“核”にしがみつくしかない

(2016. 1.15)岡林弘志

 

なんとも荒っぽい“お年玉だ”。正月早々、金正恩第一書記は、「水爆」実験を行い、成功したという。今年は、36年ぶりの党大会が開かれるとあって、何かをやるとは思っていたが、想定されるもっとも物騒なものだった。ただ、その向こうには、「核」にしがみつき、「脅し」を武器にするしかない姿が透けて見える。そして、さらなる外交の孤立だ。

 

「水爆実験」は「歴史的大壮挙、民族史的出来事」

 

「水爆実験の目覚ましい大成功は、民族の千年、万年の未来を保証する歴史的大壮挙、民族史的出来事となる」(2016・1・6北朝鮮政府発表)。北朝鮮は、これ以上ない大げさな表現で、「水爆実験の成功」を内外に宣言した。

 

朝鮮中央テレビは、実験直後の正午からの「特別重大放送」を予告し、おなじみのアナウンサー、リ・チュニ女史が久々にピンクのチョゴリを着て登場。重々しいというか、おどろおどろしい独特の抑揚をつけ、感激の面持ちで、実験成功の政府声明を読み上げた。

 

北朝鮮の核実験は4回目、金正恩になってからは2回目だ。今回、世界を驚かせたのは、「初の水爆実験」だったからだ。水爆は、今のところ、米ロなど国連保理常任委の5カ国しか持っていない。また、周辺国は前兆をつかめなかったことにも衝撃を受けた。地下での動きは、人工衛星からは見えない。「どうだ」と言わんばかりの金正恩の得意顔が目に浮かぶ。

 

その後のテレビでは、平壌駅前広場の大型テレビの前、特別放送を見て、「マンセー」を叫ぶ人々、各職場や学校などでの同じ場面を放映した。あらかじめ、テレビの前に動員されていたのだろう。また、「歓喜の絶頂で」と題する詩を朗読する特別放送もあった。 

 

翌日の「労働新聞」は、一面に、金正恩が黒ぶちの眼鏡をかけ、実験命令書に署名している大きな写真、金正恩自筆の実験命令書(12・15)、最終命令書(1・3)を掲載した。他の面も大特集、例によって、水爆一色だ。

 

「朝鮮は水爆まで保有した核保有国の前列に堂々と立ち、人民は最強の核抑止力を備えた尊厳高い民族の気概をとどろかすことになった」(政府声明)。メディアは、北朝鮮中が「水爆」実験を「大慶事」として、歓喜に沸き立っている場面を繰り返し報じている。金正恩がいかにすごいことをやったかの大キャンペーンだ。

 

「白昼強盗の群れ」から身を守るため

 

一時の衝撃が過ぎ、「政府声明」に目を凝らすと、威勢のよさとは裏腹に、核にしがみつくしかない金正恩の姿が浮かび上がってくる。まずは、「米国など敵対勢力の核脅威と恐喝から、国の自主権と民族の生存権を守る自衛的措置」と、実験の目的を強調する。

 

さらに、「米国の対朝鮮敵視」は「根深く、極悪非道で執拗」と非難。「米帝の策動」を説明する。「前代未聞の政治的孤立と経済的封鎖、軍事圧迫を加えたあげく、核惨禍まで浴びせようとする白昼強盗の群れがまさに米国である」というわけだ。

 

とくに「軍事圧迫」については、「米帝侵略軍の原子力空母打撃集団と核戦略飛行隊を含むすべての核打撃手段が絶え間なく投入されている」と脅威の内容に触れている。米韓合同軍事演習のことだ。いずれも、元をたどれば、北朝鮮の核・ミサイル開発、韓国への軍事挑発に原因がある。北朝鮮自らが招いた脅威である。

 

そのうえで、「侵略の元凶である米国」に対抗するため、「合法的な自衛的権利」と、核武装を正当化する。この行間からは、むしろ、米国がいかに恐ろしいか、平壌の上空をB52戦略爆撃機やステルス戦闘機が飛来し、大型空母が周辺海域を巡回することにいかに脅威を感じているかがよくわかる。

 

北朝鮮は百万人を超える兵士を抱えるが、通常兵器の整備は、中国、ロシアからの援助がほとんどなく、遅々として進まない。兵士も一部特殊部隊の訓練は厳しいらしいが、一般の兵士は、食糧不足、栄養不足で、体格が劣る。核にしがみつくしかないのである。

 

米国を引き出すための脅し

 

