米朝脅し合いの最中、日本は選挙?

(2017.10.2)岡林弘志

 

 一国の首脳同士が、これほど口汚くののしり合うのは、聞いたことがない。北朝鮮の「水爆実験」の余波は激しい。米朝両首脳は、軍事的威嚇を露わにする中で、相手を「ロケットマン」「狂った男」(トランプ大統領)、「老いぼれ狂人」「ごろつき」(金正恩朝鮮労働党委員長)と、これ以上はない下品な表現で非難合戦を展開している。口げんかで終わればいいが、一歩間違えば軍事衝突だ。そんなとき、日本では「衆院解散―総選挙」だと。

 

「ロケットマンの自殺行為だ」

 

 「北朝鮮の脅威が続き、米国と同盟を守らなければならないとき、北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢がなくなる。ロケットマンは自殺行為を行っている」(9・19)。国連総会で初めて演説したトランプは、金正恩を「ロケットマン」と揶揄して、北朝鮮の核ミサイル開発を非難、「核放棄以外に未来はない」と警告した。

 

 「完全破壊」については、もちろん条件付き、さらに「米国はその準備ができているが、できれば必要でないことを望む」と付け加えた。しかし、国連の場で、他国を滅ぼすとも取られる発言は、おそらく初めてではないか。「水爆実験」にそれだけ危機感を持ったということだろうが、極めて異例であることは間違いない。総会場が一瞬ざわめいたという。

 

 国連での初演説ともあれば、まずは格調高く外交方針を披瀝するのが通例だが、既成のやり方を嫌悪するトランプには通じないのだろう。言いたいことをそのまま言うのが流儀だ。その後も「金正恩はあきらかに狂った男だ」(9・22、ツイッター)と止まらない。

 

 続けて、北朝鮮に対する追加制裁の大統領令を出した(9・21)。北朝鮮との貿易に関わるすべての個人・団体・企業などに制裁を科す。対象分野はエネルギー、情報技術、製造、医療、繊維など列記してあるが、軍事だけでなく「兵器を開発する資金源を断つ」(トランプ)というのだから、ほとんど「経済封鎖」に近い措置だ。

 

 各国の貿易のほとんどはドル決済だ。北朝鮮と関われば、貿易ができないことになる。他国も協力せざるを得ない。特にトランプが求めるのは、中国に対してだ。すでに、中国の中央銀行は国内の銀行に北朝鮮との取引を辞めるよう指示した。さらに、北朝鮮との合弁事業の停止も指示した。トランプは「習近平国家主席の大胆な対応に感謝する」と評価するとともに、さらなる制裁を求めている。

 

 軍事面では、北朝鮮が恐れて止まないB1B戦略爆撃機を日本海の北朝鮮領海すれすれに飛ばした。護衛のため、在沖縄米軍のF15戦闘機も合流している。米国防省は、「今世紀で最も北まで飛行した」と発表した(9・23)。わざわざ明らかにしたのは、北朝鮮を牽制するためだ。トランプの言っていることは、口先だけではないぞと言わんばかりだ。

 

 ちなみに、北朝鮮は夜間に飛来したB1Bを察知できなかったようだ。韓国国家情報院が国会に報告した。「予想していなかったため、レーダーで捕捉できなかった」という。電力不足のため、大量の電気を消費するレーダーを常時作動しておくことができないとも言われている。もしそうなら、非常時に、最も恐れる飛行体の襲来をとらえられないことになる。

 

「米国の老いぼれ狂人!」

 

 「トランプが世界の面前で、私と国家の存在を否定、侮辱し、歴代もっとも暴悪な宣戦布告をした以上、我々もそれに相応する史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に考慮するであろう」(9・22)。金正恩は、「声明」を発表、米国に強い調子で警告を発した。

 

 最高指導者の「声明」は極めて異例だ。おそらく金正日総書記は出したことがない。もちろん、金正恩は初めて。なお、声明は肉声でなく、例の独特の抑揚を付けてもったいぶった言い回しをする李春姫アナウンサーがチマチョゴリ姿で代読した。朝鮮中央テレビで国内にも放映された。

