久しぶりの「天秤外交」

(2014・12・8) 岡林弘志

 

中国との間が冷たくなったと思ったら、ロシアにすり寄る。かつて、北朝鮮が何回か見せた「天秤外交」を始めた。ソ連崩壊後、露朝関係はつかず離れずだったが、金正恩第一書記が中国より先にロシアへ行くという観測まで出ている。天秤はソ連崩壊以来、20数年ぶりにロシアに傾いている。しかし、かつてのように社会主義国同士の“特恵”はない。日本との関係改善は思うようにいかない。ここは、手を差し伸べてくれる国ならどこでも、といった気配も見える。

 

特使訪ロを大々的に報道

 

「二国間の互恵的協力をさらに拡大発展させ、2015年に政治、経済、軍事などあらゆる分野で、交流と接触を進化させるよう再確認した」(11.26)。労働新聞は、金正恩の特使である崔龍海・朝鮮労働党書記のロシア訪問(11.17-24)を、大々的に報じた。2面の半分以上を使い、プーチン大統領と握手する場面など、写真6枚も使い、異例な報道ぶりだ。

 

崔龍海は、先に軍総政治局長を解任され、金正恩の一の子分の地位を退けられたともいわれるが、これだけの報道は、北朝鮮がいかにロシアとの関係を重視し始めたかの表れだろう。労働新聞の報道は、両国の蜜月ぶり、そして北朝鮮は決して孤立してはいないことを誇示する狙いもある。

 

また、一連の会談では、金正恩の訪ロも話し合われたらしく、ラブロフ外相は「両国首脳の接触の用意がある」と会見で明らかにした。いまだ、中朝首脳会談が開かれない中、習近平国家主席は韓国大統領と何回も会談している。中国への当てつけにもなる。

 

クリミア併合で国際的非難にさらされるロシアにとっても、好都合だった。プーチンが会い、外相も会談した。来年は、朝鮮半島の日本による植民地支配解放、ロシアの戦勝70周年に当たる。共同祝賀行事を催すことでも合意した。

 

ロシアは借金棒引きの大サービス

 

ロシアは、債務放棄というサービスもしている。北朝鮮がかかえる対ロ債務約100憶ドル(約1兆3000憶円=全債務の約9割)を免除することで合意、ロシア下院もこの合意を承認した。10月下旬には、北朝鮮で今後20年間に250憶ドル規模の鉄道網の改修・整備を行うことで合意した。7000キロの鉄道網のうち、老朽化が激しい3500キロが対象になる。代価は、チタン、金などのレアアース、石炭などの採掘権を当てる。

 

ロシアが北朝鮮経由で、石炭を韓国に送る「三角協力」も進んでいるようで、試験輸送が始まり、第一便が韓国の港に着いた(12・1)。韓国企業は、このルートによる石炭輸入を本格化する計画を持っている。北朝鮮は、中継地として商売に加わることができる。

 

北朝鮮がロシアに急接近を見せているのは、もちろん、中朝関係の悪化が最大の原因だ。昨年暮れの張成沢粛清後、中国は様々な面で不快感を隠さない。中朝関係を示すバロメーターは、高官の交流に現れる。金正日―胡錦濤時代は、年間45回ほどあったが、金正恩になって、三分の一に減り、今年はほとんどない。また、通商は行われているが、大きなプロジェクトは進んでいない(12・2聯合ニュース)。中朝国境の「黄金坪」の開発についても、最近の情報によると、工事は行われておらず、雑草が生えているという。

 

もっとも、北朝鮮は、かねて中国一辺倒に危機を感じ、多角化を模索していた。金正日は中国に対する不信感を抱き、それが金正恩への「遺訓」にもなっているといわれる。しかし、今回は、中朝関係の冷え込みから、窮余の策として、ロシアに近づかざるを得ないことになった。

 

「最高責任者を裁け」に衝撃

 

「人権問題」も、北朝鮮がロシアを頼らざるを得ない大きな理由だ。国連の第3委員会は、北朝鮮での人権侵害の是正、責任追及を求める決議案を採択した。こうした決議案の採択は、ここ10年続いているが、今回、北朝鮮が神経質になったのは、「責任追及」だ。

