破した。米朝首脳会談決裂への欲求不満とともに、「民族自主」といいながら、米国に抑えられてカネとモノを寄こさない韓国に対するいらだち。そして、経済難から増す一方の人々の不満を外に向けるため、あっと驚く派手な演出が必要だったのだろう。それを金正恩労働党委員長の妹、金与正・党第一副部長が音頭をとってというのにも驚かされる。

 

金与正の予告通り、3日後に爆破

 

 四階建てと2階建てのモダンな建物がすさまじい爆音と共に砕け散り、黒煙を揚げて燃え、跡形もなく‥‥。北朝鮮のテレビは、南北事務所の爆破の一部始終を映し出した(6・16)。男性アナウンサーは「我が祖国の神聖な尊厳を冒したクズどもとそれを黙認した連中に対する我が人民の憤激を込めて、断固たる措置を実行した」と、文在寅大統領への見せしめであることを強調した。

 

 この建物は、第1回の南北首脳会談(2018・4・27)の合意を受けて、文在寅が急きょ、約100億ウォン(約9億円)をかけて建設した。文政権の南北融和のシンボルだった。すでに南北関係は冷えていたが、コロナ騒ぎの前まで、この事務所だけには南北双方の担当者が常駐し、朝晩連絡を取り合い、唯一のパイプの役割を果たしてきた。

 

 爆破の直接の引き金になったのは、韓国在住の脱北者団体が「戦略核兵器で衝動的行動をする偽善者、金正恩」というビラを風船で飛ばしたことだ(5・31)。これに、真っ向からかみついたのが金与正だ。「裏切り者とクズの連中が働いた代価はすっかり受け取るべきだ」と非難、同時に「無用な北南共同連絡事務所を跡形もなく崩」すと宣言した(6・13)。わずか3日後、その言葉通りに爆破された。

 

 同時に、金与正は「次の敵対行動の公使権は軍隊の総参謀部に手渡」すと、軍に対する指示も明らかにした。これもただちに実行に移され、南北合意によって非武装とした「開城と金剛山に軍部隊を駐留させ、近く軍事境界線付近での軍事訓練再開を計画する」(6・17北朝鮮軍総参謀部)という。事実上、南北軍事合意(18・9)を廃棄したのである。

 

悪口雑言を連発して、文政権に絶交を宣言!

 

 さらには、金与正は、文在寅が事態打開のために秘密裏に申し入れた(6・15)特使派遣を暴露し、「わかりきった術数がうかがわれる不純な提案」(6・17)と、切って捨てた。「我々を引き続き刺激する愚か者らの言動を統制して、自重するのが有益だ」と、けんもほろろ、言いたい放題だ。

 

 それになんと「コロナ」も持ち出した。「我々が前例にない国家非常防疫措置を施工し、いかなる出入りを許さないのを知りながら、空念仏を唱えて特使を送る」とは非常識極まりない。「感染者ゼロ」と大見得を切っているが、首領様は成人病で感染をもっとも恐れている。それなのに、首領様に会いたいとは何事か。お兄ちゃんへの気配りも見せた。そりゃそうだ。

 

 文在寅非難は止まらない。板門店宣言と平壌共同宣言について「重い約束」「揺らいではならない確固たる原則」と述べた(6・15)ことにもかみついた。「自己弁護と責任回避、根深い事大主義」「卑屈で屈従する相手とは、これ以上北南関係を論じられない」と、「南朝鮮の連中と決別するとき」を宣言したのである。

 

 朝鮮中央通信は同じ日、金与正のもう一つ談話を報じた(6・17)、こちらはかなり長く、これでもかこれでもかと文在寅への悪口雑言を「爆発」させた。「鉄面皮かつ図々しさがかび臭く付いている詭弁」「狐も顔を赤らめる卑劣でずるがしこい発想」「宗主(米国)の機嫌を見てそわそわ生きる哀れな境遇」「平和の使徒のような鼻持ちならない振る舞い」‥‥。

 

 要するに、金与正は南北事務所の爆破と同時に、文在寅政権とは付き合わないことを宣言したのである。歴代政権で最重要目標として、北朝鮮との融和を高々と掲げた文政権にとっては何とも皮肉、というより致命的な成り行きとなった。

 

金与正「平和の使者」から「南北破壊者の先導者」に

 

