芸のない「揺さぶり作戦」

(2014・11・13)岡林弘志

 

韓国には冷たく、日本には一定の配慮を見せる。このところの北朝鮮の近所との付き合いは対照的だ。ところが、そのやり口を見ていると、いずれに対しても「揺さぶり」が大きな狙いであることが透けて見える。相手の国を刺激して、世論を対立、分断させ、有利にことを進めようという魂胆のようだが…。

 

訪朝の成果はあったのか

 

「今回の平壌派遣によって、拉致問題解決に向けた日本の強い決意を先方に伝え、北朝鮮の最高指導部に伝えたわけであります。今後の迅速な調査と、一刻も早い結果の通報を要求したところであります」(10・30夜)。安倍首相は、訪朝した政府代表団の報告を聞いた後、記者団に一定の成果があったことを強調した。

 

政府訪朝団は10年ぶり。二日間にわたって北朝鮮側と協議した(10・28~29)。政府が成果という根拠の一つは、北朝鮮の徐大河特別調査委員長が「過去の調査は、時間的制約があり、特殊機関から出てきた一面的で不十分なものだった」と述べたことのようだ。要するに今回の調査は、「全面的で十分な」結果になると期待してのことだ。ことによると、被害者「死亡」が間違っていたという期待も。

 

北が言う「特殊機関」とは拉致を実行した工作機関を指すのだろう。それなら、時間的制約があっても、日本政府認定の被害者は17人。うち5人は帰ってきている。12人の消息、所在などはそう時間をかけなくとも分かるはずだ。しかし、徐大河は「過去の調査結果にこだわらず、新しい角度からくまなく調査を深めていく」とも述べた。

 

「北朝鮮は調査結果を先延ばしにしている」「拉致被害者にかかわる情報はなかった。いま『ゼロから始める』というのは解せない」「人権問題に取り組んでいるところを示したい北朝鮮に利用されたのではないか」…。今回の交渉について、拉致被害者家族会などは、行かないほうがいいと言っていただけに、厳しい。菅義偉官房長官が、当初「夏の終わりから秋の初め」に最初の調査結果が出ると公言したにもかかわらず先延ばしされたこともあり、不信感が一層増した。

 

「真剣に調査」を誇示

 

「平壌を訪れたことは、朝日相互の合意を履行しようとする正しい選択だった」。日朝協議の冒頭での徐大河の挨拶だ。「よく来た。よく来た。ほめてつかわす」と言いたかったのか。なんか偉そうだ。加害者から「正しい選択」なんて言われたくはない。ただ、この言葉には、北朝鮮側の思惑がよくあらわれている。

 

まず、日本の世論を気にしていることがよくわかる。政府代表団の訪朝については、被害者家族会、救う会、特定失踪者調査会は反対意見が多数だった。もし進展がなければ、先の3項目の制裁解除を取りやめるなど強硬姿勢を示せという厳しい意見も出ていた。このことをよく承知しているのである。

 

日朝協議で、何らかの見返りを得たい北朝鮮としては、何としても協議を続けなければならない。反対を押し切って、よく来たということだろう。また、外交交渉では、虚勢を張り、尊大な姿勢で臨むのが通例の北朝鮮としては、珍しくさまざまな“気配り”を見せた。

 

最大の気配りは代表の徐大河自身の出迎えだ。協議の初日、政府代表団が調査特別委員会の入った建物に到着すると、入り口前に待っていた。しかも日本語で自己紹介をしたという。徐大河は秘密警察である国家安全保衛部の副部長、西側の訪問団の前にこうした組織の幹部が姿を現すことすら珍しいのに、日本語を使うというサービスまでした。また、全体会議では徐大河がほとんどペーパーを見ずに経過を説明し、調査を仕切っていることも見せつけた。

 

「拉致被害者」の看板も

 

もうひとつ、ちゃんと調査を始めたことを誇示するためだろう。特別調査委員会が入る庁舎があったことだ。協議が行われた建物の入り口には朝鮮語と英語で「特別調査委員会」と書いた金色のプレートが貼り付けられていた。

