やはり「元の木阿弥」か

(2019.12.20)岡林弘志

 

 最高権力者の座について以来、今年は最も悪い年だったかもしれない。金正恩・北朝鮮国務委員長が内外に大宣伝した米朝首脳会談は物別れのまま、「非核化」交渉の期限と自ら宣言した「年末」が迫るが、喫緊の懸案である「経済制裁の解除」は、一歩も進まなかった。北朝鮮は、年末までに進展がなければ「重大な決意」と、短距離ミサイルを連発し、一方の米国は北朝鮮への頻繁な偵察飛行を始めた。このままでは、一年はむなしく過ぎ、昨年の米朝首脳会談の前まで戻ってしまいそうだ。

 

「世界最強の軍隊、もし必要なら使う」

 

 「米国はいま最も強力な軍隊を持ち、世界最強だ。これを使わなくてすめばいいが、もし必要なら使うことになる」(12・3)。トランプ米大統領は、NATO首脳会議への途中、立ち寄ったロンドンで、記者団にこう語った。その後、北朝鮮の「重大な実験」(12・8)の際には「金正恩氏が敵対的な行動に出れば全てを失うが、賢いからそんなことはしないだろう」と、念押しをした。

 

 トランプが北朝鮮に対する武力行使に言及するのは2年ぶりか。北朝鮮は今年になって13回短距離ミサイルやロケット砲の発射実験をした。明らかな国連安保理決議に違反だが、距離が短いこともあって、トランプは何も言わなかった。それをいいことに、北朝鮮は、少しずつ距離を伸ばし、性能を上げてきた。

 

 ついには、年末に入って、「非常に重大な実験」を2回連続して行った(12・8、14)。米韓の軍事専門家は、大陸間弾道弾ICBM用の固体燃料のエンジン実験と見ている。金正恩は自ら非核化交渉の期限を「年末」と公言したこともあり、いつでもICBMを飛ばせる所を見せて、トランプに妥協を迫っているのだろう。

 

 しかし、トランプも我慢強い方ではない。ロンドンでの武力行使発言の際は、「確かに彼はロケットを打ち上げるのが好きなんだろう。だから私は彼のことをロケットマンと呼ぶんだよ」とも述べた。この愛称? 蔑称? を口にするのは、2017年9月の国連総会以来だ。「おれが黙っていればいい気になって」とムシャクシャしたのだろう。

 

トランプへの悪口を再開

 

 「トランプがイライラしているのがわかる、再び『もうろくした老いぼれ』と呼ぶときが来るかもしれない」(12・9)。金英哲・朝鮮アジア太平洋平和委員長は談話の中で、トランプを名指しで罵詈雑言を浴びせた。北朝鮮はこのところ、米国を非難しても、トランプに対しては控えてきた。期限の「年末」が迫っているのと、金正恩を「ロケットマン」と呼ばれたことで、トランプ非難を”解禁”したようだ。

 

 金英哲は、米朝首脳会談に関して実務面の総責任者として、米国と接触するなどしてハノイ会談を実現させた。ところが、米国は秘密の施設も含め「北朝鮮の完全な非核化」を求めて決裂。金英哲の情報分析は間違い、根回しも不十分だったことになる。土下座をして金正恩に謝ったとも言われる。しかし、粛正は免れ降格で済んだ。ここは、忠誠を尽くさざるを得ない。

 

 関係部門も「忠誠ごっこ」の如く、対米非難を繰り返している。「我々は無益な会談には興味を持たない」(11・18金桂寛・元外務省第一次官)。「迫るクリスマスのプレゼントとして何を選ぶかは全的に米国の決心次第である」(12・3)。北朝鮮外務省のリ・テソン米国担当次官は、「米国は国内政治や大統領選挙に有利に利用するために小細工を弄している」と非難した。

 

 米朝交渉の期限を「年末」と区切ったのは、金正恩だ。経済計画実現のため制裁解除を一日も早くという焦りはわかるが、背水の陣を敷いた格好だ。自ら時間的な選択肢を狭めてしまった。それに、十年一日の如く、要求を通すために脅し、罵詈雑言を浴びせるというスタイルも効果を失っている。あまりに芸がない。

 

白馬に乗って、重大決意か

 

 「帝国主義者の前代未聞の封鎖・圧力策動の中、わが党の自力富強、自力繁栄の路線を、自力更生の不屈の精神力で、社会主義富強祖国の建設へ邁進している」(12・4朝鮮中央通信)。金正恩は、白頭山の革命戦跡を白馬にまたがって回りながら、あらためて回りくどい言い方で「自力更生」を強調した。

 

 内容はともかく、この“白頭山詣で”はなんとも大仰だった。金正恩が好きな白馬にまたがり、積雪の中を時に走らせ、雪を蹴散らせて、“行軍”したのである。今回は、李雪主夫人もともに白馬に乗って先頭を走った。さらには、人民軍の陸軍参謀長や司令官、軍団長等、きら星の如き軍幹部を多数従えてだ。朝鮮中央通信は、なんと71枚もの写真を送信した。

