“ノーマスク”で粋がるが‥‥

(2020.4.20)岡林弘志

 

 あれ!あれっ!金日成主席が愛用した人民帽のような帽子をかぶり、上着の前のボタンを全部外し、両腕を腰に当てて、出っ張った腹を突き出している。これが将軍様の軍事演習の視察というから驚く。新型コロナで世界中が震撼としている中、いまだ「患者ゼロ」で、余裕のあるところを見せているのか。あるいは、コロナ鎖国で経済が逼迫する中、やけのやんぱち、虚勢を張っているのか。

 

マスクなしで演習視察、肥満体には危険なのに

 

 「まるで砲弾に目が付いているように標的に命中する。今日は本当に気持ちがよい日である」(4・10朝鮮中央通信)。金正恩・労働党委員長は、「軍団別迫撃砲兵区分隊」の射撃訓練を現地視察。「任意の区分隊を呼んで不意に訓練」させ、競争させた結果に上機嫌、腹をゆすって大笑いをして見せた。

 

 それにしても、金正恩のファッションだ。こんな格好は初めて見た。上着の色は取り囲んだ将兵の軍服に似た薄い黄色というか黄土色なので軍服だろう。ところが、前ボタンは全部外し、その下は白の開襟シャツのようで裾はズボンの上に出している。どこか遊びに行くような格好だ。それに帽子がやはり黄土色で、上部が膨らんだ人民帽だ。かつて金日成の写真で見たことがある。しかし、シマラナイ。(二日後にもシャツ姿で航空部隊を視察したが、帽子はかぶっていなかった)。

 

 それと驚くのは、本人もありがたく訓辞を聞く軍人も誰もマスクをしていない。それ以前の演習では、近くの軍人は黒いマスクをしていた。各国首脳は談話発表の際などもマスクをしている例が多い。マスクなしはこの人とトランプ米大統領ぐらいだ。北朝鮮は「患者ゼロ」と言い張っているため、将軍様自らが大丈夫を内外にアピールしているのか。

 

 しかし、新型コロナ肺炎は、高齢者や持病持ち、それに「ぽっちゃり体型」には危険度が高い。新聞に載っていたが、「太り気味の人は重症化の可能性が高い」という。肥満が心臓や肺に負担をかけ、肺炎になったときに直すのが困難、それに心臓病など持病がある場合が多く「新型コロナにつけ込まれやすい」。これは常識でもある。

 

 金正恩は、30代半ばにして、体重120~130kg。明らかな肥満。かつて足を引きずって歩いていたこともあり、何らかの持病があるのは間違いない。新型コロナにかかったら、もっとも重症化、生命が危険さらされやすい体質、体つきだ。マスクなしで大丈夫なのか。ここは粋がっている場合ではないと思うが。

 

 人口密度の高い平壌を出て、元山の特閣(豪華別荘)に避難といううわさも流れた。独裁者が臆病ととられては大変だ。このため、軍事演習を行って現地指導をする、平壌を恐れていないことを示すために、平壌総合病院の着工式(3・17)で長々と演説したのではないか。今回の、演習のファッションも襟元など絞めないでも大丈夫、上着を脱いでも大丈夫と、わざわざ健在を誇示するため、とも見える。

 

軍隊で蔓延の情報も、太陽節行事はなし

 

 「北朝鮮の感染者ゼロは信じられない」。在韓米軍司令官はと繰り返し発言している。すでに2月に患者発生という情報があった。最近でも、デイリーNKは、「軍隊で180人感染」「南浦(ナムポ)市にある海軍西海艦隊司令部傘下の32号病院に勤務していた軍医3人と民間の医師1人の計4人。4月に入ってから発症し、5日までに相次いで亡くなった」(4・13)と、具体的な病院名をあげて報道した。

 

