逆に足元を見られた!

(2019.3.11)岡林弘志

 

 首脳会談さえやればうまくいく――。2回目の米朝首脳会談は、そんな両首脳の思惑が先行して華々しく行われたが、お互いに最大限の要求を示し合い、譲ることなく何の合意も出来なかった。北朝鮮の「非核化」を巡るやりとりは、そう簡単にはいかない。ただ、金正恩労働党委員長にとって、経済立て直しのテコにするため、一挙に経済制裁解除をという思惑は大きくはずれ、帰りの足取りは、いかにも重そうだった。

 

米国はもう一つ秘密の核施設廃棄も要求

 

 「実に建設的な2日間だったが、時には引くことも必要だ」(2・28記者会見)。ベトナムハノイでの第二回米朝首脳会談が終わったあと、トランプ米大統領は記者会見をして、特別な合意はなかったことを明らかにした。特に残念がる様子はなく、むしろさばさばしているようだった。二日間にわたり、両首脳が顔合わせをしたが、共同宣言を出すことは出来なかった。

 

 理由は、両者の要求の落差が余りに大きかったからだ。北朝鮮は、寧辺の核関連施設を廃棄する代わりに、経済制裁を「基本的に全て解除して欲しい」(トランプ)と求めた。対する米国は、制裁解除には、寧辺以外に地下にある核関連施設の廃棄も含めて「全面的な非核化」が必要と提案した。

 

 最初、米国は、①外交官が駐在する連絡事務所の相互設置②人道を中心とした経済支援の実施-を見返りとして提案した。これに対して、金正恩は、かつては米国の科学者も訪れ、核開発の象徴であった寧辺だけで十分と思ったのだろう。見返りとして、今回の会談の最大の目標だった全面的な制裁解除を持ち出したということだ。

 

 しかし、米国は、それなら「もう一つの施設も加えるべき」と、逆提案。その後の情報によると、これは水爆などを製造するための地下に設置された高濃縮ウラン施設だという。寧辺の北西に隣接した「分江地区」にある。寧辺にある高濃縮ウラン施設(遠心分離機2000台と推測)とは別で、1万個以上の遠心分離機が稼働中と言われる(3・5中央日報)。

 

 「別の施設についても多くの指摘をしたが、我々が知っていることに(北朝鮮側は)驚いていた」。トランプが会談後の記者会見で得意げに言ったのは、北が秘密裏に核開発拠点としていたこの地域のことのようだ。北朝鮮側も「米国は寧辺以外にももう一カ所(非核化)しなければならないと最後まで主張した」と認めている。

 

 寧辺の施設はすでに老朽化しているようだ。北朝鮮は、今後の核開発の拠点として、偵察衛星などからの監視が出来ない新たな地下施設をつくったのだろう。ここさえ残しておけば、独裁体制の“命綱”は確保できる。それだけに、米国から見れば、「完全な非核化」の根幹にかかわる。

 

北は制裁の「ほぼ全面解除」求める

 

 片や、北朝鮮の要求も連絡事務所などの小手先ではなく、経済制裁について、すでに先述したが「基本的に全て解除して欲しい」(トランプ)という大型の条件を出してきた。ただ、北朝鮮の李容浩外相は、その日の真夜中に、突然記者会見を開き、「我々が求めたのは全面的な制裁解除でなく、一部解除」とトランプ発言を否定した。

 

 説明を聞くと、国連の対北経済制裁は11件あり、今回北朝鮮が求めたのは、「そのうち5件」。確かに件数にすると半分以下だ。問題はその中身だ。制裁は2006年のミサイル発射の時から始まり、核やミサイル開発に必要な物資など軍需物資の輸入が対象だったが、2013年からは、貨物船の検査や金融取引の制限、凍結と範囲が広がった。

 

 そして、制裁が一段と厳しくなったのが2016年1月、北が「水素爆弾の実験に成功」したときからだ。北朝鮮の外貨稼ぎの柱である鉄鉱石やニッケル、石炭などの鉱産物は全て輸出禁止、さらには北朝鮮が全面的に輸入に石油精製品の禁輸と相次いだ。この結果、主要交易国、中国との昨年の貿易額は前年比1割と大幅に減った。

 

 今回、金正恩が求めた5件は2016年以降の制裁だ。ということは、軍需物資を除いて、北朝鮮がのどから手が出るほど欲しい石油精製品や民生経済にかかわる輸出入は全部解除になる。トランプの「基本的に全て解除」という表現は間違っていない。制裁件数の問題ではないのである。

 

「生物化学兵器の廃棄」も要求

 