 それにしても、金与正は飛ぶ鳥を落とす勢い、韓国との関係で存在感を増している。皮切りは、青瓦台が北の火力戦闘訓練を批判したことに「低脳」などとののしる談話発表(3・3)だった。そして、6月に入ると、脱北者の風船ビラに対する非難談話(6・3)、南北事務所撤去予告(6・13)、そして、事務所爆破を受けての1日2回談話である。さらには、人民軍に対しても「次の対敵行動の公使権はわが軍総参謀部に手渡す」(6・13談話)と指示している。南北関係を全面的に仕切る権限を持っているのだろう。そして、幹部が次々と粛正される中で、どんどん地位を上げ、いまや事実上の「ナンバー2」である。

 

 金与正は、1988年9月生まれ、奇しくもソウル五輪の真っ最中、韓国との縁があるのか。いま32歳だ。小さいときから政治に関心があり、勉強もよく出来、父親の金正日総書記は「男だったら後を継がせたかった」と言ったという。母親は在日出身の高英姫氏。金正恩の実の妹、スイス留学も一緒で仲がいい。金日成大学在学中から労働党にかかわっていた。いまは結婚していて、子どもは2人といわれる。

 

 対外的に知られるようになったのは、2018年2月の韓国・平昌冬季オリンピック。北朝鮮代表団の一人とし、金一族の直系としては初めて韓国を訪問。事実上の代表として、文在寅を始め韓国要人と会い、各種行事に顔を見せた。いつも笑顔を絶やさず、韓国人に好印象を残した。これからの南北関係は金与正によって明るく開けると喜ぶ文政権幹部もいたほどだ。

 

 その後展開された金正恩の韓国大統領、米大統領、中国主席との首脳会談の際は、秘書役、儀典係を担当。あらかじめ会場や赤絨毯を点検し、会議の前後にはすぐ近くに控えて椅子を引いたり、書類を差し出したり、そのかいがいしい姿はテレビなどで広く報じられ、海外でも知られるようになった。

 

 ところが、今年になって豹変。罵詈雑言の連発によって韓国攻撃の先頭に立っている。「黙っているとおとなしそうなのに、あんな恐ろしい下品な言葉を使って」。そんな声も聞える。金一族のお嬢様豹変だ。韓国では「平和の使者から、南北関係破局の先導者に」(聯合ニュース)と、その落差にびっくりだ。

 

 一連の談話は、金与正自身が書いたのか。あるいは党宣伝扇動部で作り、金与正がサインをするのだろうか。いずれにしても本人の意向の通り、目が通っているのは間違いない。独裁体制というのは恐ろしい。この若さで軍事攻撃まで口にするようになってしまう。もっとも兄貴はさらにすごいことをやっている。

 

 

全面的に兄を助ける地位に

 

 それはともかく、南北関係は北朝鮮の国家運営の根幹にかかわる。本来なら「神御一人」金正恩の専権事項であるはずだ。今回の一連の出来事も、裁可しているのだろうが、まったく姿を現さない。なんとも異常だ。4月以降、金正恩の動静が報じられたのは数えるほど。4月は軍演習視察など3回、5月は肥料工場完成式と党中央軍事委主宰の2回。6月は党中央委政治局会議主宰だけだ。

 

 権力内部に変化があったのは間違いない。金正恩はやはり体調を崩しているのではないか。金与正を万一の時の後継者にしたのか、国家運営のパートナーとして金一族支配を補完、強化するためではないか、様々な推測が出ている。いずれにしても、金正恩が出てこない隙を金与正が埋めているのは間違いない。

 

 役割分担という見方もある。先述したが、金与正が軍事訓練批判の青瓦台を「怖じ気づいた犬」などと非難(3・3)した直後、金正恩は文在寅に親書を送り、「(新型コロナは)必ず乗り越えられる。南の同胞の健康が守られることを願う」と、「変らぬ友情と信頼を表した」(3・5)。要するに、事態が変ったとき、金正恩が出てきて「いろいろあったけど、これからは仲良く」という役回りをするということだ。

 

 しかし、独裁政権でのナンバー2の立場は難しい。独裁者が権力を侵されたと危機を感じれば、直ちに粛正する。また、どんな権力でも取り巻きが出来、やがてはナンバー1の取り巻きとの間で確執、権力の奪い合いが生まれる。独裁とナンバー2とは両立しがたい。

 

 それに、政治が好きと言っても、権力運営の経験の少ない者が大きな権力を握り、威勢のいい言葉で周辺を恐れ入らせ、というパターンはやがて、独りよがりを招き、大きな失敗を招く。権力の持つ落とし穴だ。独裁者の妹に忠告する人はいない。何とも危なっかしい。

 

文在寅の甘言にだまされた、許せない!

