「口撃」だけで終わるか
                                                               (2016. 3.13)岡林弘志
                                                                               
 金正恩第一書記の鼻息が荒い。国連安保理制裁と米韓演習に怒って、盛んに「先制攻撃」「先制攻勢」をすると、脅しをかけ、ついにはミサイルの先に乗せる「核弾頭」を作ったと宣言。要するに、核を米国にブチ込めるぞというわけだ。「誇大宣伝」の疑いも濃いが、5月の党大会を前に、実際に軍事的な挑発に踏み切るか、口先だけで終わるのか。

「できないことはない」と核小型化を宣言

 「核弾頭を軽量化し、弾道ロケットに合わせて標準化、規格化を実現した」(3・9朝鮮中央通信)。金正恩は、核兵器開発部門を現地指導し、小型化した核弾頭の「構造・原理を確認した」うえで、こう宣言した。そして「これが本当の核抑止力だ。朝鮮人は決心さえすればできないことはない」と強調した。

 これを報じる「労働新聞」(3・9)は、当然ながら、1面すべて使っている。防寒帽、防寒コートをきた金正恩がなにやら話している。その前には、直径60センチほどの銀色に光るボール状のものがあり、背景には、迷彩色を施したミサイルが置いてある。写真説明はないが、これが小型化した核弾頭と、搭載するミサイルなのだろう。

 ミサイルは移動式長距離弾道ミサイル「KN08」のようだ。ボールは当然、小型化された核弾頭ということだろう。なんか、あんちょこな感じもする。米国やロシアの核弾頭は、円錐型とも言われる。是非専門家に分析してもらいたい。また、韓国国防省は「北はまだ、小型化された核弾頭とKN08の実戦能力を確保していない」と見ている。

 米国など周辺国は、これまでもミサイルの先に乗せるほどの小型化は技術的に無理とみている。先の核実験も、北朝鮮は「水素爆弾」と内外に向けて発表したが、爆発規模はこれまでとさして変わらず、信用していない。「誇大宣伝」。今回もどこまで信用できるか、藪の中だ。

 ただ、北朝鮮が、国連安保理の制裁強化、始まったばかりの米韓軍事演習に脅威を感じて、恫喝の程度をあげているのは間違いない。核実験(1・6)、誘導ミサイル発射(2・7)に続いての核弾頭小型化宣言だ。真相はわからないが、核ミサイル開発が順調に進んでいることで、恐怖を与えようという魂胆だ。

 北朝鮮は、5月の党大会を前に、雰囲気を盛り上げている最中だが、周辺の情勢は、どんどん厳しさを増す。周辺国を牽制し、内においては、人民を鼓舞し、独裁の求心力を高めるために、唯一脅しの材料となる核・ミサイルを誇示、ますます孤立、という皮肉な巡り合わせになっている。

「もっとも厳しい制裁」を中国も実施?

 ミサイル発射から一ヶ月近く、だいぶ時間はたったが、国連安保理の制裁決議(3・3)は、従来の制裁をさらに強化した。「安保理による制裁としては、過去20年間で最も厳しい」(パワー米国連大使)内容だ。北朝鮮への航空燃料輸出禁止(民間機には例外あり)、外貨稼ぎの筆頭である鉱物資源の輸入禁止、貨物検査の強化や金融制裁の厳格化‥…。

 日韓のメディアは、中国が「制裁は厳しく実行する」と言うが、抜け穴になると盛んに憂いている。しかし、中国は、言うことを聞かず、こけにされた北朝鮮に対して、切歯扼腕しているのは間違いない。すでに、中国の大銀行からの北への送金を停止、ドルだけでなく人民元での取引も停止。制裁対象の北朝鮮船の寄港拒否、鉱産物の搬入を停止…などを実行しているという情報もある。

 これがどこまで続くかは不明だが、中国は、対米韓関係からも北朝鮮に厳しく当たらざるを得ない事情がある。米韓は北を牽制するため、最新鋭の迎撃ミサイルシステム「THAAD」の韓国配備の協議を始めた。中国のかなりの部分もカバーされるため、中国はかねて強く反対してきた。また、戦略爆撃機や空母の朝鮮半島への派遣は、事と次第によっては、中国にとっても脅威になる。