 「ビッグディールを提案する朝鮮語と英語の文書2件を渡した」(3・3)――。首脳会談に同席した対北強硬派のボルトン国家安保補佐官は帰国後、次々とテレビのインタビューに応じている。その際、繰り返し口にしたのが、米側が提案した「ビッグディール」だ。その一つは「非核化ビッグディールを受け入れ、核・生化学兵器と弾道ミサイルをあきらめる決断をずっと求めた」ことだ。

 

 そこには、核だけでなく「生化学兵器」も入っている。大量殺傷力のある生物化学兵器は、技術的にそう難しいものではなく。北朝鮮は、マレーシアにおける金正恩の義理の兄弟、金正男の毒殺(17・2)に使ったようだ。かねて生物化学兵器の開発に力を入れ、韓国でも北朝鮮の脅威として警戒されている。ボルトンは、昨年6月の第1回首脳会談の後から、生物化学兵器の廃棄を取り上げるよう主張、今回実際に提案された。

 

一方で、「北朝鮮を経済大国に」の青写真

 

 もう一つの「ビッグディール」は、北朝鮮の経済の未来展望を示したものだ。トランプが記者会見で「彼(金正恩)は世界で最も迅速に成功を手にする国の一つにする機会を得た」と、米国の要求を受け入れれば、めざましい経済発展を実現できると強調したが、その具体策、青写真を示したのだろう。

 

 ボルトンによると、「北朝鮮のよい不動産立地を通した莫大な経済的未来を提示」したものだそうだ。いかにも不動産業界出身の大統領らしい発想だ。第1回会談のさい、プレスセンターに、北朝鮮の未来図のような映像が繰り返し映し出されていた。平壌の街は華麗な高層ビルやショッピングセンターが建ち並び、海岸のリゾート地には、豪華なホテルや遊技場などが次々と出てくる映像が流されていた。おそらくその具体策、バラ色のビジョンを描いたものなのだろう。

 

 「貴国には大いなる経済的潜在力がある」(3・27)。トランプは首脳会談初日のサシの会談の中で、金正恩にこう持ちかけた。会談の前にも「金委員長は、核兵器がなければ自国がすぐにでも世界有数の経済大国になれることを、おそらくほかの誰よりも分かっている」(3.25)と、繰り返し、非核化に踏み切れば、「信じられない輝く経済的未来」を実現できることを力説してきた。

 

 トランプの判断では、金正恩は「経済発展」を熱望しており、もっとも魅力的な提案と受け取るはずとみていたのだろう。そして、「非核化をすれば、中国やロシア、日本、韓国が大きな手助けをする」。虫のいい話だが、周辺国に全面的に経済協力をさせることまで言及した。

 

 しかし金正恩は、「完全な非核化」のための米国の具体的な要求を受け入れなかった。もともと商売人であり、「ディ-ル」を得意とするトランプだが、金正恩にとっては、「丸裸」になる危険と引き替えにするほどの魅力を感じなかったのだろう。また、それだけの信頼は出来ていないということだ。この面ではトランプの空振りだった。

 

安易な妥協をせず、上機嫌

 

 しかし、トランプの機嫌は悪くない。会談直後の会見では「関係は続けたいし、続けるつもりだ」「ジョンウン氏は強い男で、北朝鮮は素晴らしいことをやり遂げる力がある」と、これからも関係を維持して、解決につなげるという見通しを示した。金正恩や北朝鮮の悪口は口にしていない。珍しく、寛容なところを見せている。

 

 また、会談のあと、米韓両政府は、毎年恒例の米韓軍事演習で最大規模を誇った野外機動訓練「フォールイーグル」、指揮所演習「キー・リゾルブ」は廃止することを発表した(3・7)。最大の理由はトランプがかねていう「何億ドルもの米国のカネを節約するため」だが、「この時点で北朝鮮との緊張が和らぐのはいいことだ」と、朝米関係への配慮も口にした。

 

 ただ、今回非核化の抜け道を残すようないい加減な妥協をしなかった。米国内には、北朝鮮への不信感が根強い、かねて北の「サラミ作戦」で、援助だけとられて、核開発を許した後遺症がある。トランプが安易な妥協をしなかったことで、評価はされても、マイナスにならなかった。トランプが「次」への期待を抱き続ける要因の一つでもあるようだ。

 

期待値上げ過ぎ、「失敗」のうわさが広がる

 

 「北朝鮮内部では会談についての期待が高かったものの、合意に至らなかったことで失望感がある」(3・5)韓国の情報機関は、第2回米朝首脳会談についての分析を国会に報告した。また、中朝国境の新義州などでは、早くも「会談に失敗して、制裁解除や緩和は当分望めない」などのうわさが、貿易関係者などから一般に広がっている。という報道もいくつかある。

 

 また、「制裁はさらに強化される」という恐れや、「これからも密輸に頼らざるを得ない」とうんざりした表情の商人もいるという。また、金正恩がベトナムまで行き、具体的成果がないとなれば、例によって、部下に責任を押しつけ、酷いことになるかも知れない、と粛正を心配する声もあるという。

