「正義の霊剣」は絶対捨てない

(2017.11.3)岡林弘志

 

 今年の北朝鮮の核ミサイル開発は、一段落したのか。このところもっぱら「口撃」に終始している。トランプ米大統領も、「口撃」を止めないが、北朝鮮の核ミサイル開発は止まらず、対話の糸口もつかめない。北朝鮮の金正恩労働党委員長は、「正義の霊剣」が完成して、米国が恐れ入るまで、対話もしないと決意しているからだ。もっぱら核ミサイルにカネをつぎ込み、民がいくら苦しんでも何の痛痒も感じない指導者は始末が悪い。

 

「米国と肩を並べる!!」

 

 「米国の攻撃を抑止するために核兵器が必要だ」「核抑止力は最後の段階に来ている」「米国との力の均衡を得ることが最終目標だ」「核を手放せというような対話には応じる気はない」(10・20~22)。モスクワで開かれた核不拡散に関する国際会議に出席した北朝鮮外務省の崔善姫・北米局長は、会議などで歯切れよく核保有の理由や方針を話し、西側報道陣に何回となく取り囲まれた。

 

 「米国との力の均衡」というのは、なんとも大げさだが、「核保有国」として肩を並べたい。他のすべてを犠牲にしても、核弾頭の小型化、ワシントンに届く大陸間弾道弾を完成させる。それまでは、対話には応じないし、まして核放棄を目的とした対話などもってのほか。ということだ。もちろん、これは金正恩の悲願であり、核が最優先課題という意向を受けての発言だ。

 

 「我々の最終目標は、米国と力のバランスを取って、米執権者の口からわが国家に対する軍事的選択などという戯言が出ないようにすることだ」(9・15、「火星12」発射現場)。「核兵器は‥‥朝鮮民族の自主権、生存権、発展権を保証する威力ある抑止力、(米国の)暴悪な核の雲を吹き飛ばし、人民が生を享受できるための正義の霊剣である」(10・7、労働党中央委総会)。「正義の霊剣」についての金正恩の思いは、これらの発言に集約されている。

 

しばらくは「口撃」か

 

 金正恩は、度重なる核ミサイル実験で大いに自信を付けたことがよくわかる。おそらく、来年には米大陸、ワシントンへ届く核弾頭付き大陸間弾道ミサイルの保有宣言を高らかにぶち上げる心づもりでいるようだ。いかなる国際的圧力があろうと、核ミサイル開発は止めないという「決意表明」だ。「確信犯」を改心させるのは至難の業だ。要するに、金正恩体制が続く限り、核を手放すことはないのである。

 

 ただ、9月15日の日本上空を越えて、太平洋に落ちた「火星12」以来、北朝鮮のミサイル発射は止まっている。この後、労働党創建記念日(10・10)、米韓合同演習(10・16~20)、中国共産党大会(10・18~)‥‥。日韓のメディアは、発射の可能性を取りざたしたが、すでに1ヶ月半も発射していない。

 

 今年、北朝鮮は6回目の核実験(水爆の可能性)(9・3)をはじめ、大陸間弾道ミサイル「火星14」(7・4、28)、中距離弾道ミサイル「火星12」(8・29、9・14)など、頻繁に核ミサイル実験を行った。このところ、ミサイル発射台などを時々動かしているようだが、日米間が神経質に監視していることを、楽しんでいるようにもみえる。

 

 今年の核ミサイル計画は終わったのかもしれない。ちなみに、北朝鮮の会計年度は「暦年(1~12月)」だ。計画経済をやっていたときも、年度(4月~翌年3月)では表さなかった。「元帥様」の施政方針も1月1日に行われる。年内は後2ヶ月弱、しかも厳冬期に入る。例え発射しても短距離か。来年春から再び活発に、となりそうだ。

 

 その代わり、「口撃」は、激しさを増している。米国だけでなく、日本や韓国に対しても、相変わらずの罵詈雑言だ。トランプの東アジア歴訪(11・3~13)では、対北制裁が主要議題になる。北の「口撃」は、さらに激しくなるに違いない。

 

「嵐の前の静けさ」というが

 

 「君たち、これが何を表すかわかるか。たぶん嵐の前の静けさだ」(10・5米軍幹部との会合の後で)、「私には他の人とは少し違った考え方や方法がある。他の人より強硬でより厳しいだろう」(10・11)、「すべての準備ができている。どれだけ万全か知ったら驚くだろう」(10・22)。もちろん、トランプ米大統領のツイッターは黙ることなく、つぶやき続けた。この間、周辺国も制裁の実行など厳しく対応をしていた。

 

 軍事面でも、米韓合同演習が行われ(10・16~20)、これでもかとばかりに最新の戦略兵器が参加した。おなじみの爆撃機B1Bがグアムから飛来、F22ステルス戦闘機は、わざわざソウル空港でデモンストレーション飛行まで行った。また、原子力空母ロナルド・レーガンも護衛艦などを率いて参加した。その後も空母、B1Bは朝鮮半島周辺に展開している。

 

