「夜郎自大」の行く末は

(2017.9.15)岡林弘志

 

 金正恩労働党委員長は「水爆実験の成功」に有頂天だ。対北経済制裁も何のその、決議から3日後、抗議のミサイルをぶっ放すなど、核ミサイル開発は止まらない。米国が「核保有国」と認め、対北敵対行動を止めて、独裁体制を認めさせるのが目的と言う。しかし、体制の「守護神」である核ミサイルの相次ぐ実験は、むしろ金一族の独裁に対する非難を強め、かえって体制の危機を招く。「守護神」が自らを危うくするというのは、なんとも皮肉であり、自己矛盾だ。

ミサイル搭載水爆実験で大々的に慶祝集会

 「わが共和国は、原爆、水爆とともに大陸間弾道ロケットまで保有する名実ともに主体の核大国、世界的な軍事強国の地位へ堂々と上り立つことができた」(9・9)。北朝鮮の建国69年にあたり、「労働新聞」は一面に社説を持ってきて、先の核実験を念頭に「核大国」を内外に誇示した。

 確かに、北朝鮮の6回目の核実験(9・3)は、従来に比べて桁違いだった。朝鮮中央テレビなどを通じて、その日のうちに「大陸間弾道ミサイル搭載用の水爆実験に完全に成功した」と発表。日本の防衛省は「160キロトンと推定」(9・6)。米国のジョンズ・ポプキンス大の「38ノース」グループは「250キロトン(TNT火薬換算)と試算」(9・12)。なんと広島の16キロトンの17倍近く。昨年9月の核実験は最大30キロトン、もちろん北朝鮮としては過去最大だ。

 しかも、北朝鮮の発表ではミサイル搭載が可能な小型化にも成功したことになる。弾道ミサイルの方は、繰り返し発射実験をしている。すでにグアムはもちろん、米大陸へも到達可能な段階まできたとも言われ、北朝鮮が目標にする米国を攻撃可能な核弾道ミサイルの開発は着実に進んでいるのは間違いない。

 北朝鮮の国内は祝賀ムードと、北朝鮮メディアは伝える。3日後には、平壌の金日成広場に数十万人を集めて大慶祝大会。各市群単位でも「軍民慶祝大会」が開かれ、住民が総動員されている。テレビでは連日、水爆成功のテレビ画面を見ながら「マンセー」を叫び、「敵が制裁や封鎖を強めようと、行くべき道を最後まで行く」などと気炎を上げる人々の様子を繰り返し放映している。「水爆」で政権基盤固めの意図が見え見えだ。

 もちろん、金正恩は破顔大笑。一流レストランである木蘭館の大宴会場に担当技術者らを招いて、「金正日総書記がこの勝利の報をきいたらどんなに喜んだだろう」と感涙にむせばんばかり。さらには、人民劇場で祝賀公演も催し、歌舞音曲を楽しみ、参加者の歓呼の声にこたえて、満足そうに手を振っていた。

自らを「大国」と称するおこがましさ

 水爆はいま現在最大の大量破壊兵器だ。北朝鮮はこれまでも「水爆」と称した実験をしたことがあるが失敗だった。今回の成功は北朝鮮にとっては長年の悲願の実現だ。舞い上がるのも無理はない。しかし、「世界的な軍事強国」というのはどうだろう。

 確かに、北朝鮮軍の兵員数は、110万人。世界有数だ。しかし、兵員のほとんどは、農繁期には農村にかり出され、大工事があれば、数ヶ月も労働力として動員される。勤労奉仕隊というのが実態だ。また、通常装備は、ほとんどが時代物。この中で、核ミサイルだけが突出している。こうした軍隊の奇妙さは「世界的」ではあるが。

 確かに、何をするかわからない独裁者が水爆を持ったことは、北東アジアの安保に重大な影響を及ぼす。恐ろしい。憂慮すべきことだ。しかし、「核大国」というのはどうだろう。多めに見ても10~20発といわれる。世界の核兵器保有数は、約1万5千発。このうち米国が6千8百発、ロシアもそれに近い数字だ。中国も百単位の保有数がある。

 その程度でやたらに「大国」を誇示するのは、「夜郎自大」というものだ。この格言は「史記」に出てくる。紀元前の前漢時代、中国南西部の山間地に「夜郎」という国があった。王は、他の土侯に比べて強かったため、大国とうぬぼれていた。このため、漢からの使者が来た際、「漢と我といずれが大きいか」と尋ね、あきれさせた。このことから、自らの力量や世間のことを知らずに大きい態度をとることを「夜郎自大」という。

 自らを「大国」と称して、やたらに米国突っかかり、「水爆の爆音には、地球上から米国という大陸を永遠になくそうという千万軍民の強い信念が込められている」(9・4・労働党副委員長)。あのアメリカ大陸をなくしてしまうと言うのだから気宇壮大、というより荒唐無稽だ。

