ニュースにならない北朝鮮

(2014. 9. 2)岡林弘志

 

 ここ1カ月余り、北朝鮮にかかわる報道が極端に少ない。もちろん、北のメディアは連日のように、金正恩第一書記にまつわる動きを報じているし、米韓非難も続く。ミサイルやロケットも撃った。しかし、ニュース価値がないのだろう。中国が今年初めから原油の対北輸出を全面的に停止したといわれている。それが大きな要因になっているのか、核・ミサイルによる脅しを使えないとなると、他に効果的な手がないのだろう。

 

相変わらずの恫喝、挑発

 

 「訓練を抜きにした軍隊は考えることができず、一瞬でもおろそかにするなら、取り返しのつかない結果をもたらす。人民軍では訓練を体質化、生活化、習性化すべきだ」(8・28朝鮮中央通信)。金正恩は、航空陸戦兵区分隊のパラシュート降下訓練を現地指導して、こんな訓示を垂れた。戦争がないときの軍隊は訓練が仕事である。当たり前だ。最高実力者がわざわざ言うことではない。ほかに言うことがないのかなあ。

 このころ、韓国では米韓合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」(8・18~29、実際は28日で終わった)の最中だ。これに対して、北朝鮮は神経をとがらせて「『局地的な全面戦』に火をつける冒険的な行為」「われわれの最も強力な先制打撃が任意の時刻に無慈悲に開始される」(8・18人民軍参謀部)と、毎度のことではあるが、おどろおどろしい声明を発表している。

 対話に応じない米国の「忍耐政策によって、時間が過ぎればすぎるほど、われわれの強力な核抑止力はさらに精鋭化する」(8・8朝鮮中央通信論評)。「米国の侵略戦争挑発行為が続く限り、高度に精密化された戦術誘導兵器をさらに多く作る」(8・3労働新聞)。対話をしないと核・ミサイル開発をどんどん進めるぞという脅しだ。

 「米国は朝鮮半島情勢を激化させる真犯人」(8・8労働新聞)。「予測不可能な、さらに高い段階の対応を取る」(8・18外務部)「米と南が北侵の野望を露骨に宣言した以上、ためらうことなく一層強力な軍事的報復対応に乗り出すことになる」(8・29労働新聞)……。

 片や今年に入って、毎月のように、日本海に向けて盛んに短距離ミサイルやロケットの発射を繰り返した。7月14日にはロケット弾100発ほどを軍事境界線に近い江原道高城から発射した。射程距離は長くて50キロほどだった。また、新型とみられるロケットの発射(8・14)もあり、射程は220キロとこれまでにない距離を飛んだ。このときは、金正恩が現地指導している。

 ある意味では怖いことだが、この程度の恫喝、挑発では、周辺国は驚かなくなっている。脅しはたまにやるから効き目がある。年がら年中やっていれば「オオカミ少年」だ。それに「口撃」の方は、20年以上前から使っている「火の海」以上に効き目のある言葉も見つからないようだ。

 

パラシュートに大喜び

 

 冒頭で紹介した降下訓練は「労働新聞」(8・28)が1面全面を使って報じているが、金正恩はパラシュートが次々と降りてくる光景を見上げて、「やってる!やってる!」とばかりに笑顔を見せて喜んでいる。

 金正恩の日々の動静を見ると、人民軍などの声明とは裏腹に、とても「非常時」とは思われない。「ひねりドーナツ、パン、あめ、菓子」を作る「人民軍11月2日工場」を現地指導した(8・24)時は、「生産現場の無菌化、無塵化の高い目標を掲げて働くべきだ」と指示した。食品工場にバイ菌やほこりが舞っていたら困る。至極もっとも、将軍様も大変だ。

 ここ半月ほどを見ると、「平壌育児院・愛児院の建設現場」(8・13)、「葛痲食品工場」(8・15)「延豊科学者休養所建設現場」(8・18)、「621号育種場」(8・21)などで、現地指導をしている。この間の軍事視察は先の「戦術ロケット弾の試射」の現地指導だけが報じられている。朝鮮中央通信のホームページには、いずれも笑顔の金正恩の写真が添えられている。