 

 話を南北関係に戻すと、北朝鮮が南北事務所を爆破した”引き金”は、脱北者の風船ビラだった。そして、南北関係全体まで“爆破”した理由は二つ。第一は、文在寅にだまされたことへの怒り。第二の理由は、北国内の人々の不満、関心を外にそらすためだ。そして、南北の対立を高めた背景には、米朝首脳会談決裂へのいらだちがある。

 

 第一の理由。文在寅への怒りの一つは、甘言だ。南北首脳会談で、文在寅は盛んに米朝首脳会談へ乗り出すよう勧めた。とにかく「非核化」を約束すれば、北朝鮮の喫緊の課題である経済制裁は解除される。さらには、北朝鮮の戦略的目標でもある休戦協定を平和条約に切り替え、米国の敵視政策を解除する道が開ける。トランプ米大統領は再選を念頭に、レガシー(歴史的業績)を残すのが至上命題だ。すでに了解をとってある。

 

 それに、超大国の領袖と対等に渡り合い、世界で唯一残る朝鮮半島の「冷戦構造」に終止符を打てば、祖父、父親が出来なかった米国の脅威を取り除くという偉業を果たすことにもなる。押しも押されもせぬ指導者として、内外に認められるだけでなく、歴史に名が残る‥‥。お膳立てをしたというから、米朝首脳会談に乗ったのに何だ。2年経つのに、このざまではないか。

 

「米帝の鼻息ばかりうかがって」

 

 もう一つ。「わが民族の運命はわれわれ自らが決めるという民族自主の原則を確認」(2018・4・27板門店宣言)と約束したのに、何一つやっていない、何も寄こさないという怒りだ。すでに国連の経済制裁で外貨不足に苦しんでいた北朝鮮は、直ちに外貨が入る開城工業団地の操業、金剛山観光の再開を求めた。文在寅は脈のあるような受け答えをしたが、明らかに国連制裁決議違反。米国が認めるはずはない。

 

 また、宣言に明記された「東海線と京義線の鉄道、道路を連結し活用する」にも期待した。交通インフラの老朽化は経済立て直しの大きなネックになっている。しかし、調査団は来たがそれだけだ。鉄道建設などは明らかに制裁違反、当然これも当然ノーだ。2年の間、口とは裏腹に、人道支援と称してほんのわずかな粉ミルクや食糧、医療品を送ってきただけだ。

 

 北が最も腹立たしいことだ。金与正は「北南合意文のインクが乾く前に、ことごとに北南関係の全ての問題をホワイトハウスに供してきた」「宗主の機嫌を見るあわれな境遇」とののしって止まない。北朝鮮のいう「民族同士」は、無条件で北朝鮮が求めるカネとモノを寄こせということ。それなのに、米国の鼻息を恐れて同じ民族が困っているのに助けない。けしからん。

 

 国連の経済制裁は、北朝鮮の相次ぐ核・ミサイル実験のために国連が課したものであり、原因は北朝鮮にある。しかし独裁体制が反省という言葉はない。思うようにいかないのは全て相手のせいだ。とにかく、首脳同士の顔合わせでは甘言を弄しながら、いざとなると国連や米国を持ち出して何もしないのは卑怯。これが北朝鮮の思考方式である。

 

 さらには、今年の韓国総選挙(4・16)。文政権にとっては、脱北者も立候補して大変な選挙だった。「北風」を吹かせれば、選挙などどうにもなる。もし、投票前に連絡事務所を爆破すれば、惨敗したはずだ。だから黙っていてやった。そのおかげで大勝ちしたのに、何も言ってこないばかりか、風船ビラの取り締まりもしない。文在寅へのイライラは、溜りに貯まっていたのである。

 

「言葉爆弾」は人民の不満をそらすため

 