 このところ、中国は南シナ海や西シナ海への島にミサイル基地を作るなど、えげつなく支配圏を広げようとしている。このため、米国はこの地域に巡洋艦を派遣するなど、強く牽制している。今回の米韓演習で、最新鋭の爆撃機や潜水艦を積極的に派遣しているのは、中国も意識してのことだ。このため、中国も北朝鮮に対して強い対応をせざるを得ないという構図だ。

 「半世紀以上、米国の厳しい制裁の中で生きてきた我々には、制裁など通じない」(2・28北朝鮮外務省)。制裁はかねて織り込み済みと強気の姿勢を強調するが、実際に、制裁が実施されれば、北朝鮮にとって打撃は大きい。外貨稼ぎ、核・ミサイル開発に大きな支障が出るはずだ。

 今回の制裁は、指導層の動きや贅沢品の輸入を制限するなど指導層を意識している。また、航空燃料の輸出禁止は軍用機の運用に支障を来す。やがては、人民の生活にも影響が出る。不安定の元だ。北朝鮮の制裁への強い反発は、口先とは違い、実際は影響が大きいことを自ら裏付けている。

米韓演習にいらだち、「総攻勢」宣言

 さらに、北朝鮮をいらだたせているのは、米韓合同軍事演習(3・7~4・30)だ。毎年恒例だが、今年はかつてない規模、内容になっている。北の核・ミサイル開発を意識してのことだ。指揮系統の運用を確認、訓練する「キー・リゾルブ」、野外機動訓練「フォール・イーグル16」。米軍1万5千人、韓国軍29万人と、過去最大。装備も米軍の原子力空母ジョン・C・ステニス、原子力潜水艦、戦略爆撃機B52、ステルス戦闘機F22…最新鋭を派遣した。

 特に北朝鮮が神経をとがらせるのが、今回の演習に取り入られる「5015」作戦だ。昨年策定されたもので、空爆や特殊部隊を含めた局地戦、ゲリラ戦、そして先制攻撃も想定している。また、メディアが「斬首作戦」という最高責任者を排除するための訓練も含まれている。

 「わが千万軍民は、核戦力を中枢とする無尽強大な軍事的威力を誇示する総攻勢に立ち上がるであろう」(3・7)。北朝鮮国防委員会は、何回目かの声明を出し「総攻勢」をかけると、これまでにない強い調子と受け取られることを予想したらしい表現を使った。

 その上で、「敵が襲いかかる重大な状況に対処して、先制攻撃的な軍事対応方式をとる」。さらには「南朝鮮の主要打撃対象」を射程に攻撃手段を実戦配備。「アジア太平洋地域の米帝侵略軍基地と米本土」を標的とする「強力な核打撃手段が恒常的な発射待機状態にある」という。要するに、米国へ向けていつでも核弾頭をつけた長距離ミサイルを発射できるぞ、臨戦態勢にあるということだ。

 米韓演習の一部は、恒例によって、報道陣にも公開された(3・12)。「5015」作戦の中心になる特殊部隊による強襲上陸、続いて、海と空からの戦闘部隊上陸、「中枢部」も含む目標とする地点までの進撃…。特に圧巻は、強襲揚陸艦から、兵士や車両が次々とはき出され、海岸を目指す、空にはオスプレイが展開、海上には煙幕が張られ、地上ではあちこちでダイナマイトが爆発…戦争映画さながらの演出もされた。

 公開の場面を派手派手しく演出するのは、筆者も20数年前に見た時と大して変わらない。ところが今回、その日のうちに、人民軍総参謀部が声明を出した。「今この時刻から、前線の一次連合打撃部隊は、訓練(米韓演習)に参加の敵への先制的な報復打撃作戦の遂行に移行する」。言葉通りなら、すでに軍事衝突だ。