 戦争の危機を言っているにしてはのどかでのんきだ。どうも米韓演習の時は、かかわりのある部署は非難声明を出さざるを得ない。恒例行事のようになっている。また、かねてより、燃料不足のため、対抗して軍事演習をするにしても、おのずから限界がある。「口撃」を激しくするしかないようだ。

 

「北朝鮮ペースでなければだめ」

 

 韓国に対しては、8・15の植民地からの解放69周年ということで、祖国平和統一委員会(祖平統)が声明を出した。①朝鮮半島で米国の支配と干渉に終止符を打つため、米帝侵略軍は撤退すべき②すでにある6・15、10・4北南合意の履行を③北南間の敵対行為を中止するため、さしあたり「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」演習の無条件中止を――。

 言うまでもなく、6・15は金大中、10・4は盧武鉉大統領が訪朝して、北朝鮮の気に入るような内容を盛り込んだ南北合意だ。いずれも、そのあとの大統領は、韓国が一方的に施しをするような関係はおかしいと、ギブ・アンド・テイクで行くよう求めている。

 韓国側も具体的な提案をしている。今年の8・15。朴槿恵大統領は北に対して3「ルート」の整備を提案した。①環境協力ルート=韓半島の生態系を結び付け復元する②文化のルート=南北共同による文化遺産の発掘・保存、来年の光復70年を記念する文化事業の開催③国民生活ルート=離散家族の再会、人道支援、北朝鮮の農村の生活環境改善――。

 また、高官級協議を開くよう提案(8・11)したが、いずれも北朝鮮からはなしのつぶて。あくまでも北朝鮮は自分のペースによる協議以外は考えていない。南北が直ちに実現できるのは、離散家族の再会だが、これも韓国ペースになるのを恐れて、今のところ、よほどの見返りがなければ応じる気配はない。

 

「美女応援団」、カネかかるなら行かない

 

 しかし、この分野での脅しは、ちまちましている。仁川アジア大会(9・19~10・4)をめぐって、南北で様々な駆け引きが行われているが、北は、「美女応援団」を送らないと韓国に通告した(8・20)。北朝鮮オリンピック委員会の孫光浩副委員長は、わざわざ朝鮮中央テレビに出演(8・28)、「南側(韓国)は応援団が行くことを懸念し、望んでいないため」と説明している。北朝鮮の韓国向け宣伝ウェブサイト「わが民族同士」は「南朝鮮当局は神聖なスポーツ事業まで政治的な目的に悪用しようとした」(8・29)という。

 たかが応援団だが、2002年の釜山アジア大会など3回ほど韓国に派遣された。韓国の若者の中には追っかけまで出てきて、大変な人気だった。「美女応援団」が現れる競技の入場券は売り切れのところも。このため、韓国の責任で取り消しとなれば、韓国内に大きな動揺を生じ、政府非難も高まると読んでのことだろう。もっとも、孫光浩は「費用の問題まで持ち出したため、実務会談が決裂した」と本当のことをしゃべってしまった。

 具体的に説明すると、北はこれまでのように韓国側が応援団の宿泊費、移動費などすべての滞在費用を「丸抱え」すると思っていた。ところが、韓国側は今回、応分の負担をするように求めた。このため、北朝鮮が駄々をこねたということだ。これまで韓国は、国内で行われるスポーツなどの行事に参加する北の選手はもちろん役員、応援団に至るまでほとんどすべての滞在費用を負担した。また、国際大会で合同代表団を作った時は、選手のユニフォームやバックなどまですべて韓国が準備をした。完全な「おんぶにだっこ」。

 なんとも虫のいい話だが、そのうえ韓国ゆさぶりの材料に使おうというのは、いじましい。しかし、脅しは効かない。かえって足元を見られる。「美女応援団」は、韓国で宣伝効果があるのは確実、韓国側もどうぞと言っているのだから、派遣すればいいと思うのだが、やはりカネがないのか。

 

中国の「原油ストップ」で委縮?