 

 声明はまず、朝鮮情勢が厳しい時「国連に初めて出る米執権者の演説内容は世界的関心事だ」「形にはまった準備した発言を行うものと予想した」。妙に素直な予測をしたという。ところが、「わが国家の完全破壊という歴代大統領も口にしなかった前代未聞の横暴非道な気違いじみた発言を行った」。なんと言うことだ。

 

 そこでトランプに忠告する。「世界に向かってものを言うときには当該の語彙を慎重に選択して相手によって使い分けるべきである」。なんともまっとうな忠告ではないか。それでは、自分が「語彙を慎重に選択」しているかと言えば、続きを聞いてもらうしかない。

 

 「怖じ気づいた犬がもっと吠え立てるものである」「国家の完全破壊という反人倫的意思を国連の舞台で公言する米大統領の精神的な狂態」「最高統帥者としては不適、政治家ではなく、火遊びを好むならず者、ごろつき」「自分の言いたいことだけを言う老いぼれ」‥‥。そして最後に「米国の老いぼれ狂人を必ずや火で飼い慣らすであろう」と、ついには北朝鮮がトランプを飼い慣らすというのだから驚く。

 

 なるほど、「(語彙を)相手によって使い分ける」というのはこういうことか。相手が罵詈雑言を浴びせたら、こっちもそうするのだ。しかし、それでは相手と同じ、説教する資格はない。もっとも、この二人は、割合よく似ているような感じもする。直情径行で、公の場でも口汚くののしることをいとわない。

 

「超強硬」は「太平洋で水爆実験」?!

 

 国連総会に出てきた北朝鮮の李容浩外相は、「史上最高の超強硬対応」の意味を記者に聞かれ、「たぶん過去最大級の水素弾試験を太平洋上ですることになる」(9・21)と答えた。トランプ演説に対して、最大限の金正恩への忠誠心を示すためだろう。

 

 しかし、太平洋のどこかで水爆実験というのは、ただ事ではない。米英仏がかつてやったことがあるが、いずれも自国領などの島、岩礁だった。それでも周辺に放射能が飛び散り、「第5福竜丸事件」が起きた。もちろん、太平洋に北朝鮮の領土領海領空はない。公海でやるしかないが、グアム周辺へミサイルを飛ばすどころの騒ぎではない。

 

 李容浩はこの後、国連総会で演説した(9・24)。トランプは「神聖な国連会議場を甚だしく汚した」。したがって「私も同じ言葉遣いで答えるのが当然」と。こういうのを「目くそ鼻くそ」という。やはり神聖な国連を汚している。「最苦痛司令官」「偽りの元凶」「悪統領」「一生を投機で老けてきた博打打ち」「常識と情緒がまともでない」‥‥。いずれにせよ、外交官が使う言葉ではない。

 

 そしてトランプの「完全破壊」演説によって「米国全土がわがロケットの訪問を避けられない過ちを犯した」。具体的には「米国とその追従勢力がわが共和国指導部に対する斬首(作戦)や軍事的攻撃の兆候を示した場合、先制行動で予防措置を取る」ということだ。親分に習わなければいかんとばかり。

 

忠誠心強化の絶好のネタに

 

 「トランプ発言」。北朝鮮にとって、これを利用しない手はない。早速、「反米対決戦に総決起して最後の勝利を収めるための平壌市民集会」(9・23)が金日成広場で行われ、「10余万人」が気勢をあげた。このほか、労働党中央委員会本部集会、最高人民会議集会、軍人集会など、各団体の集会が開かれた。もちろん、各道、各市でも集会が行われた。

 

 外からの危機を煽って、金正恩への忠誠を強化する絶好の機会だ。しかし、一般人民は、先の「水爆実験」(9・3)の成功集会に続く動員だ。酷な話である。しかも、秋は収穫の季節だ。不平不満がたまっているのではないか。