 軍医が感染ということは、多数の兵士がすでに感染していて、治療に当たっていてのことだろう。北朝鮮のテレビは、マスクや防疫服の増産を報道しているが、もともと、原料になる繊維や紙、合成繊維などが不足している中、現場にどの程度行き渡っているか疑問だ。まして、ゴーグルや防疫服は不足している。

 

 そもそも、兵営はコロナでもっとも避けるべき「密接、密閉、密着」の3条件が揃う標本のような場所だ。さらに「北朝鮮の軍内部では物資の横流しや虐待が横行し、栄養失調の兵士も少なくない。免疫力も低下していると見られる」(デイリーNK)。一旦コロナウイルスが入り込んだら手の付けようがない。さらにもっと条件の悪い強制収容所、労働所がある。栄養不良、衛生状態の不完全は、北朝鮮全体の問題だ。

 

 当然、国家全体として厳戒態勢を敷いている。北朝鮮最大の祝日である金日成生誕記念日、「太陽節」(4・15)。例年なら、大々的な記念行事、大集会が行われるが、さすがに今年は中止になった。テレビなどでは、金日成がいかに偉かったかを繰り返し報道したが、恒例の「金日成花展示会」「祝賀公演」などはなかった。

 

 ただ当日、金日成の遺体が眠る錦繍山太陽宮殿への参拝儀式は行われた。「党と政府の幹部と武力機関の責任活動家」(朝鮮中央通信)が参加した。写真を見ると、崔竜海・最高人民会議常任委員長、朴奉珠・党副委員長、金在龍首相ら30人ほどが深々と頭を下げ、壁際には儀仗兵が並んでいた。

 

異例な金正恩の参拝なし

 

 不思議なのは、金正恩の姿が見えないことだ。最高指導者についた2012年以来、毎年この記念日には、先頭に立って参拝していた。写真では、金正恩の名前を記したリボンのかかった花輪はあったが、本人は写っていない。たとえ、よくやる夜中の参拝があったなら、当然報道されてしかるべきだが。

 

 しかも、金正恩は今年の父親の生誕記念日(2・16)には、錦繍山宮殿を参拝している。祖父をより尊敬し、真似してきた金正恩にとっては、あり得ないことだ。このため、米韓などのメディアにははやくも「異変説」が出ている。いずれにしても、この後触れるが、3月以降、健在を誇示するためか、西海岸、東海岸を股に掛け、週に一回以上の頻度で軍事演習を視察。平壌では、戸外で長い演説もぶった。

 

 どう見ても動きすぎ、過労だ。そのうえ、新型コロナにかかりやすい体質、体格だ。コロナに感染という推測が出ているのも不思議ではない。こうした報道があると、北朝鮮は、それを否定するため、公の場に姿を現すという事がよくあった。ここしばらくが注目だ。

 

最高人民会議は開かれたが

 

 もう一つ注目されたのが最高人民会議だ。一ヶ月ほど前か、例年のように4月10日に開催と公表した。代議員687人の大規模集会だ。こんな時にと注目されたが、2日遅れで開かれた。遅れの理由は説明されていないが、コロナ対策をまとめるのに時間がかかったか、何らかの不手際があったのか。韓国では「規模縮小」の観測もあったが、公開された写真を見ると、定員のほとんどが出席したようだ。

 

 密接、密閉、密集を避けなければいけないのに、なんとも勇ましいことだ。しかも、写真で見る限り、誰一人としてマスクをしていない。前日には、ここに掛ける議題などを討議した労働党中央委政治局会議が開かれ、金正恩も出席、議長を務めた。27人が出席したが、ここでもマスクはしていない。これらの会合でも「患者ゼロ」が報告された。こんなところで、見栄を張る必要はないと思うが、内外にアピールするためか。いかなる思考方式かよくわからない。

 

 ところで、最高人民会議は例年と同様、国家予算を決めた。支出は前年比6%増。毎年のことだが、北朝鮮は額を公表していないため、実態はよくわからない。しかし、コロナの影響で世界中の経済成長率が低迷する中、6%増は大丈夫なのか。このうち、増加額が高いのが保健部門、前年比7・4%増だ。金正恩が大号令を掛けた「平壌総合病院の建設に必要な資金を計画通り保障する」ためだ。