 

 いずれにしても、このところの北朝鮮の動きがマンネリ、重箱の隅をつつく類のことばかり。新聞の一面からはご無沙汰、テレビのワイドショーへの登場も激減している。振り返ると、北朝鮮発で大きな扱いになったのは、核・ミサイルの開発・実験だ。日韓のメディアを詳細にフォローしている北朝鮮当局もよく知っているはず。

 今年春には、「新たな形態の核実験も排除しない」(3・30外務省声明)と、新型核爆弾の開発をにおわせ、実験場といわれる北東部の豊渓里で、怪しい動きが伝えられたが、やがて静まり、その後の動きはない。なぜか、その一因として取りざたされているのが、中国の対応だ。

 「中国の北朝鮮向けの原油輸出量が7カ月間、統計上ゼロ」(8・22)。聯合ニュースは、韓国貿易協会による中国の税関統計を根拠に報道した。すでに4月にも、「1~3月の原油輸出ゼロ」という報道があったが、その後も続いていたことになる。

 中国からの対北原油輸出量は年間50万トンと言われており、これが北朝鮮の原油輸入のほとんどだ。最近はソ連からの輸入を増やしつつあるというが、あったとしてもわずかだろう。したがって、これが本当なら、北朝鮮の経済は息の根を止められるに等しい。

 ただ、韓国政府はこれを追認していない。また、専門家の中には、「減ってはいるようだが、停止はしていない」という見方もある(週刊東洋経済)。その根拠として、「北朝鮮内のガソリンや軽油の価格がこの2年ほとんど変わっていない」(米国の自由アジア放送)こと、原油ではなく精製されたガソリン、軽油として、トラックで運ばれ、統計に出にくい、中国側の統計の改ざんなどを挙げている。また、北朝鮮が代金を払わないので、事実上援助であるため、統計から外したという見方もある。

 

核・ミサイルは「禁じられた遊び」

 

 独裁国の統計が信用できないことも確か。「統計上ゼロ」が何を意味するのか、今のところは「藪の中」。ただ、中国の北朝鮮に対する不快感、不信が尋常でないのは間違いない。習近平の動きがその象徴だ。ご存じのように7月初めに、韓国を訪問、朴槿恵と会談し「朝鮮半島での核開発には断固として反対する」ことで一致した。

 もうひとつ、習近平は「南北関係の改善と朝鮮半島の平和的統一の実現を支持する」と述べた。ここには北朝鮮の主張する「自主統一」という言葉は使われていない。「武力赤化統一」を否定したとも解釈できる。

 北朝鮮にとって、会談や共同声明の内容もさることながら、最大のショックは中国の最高首脳が北朝鮮より先に韓国へ行ったことだろう。それに金正恩が最高実力者として君臨して以来、すでに2年半を超えたのに、一度も顔を合わせていない、電話で話したこともない。片や中韓首脳はすで5回も会談している。この差は歴然だ。これだけ見ると、中国の朝鮮半島政策は、北ではなく韓国に軸足を移したともいえる。

 もちろん、中国も一筋縄ではいかない。さまざまな思惑があり、それほど単純ではないだろう。しかし、中国が北朝鮮の長距離誘導ミサイル発射(2012・12)、第3回核実験(13・2)にこれまでになく不快感を示し、怒り心頭なのはよくわかる。いかに金正恩が強気でも、当面は核・ミサイル実験はやりにくい。独裁体制の“守護神”が手足を縛られたに等しい。脅しを最大の外交手段とする北にとっては「禁じられた遊び」だ。

 北朝鮮が当面の最大の非難目標にしてきた米韓軍事演習は終わった。近く、李スヨン外相が15年ぶりに国連総会に出席するため訪米するという。日朝間では、拉致被害者をはじめ北在住の日本人調査の最初の結果が9月第2週にも出ることになっている。こうした動きから、北はしばらく外交攻勢に出るという見方もある。

 しかし、四面楚歌からの脱出は容易ではなさそうだ。果たして、日韓のメディアが大きく取り上げざるを得ないニュースが出て来るか。

更新日:2022年6月24日