こらえ性がないのか

(2019.5.13)岡林弘志

 

 北朝鮮の焦りが見える。金正恩・国務委員長にとって、米朝首脳会談の失敗がよほど響いているらしい。あわてて、ロシアへ出掛けたと思ったら、今度は誘導ミサイルらしきを連続発射。いずれも「完全な非核化」の要求を取り下げない米国への牽制のつもりだろうが、ちょっと慌ただしすぎる。昨年から今年にかけて注目を集めた米朝関係改善のめどはかすんでいる。

 

「忍耐をもって待つ」が「瀬戸際戦術」に

 

 「雷のような爆音をとどろかして、真っ赤な火が設定目標に向かって、青空をかき分け始めた」(5・9朝鮮中央通信)。金正恩は西部前線すなわち黄海側の亀城発射場で「長距離打撃訓練」を視察して「満足の意」を表した。長いのは420km、270km飛んで日本海に落ちた。間違いなくミサイルだ。北朝鮮のメディアは、金正恩が上着の襟元のボタンを外し、どうだと言わんばかりに双眼鏡を覗くところなど、10枚の写真を添えて報道した。

 

 北朝鮮は、わずか4日前、東部前線、日本海に近い元山付近の発射場から、やはり金正恩立ち会いの下に、ミサイルやロケットを20発近く発射(5・4)したばかりだ。最長で200km飛んだようだ。韓国の軍事専門家は、いずれもロシアの短距離誘導ミサイル「イスカンデル」(射程50~500km)の北朝鮮版とみている。最近前線に配備されたのだろう。

 

 北朝鮮の報道では「戦術誘導兵器」「長距離打撃手段」という用語が出てくる。国連安保理の制裁決議で禁じる弾道ミサイルだろう。そうだとすれば、北朝鮮の発射実験は、ICBM「火星15」の発射(2017・11・29)以来、1年5カ月ぶりの軍事的挑発になる。

 

 北朝鮮にとって、米国が第2回のハノイ会談で求めた「完全な非核化」の壁は極めて高い。核を持ちながら、米国から経済制裁解除、体制保証を確保するという北朝鮮の主張に近づけるには、常套手段である「脅し」しかないと判断したのか。会談失敗の後、米国の人工衛星から見えるのを承知で、核施設やミサイル発射場などで、様々な動きを見せた。そして、今度のミサイル連続発射だ。

 

 金正恩は「今年末までは忍耐をもって米国の勇断を待つ」(4・12最高人民会議)と、内外に宣言したばかり。それから一ヶ月も経たない。あまりにせっかちではないか。こういうのは「忍耐」とは言わない。もともと坊ちゃん育ちで、こらえ性がないのか。米国に突きつけた経済制裁の解除がなければどうにもならないほど切羽詰まっているのか。

 

トランプの歯切れがよくない

 

 「我々はいま極めて深刻に見守っている。射程は短いが誰も幸せではない」(5・9)。トランプ大統領は、2回目のミサイル発射に不快感を隠さなかった。ところが、翌日には「(金正恩との)信頼を壊すとは思わない」「短距離ミサイル、通常のものだ」と、トーンダウン、鷹揚なところをみせた。

 

 日頃のトランプの性格からするとここは怒るところだ。しかし、これまでオレが金正恩と会ったから、「核や長距離ミサイルの実験がなくなった」と成果を誇ってきた。ここで厳しく対応して、北朝鮮が核・長距離ミサイルの実験再開となれば、成果は吹っ飛んでしまう。来年の大統領選再選を考えれば、マイナスは許されない。これ以上の北朝鮮の挑発を抑える必要がある。

 

 また、従来なら直ちに国連安保理の会合を要求、制裁決議違反として厳しく追及、非難するところだ。しかし今のところ、その動きも見えない。いつもは先頭になって非難する安倍政権も拉致事件との絡みがあって静かだ。金正恩は、そうした周辺国の足元を読んで、「瀬戸際」を始めたのかもしれない。

 

ロシアに泣きついてみたが、

 

 プーチン・ロシア大統領との首脳会談(4・25)も慌ただしかった。2月末の米朝首脳会談の失敗を受けて、急遽設定された感がぬぐえない。「この前の朝米首脳会談で、米国が一方的かつ非善意的な態度をとり……朝鮮半島と地域の情勢が原点に戻りかねない危険な域に至った」(朝鮮中央通信)。金正恩の発言だ。会談が失敗したのは米国が悪いと懸命にプーチンに訴えた。