 

 ただ、経済立て直しの柱であるはずの5か年計画「国家経済発展戦略」は、今年が最終年に当たるが、なんの言及もない。金正恩が「農業と軽工業生産を増加させ、人民生活を徹底的に向上させる」(2016・5)と大々的にぶち上げたものだ。昨年初めまでは「5か年戦略目標の達成に拍車を加えなければならい」(2019年の新年辞)と、大号令を掛けていた。ところが、昨年末の労働党中央委総会での金正恩の報告では言及なし。毎年の施政方針を示す「新年辞」は、そのものがなかった。

 

「鎖国」を緩めるのか

 

 「五か年戦略」は、やはり達成不可能なため無視したのだろう。最大の原因は、国連による経済制裁の継続だ。一挙の打開を図った米朝首脳会談は決裂、制裁は今に続く。それに加えて、中国から始まった新型コロナの大流行の波及を恐れて、自ら国境を封鎖した。これによって、制裁対象外だった中国からの日用品や食料の輸入は激減した。

 

 当然、この国を支え、独裁を維持するのに不可欠な外貨稼ぎも大打撃だ。「国家非常事態防疫体制」の宣言(1・28)以来の国境封鎖により、中国との取引、特に中国への輸出が大幅減、また観光客はゼロ。統治資金として、外貨を関係部署、企業から上納させていたが、激減。独裁体制の危機だ。このため、市場にモノを卸している問屋や闇商売人などの取り締まりを厳しくしているという情報も漏れてくる。

 

 さらに、物価高、とくにガソリンや重油の輸入も減り、価格が上がっているようだ。とくに、農業は春から夏にかけて、種子を蒔いたり、苗を植えたりで、肥料を大量に消費する。これも中国からの輸入が止まり、収穫に影響が出るのは必至だ。農薬の輸入も減っている。平壌などの学生、月給取りによる「援農」も今年は出来ない。大きな労働力を失うことになる。春の農繁期を凌げるか。指導層がノーマスクで粋がって見せても、どうにもならない。

 

 これ以上、中国からの輸入を止めるわけに行かない。封鎖を一部緩め、丹東・新義州間の鴨緑江大橋をトラックが数台通過という情報もあった。さらには、”コロナ明け”をにらんで、中朝の物流を増やすため、北朝鮮側が「新・鴨緑江大橋」の建設工事を再開(4・17中央日報)したという。現大橋が狭く老朽化したため、2010年に着工したものだが、大幅に遅れ、昨年再開されていた。しかし、コロナのため、北朝鮮は1月末に中止していたものだ。

 

 もう一つ、中国観光客の訪朝再開を見込んで「昼は観光ガイド、夜は酒接待」をする女性観光ヘルパーの募集を始めた(4・8朝鮮日報)というニュースも。海外の朝鮮レストランで働いていたホステスなどが志願、一定の訓練をして、金正恩が「現地指導」した三池淵、陽徳、元山・葛麻海岸などの観光地へ案内して、外貨を稼ごうということだ。

 

 いずれも、コロナが納まらなければ、どうにもならない。外貨がいかに逼迫しているかの裏返しでもある。ただ現在のところ、北朝鮮側が封鎖を緩めようとしたら、反対に中国側が警戒して、封鎖を厳しくしているという情報もある。中国も北朝鮮の患者ゼロを信じていないのだろう。

 

なぜこんな時に、ミサイル、ロケット連発

 

 異常なのは、こんな時期しかも経済はますます逼迫しているのに、北朝鮮は3月以降、しきりにミサイルやロケット砲をぶっ放していることだ。3月は、2日、9日、12日、21日、29日、そして、4月に入ってからは、9日、11日、14日といった具合だ。そのほとんどを金正恩が現地指導し、多数の写真とともに、テレビや新聞で報道している。