そして、金独裁体制の最大の脅威である米国を、何とか交渉のテーブルに着かせ、独裁の存続を認めさせること。これが核実験の最大の目的だ。脅しによって、言うことを利かせるというのは、金正恩の常とう手段だ。

 

「オオカミの群れの前で猟銃を手放すほど愚かな行動はない」(政府声明)。米国の敵視政策が根絶されない限り、核開発の中断や核放棄は「絶対あり得ない」のである。かし、オバマ政権は非核化の具体的行動をとらない限り交渉に応じないと断言してきた。このため、脅しの度合いを高めようと、ついに「水爆」まで来てしまった。

 

言ってみれば、暴力団の論理だ。金正恩の体型もあって、「水爆」と書いた腹帯を見せびらかしながら、「かかってくるなら来い!いつでも核で仕返しするぞ!」とどなり散らす滑稽な姿が目に浮かんでくる。

 

党大会前に人民に目くらまし

 

「水爆」実験の第二の目的は国内向け。「元帥様」への求心力を高めるためだ。今年の「新年辞」では、「経済強国の建設に総力を傾ける」と宣言したが、これまで、民生経済が最優先されたことはない。今年も口先以上の具体的な政策は示されていない。軍需や神格化事業以上に、民政経済を優先しなければ、「人民生活の向上」は実現できない。

 

今、平壌の街を見ると、派手なビルが立ち並び、経済回復の印象を与えている。金正恩肝いりの遊園地や果樹園なども外国人に公開し、経済建て直しに精力的に取り組んでいる姿をアピールしている。しかし、北朝鮮当局が漏らす統計数字を見ても、経済成長は遅々としている。肝心の電力生産量は、ここ何年もほとんど変わらない。

 

人々が生活できているのは、「市場(いちば)経済」のおかげだ。人民は自らの力で生きていく手段を手に入れつつある。しかし、「市場」は、独裁権力が、積極的に導入したものではない。反対に、放置せざるを得なかった結果である。したがって、党大会で成果としてアピールするわけにはいかない。やはり「核」によって、「元帥様」の威光を高めるしかない。

 

藪を突ついだら「B52」

 

「B52戦略爆撃機、朝鮮半島に緊急飛来」(1・10)。実験から4日後、グアム・アンダーソン米太平洋軍基地から飛び立ったB52が韓国上空に飛来した。韓国軍のF15、在韓米軍のF16戦闘機を護衛につけて、烏山空軍基地付近では低空飛行までした。メディアにも公開し、巨大な機体は、即刻韓国のテレビ、新聞をにぎわせた。

 

第3回実験(2013・2・12)の際、韓国の重なる要請でB52が飛来したのは、35日目だった。今回の米軍の反応は異例の早さだ。さらには、米空母も近海に派遣するという。脅しには屈しない、新たな軍事挑発は許さないという意思表示だ。

 

国連安保理もいち早く反応。核実験の直後、緊急会合を開き、「これまでの安保理決議に対する明白な違反」と報道声明を出した。同時に「さらなる制裁」の協議を始めた。草案を作成する米国は、新たな経済制裁として、金融機関の取引停止、北朝鮮船舶の寄港禁止なども盛り込む意向だ。

 

もっとも、今回の事件が「水爆」と認める国は一つもない。水爆は、原爆の数百倍の威力といわれる。ところが、周辺国の地震観測によると、今回の爆発は過去3回の原爆実験とほぼ同じか、それ以下の揺れしか観測できなかった。このため、爆発規模を6・0キロトンとみている。ちなみに前回は、7・9キロトンだった。

 

したがって、「水爆」という北の発表は、「われわれの初期の分析と一致しない」(米大統領報道官)と否定。水素爆弾の前段階にあたる「ブースト型核分裂弾」との見方もある。それでも原爆の数倍、数十倍の威力がある。「そうだとしても、成功していない」(韓国国防省)と分析する。ただ、党大会を目前に控えて、国内では、「水爆」実験の成功でなければならないのだ。金正恩が先頭になっての大宣伝を展開している。

 

拡声器で「金正恩は100人処刑」

 

当然、韓国の反応は厳しい。朴槿恵大統領も「国際社会と連携して、相応の代償を北に払わせる」と具体的な対応を指示した。さっそく、北朝鮮が嫌がる対北スピーカー放送を11か所で(1・8)。加えて、車両に拡声器を載せての放送も始めた。対北放送は、昨年の南北協議(8・25)で、北朝鮮が最優先に要求して中止されたばかり。わずか4カ月での再開となった。