 

 回ったのは、戦跡や宿営地など、いずれも「革命神話」で故金日成主席がパルチザン活動をした名跡だ。例の大きな銅像やパネルが飾られている。そして金正恩は「朝鮮革命史の初のページを刻みつけたパルチザンの血みどろの歴史に胸を熱くした」のである。また、金日成が当時の夫人とたき火をした宿営地跡では、金正恩も夫人といっしょに手をかざした。やはり、お祖父さんがカリスマの手本だ。

 

 十月に続いての白頭山だが、金正恩がこの地を訪れるのは、重大な方針などを決める前後だ。2013年2月は叔父の張成沢を処刑する直前、14年11月は父親の金正日総書記の3年喪が開ける前、最近では南北対話に乗り出す直前の17年12月、そして、南北首脳会談、米朝首脳会談が始まった18年には3回、今年はハノイの米朝首脳会談が決裂した跡の4月、そして10月と今回である。

 

 思うようにいかない米朝関係をどう進めるか。「革命の聖地」で、先々代、先代に思いを巡らせ、想を練ったに違いない。時を同じくして、労働党は12月下旬に、中央委員会総会を開き「重大な諸問題を討議、決定する」と発表した。金正恩は「年末」発言(4・10)に伴い、「米国が約束を守らず制裁や圧迫に出れば、新しい道を模索せざるを得ない」と述べている。このまま制裁が続いて、年越しを迎えるとなれば、「新しい道」を進まざるを得ない。

 

 果たして、金正恩が白頭山で考えた「重大決定」の内容は。米朝交渉を打ち切り、「核を中心とした自衛力強化」へひたすら走ることか。今回、同行者の多くが軍幹部だったのはそのためか。その可能性を匂わすように、これまで、潜水艦への装備を想定したミサイル(SLBM)の発射や、トランプがいやがった大陸間弾道弾(ICBM)発射可能な基地整備も、人工衛星から見えることを意識して行ってきた。

 

 また、別の「重大決定」といえば、米国の求めに応じて全ての核関連施設を公開して「北朝鮮の完全な非核化」に応じることだ。そうなれば、経済制裁は解除され、中国は経済の関与を強め、韓国は対北援助を大っぴらに行うことが出来る。北朝鮮経済は着実に立て直しの軌道に乗る。となれば、まさに「大英断」だが、金正恩は「丸裸」になる勇気が必要だ。

 

連日のように偵察機派遣

 

 トランプ政権は、ようやく北朝鮮の軍事的挑発が目に余ると判断したようだ。最初のミサイルエンジンの「重大実験成功」(12・8)の前から、朝鮮半島に対する偵察飛行を始めた。最初に飛んだのは、空軍の主力情報収集機である偵察機RC135V、続いて偵察機E8C、高高度偵察機U2S……。いずれも北朝鮮のミサイル発射台をはじめ、長距離砲の基地や兵力の異動の監視、無線傍受などを任務としている。また、グアム駐留の戦略爆撃機B52Hが日本近海に飛来したとも言われる。

 

 トランプも「多くの場所を監視している」「(北朝鮮が)もし何か準備しているとしたら、失望する。その場合は対処する」とホワイトハウスで記者団に述べた(12・6)。北朝鮮のミサイル発射にかかわる動きに神経をとがらせていることを自ら明らかにした。

 

 一方で、国連を舞台にした北朝鮮非難も再開。米国は北朝鮮が短距離ミサイルを発射しても黙っていたが、今回は安保理会合を要請、北朝鮮に対して「明らかな安保理決議違反だ。これ以上の敵対行動や脅しはやるべきでない」(12・11クラフト国連大使)と求め、聞き入れない場合は「安保理が相応の措置を準備すべきだ」と、さらなる制裁まで求めた。

 

 ここへ来て、トランプは、北朝鮮への妥協は再選にマイナス、段階的な非核化では北朝鮮の思うつぼであり国際的にも評価されないという判断に至ったのだろう。また、ウクライナ疑惑を巡って、米下院はトランプの弾劾訴追の決議を可決した。裁判は共和党が多数を占める上院で行われるため、有罪にはならないだろうが、当面は火の粉を払わなければならない。「年末」までにトランプが妥協する余裕はなさそうだ。

 

「5カ年戦略」は絵に描いた餅に

 

 北朝鮮の2018年の国内総生産(GDP)成長率はマイナス4・1%――。韓国統計庁の発表だ(12・13)。前年もマイナス3・5%、2年連続の大幅マイナスだ。GDPは35兆6710ウォン。一人あたりの国民総所得(GNI)143万ウォン。韓国の3679万ウォンの26分の1にしかならない。また、貿易総額は、28億4300万ドル(3114億5千万円)で17年から半減した(12・13聯合ニュース)。