 

 それにしても、今回の首脳会談に当たって、北朝鮮は期待値を上げすぎた。金正恩は列車に乗って、3日間かけてベトナムまで行ったが、出発から始まって、会談についても第1日目から、労働新聞は一面に両首脳の写真を載せて、「歴史的会談が始まった」と、大々的に報道した。かつての首脳会談は、帰国後になって、ようやく報道するのが通例だった。

 

 これでは、国民が期待するのは無理もない。また、貿易関係者も核を捨てるはずはないと疑心を抱きながらも、制裁緩和に預かろうと、中国の業者と接触するなど動き出していた。それだけに、失望は大きい。このため、北朝鮮としては「失敗」を認めるわけにはいかない。

 

 「敬愛する最高指導者(金正恩党委員長)とトランプ大統領は、今後も緊密に連携し、問題解決のための生産的な対話を続けていくことにした」(3・1朝鮮中央通信)。そして、帰国したときは「成功裏に終えた」(3・5)と解説し、金正恩は平壌駅で「歓迎群衆の熱狂的な歓呼に答礼し、愛する全人民に温かい帰国のあいさつを送った」(3・5朝鮮中央通信)のである。

 

自信過剰、「ファンタジーの1場面」も水の泡

 

 今回、金正恩は会談に備えて、万全の準備をしたようだ。年明けから、得意の現地指導もほとんどなく、米国の戦略から出方、トランプの性癖から弱点など、あらゆる情報を集めた。また、トランプの独善性、トップダウンを好む性癖もよく研究し、うまく自尊心、尊大なところをくすぐる。いかにトランプに取り入り、北のペースで会談を進めるかの戦術を練りに練った。

 

 よく言われるように、トランプの当面の狙いは、スキャンダルから目をそらせ、ひいては大統領再選を確実のものにする。そのためには、世界中が注目する米朝会談で、歴代大統領が出来なかった成果をあげる。さらには、ノーベル平和賞の受賞も…。「あなたが太っ腹なところを見せて我々の要求を呑めば、歴史に名が残る」。金正恩がそう言ったかはわからないが、そういうことだろう。

 

 金正恩は、若いにしては、即興のやりとりがうまい。文在寅大統領との初の南北首脳会談の際も、確か、軍事境界線上で手をつないで行き来し、あなたも南北を往復したと笑いをとるなど、当意即妙の対応を見せた。その辺がトランプに気に入られた一因だ。

 

 「全世界がこの場を見守っていると思う。我々が立派な時間を過ごしているのを、まるでファンタジーの一場面として見ている人もいるだろう」(2・28)。二日目の会談冒頭の金正恩の発言だ。たしかに第1回首脳会談は、世界的な注目を浴びた。北朝鮮には(北朝鮮の工作を受けた)世界中の国や団体からの賞賛も寄せられた。また抽象的な「非核化」だけで、恐怖の的だった米韓演習をほぼ中止させた成果も自信を持たせた。自分は世界的な大政治家と舞い上がっていたか。

 

 「私の直感では、よい結果が出ると信じる」(2・28)。金正恩は、二日目の会談前、おそらく初めて記者の質問に答えた。制裁解除を説得出来ると確信していたのか。しかし、サシの会談は予定より短く終わり、続く全体協議は厳しい雰囲気だった。予定の昼食会は中止、共同宣言もなく、あっけない幕切れだった。

 

北はあわてて「再交渉を求めた」

 

 その後のCNNテレビが興味深い報道をしている(3・6)。会談が不調に終わり、トランプがホテルを立つ直前、金正恩の腹心の部下、金善姫・外務次官が米側代表団の部屋に来て、要求した制裁解除の幅を狭めるなどの妥協案を持ってきた。米側が核廃棄する範囲が不明と指摘すると、すぐに出直して、寧辺一帯の全てを廃棄すると提案した。しかし、トランプの脚を止めることは出来なかった。

 

 「勝ってくるぞと勇ましく」、華々しく国を出てきたからには、手ぶらで帰るわけにはいかなかったのだろう。金正恩がいかに慌てていたかがよくわかる。独裁者といえども、外交の齟齬はそのままにしておけない。クチコミの発達している北朝鮮ではうわさの広がるのは早く、世評は気になる。

 

 「期待した内外は、会談が意外にも合意文なく終了したことについて、米国に責任があると一様に物足りなさとため息を禁じ得ずにいる」(3・8労働新聞論評)。世評を意識したのか、会談から1週間ほどして、北朝鮮のメディアはようやく、間接的ではあるが、会談の失敗を報じ、原因は米国と言い訳をした。

 