金正恩が「口撃」の先頭に

 いつものことだが、北朝鮮の言葉による脅しは、それぞれの部署がいかに刺激的で攻撃的で、口汚くののしるかを競い合う。特に、今回は、金正恩が「口撃」の先頭に立っているのが目立つ。先の「核弾頭軽量化」宣言の際(3・9)にも「核先制打撃戦は米国の独占物ではない」「米帝が我々の自主権と生存権を奪おうとするときは、躊躇することなく、核を持って先に痛打する」と、先制攻撃を宣言した。

 「神聖な我が祖国に手出しをするなら、核手段を含むすべての打撃手段に即時の攻撃命令を下し、朴槿恵『政権』と軍部ゴロに殲滅的火の洗礼を浴びせかける」(3・11朝鮮中央通信)。これは、金正恩が弾道ロケット発射訓練(3・10か)を現地指導した時の発言だそうだ。「好戦狂の朴槿恵一味」なんて言葉も使っている。

 さらに「元帥様」は、「敵が目の前でいかなる危険きわまりない火遊びをしても眉一つ動かさない我々だが…」と、強がっているが、本人が率先して、眉をつり上げ、口角泡を飛ばし、上品ではない発言を繰り返す。独裁者は、自分のことが見えない。

「先制攻撃」と「祖国統一」を強調、

 すでに見てきたように、北朝鮮の「口撃」は、ほぼ連日だ。特に「5015」作戦は「朝鮮の最高首脳部…を打撃して体制転覆を達成する」(人民軍総参謀部)と見ているために、関係部門は黙っていられない。ここは忠誠心の見せ所でもある。しかもより威勢がよくなくてはいけない。

 このため、日韓のメディアは、「軍事衝突が懸念される」「緊張の度合いが高まっている」などとコメントをつけるのが習いになっている。これまで紹介したように「総攻撃」「総攻勢」、「報復の雷鳴が響く」。「挑発者の葬送曲に」。中には「朝鮮式の打撃戦は、この世が想像できない奇想天外の報復戦に」など、アニメの見過ぎのような文言もあるが、とにかく物騒な言葉の乱発だからだ。

 今回の非難声明で、よく使われるのが「先制攻撃」だ。金正恩もよく使っている。「5015」作戦に「先制攻撃」が含まれているのを意識してのことだろう。もう一つの特徴は、南北統一への言及だ。「正義の統一聖戦で民族最大の悲願を成就」(3・7国防委)「侵略者に向けた報復の雷鳴が響けば、祖国統一の祝砲につながる」(3・12人民軍総参謀部)。要するに、「武力赤化統一」の好機になるぞという脅しだ。

 こうした声明の文言を文字通りに受け取れば、すでに臨戦態勢は整い、一部「作戦は遂行」されていることになる。しかし、これまで毎年米韓演習が行われ、北朝鮮は強く非難してきたが、この間に攻撃したことはない。今年の演習が始まって3日後に、日本海に向けて短距離ミサイル2発を発射した。昨年、一昨年も同じように、開始の前後にミサイルを数発撃ったが、軍事的にはそれだけだった。

演習中の敵を攻撃するか?

 そもそも、敵が軍事演習をやっているさなかに、攻め込むなんて例は、世界を見渡してもほとんどないと思う。要するに、相手は戦争の訓練をしているのである。そこへ攻めていけば、「飛んで火に入る夏の虫」だ。

 まして、今回、すでに述べたように世界でも最新鋭の米国の戦略装備が投入されている。下手にちょっかいを出せば、それこそ「朝鮮の最高首脳部」が、直ちに狙われる。そんな冒険を犯すとは思えない。というのが常識だ。

 しかし、金正恩に常識が通じるかどうかは不明だ。度重なる側近処刑で、金正恩を諫める者はいない。北の声明を見ても、米韓演習に「斬首作戦」が含まれているのは、北でもよく知られている。頭にきた金正恩が「目にものを見せてやれ!」と命令したら、誰も止められない。

 ただし、それは金正恩の終わりの始まりだ。もちろん、5月の党大会どころではない。このことを自身が自覚しているか。4月末までの米韓演習の間、北は「口撃」だけで終わるかどうかの境目だ。

更新日:2022年6月24日