 

この決議は、北朝鮮の「国家の最高レベルによる政策」による「人道に対する罪」である人権侵害が行われてきた。国際刑事裁判所(ICC)へ付託し、責任者への制裁について、安保理に検討を促す、という内容だ。要するに、北朝鮮の外国人拉致も含め人権抑圧・侵害は、歴代の最高責任者が決定した政策として行われてきたもの。このため、今の最高責任者である金正恩の責任をICCで裁くということだ。

 

金正恩を刑事被告人に、という決議案は今回が初めてだ。「領袖決死擁護」の北朝鮮にとっては、最大の国難だ。エリート層にとって、ここで活躍しなければ忠誠心が疑われる。というより、忠誠心を誇示するチャンスでもある。李洙墉外相は、国連で「人権問題の乱用は許せない」と演説、珍しく記者会見まで行った。また北の国連代表部は「この人権騒動は、核実験をこれ以上自制できなくする」と、得意の「核実験恫喝」。

 

とくに今回北朝鮮にとって痛手だったのは、脱北者の証言だ。国連人権委の調査に対して、強制労働所や日常生活での人権抑圧・侵害について詳細に話しており、決議の核心になっている。このため北朝鮮は、脱北者の家族、親族を引っ張り出し「強制労働所などに入っていたことはない」「罪を犯して南へ逃げた」などと言わせて、ビデオを作り、各国にぶりまいた。

 

しかし、奮闘努力のかいもなく、国連総会第3委員会は、出席185カ国のうち111カ国の賛成で採択された。次いでICC付託となるが、これには安保理決議が必要。しかし、常任理事国5カ国のうち、中国とロシアは委員会の採決でも反対し、安保理でも反対の予定だが、ここは念押しが不可欠だ。やはり、頼りにできるのはロシアだ。

 

日朝も進まずにいら立ち

 

「政治いびつの日本も、島国にどのような残酷な結果がもたらされるか、一寸の先でも見通して行動すべきであろう。…そっくり焦土化され、水葬されなければならない」(11・23国防委員会声明)。「人権」にかかわって、北朝鮮が強調しているのは、対日非難だ。人権決議案は日本と欧州連合(EU)が共同でつくり、採択を主導した。米国、EU、韓国とともに、日本を非難してやまない。

 

さらに、「こんにち、対朝鮮『人権』騒動の渦中で利益を得ようとする日本の介添え役は島国がまるごと焦土と化し、水葬されかねない終局的敗北につながっている」(11・28朝鮮中央通信)。「米国とともに、日本は不倶戴天の敵」(12・3労働新聞)と、ほぼ連日、対日非難を繰り返している。

 

拉致などの日朝協議にも触れ「朝日間の正常でない状態を終わらせるため、協議に臨んだが、日本は反共和国敵視政策で応えた」(同)と、協議中断も匂わせている。人権とともに、北朝鮮が気に食わないのは、日朝協議で、日本側が見返りを示さないことだ。経済的に何のメリットもなければ、拉致問題を話す意味がない。日本の援助や交易への展望は開けないなか、天秤はロシアが乗っている方へますます傾く。

 

天秤の傾きは危機を呼ぶ

 

ただし、ロシアも今や資本の論理が優先する。商売のレベルでしか、取引はしない。かつてのように、石油を国際価格の半分、三分の一の「友好価格」で、ということはない。鉄道の整備なども、自分の方に利益があるからこそ行う。外貨のない北朝鮮は、鉱物資源などの採掘権を不利な条件でも譲らざるを得ない。

 

北朝鮮の石炭、鉄鉱石、レアメタルの鉱山の採掘権は、相当数が中国のものになっているようだが、その上ロシアにも譲ることになれば、最大の外貨稼ぎのもとを失うことになる。いわば、中国、ロシアの餌食になっているということだろう。

 

一方で、経済の実態は中国経済に大きく組み込まれている。北朝鮮は国産品の増産を盛んに行っているが、「自主経済」の限界・障害が立ちはだかる。市場に並ぶ日用品の7,8割は中国産といわれる。中国は、いつまで天秤の傾きに黙っているか。このまま傍観していることはなさそうだ。

更新日:2022年6月24日