 

また、協議2日目には、各分科会の事務室があるという2階も同行取材団に公開した。ある部屋の扉横には「日本人拉致被害者分科会」と書かれた、やはり朝鮮語と英語で書かれたプレートが貼ってあった。北朝鮮が公の場所に「拉致」と明記したのは、これまで聞いたことがない。もっとも、このプレートのすぐ下には「日本人行方不明者分科会」のプレートもあり、専用の部屋ではなさそうだ。

 

プレートは、真新しく、建物もいかにもペンキ塗りたて。また、事務室もあまり使っているようには見えなかったという。いかにもにわか作りだったが、とにかく「調査」を進めていることを、日本側にアピールしたかったことは間違いない。

 

被害者家族会などの虚構意見を抑えるための揺さぶりのもなる。日本政府にとっては、わずかでも「成果」があったことで、交渉打ち切りなどの後戻りができないと判断させる。このため、家族会などと政府が対立すれば、北朝鮮の思うつぼだ。

 

政局に絡めると危うい

 

片や、政府代表団としても、反対意見がある中で、平壌へ来たところ、出てくるかどうか心配した徐大河が顔を見せ、調査を進めていることを確認できた。何とか面目を保て、ほっと胸をなでおろしたに違いない。このあたりも北朝鮮の思惑通りだ。

 

安倍政権は、拉致を最重要課題と位置付けているが、これまで被害者一人も取り戻せていない。そろそろ成果を上げなければ、政権への不信感を増す。このため、ここで再び強硬姿勢に戻り、交渉を打ち切りにする選択肢はとれそうもない。北朝鮮は、そのあたりの事情を読んで、後戻りができないように楔を打ち込んだ格好だ。

 

また、経済が上向かず、消費税10%も先送り、ここは安倍首相が近々に拉致被害者を連れ帰り、これをきっかけに解散に打って出るなどという下心も取りざたされる。らちを政局に利用しようとすれば、北朝鮮に足元を見られる。

 

この原稿を送ろうとしたら、にわかに解散風が強まった。消費税先送り、アベノミクスの失敗を糊塗するためにという理由らしい。姑息だ。それにこの間、拉致問題への取り組みはどうなるのか。外交官に任せていていいのかという疑問も出ている時、政治家は選挙に気を奪われる。解決先送りの原因を作ってはいけない時なのに。

 

北朝鮮には、拉致を後回しにして、他の分野、遺骨収集や残留日本人の調査、帰国などを先行させ、見返りを得る作戦もちらほらする。今回の協議で、北朝鮮は日本人遺骨の埋葬場所をいくつか示したという情報もある。肝心の拉致を後回しにする揺さぶりはこれからも続くに違いない。

 

同行取材にも揺さぶり

 

今回の協議では、日本のメディアへの揺さぶりもあった。協議二日目(10・29)、TBSの女性記者が北朝鮮当局から宿舎に呼び止められ事情を聞かれたため、午前中の取材ができなかった。北の当局者は前日夜のニュースに「共和国を批判する内容があった」と同行取材団に説明したようだ。このニュースでは、金正恩の左足くるぶしの手術、権力闘争の可能性を説明、拉致問題の行方はわかない…というような内容だったらしい。

 

北が神経をとがらせたのは、金正恩の病気と日朝交渉の先行き不透明についてだろう。しかし、他のメディアも似たような内容だった。とにかく、日本のメディアに釘を刺すのが狙いだ。すでに北朝鮮は、朝鮮総連を通じて、テレビ局には、北朝鮮に厳しいコメンテーターを使うな。使うなら北朝鮮での取材は許可しないなどと圧力をかけ、情けないことに、実際に何人かの論客がテレビには出てこなくなった。これも揺さぶりだ。

 

反対にビラで揺さぶられ

 