 もっとも朝鮮中央通信電子版によると、この部分は。「不届きな島国は天罰を免れることが出来ない」と題した論評の一節。従って、会談失敗を見出しには成っていない。「日本反動層だけは、うれしい便りに接したように、憎らしく拍手をしている」と、日本非難を目的とした記事を書くため、会談失敗に触れざるをえなかったというものだ。会談失敗を隠したわけではないというためのアリバイ証明のつもりなのか。

 

 会場を提供したベトナムは、かつて米国と熾烈な戦争をしたが、今や社会主義国でありながら、米国とも国交をむすび、めざましい経済発展を見せている。金正恩は、ベトナム経済の繁栄ぶりを自分の目で見て、将来の参考にするはずだった。会談後、かろうじてベトナム首脳との会談は行ったが、経済視察は行わないまま、帰国の途についた(3・2)。中国をほぼ縦断する長旅だったが、北京にも寄らず、もちろん習近平主席とも会わなかった。

 

 結局、金正恩はトランプの足元を見て、要求を呑ませることが出来ると踏んだ。しかし、トランプは北朝鮮にとって制裁が効いており、早急な解除を求めているとみて、核全廃を譲らなかった。足元を見たつもりが、反対に足元を見られたという格好だろう。

 

核ミサイル施設に動きはあるが

 

 「とても友好的だった。ただ席を立って去るというのでなく、握手を交わした。私たちは特別のことを成し遂げる立場にある」(2・28)。トランプは、会談後の記者会見でも饒舌だった。いつもの気短な面は見せず、これからも米朝間の話し合いを続けていく意向を繰り返し強調している。これでは、北朝鮮が得意とした「ちゃぶ台返し」とはいかない。北朝鮮メディアも、今までのところ、トランプ非難を控えている。

 

 ただ、北朝鮮は会談の直前から、核やミサイル開発の拠点で、しばらく休止していた動きを再開した。東倉里の「西海衛星発射場」では、解体したレール式ミサイル移動施設やエンジン燃焼実験場の一部の復旧作業を始めた。寧辺周辺ではウラン濃縮施設が稼働している可能性がある。米国の衛星からの情報だ。

 

 「米国が約束を守らず、何かを強要するなら、新たな道を模索せざるを得なくなる」(1・1)。金正恩は、新年辞でこんな発言をしている。それが言葉だけではないことを証明するため、会談の時に合わせて偵察衛星などから見えるように作業を始めたのかも知れない。

 

 トランプは「本当なら、(金正恩に)失望する。様子を見てみよう」(3・6)と警告した。さて、金正恩はどうするか。いずれにしても、トランプを怒らせるのは得策ではない。米国の歴代政権が厳しく非難した北朝鮮の人権問題に、トランプはほとんど関心を見せない。関係改善をするのに、こんな好都合なことはない。しかも、トランプは首脳会談についても、失敗ではないよと言ってくれている。

 

 もし、ミサイル発射ということにでも成れば、トランプは堪忍袋の緒を切るに違いない。直情径行なところもある。せっかく、金正恩が怖がる米韓演習の中止が決まったばかりだ。トランプの尾を踏むほどの動きは出来そうにない。

 

経済戦略仕上げの年のジレンマ

 

 金正恩にとっては、難しい舵取りを余儀なくされている。今年は高く掲げた「国家経済発展5カ年戦略」(2016~20)の仕上げにかかる重要な年だ。経済発展は、いかに「自立経済」を誇ってみても、経済制裁解除なくしてはできない。最も簡単に外貨稼ぎができる金剛山観光や開城工業団地の再開は、韓国はやる気だが、これも制裁解除が大前提。

 

 解除には、米国が求める非核化が必須条件だ。今回の会談で、その内容が示された。しかし、それは金一族独裁体制の「守護神」を手放し、丸裸になる事を意味する。北が言うように「まだそこまでの信頼関係にはない」のだろうが、それでは制裁は解けない。大ジレンマだ。

 

 「北朝鮮の昨年の食糧生産量は、過去十年で最低値を記録」(3・6)。国連の報告書によると「人民の4割が人道支援を必要としている」。昨年の生産量は495万トンで、前年比50万トン、16%減。かねて、全体では600万トンが必要と言われてきたが、食糧不足は慢性的だ。経済再生は急務だ。

 

 トランプの方は「非核化」が早いほうがいいが、物騒な核・ミサイル実験をやらない限り、急ぐことはない。片や、金正恩にとって、制裁解除は喫緊の課題、そして米朝関係改善は渡り懸けた橋、途中で降りようとすれば墜落は必至。渡りきるには障害があまりにも高い。次なる手をどうするか。独裁体制の存続を懸けた悩ましく、息苦しい時が続く。北朝鮮にもやがて遅い春が来る。しかし、浮かれている余裕はなさそうだ。

 

更新日:2022年6月24日