 

「金正恩が独裁権力を引き継いだ後、処刑した人間は百人を超える」「政治的、政策的処刑より個人的な感情による処刑が多い」「金正恩は独裁権力を引き継ぎ最高指導者についたが、年も若く、指導力も不足し、業績も作れずにいる」(1・9朝日新聞)―放送の内容は、金正恩を呼び捨てにして恐怖政治や経験不足を取り上げている。北朝鮮が最も嫌がる内容だ。風向きなどによって、10~20kmにまで届くようだが、前線の多くはこの範囲内。兵士の動揺を招く狙いだ。

 

これに対して、北朝鮮も数か所で、スピーカー放送を始めたようだが、性能が悪いためか、南側ではほとんど聞き取れない。また、かつてのように風船にビラを入れて、韓国側に飛ばしている。「戦争のきっかけとなる心理戦放送を直ちにやめろ」「アメリカは時代錯誤の敵視政策をやめろ」(1・13 NHK)。北朝鮮には珍しく受け身だ。また、朴槿恵を戯画化したビラも多い。

 

北朝鮮は冬季軍事演習の最中で、いつでも砲撃できる態勢にはあるはずだが、B52が早々に近くまで来たのでは、簡単に砲撃とはいかない。「水爆」で脅していうことを聞かせようとしたが、反対に脅されている格好だ。藪蛇を絵にかいたような話だ。

 

メンツをつぶされた中国

 

「これまで米国の核脅威、恐喝を受ける我が国を、どの国も救おうとはしなかったし、同情もしなかった」(1・7労働新聞)。この「どの国」は、とくに中国を指している。中国は「同盟国」だったはずだが、国連安保理の制裁に賛成し、繰り返し核開発をやめろと言ってくる。そんな中国は信用できない。それなら、核保有国であることを認めさせるためにも、「核」で脅かすしかない。これも、今回の実験の狙いだろう。

 

確かに、中国は制裁決議に賛成した。しかし一方で、エネルギーや食糧などの供給は続けた。中国は、「垣根国家」である北朝鮮が崩壊しては困る。また、大量の難民が流れ込む事態は避けたい。北朝鮮はそれを逆手にとっての核実験だ。

 

しかも、中国は昨年10月共産党要人を訪朝させ、関係改善を図ろうとしていた。それから、わずか2カ月後のことだ。この間に、訪中した「モランボン楽団」のドタキャン事件もあった。金正恩は、楽団が帰国して3日後に、「水爆」実験命令書にサインしたのである。「モランボン公演」とは関係なく、核実験のスケジュールを作っていたのか。それに、今回は今までのような事前予告がなかった。いずれにしても、中国が見くびられたのは間違いない。メンツ丸つぶれだ。

 

そのままでは済まない

 

「中国は国連安保理の緊急会議に建設的に参加している」(1・7)。中国外務省の華春瑩報道官は、今回、対北制裁に積極的であることを明言した。過去の北の核実験では、非難しながらも必ず、「各国は冷静な対応を」と一言付け加えていた。ところが、今回はなし。また、金正恩の誕生日(1・8)に祝電を送ったかという記者の質問に、外務省報道官は「知らない」とそっけなかった。習近平主席も核実験に激怒したという。

 

どうするか、最近「蜜月関係」ともいわれる韓国が、厳しい対応への同調を求めても、はかばかしい返事はない。朴槿恵は「中国が重要な役割を果たしてくれると信じる」(1・13国民向け談話)と強い期待を表明したが、習近平は電話に応じていない。おそらく、いかなる対応をするか、検討中なのだろう。

 

「朝鮮半島の核問題の原因や問題点は中国にはない。問題解決のカギを握るのも中国ではない」(同報道官)。今のところ、中国がちゃんとしないから金正恩が暴走するという外からの批判をかわすのに懸命だ。言うことを聞かず、常識の通じない北朝鮮に、中国も手をやいているのはよくわかる。

 

ただ、誇り高い習近平が、これまでの対北政策を続けるとは考えられない。かつては、送油管を「点検」という名目で止めたり、大手銀行の北朝鮮との取引を制限したこともある。北朝鮮の暴走を止める効果的な対応が期待されている。

 

核実験場に近い吉林省では、強い揺れが観測され、家や地面にひび割れができた。放射能の飛来を恐れ、北朝鮮を非難する人々の声も強い。生活、生命に直接影響を受ける。この面からも、中国政府は厳しい対応を取らざるを得ないはずだ。