 

 そして、ロ朝は「地域の平和と安全保障のための戦略的な協同を強化していく」ことになった。抽象的だが、当然オレの味方になって下さいとお願いしたところ、プーチンの方は「よしよし、わかった。これからは味方になるからな」といったということか。

 

 ロシアは、昨年夏から金正恩との首脳会談を数回呼びかけた。欧米と対立しているなかで、少しでも味方が欲しい。金正恩は立て続けに習近平主席と会った。かつての同盟国のバランスのうえからも、朝鮮半島への関与を強めるためにも首脳会談の必要があった。しかし、金正恩は対米を優先し、経済の首根っこを握る中国にまず支援を求めた。米国との間がうまくいけば、ロシアは黙っていてもついてくると思ったか、放っておいた。

 

 ところが、米朝首脳会談は失敗。中国も後ろ盾は約束したが、肝心の経済支援は米国と貿易戦争の真っ最中とあって、これ以上トランプの機嫌を損なうわけにはいかない。国連制裁を緩めることは出来ない。そういえば、プーチンが前から会いたがっていたではないか。

 

 しかし、甘くはなかった。金正恩は「友好関係をより強固に前進させるうえで特別重要な契機」など、盛んに関係強化を訴えた。経済制裁解除や経済支援を頼むということだ。しかし、北朝鮮の報道でも具体的な合意は出ていない。これまでなしのつぶて、急に助けてくれといわれても、よーしわかったと言うほど、プーチンも人はよくない。

 

 金正恩は、予定の滞在期間(4・24~27)を一日早めて帰国した。祖父金日成も訪れた戦没者慰霊碑の参拝など、儀礼的な行事は行ったが、当初日程に入っていた産業・経済施設の視察などは行わなかった。思ったほどの成果がなかったことにつむじを曲げたのか。公表しない合意があったにしても、さしたる規模ではなさそうだ。

 

国内では訪ロ大宣伝とやせ我慢と

 

 しかし、国内向けの宣伝は仰々しい。「朝露親善の新時代を切り開いた歴史的な対面」(4・28)。朝鮮中央テレビは、50分にわたり、ドキュメント番組を放映した。労働党や軍の幹部らが「マンセー!」の声を張り上げ、見送る場面から、ロシア側の歓迎ぶりを詳しく伝えた。首脳会談や夕食会ではいかにプーチンと親しい間柄になったかを強調。そして、「不滅の対外活動業績を積み上げて祖国に無事に帰った」際の人民の熱烈な歓迎ぶり、などなど‥。

 

 首脳会談と夕食会の場面では、取材陣の様子までも詳しく伝えた。金正恩に対して、世界中が注目すべき首脳として、いかに世界中のメディアが激しい報道合戦を繰り広げたかを強調するためだ。世界に冠たる「首領様」を人民に知らしめるということだろう。

 

 一方、国内では「自力更生経済建設決起大会」が全国各地で開かれた(4・21)。「金正恩同志に従い 主体革命偉業を完成しよう!!」という横断幕を掲げて、行進する写真とともに報道された。人民が期待した制裁解除に失敗した以上、「自力更生」でやっていくしかない。人々から不満が出ないよう「皆でがんばろう!」と、思い込ませるためのキャンペーンだ。

 

 しかし、人民生活の根幹である食糧事情は悪くなる一方。「2018年の農業生産が過去10年で最低となり、数百万人に飢餓が迫り、約千10万人が十分に食糧をえていない」(5・3)。国連の世界食糧計画(WFP)の発表だ。北朝鮮の人口は2500万人ほどだ。発表通りなら4割近くが食糧不足ということになる。北朝鮮は何年も前から、援助を期待して、生産量を低く申告しているという専門家もいる。ただ、農業生産が上向くどころかじり貧になっているのは間違いない。

 

 干ばつ、水害などの影響もあるだろうが、食糧面での「自立更生」が思うようでないことがよくわかる。毎年の干ばつや田畑の浸水は、自然災害というより、治山治水をはじめ営農用インフラが整備されていないことからくる、いわば人災の類い。核ミサイルにカネをつぎ込み、おろそかにしてきた結果だ。

 

やはり経済制裁は効いている

 