一方南北関係でも、北朝鮮は揺さぶりに懸命だ。仁川アジア大会閉会式(10・4)に金正恩第一書記の最側近3人が訪韓、南北交流が始まるかと思わせたが、再び険しい関係に戻ってしまった。

 

「我々の最高尊厳を悪辣に毀損するビラ散布妄動を中断しない限り、いかなる北南対話も関係改善もあり得ない」(11・1祖国平和統一委員会声明)。北朝鮮の要人は、韓国側当局者とも会い、10月下旬か11月初旬に南北高官会談を開くことで合意した。ところが、北朝鮮は脱北者団体などのビラ散布を止めないことを理由に、この約束を破った。

 

要するに、民間団体のやることが、金正恩最側近の約束を反故にするほど、北朝鮮にとって大変なこと、を北自らが裏付けた格好だ。北朝鮮はかねて「首領決死擁護」の「思想強国」を自負している。それなら、一片のビラを見たぐらいで、人々の思想が揺らぐことはないと思うが、実態はそうでないのだろう。、韓国から揺さぶられているのである。

 

ビラには、金一族三代による世襲への批判、人権抑圧、経済の混迷など、独裁体制の過酷な現状を批判した内容が書かれている。これを数万枚となく、大きな風船にくくりつけて北向きの風が吹く日に飛ばす。一定の時間がくると、風船は破裂し、ビラは風に乗ってあちこちに散らばる。

 

宣伝方法としては、実に初歩的なものだが、北がしつこく韓国当局にやめさせろと言うところを見ると、効果は大きいようだ。祖平統の声明によると、ビラ散布は「国際法に対する悪辣な蹂躪で、特大型の反人倫的・反人権的犯罪行為」というが、何をかいわんやである。

 

ビラと高官会談とを取引

 

南北高官会談は、韓国側が言い出したことだ。このため、北朝鮮は、会談に応じれば、韓国側がビラ散布をやめさせると思ったのだろう。しかし、韓国政府は「ビラ散布をやめさせる法的根拠がない」と応じなかった。

 

ただ、韓国内の親北団体は以前から反対している。また、北朝鮮が飛ばした風船を銃撃した(10・10)こともあり、軍事境界線東部の住民らが、軍事衝突を恐れて、風船飛ばしに反対、実力で阻止しようとして、小競り合いが起こるなど、韓国内のいざこざが起きている。

 

北朝鮮による脅しが、韓国内の世論分裂を助長していることは間違いない。しかし、風船ビラと南北高官会談の取引はいかにもミミッチイ。

 

米人解放で対話模索?

 

まったく展望が開けない米国との関係に関しても、さえがない。北朝鮮は、拘束していた米国籍の3人全員を相次いで解放した(10・21、11・8)。後半の2人解放の際には、クラッパー米国家情報長官、というこれまでにない大物が訪朝し、オバマ大統領の私信を持って行った。

 

北朝鮮は、米国が謝罪したからと言っているようだが、先月、北朝鮮から高官を訪朝させるようにという要請があり、今回の解放に至ったようだ。北朝鮮が米国との接触を模索する動きとの観測もある。一方で、北京でのAPEC首脳会談(11・7~12)の場で、米中首脳会談が開かれ、北朝鮮の核問題が議題になること、国連加盟国の中で、北朝鮮の人権問題を国際刑事裁判所に提訴、金正恩が被告人になる可能性があることなどから、柔軟姿勢を見せたという見方もある。なんてことはない、これも北朝鮮が揺さぶられているのである。

 

それに、犯罪にもならない容疑で、外国人を拘束して、釈放するから恩に着ろというのも虫がいい。先月、解放された米国人は、聖書をナイトクラブにわざと置いて帰ったという容疑である。聖書で、「思想」がぐらつくと心配したのか、あるいはなんでもいいから、いちゃもんをつけて、外交取引の材料にしようという。これもミミッチイ話だ。

 

金正恩は、ようやく杖なしの姿を現し、精力的に現地視察を行っているようだが、外交はどうも意気が上がらない。

更新日:2022年6月24日