 

 それに、ガソリン、軽油などの禁輸は、人々の生活を直接圧迫し始めた。「自力更正と苦しくとも奮闘する精神は我々が備えるべき絶対的な基準だ」(9・20労働新聞)。北朝鮮のメディアは、連日ように人民に対して「自力更生」「精神力」を強調する記事を載せている。1990年代後半の「苦難の行軍」の再来のようだ。

 

 北朝鮮は、制裁の効き目は限定的、人民は血気盛んと言いながらも、ついに、「制裁被害調査委員会」という機関が「米制裁は極悪な犯罪、我が国の発展と人民正確への被害と損失は計り知れない」と、制裁の影響が大きいことを認めた。もっとも、ここでは人民生活だけへの影響を強調、核ミサイルには影響は亡いと言いたいのだろう。

 

 激しい言葉の応酬は止まりそうもない。トランプは、李容浩の「水爆実験」発言にも反応して、「小さなロケットマンの考えを繰り返すなら、長くはないだろう」(9・23)。ニューヨーク滞在中の李容浩は、わざわざ記者団の前へ姿を現し「米国大統領の話であり、これは明白な宣戦布告」と声明を発表した。従って「米戦略爆撃機が我が国の領空に入らなくても、撃墜を含む自衛的な対応を取る権利がある」。

 

 再び、米朝の軋轢は高まり始めた。ロシアのラブロフ外相は「米国は北朝鮮を爆撃できない。核爆弾があるのを知っているから」(9・24)という。常識的に考えれば、米朝とも戦争は起こせない。しかし、これまでも、合理的判断によって、戦争が始まったことはほとんどない。指導者の誤解や思い込みによって、戦争は起きる。朝鮮半島周辺がきな臭さを増しているのは、間違いない。

 

「国難」の時に解散? 問われる「圧力」の本気度

 

 そんなとき、日本では、衆院解散-総選挙だ。すでに解散された以上、おかしい、反対といっても、ごまめの歯ぎしりだ。政治家は選挙に向かって走り出しているが、対北朝鮮だけを見ても、納得できない。

 

 安倍晋三首相は、今回の選挙を「国難突破選挙」と名付けた。「国難」は、国家存亡の危機に使われる言葉だろう。満州事変、太平洋戦争のころ盛んに使われた。北朝鮮の核の脅威が増しているのは確かだが、ちょっと大げさではないか。もし、安倍の言うように「国難」なら、総選挙をしている暇はないはずだ。

 

 「必要なのは対話でなく圧力だ」「必要なのは行動で、国際社会の連帯にかかっている」(9・21)。安倍は国連総会でこう力説したばかりである。「圧力」は、おそらく経済制裁、合同軍事演習、万が一には軍事攻撃を意味するのだろうが、それには、国際連帯、特に周辺国の連帯を強固にするため、まずは外交努力が不可欠だ。「世界の中心でリーダーシップを発揮する」と自負する安倍にとっては、絶好の活躍のチャンスのはずだ。一ヶ月以上も外交は二の次になる。

 

 それに「圧力」は、金正恩に独裁体制存亡の危機にあることを悟らせ、核ミサイルを放棄させるためだろう。そのためには「圧力」がいかに本気かを実感させる必要がある。緊張感が必要だ。ところが、当の安倍が、当分の間、総選挙という国内問題に没頭するというのでは、「圧力」は口だけということを、自ら暴露していることになる。言うこととやることがちぐはぐだ。金正恩が安倍は口先だけと受け取るかもしれない。

 

 また、安倍は「北朝鮮問題の対応を国民に問いたい」(9・25)という。しかし、衆院は自民、公明の与党が圧倒的多数を占めている。これまでの国会では、野党のほとんどが強く反対する集団的自衛権を認める「安全保障関連法」(1015年)、つい最近の「共謀罪法」を、かなり強引なやり方で成立させた。やりたいことはできる政治の環境にある。対北朝鮮でも、政権の意向が十分反映させることができる。

 

 何を「国民に問いたい」のか、ちょっと立ち止まって考えるとよくわからない。議席が増えたら、今より圧力を強めるのか。減ったら対話を打ち出すのか。そんなことより、国民の生命と財産を守るために何をしたらいいのか。そのことを真剣に寸暇を惜しんで考えて欲しい。国民は選挙がなくとも、そのことを絶えず政府に問うているのである。

 

拉致「年内解決」を求めた家族の心中は?