 このところ、北朝鮮の韓国非難が目立つ。「朝鮮の今日」「メアリ」など、いくつかの対外宣伝媒体を使って、韓国に支援を迫っている。昨年の南北首脳会談で、関係強化、具体的には開城工業団地や金剛山観光の再開などで合意した。しかし、経済制裁に抵触するため韓国は実行できないでいる。それが我慢できない。「米国の鼻息ばかりうかがっている」「人道支援も口だけ」…。貰う側が文句を言うとはいかにも北朝鮮らしい。

 

 こうした一連の動きは、経済制裁がいかに効果を発揮しているか、北朝鮮の経済に大きな打撃を与えているかを、世界に知らせるようなものだ。第1回米朝首脳会談で、北朝鮮は朝鮮戦争終結―平和条約締結などを通じての体制保証を求めた。ところが、第2回ではひたすら制裁解除を求めた理由がよくわかる。

 

 これでは、米国に譲歩を迫るどころではない。トランプの足元を見たつもりが、反対に自らの足元をさらけ出している。トランプは、制裁の効果を再認識して、ますます北朝鮮に実行を迫る意向を固めているに違いない。しかし、先にも触れたが、外交成果の一つとして、金正恩を引き留めておく必要がある。外交はどちらかが一方的に有利とはいかない。

 

トランプは「北朝鮮の完全な非核化」を求める

 

 それにしても、トランプは何故「非核化」で強硬になったのか。北朝鮮がいう「非核化」を勘違いしていた節がある。第1回のシンガポール会談の「6・12共同声明」の第3項目は「《朝鮮半島の完全な非核化》に向け取り組む」となっている。この用語はかねて北朝鮮が使っており、最初は「南北非核化宣言」(1991・12)に、北側の主張を取り入れて、明記されたものだ。

 

 ここには、南北朝鮮は一切の核兵器を開発しない、朝鮮半島非核化のため相互に査察するなどが含まれている。最近になって、北朝鮮は、在韓米軍や周辺の米軍基地からの核にかかわる装備も含むと主張するようになった。具体的に言うと、韓国だけでなくグアムも含めた周辺に展開する米軍の核もなくす。核搭載可能な戦略爆撃機や空母の朝鮮半島周辺への展開もダメ、ということだ。

 

 米朝双方の「核軍縮」を狙ったものともいえる。同時に、北朝鮮の非核化の各段階で、体制保証をはじめ、経済援助などの見返りを獲得しようという狙いだ。ところが、トランプは第1回会談で、「朝鮮」「非核化」という言葉が入っているため、すぐにでも北朝鮮が非核化に取り組むと勘違いした。この部分に疑問を呈することもなかったようだ。

 

 第2回のハノイ会談に際して、金正恩は実務協議が整わないのに首脳会談を望んだ。トランプが依然として「非核化」を勘違いしたままと思いこんだからだろう。下っ端が何を言おうと、トランプは「朝鮮半島の非核化」でいいと共同声明に署名したのだから。しかし、ポンペイ国務長官やボルトン安全保障補佐官らの説得によって、トランプは「朝鮮半島の非核化」の北朝鮮の狙いをはっきりわかってしまった。

 

 ハノイ会談で金正恩は、この前署名したじゃないかと念押ししたのかも知れないが、そういう理屈が通る相手ではなかった。反対に、金正恩も「非核化」に署名したのだから、寧辺だけでなく、表に出ていない核施設も含めて全部破壊しろと、逆ねじを食らわされ、憮然として席を立ったという格好だったか。

 

しばらく苦悶の時は続く

 

 米朝の駆け引きはこれからも続く。ただ、金正恩が独裁体制や自らを危うくする「完全な非核化」を受け入れると見る専門家はほとんどいない。しかし、このままでは力を入れると公約した軽罪再生は出来ない。片やトランプとしては、破談にするわけにもいかない。外交常識では、まずは実務者協議で食い違いをなんとか埋める努力をするのだが、この両首脳の関係にこの手法は通じないようだ。

 

 となると、金正恩はさらに軍事的な挑発を強めるのか。しかし、トランプが度を超えたと判断して、1昨年のように朝鮮半島周辺に米軍を展開するというのは悪夢だ。いずれにせよ、その間も経済制裁は効いたまま、中国、ロシアからの経済援助もしれている。果たして、金正恩の次の手は?しばらくは進展の糸口がつかめないまま、苦悶の時が続きそうだ。

 

更新日:2022年6月24日