 

 経済制裁が続く中、北朝鮮経済の低迷、じり貧をはっきり示している。当然、19年もこの延長線上にある。自国の貨幣は紙切れ同然、外貨がまかり通る中で、貿易の不振は致命的だ。また、ドル箱だった韓国との共同事業も、途絶えたまま。経済苦境は金正恩の独裁基盤にも響く。

 

 解除なしには経済の立て直しは出来ないことは、金正恩自身がよくわかっている。そのために、米朝首脳会談に乗り出したのだ。「自立更生」を繰り返し、人々に強要しているが、掛け声と小手先の工夫程度ではどうにもならない。観光地の整備だけで、人々の腹を満たすことは出来ない。

 

 経済制裁の影響は、これからもさらに厳しくなる。外貨獲得の重要な手段の一つは出稼ぎだ。これも国連安保理決議の対象、12月22日までに全員を引き上げることになっている。かつて10万人を超える海外労働者がいた。ロシアには3万人を超えていたが、今年3月で4千人に減り、ほとんどが引き上げたようだ。中国などの朝鮮レストランもほとんどが門を閉じた。

 

 中国とロシアは、国連安保理に対して、北朝鮮労働者送還など制裁の一部解除を求める決議案を用意した。「北朝鮮が核実験や中長距離ミサイルの実験を凍結している」ことがその理由だ。しかし、短距離ミサイルに続いて、長距離ミサイルのエンジン燃焼試験を続けている現状では、説得力に欠ける。中ロにとってはいい面の皮だ。

 

 そして、金正恩があせるのは、大きく旗を揚げた「国家経済発展5カ年戦略」(2016~20)が画餅に終わってしまうからだ。経済成長率年平均8%の実現を目標に、電力、鉱工業、農水産業を最盛期だった1980年代の水準に戻すというものだ(5・7週間エコノミスト)。金正恩の一大公約である「人民生活を決定的に向上」させるための青写真だ。

 

 昨年4月には核と経済の「並進路線」を経済発展重視に転換することを宣言し、今年の新年辞では「5カ年戦略目標の達成に拍車を加えなければなりません」と力説した。これには制裁解除が必須条件。それを実現するための米朝首脳会談だった。「5カ年戦略」は後1年を残すだけだが、全く進展なし。むしろ、観光施設以外、他の主要産業は後退している。

 

外交手腕の未熟さを露呈?

 

 金正恩は「年内」の期限切れでどんな決断を見せるか。「12月下旬」と予告した党中央委総会で表明するのだろう。果たして、核・ミサイル実験の再開宣言といくのか。もしそうなら、米国も同様に、軍事力を持って対応することになる。戦略兵器・装備を朝鮮半島付近に見せつけ、最高責任者を的にした「斬首作戦」もちらつかせる。金正恩が最も恐れることだ。きな臭くなる。

 

 金正恩が実権を握ってから、すでに8年。当時支えてくれた父親の側近のほとんどを粛正するなど強権を持って、国内的には権力基盤を固めたように見える。一方、昨年からは外交舞台にも登場。しょっぱながトランプとの首脳会談という華々しさだった。35歳が超大国大統領と堂々と物怖じせず会談をこなす姿を内外に見せつけることに成功した。

 

 しかも、北朝鮮の従来の主張だった南北も含む「朝鮮半島の非核化」を共同宣言に盛り込んだ。トランプをおだて、「非核化」をちらつかせて制裁解除を手に入れる作戦がうまくいくと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。やはり米国は「北朝鮮の完全な非核化」を前面に出してきた。そしてハノイ首脳会談(2・27)の物別れだ。

 

 はやり、外交は金正恩が考えるほど単純ではない。実務協議なしに首脳同士が太っ腹な所を見せ合って臨めば、言い分は通る。というほど甘くはない。実務協議で細部から積み上げ、双方がなんとか受け入れられる落としどころを探り当て、首脳はサインをするというお膳立てが不可欠だ。

 

独裁基盤への影響も

 

 そして、今回は会談前から北朝鮮メディアは連日大々的に報道して、経済制裁解除に対する人々の期待を煽りに煽った。特別列車が到着した平壌駅では、お偉いさんと儀仗隊が華々しく出迎えた。もちろんメディアは「決裂」を報道することはなかった。しかし、人々の生活は全く変わらず、失望させた。

 

 先代も先々代も外遊、首脳外交をする場合、事後にしか報道させなかった。身辺警護のためでもあるが、必ずうまくいくとは限らないからだ。外交の厳しさを認識していた。しかし、顔合わせが実現しただけで、舞い上がってしまったのだろう。三代目の経験不足が露呈してしまった。このままでは、独裁体制の基盤への影響は避けられない。

 

更新日:2022年6月24日