 

 米朝交渉が失敗に終わり、経済制裁は全く緩んでいない。ここで、北朝鮮の実力、威力を見せつけ、米国を妥協に誘い出すためか。しかし、米国は患者が激増し、死者は世界一だ。楽観的だったトランプも火の粉を払うのに大わらわだ。それに大統領再選を控えて、すぐには点数にならない対北朝鮮関係は“凍結状態”。どう見ても、当面米朝関係は動き出さない。それでもこっちを向けというアピールか。

 

 すでに述べたが、金正恩の健在を示すことも演習実施の理由の一つだろう。経済面での健在を示すのは難しいが、演習はもっともわかりやすく、すぐに実行できる方法だ。それに、独裁体制を維持するには、軍事力を強化はいかなる時でも怠れないのか。もう一つ、韓国向けの示威、脅しという側面もありそうだ。

 

圧勝の文政権に無理難題か

 

 そんな最中、韓国では総選挙が行われた(4・15)。定数300のうち、与党の共に民主党が180議席を獲得。最近では与党がこれだけの議席を占めたのは初めて、圧勝だろう。これで文在寅大統領の残りの任期2年の国会での基盤は強固なはずだ。経済は混迷し苦戦の予測もあったが、勝因はコロナ対策だ。迅速な対応をとり、いまのところ感染者、死亡者を最小限に抑えた。

 

 しかし、これからの国家運営は厳しい。何よりも「コロナ不況」が深刻だ。日本と同様、貿易が経済の大きな柱である。世界中のコロナが納まらなければ、交易は活発にならない。最大の貿易国である中国が新型コロナの発祥源でもあり、混迷は続きそうだ。

 

 また、文政権の最大の売り物である南北関係もやっかいだ。これまで以上に難しくなりそうだ。金正恩の妹で、腹心の金与正・労働党第1副部長はつい最近「青瓦台の低脳な考えに驚く」「盗人猛々しい」などと、なんとも口汚くののしったばかりだ(3・3)。これは、北朝鮮軍の「火力戦闘訓練」に韓国政府が「南北共同宣言」などに違反すると抗議したことへの反応だ。

 

 一昨年の南北首脳会談で、両首脳がこぼれんばかりの笑顔で握手した光景は幻の如しだ。北朝鮮が腹を立てるのは、文政権が南北融和を看板にしながら、米国の鼻息をうかがって、カネとモノを寄こさないからだ。その原因は北朝鮮の核ミサイル開発・実験なのだが、北朝鮮にはそういう理屈は通じない。なんで「民族同士」で公約したことを守れないのか、ということだ。

 

 今回の総選挙で、与党が圧勝。政権基盤は強化されたのだから、かねて公約した南北交流・協力を積極的に進めろ。まず金剛山観光や開城工業団地の操業再開など、国連制裁とは関係なく南北、「民族同士」の問題だ。短距離ミサイルや巡航ミサイル、多連装ロケットなどの演習を続けているが、いずれも射程に入るのは韓国だ。3、4月の北朝鮮の軍事演習は、そんな意味も込められているか。対韓国要求はきつくなりそうだ。

 

コロナ患者発生を公表の情報も

 

 近々北朝鮮がコロナ患者発生を公表するという情報がある。米国のラジオ・フリー・アジアによると、「国内では、数カ所で患者発生、注意をという人民教育が始まった」(4・17)。「講演者は感染者数には言及せず、平壌、黄海南道、咸鏡北道で感染例が確認されたと述べた」という。やはりコロナの深刻さを人民にわからすためには、本当のことを言わなければダメだ。それに、患者発生をこれ以上隠すことは出来ないと判断したのか。

 

 それに、患者ゼロでは、国際機関などからの援助が少ない。背に腹は替えられないのだ。金正恩の「病気説」も含めて、この国も新型コロナに大きく揺すぶられている。

 

更新日:2022年6月24日