 

ちぐはぐな対外政策

 

「水爆実験は、自衛的措置であり、主権国家の合法的権利であり、誰もけなすことのできない正々堂々たるものである」(1・10)。金正恩はさっそく人民武力部を訪問、人民軍指揮メンバーを前にして、胸を張った。

 

翌日は、労働党中央委の庁舎へ。「水爆」実験にかかわった科学者技術者、労働者ら500人余と記念写真を撮った。続いて、「同志らがささげた苦心の探求と愛国忠誠の汗により、世界的な軍事強国であるわが国は核保有国の前列に堂々と立った」と、表彰した。「元帥様」は意気盛んだ。

 

今回の実験は、5月の党大会に向けて、確たる戦略、綿密なスケジュールのもとに行われた―という解説者もいたが、フに落ちない。ひとつは、先にもふれた「モランボン楽団」のドタキャン事件(12・12)。その3日後の実験命令というのが理解しがたい。

 

中国が舞台背景でのミサイル発射などにクレームをつけたなどの対応に、金正恩が頭にきて、「やれ!」となったのなら、あまりに短絡的。楽団と核実験を同じ重みで見ているのか。反対に、初めからこのスケジュールで核実験をやる計画を立て、一方で「モランボン楽団」で関係改善を進めようとしたのなら、大きな矛盾だ。

 

韓国との関係でも、修復への動きを見せたが、これも中途半端に終わっている。昨年8月に南北高官協議に応じて、対北宣伝放送をやめさせる、南北離散家族再会を再開するなどで合意した。ドル箱だった金剛山観光を再開させる狙いがあったからだろう。それも雲散霧消した。

 

本人の判断というなら、外交音痴、外交戦略がお粗末としか言いようがない。あるいは、各部門がそれぞれの方針、矛盾する方針を示しても、金正恩は、それを整合性のある方針にまとめ上げる能力が不足しているのかもしれない。

 

側近が次々といなくなる

 

もうひとつ、気になるのは人事だ。北朝鮮は、金正恩側近の中でもっとも重みのある金養建書記が「交通事故」で死亡、と発表した(12・29)。73歳。対韓国、対外関係を総括していたと言われ、「金正恩同志に最も近い戦友」(最高人民会議)とたたえた。

 

北朝鮮では、かつて対日関係の責任者だった金容淳書記が「交通事故」の名目で粛清されたことがある。今回は、金正恩が葬儀委員長となって国葬が行われており、金正恩による粛清ではなさそうだ。しかし、日韓では、軍との確執、工作機関の縄張り争いなど、さまざまな憶測が飛び交った。いずれにしても、冷静、実利的にものを見ることができる数少ない側近が、いなくなったことは確かだ。

 

この葬儀委員の中に、昨年11月失脚したと伝えられる崔竜海の名前が登場し、早くも復権と伝えられた。北からの情報でも「革命家教育」を受けていると言われていたが、異例の早さだ。今年に入り、朝鮮中央通信は、「金日成社会主義青年同盟創立70周年祝賀行事に先立つ代表証授与式」(1・14)で、「朝鮮労働党中央委員会書記の崔竜海同志が演説した」と報じた。

 

復権は間違いない。ということは、金正恩が気に入るような反省文を差し出したのだろうが、ほかに人材がいないこともありそうだ。有能で、金正恩にとって耳の痛いことを言う側近は処刑されてしまうからだ。しかし、崔竜海が復権しても、ひたすらごまをするしかない。

 

金体制である限り核開発は続く

 

これまでの国際社会の対応から、核実験をやれば、さらに厳しい制裁、締め付けがあることは、簡単に予測できる。外交孤立は、さらに増す。それでも実験に踏み切った。さまざまな推測が飛び交っているが、「核」以外に取るべき手段がない。と見るのが、一番わかりやすい。

 

36年ぶりの党大会。「親父はできなかったが、俺がやってやろうじゃないか」とぶち上げたが、よく見たら、内外を驚かすような実績は何もない。やはり「水爆をやれ!」。ほかにないのだ。

 

「挑発されれば、米国はじめ帝国主義勢力に核攻撃を加えられるよう、核武装力を強化しなければならない」(1・12金正恩)。金正恩体制が続く限り、北朝鮮の核開発は止まらない。中国が言う「朝鮮半島の非核化」を実現するには、金一族による独裁体制を終わらせるしかない。今回の核実験からは、こうした北朝鮮のありようが鮮明に見てとれる。

 

更新日:2022年6月24日