 まさに「嵐の前」と言ってもいいほどの物々しさだ。しかし、北朝鮮は米国による攻撃はないとタカをくくっているようだ。最も被害を受ける韓国では文在寅大統領は、「いかなる場合でも朝鮮半島で武力衝突があってはならない」「朝鮮半島では韓国の事前同意のない軍事行動はあり得ない」(11・1国会施政方針演説)と明言した。要する攻撃は認めないということだ。

 

 次に被害が予想される日本では、安倍晋三首相が突然国会解散・総選挙。1ヶ月もの政治空白を自らつくった。朝鮮半島で何も起こらないと判断してのことだ。また、トランプ訪日の際は、ゴルフを楽しむことになっている。息抜きはいいことだ。ただそれなら「国難」などという大げさな言葉は使わない方がいい。

 

 中国はもちろん、隣接する朝鮮半島での戦争は、様々な影響が大きすぎる。何とでも阻止する構えだ。トランプは何をするかわからない。というのが脅しに迫力を加える要因だが、こうした背景がすごみをそいでいる。

 

制裁強化は北朝鮮の貿易に大打撃

 

 一方で、経済制裁はかなりの効果を発揮しているようだ。特に、カギを握る中国が本気度を増したことが大きい。「石炭や鉄鉱石、衣料品などの輸入は大幅に減った。海産物の輸入という記録はない」(10・13)。中国関税当局は、9月の貿易統計を発表する中で、対北輸入を厳しく制限している現状を強調した。金額ベースで前年同月比37.9%減ったという。

 

 すでに今年3月以降の輸入額は、前年比で減少しており、1~9月の輸入額は前年同期比16.7%減の14億8千万ドル(約1662億円)となった。9月22日からは北朝鮮製の繊維製品の輸入を全面禁止、10月からは石油精製品の輸出制限も始めている(10・14朝日新聞)。すでに、9月の統計では、中国からの航空燃料、ガソリンは前年同月に比べて99.5%も激減した(10・27東京新聞)。こうした統計を、中国も積極的に公表している。

 

 また、東南アジアやアフリカ諸国がこれまで制裁の抜け穴になっていたが、これらも日米韓の働きかけもあって、これまでになく厳しくなっている。マレーシアは国民の北朝鮮渡航禁止、台湾は対北貿易全面禁止、アラブ首長国連邦は、北朝鮮労働者の新規の入国ビザを停止するなど、新たな措置も相次いでいる。

 

 欧州では、スペインやイタリアは北朝鮮大使の入国を禁止した。多くの国で、北朝鮮の在外公館を使ってのホテル営業などの外貨稼ぎを放置してきたが、これからは厳しく取り締まる方針だ。ロシアを除いて、制裁、外交孤立はこれまでになく厳しい。

 

「自立」というが、「情勢は峻厳」

 

 「米帝とその追随勢力のエスカレートする制裁の中でも、国の科学技術が発展し、その威力で人民経済が成長した」「国の経済構造が自立的に完備されており、その強固な土台がある」(10・8労働党中央委総会)。金正恩は、「自力更生」「自力自強」を繰り返し強調している。経済制裁何するものぞ、と言いたいのだろう。

 

 しかし、そこで語られるのは「百勝の道を切り開く」などという精神論ばかりだ。やはり「今日の情勢は峻厳であり、我々の前には試練が立ちはだかっている」ことを、金正恩も認めざるを得ない。実際に、ガソリンの高騰、給油制限などの情報が漏れてくる。

 

 「国際社会による経済制裁により、北朝鮮の経済事情は1990年代に数百万人ともいわれる餓死者が発生した“苦難の行軍”当時よりも悪化するかもしれない」(10・30)。韓国の趙明均統一相はこんな見方を示した。そして、制裁の効果で「北朝鮮は年間輸出額約30億ドル(約3400億円)の90%近くに当たる品目が影響を受ける」という。

 

 「生命に関わる経済分野に打撃を与え、人権に影響が出る」(10・26)。北朝鮮の人権担当のキンタナ国連特別報告者は、制裁の影響に懸念を示した。しかし、過去の人道支援が軍や党の高位層にピンハネされたり、闇市に横流しされ、本当に必要とされる人々にいかなかった。このため、人道支援が激減したのである。

 

体制引き締めに、また「粛正」か

 

 制裁に加えて、毎年、水害、干ばつに襲われている。穀物被害は減ることがない。そのうえ、核やミサイル実験の度に集会や勉強会に動員される。金正恩は「並進路線は正しい」というが、民生経済はほったらかしだ。人民の不満は高まっている。

 

 「金委員長が幹部に対する監視を強化し、しばらく自制していた見せしめ式の粛清と処刑を再開した」(11・2聯合ニュース)。韓国の国家情報院の報告だ。労働新聞の幹部数人が、ミサイル発射の祝賀行事を1面に掲載しなかったという理由で革命化教育(思想教育)を受け、平壌の高射砲部隊の幹部が不正を働いた疑いで処刑されたという。

 

 見せしめである。制裁によって権力基盤に影響が出ることを懸念してのことだろう。同時に、人民にも金正恩に対する忠誠を一時も忘れるなという脅しだ。独裁体制がきしむ音が聞えるようだ。体制の忍耐力はどこまで続くか。

更新日:2022年6月24日