 「(文在寅の)夢のようなことだけしゃべり、平和の使徒ように振る舞いは鼻持ちならない。その不様を一人で見るのが惜しくて我が人民にも知らせようとして、言葉爆弾を爆発させた」(6・17金与正)。要するに、「言葉爆弾」は、文在寅がいかにインチキか、北朝鮮の人々に広く知らせ、怒りの標的を韓国に向けるのも大きな狙いだった。思わず本音を漏らしちゃったようだ。

 

 北朝鮮は苦しい。経済制裁に新型コロナによる鎖国が加わり、民生経済は“何重苦”、交易はほとんど止まり、9割を占めた中国との貿易も毎月前年比8割減だ。必然的に物価は上がる。また、現金を落とす中国人観光客はゼロ。国内ウォン貨は紙切れ同然の中で、外貨不足は致命的だ。

 

 北朝鮮当局は、外貨所有者いわゆる「トンジュ」やヤミドル業者、ドルの「タンス預金」などを厳しく取り締まっている。さらには農繁期の援農のため、「市場」の営業時間を短縮させた。そうでなくともコロナで経済が低迷する中、市場関係者にとっては死活問題、不満は募る一方。最も優遇されてきた平壌市内でも、最近食糧不足や日用品不足が言われ始めたという。

 

 人々に期待させた経済制裁の解除が全く進まないことで、金正恩への不満は貯まりに貯まっている。貿易関係者だけでなく多くの人々は、米朝会談をきっかけに、モノが出回り市場はにぎわい、経済はよくなると信じた。しかし、期待は水の泡、失望だけが残った。そこへコロナが襲いかかり、人の往来は制限され、経済活動はさらに鈍っている。

 

 人々のなかに「金正恩の失政」への不満が無視できないほど高まったのだろう。その不満を外にそらすため、金与正は文在寅の「不様」を人々に知らしめた。口先だけで何もしないから、こんなことになった。やっつけろ!というわけだ。実際に風船ビラに対する金与正の非難談話(6・4)をきっかけに、人々を全国的に大動員して、連日のように「決死擁護」「逆賊抹殺」などのプラカードを掲げた集会やデモが行われている。

 

 脱北者団体は、何年も前から金正日、金正恩非難のビラを風船にくくりつけて飛ばして来た。おととしの板門店宣言には「チラシの散布などの敵対行為を中止」と明記したが、その後も飛ばした。一度は、北朝鮮軍が銃撃したこともあったが、今回ほどヒステリックに騒ぎ、爆破騒動まで起こしたのは初めてだ。それほど苦境にあることの裏返しだ。当面、経済制裁は解けず、韓国が経済援助をする可能性はない。これ以上失うものはない。人々の不安、不満をそらすため、韓国は格好の標的に選ばれた。韓国も隙だらけだった。

 

文政権の「融和」は裏目に出た

 

 文政権の対応は哀れだった。金与正の真意を見誤ったのだろう。当初は、金与正のビラ非難に対して、直ちに取り締まる、法律を作るなどひたすら頭を下げていた。ところが、北は南北事務所爆破、密使派遣の暴露、それに大統領名指し非難、ようやく北の関係断絶の本気度に気がついたのである。

 

 この騒ぎの最中、金錬鉄・統一相は「南北関係悪化の責任をとる」と辞意を表明(6・17)。誰が収拾の指揮を執るのか、混迷に輪をかけた。しかし、これ以上弱腰は国内の激しい批判を招くのは必至だ。文在寅批判には「前例にない非常識な行為。分別のない言動に我々は辛抱しないと警告する」(6・17、青瓦台)と、真正面からかみついた。

 

 韓国国防部も、北朝鮮軍が事実上南北軍事合意破棄を宣告したのに対し、「北が実際に行動に移す場合、北は必ず代価を払う」と強い言葉で警告した。同時に、南北合意によって撤去した非武装地帯の監視所を復活、軍事境界線付近の砲兵を増強、軍事演習を再開するなど対抗措置を打ち出した。2010年に北の砲撃を受けた黄海の北方限界線(NLL)に近い延坪島は、すでに厳戒態勢に入ったそうだ。

 

 軍事境界線をはさんで、南北は銃を構える冷戦に戻った。南北の非難合戦は当分は続く。北朝鮮は、境界線付近での小競り合いを挑発する可能性がある。南北融和を最大の旗印に掲げて登場した文在寅にとっては、何とも皮肉である。

 

 もともと、国連経済制裁がかかり、「北朝鮮の完全な核放棄」の可能性が見通せない中での南北融和は、「砂上の楼閣」だったのではないか。事務所だけでなくその幻想も爆破されたのである。何が何でも北朝鮮に近づいていった「融和」は完全に裏目に出たのだ。振り返ると、金大中大統領と金正日総書記が南北史上初めての首脳会談(2000・6・15)を行ってからちょうど20年だ。いまや完全にそれ以前に戻ってしまった。

 

「胸一杯の希望」が裏切られた!