 北朝鮮は「大国」という言葉が好きだ。金正日も「強盛大国」をスローガンにしていた。おこがましいと思ったのか、息子はこの用語を使わなかったが、やはり「大国」はあこがれなのだ。しかし、経済は世界の最低水準という現状を見ると、小国のコンプレックスの裏返しか。やはり「夜郎」国の王と変わらない。

「自衛措置」が体制を危うくする矛盾

 北朝鮮は何を求めているのか。よくきかれる質問だ。まずは「核保有国」と認定―米韓合同軍事演習の中止―在韓米軍の撤退―朝鮮戦争休戦協定の平和条約への移行。それを有利に進めるためと答えている。そして、金一族の独裁国家による「赤化統一」。しかし、そう答えながら、果たして、事態は北朝鮮が願う方向へ動いているのか。いつも疑問に思う。

 米韓軍事演習が本格的に始まったのは、1976年6月のチームスピリットからだろう。72年に南北共同声明が発表されたが、74年8月には朴正煕大統領暗殺未遂(陸英修夫人暗殺)、75年のサイゴン陥落を機に南侵を企画‥‥、北朝鮮は「武力赤化統一」の基本方針をそのままに、対南工作活動を続けていたからだ。米韓演習の大元は北朝鮮の挑発行為にある。米韓演習がいやなら大元を止めることだ。

 しかし、北朝鮮は反対に米韓演習などを理由に、核ミサイル実験を続けてきた。この結果、昨年はかつてない規模の米韓演習が展開され、B1B戦略戦闘機、原子力空母などまで参加するに至った。この中には「斬首作戦」まで含まれている。北朝鮮が自ら招いた「敵対行動」でもある。この結果、金正恩は体制の危機生命の危機におびえるという奇妙な構図になってしまった。核ミサイルは自衛のためと強調するが、かえって体制を危うくする。矛盾の中の矛盾だ。

 北朝鮮の最終目的を達成するにはやはり話し合いが必要だ。どうなったら対話に出てくるか、今のところ、不明だ。北が有利な立場を確保するまでというなら、いつになるかわからない。米国も自らが不利と思えば、やはり有利な環境をつくろうとするだろうからだ。

 どうも、最近の金正恩の実験の後の喜びようを見ていると、この人は強力な武器を持つこと自体に喜びを感じているのではないか。そういえば、「武器マニア」とも言われる。そして、実験の度に、米国をはじめ周辺国が驚き、右往左往する様を見るのが楽しみなのでないか。と勘ぐりたくなる。

 話は横道にそれたが、北の実験は、軍事面だけでなく、外交孤立、経済孤立も招いている。経済制裁で核ミサイル開発を止めることはできていないが、経済の立て直しに大きな支障を来しているのは間違いない。金正恩の公約である「人民生活の向上」は遅々として進まない。体制を危うくする要因だ。

制裁は「極悪非道の行為」と悲鳴

 「自衛権を剥奪し、全面的な経済封鎖でわが国家と人民を完全に窒息させることを狙った極悪非道な挑発行為」(9・13)。9回目の国連安保理の経済制裁決議(9・12)を受けての北朝鮮外務省の「報道」発表だ。そして、決議を主導した米国に対して「峻烈に断罪、糾弾し、全面排撃する」と激しいが、ほとんど悲鳴に近い。

 今回の決議は、実験から10日もかからず採決された。異例の早さだ。そして、制裁内容も前回(8・5)に比べて、一段と厳しくなっている。目玉は石油禁輸が加わったことだ。米国の当初案は全面禁輸を求めたが、中ロの反対で後退、原油は現状レベル(400万バーレル)を維持。ガソリンや軽油、重油などの石油精製品は年間200万バーレルに制限された。55%の削減になる。天然ガスは全面禁輸だ。

 さらに、北朝鮮の主要輸出品である洋服などの繊維製品は輸入禁止。年間7億6千万ドル(約830億円)を稼いでいた。出稼ぎ労働者については原則就労許可を禁止(現行契約の更新認めず)した。また、船舶の臨検については、船籍国の同意が必要だが、リストには載った。

 すでに8月の制裁で、石炭や鉄鉱石、海産物を全面禁輸しており、削減効果は約10億ドルに上る。これまでの9回の制裁効果を合算すると、北朝鮮の輸出の9割が制限される勘定だ。ちなみに、昨年の輸出総額は27億ドルだった。

 今回、当初案の石油全面禁輸が見送られたことで、骨抜きとの批判もあるが、石油が制裁リストに載ったことは画期的だ。今後さらなる核ミサイル実験があれば、全面禁輸もあり得ることを北朝鮮に知らしめた。また、石炭や鉄鉱石、海産物、繊維製品、そして労働者の出稼ぎなど、主要な外貨獲得手段が制裁対象となったことは、北朝鮮の経済を痛打するはずだ。

米国が怒り、中国も「決議の完全執行を」

 「米国にとって非常に敵対的で危険だ。北朝鮮はならず者国家だ」(9・3)。トランプ米大統領は、「水爆」実験に、ツイッターで、怒り心頭だ。北朝鮮がしばらくミサイル発射を控えたことで、「われわれに敬意を払い始めている」(8・21)と、機嫌のいいところを見せていたが、完全に裏切られた。というより、北朝鮮対応の甘さを露呈した格好だ。それだけに、余計頭にきたのだろう。