 

 それから、「安倍政権の最重要課題」と位置づけている拉致問題解決のためにも、総選挙は不誠実だ。5人の拉致被害者が帰国してから15年。「それ以来、誰一人として帰国できていない。悔しさと無念を強く感じる」。被害者家族会の飯塚繁雄会長は、「国民大集会」(9・17)で早期救出を強く訴えた。

 

 被害者が拉致されたのは、ほとんどが1970年代だ。すでに40年が経つ。家族の高齢化が進み、毎年クシの歯が抜けるように亡くなっている。このため、今年の運動方針に「年内にすべての被害者救出」(3・23)を掲げ、政府に要求した。「生きている内に子供や兄弟と会いたい」。切実な思いが込められている。

 

 その今年も、残り3ヶ月を残すばかりだ。その中での総選挙である。安倍をはじめ、政治家にとっては拉致どころではない。もちろん、拉致解決は容易ではない。金正恩に代わって解決はますます遠のいている。しかし、安倍政権としては、あれだけ明確に公約として掲げた以上、絶えず努力する必要がある。

 

「一刻の猶予も許されない」と言いながら

 

 安倍はかねて「拉致問題解決に政治生命をかける」と、救出運動に協力してきた。それだけに、首相になった安倍への家族会の期待は大きかった。しかし、2度の首相就任、これまで拉致問題の進展は全くない。核ミサイルで圧力を言い続ける安倍政権の下で、解決は見通し立たない。

 

 「安倍は口先だけだったのか」。家族会や支援団体、個人の中からは失望も漏れてくる。ただ、実際に北朝鮮と交渉できるのは、北朝鮮の現状から政府しかない。他に頼りようもない。不満は胸にしまっておくしかないのである。家族のいらだちは、口に出せないだけに募るばかりだろう。

 

 「拉致被害者やご家族は年を重ねており、もはや一刻の猶予も許されない」(9・17)。安倍は家族会代表に会った際、こう断言した。その舌の根も乾かない内の解散・総選挙だ。「一刻」が浪費されていく。口先だけで、家族が癒やされることはない。失望の度合いを増すだけだ。

 

 解散―総選挙にかかる経費は、600億円以上にのぼる。貧乏性としては、そのカネを拉致被害者救出に回せたら、もう少し進展があるのではないか。もっと被害者の現状把握など確実な情報が得られるのではないか。ふとそんなことを思ってしまう。「最重要課題」という以上、そこに必要な支出をするということだ。

 

北の核ミサイルが”援護射撃”?

 

 近く、北朝鮮は労働党創建記念日(10・10)を迎える。その前後に、核かミサイルの実験をやるという予想も出ている。また、中国共産党の党大会(10・18)が始まる。中国の需要行事に核ミサイル実験をぶつけるのも、このところの”慣例”になっている。総選挙の真っ最中に、という可能性は十分にあり得る。

 

 与党の中からは「もしそうなら、与党に有利だ」と”期待”する声も聞えてくる。確かに外からの危機は与党に有利に働く。安倍は「民主主義の原点である選挙が北朝鮮の脅しで左右されてはならない」というが、北朝鮮が安倍の援護射撃という奇妙な構図も、あり得ないことではない。

 

 ただし、北朝鮮の核ミサイル放棄という本来の目的からは、さらに遠ざかる。そして、拉致問題は一層陰が薄くなる。喜んでいる場合ではない。

 

更新日:2022年6月24日