 

 「胸一杯に膨れあがった朝米関係改善の希望は、悪化上昇という絶望に変った」(6・12)。シンガポールでの米朝首脳会談からちょうど二年目。北朝鮮の李善権外相は、談話を発表した。北朝鮮の一番のいらだちはここにあることを何とも率直に表している。「胸一杯の希望」が裏切られた、かなえられなかった。これが今回の爆破事件の背景、大本の理由だろう。

 

 最初、トランプは北朝鮮が主張する「朝鮮半島の完全な非核化」を受け入れた。このため、金正恩はまず核実験場を爆破して見せ、2回目の会談では寧辺の核開発基地を廃棄する案を持ち出した。ところが、トランプ側近は寧辺近くの最新の秘密核施設の衛星写真も示して、これも含めた核関連施設全てを対象にするよう求めた。

 

 金正恩にとっては、大きな誤算だった。最貧国である北朝鮮は核がなければ「丸裸」同然。もともと、金正恩には守護神である核を手放す気はなかった。それでも、大統領再選を目指して成果が欲しいトランプは乗ってくると思ったのだ。いまや、トランプは新型コロナと黒人差別問題で火の粉を払うの精一杯。北朝鮮にかかわっている余裕はない。

 

 北朝鮮の核問題は、ここ30年ほど国際問題としてくすぶり続けてきた。歴史的な業績、外交成果を上げるには、事前の緻密な打ち合わせ、根回し、周辺国との緊密な連携、そして何より指導者の国際戦略における見識が不可欠だ。おれが出て行けばという根拠のない自信や名誉欲だけでは、「冷戦の化石」は融けない。

 

怖いのは「斬首作戦」、籠るしかないか

 

 「6・25」-。朝鮮戦争開戦から今年は70年。北朝鮮は毎年、開戦日から休戦の7・27(「勝利の日」)までの約一ヶ月間、対米、対南敵対意識を新たにする様々な行事やキャンペーンが行われる。今年は、一段と厳しいキャンペーンになるのだろう。

 

 金正恩は「戦略核兵器の強化」を繰り返し口にしてきた。今回の韓国叩きも当然米国を意識してのことだ。こっちを向けということだ。しかし、3年前までのように、核実験や大陸間弾道ミサイルの発射実験を再開出来るか。金正恩は、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)3基搭載の新型潜水艦を建造中の新浦造船所を視察か(6・17)というニュースもあった。米国が神経をとがらせている最新装備だ。

 

 いま、トランプは心ここにあらずだ。しかし、北が核ミサイル実験を再開しても関心を持つ余裕がない。いやそうではなく、米国の安全に直接かかわると軍事的に対応する恐れがある。厳しく出れば、世論の関心を外に向けることが出来るからだ。再選のためには何でもやるという予測不能なところがある。金正恩も簡単には乗り出せない。

 

 それに、米軍は政権の思惑とは関係なく、北朝鮮の動向には絶えず目をこらしている。空母はいつでも活動可能、空からの偵察や演習も途切れなくやっている。実際に、事務所爆破直後から、米空軍の主力偵察機RC135Wをはじめ、偵察機EPSAE、RAC12など、北朝鮮全体をカバーできるソウル、京畿道上空に飛ばしている。

 

 そして、金正恩にとって「斬首作戦」はもっとも恐れることだ。当面、北朝鮮は人々の韓国への敵対心を煽るため、軍事境界線や黄海の境界線辺りでは何か起こしそうだ。金与正の罵詈雑言も続きそうだ。しかし、国全体を覆う閉塞状態を打ち破るような次の手はあるのか。進むも引くも出来ず、金正恩にとっては、「特閣」に籠ってのイライラの日々が続くのか。

 

更新日:2022年6月24日