 今回、決議に向けた米国の動きは速かった。早々に、米国案を安保理理事国に示した(9・6)。石油の全面禁輸、金正恩関連の海外口座などの資金凍結、公海上での強制臨検‥‥。考えられる限りの案を羅列した。すでに述べたように、この全部が実現はしなかったが、バーゲニング効果はあった。事業家出身のトランプらしいやり方だ。結果として、従来に比べ格段と厳しい制裁内容になった。

 「決議が全面的かつ完全に執行されることを望む」(9・12)。中国外務省の談話はわかりやすく、積極的だった。今回の核実験は、中国が主催し、アモイで開いた新興5カ国(BRICS)首脳会議の初日だった。習近平国家主席の神経を著しく逆なでした。それに「水爆」は、おそらく中国の許容範囲を逸脱している。

 中国外務省が談話の中に、「軍事的解決に活路はない。朝鮮半島での戦乱は決して許さない」と付け加えたように、中国にとっての最悪のシナリオは、朝鮮半島での戦争だ。これを避けるためには、米国のトランプ大統領をこれ以上怒らせないことが肝要だ。「石油全面禁輸」を引っ込めさせた以上、制裁決議に賛成し、制裁を確実に実行するしかない。

 「中国四大銀行、北の取引停止」(9・12東京新聞)。中国銀行、中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行の4大国有銀行は、外交官、貿易関係者ら北朝鮮旅券保持者の契約口座からの送金、入金などほとんどの取引停止を連絡、8月末までに預金全額を下ろすよう通知したという。

 北朝鮮の貿易の9割は中国相手だ。輸出入禁止もさることながら、銀行口座の封鎖も厳しい。すでに国連は、核ミサイルに関わる企業などとの取引を禁止しているが、より厳格になる。それに米国は、北と取引のあった中国の「丹東銀行」を制裁対象に加えた。4大銀にはその二の舞を避ける必要もあった。

 そもう一つ、中国にとっては、日本や韓国が核武装する核の連鎖も大きな懸念の一つだ。韓国ではすでに、外相、国防相が核配備の議論を否定しない。世論も6割が核武装を容認している。在韓米軍の核武装、あるいは核兵器開発となれば、THAADどころの騒ぎではない。連鎖を防ぐためにも、北朝鮮の核に厳しいことを目に見える形で示す必要もあるだろう。

経済制裁は北朝鮮に大きな打撃

 すでに、経済制裁は2006年から9回おこなわれた。当初は、肝心の中国が抜け穴となって、ほとんど効果を上げなかった。しかし、度重なる核ミサイル実験に、中国も厳しさを増し、北朝鮮の外貨獲得は大幅に支障を来している。これに伴い、外交的孤立の度合いも増している。この面から見ても、独裁体制にとって、核ミサイルは自らの首をじわじわと絞める方向に働いている。

 それでは、北朝鮮は核ミサイル開発を止めるかというと、その可能性はゼロに等しい。いまの時点で、経済制裁は核ミサイルを止めさせるのに役に立たなかったのは確かだ。むしろ、決議に反発して、実験をおこなってきた。今回も、グアムにも届きそうな弾道ミサイルを日本上空経由で、太平洋へ発射した(9・15))。

 それでは制裁をしなければ、北は話し合いの場に出てきて、核ミサイルを止めたかというと、その可能性もゼロに等しい。1994年の米朝合意の失敗がその答えの一つだ。陰で核開発を進めていた。金正恩が核ミサイルを独裁の「守護神」と思いこんでいる以上、止めることはできない。

 それに、経済制裁は実際に効果がなかったかというと、効果はあった。もし効果がないなら、制裁決議の度に、北朝鮮が怒りまくる必要はない。今回の決議の直前には、米国に対して「最終手段も辞さない準備ができている」と外務省が声明まで出して脅している。

 また、今回の石油の禁輸も予想して、今年4月頃、「石油100万トンを備蓄」することを決めたともいわれる。実際に、その後、休業するガソリンスタンドもあり、価格も上がっている。当然ヤミ値は高騰している。決議では、ガソリン、軽油に輸出制限がかかり、その傾向はさらに強くなる。経済への影響は大きい。

虚勢は国を滅ぼす

 周辺国としては、軍事手段をつかえない以上、当面、経済制裁を粛々と実行していくしかない。核ミサイルを止めることはできないのだろうが、それ以上に効果的な対応もない。金正恩は、これからも「核大国」「軍事強国」へ向け、民生経済を犠牲に、人民をないがしろにして、進むのだろう。

 ちなみに、「夜郎」国はその後、漢に逆らって挙兵したが、敗れた。王は斬首され、「夜郎」国は滅んだ。「夜郎」をそのまま北朝鮮に置き換えるつもりはないが、客観的な情勢を理解しないで、国力に合わない虚勢を張ると、やがて国を滅ぼすという歴史の教訓でもある。

更新日:2022年6月24日