選りに選って「節約闘争」とは

(2014.6.30)岡林弘志

 

 「よく言うよ」「あんたにだけは言われたくない」―独裁者は、自分のことを差し置いて、人民にたいしてお説教を垂れたがる。金正恩第一書記が「全社会で節約闘争を!」と大号令をかけたのもそのたぐいだ。極端なモノ、カネ不足の中で、これ以上何を節約しろと言うのか。それに、一番の無駄遣いはあんただろう、なんて野次が聞こえるような気がする。それにこの号令は見当外れではないか。

 

「1ワットの電気、1滴の水も節約せよ」

 

 「全社会的に節約闘争を強化して、1ワットの電気、1グラムの石炭、1滴の水も極力節約するようにさせ、みんなが高い愛国心と主人らしい態度を持って、国の経済をちゃんとしていく気風を打ち立てなければならない」(6・17)。労働新聞の社説は、金正恩の言葉を引用して、節約闘争を展開するよう呼び掛けた。同様の指示は今年の新年辞で触れている。

 

 そして、社説は「節約は単に経済実務的事業ではなく、革命をする人たちの重要な品性であり、社会主義社会の固有な生活様式だ」と強調する。しかし、わざわざ、金正恩や労働新聞に言われるまでもなく、人民は十分に節約している。

 

 最もそれは「品性」のためではなく、無駄にするほどのモノがないからだ。節約に節約を重ねなければ、生きていけない。それに「1ワットの電気も」というが、肝心の電気は、しょっちゅう止まってしまう。2、3年前、平壌に行った時、レストランで食事をしていても、ときどき停電した。家庭や事業所でも停電は日常のことだ。「節約は愛国心」といわれても、「1ワットの電気」が来ないのでは、愛国心の発揮しようがない。

 

「遊休資材」なんてあるのか

 

 今回、労働新聞がこんな社説を載せたのは、「ヨンタン郡」での「節約事業が全郡的運動として活発に繰り広げられている」からだ。要するに「ヨンタン郡」をモデルにしろというわけだ。ここでは工場、企業所、病院、公共の部署から協同農場まで、どこへいっても「遊休資材を集め、地方産業工場などの重要な原料になっている」という。

 

 それほどの「遊休資材」があるとは知らなかったが、具体的にどんな資材があり、どうやって見つけたかについては、触れていない。1990年代の「苦難の行軍」の時代から、工場は燃料や原料不足。動かない機械の部品は、工場幹部から労働者までがすきあらば、盗み出して、売っ払ってしまう。民生部門の工場稼働率は1、2割だった。

 

 「すべての部門、すべての単位で、国家の手を煩わさずに、自らの原料、自らの力で生産を高い水準にすべきだ」(同社説)。これも「よく言うよ」の類いだ。かねて、工場などに自助努力を求めているが、軍需部門の調達が最優先され、民生部門には十分な燃料、資材が回わらない。これが民生経済混迷の大きな理由になっている。「国家が手を出して」、民生経済をだめにしてきたのである。

 

「最新技術」を言う前に肥料を

 

 「節約の最大の備えは技術革新にある」。社説は、具体的な例として、「主体ビニロン」「主体肥料」を挙げている。しかし、いずれも経済制裁や外貨不足で、外国から原材料を仕入れることができずに、「自前でやれ」という最高指導者の思い付きで、無理な製法を採用したため、やたらに原材料を消費し、できた製品は不完全。失敗したはずだ。

 

 人々の三度三度のメシに直接かかわる農業については、「農業戦線でも科学農業のすさまじい熱風の中で、労力と営農物資を極力惜しみ使わなければならない」と、やはり節約を呼び掛ける。しかし、農業部門で、求められているのは、肥料や農薬、農機具、農業用機械である。必要なものが足りなくて農業生産が落ち込んでいるのである。

 

 「“草肥料”生産奨励」(6・19デイリーNK)。昨年、金正恩の指導で畑に腐食土を混ぜた結果作物が豊作だった。このため、女性同盟員に今年も草を刈って来年までに腐食させる「草肥料」を大量に生産するよう指示したという。これも肥料不足を補うためだ。農業において、いま必要なのは、不足しているモノを補給することだ。

 

農業インフラの整備が先決

 

 「干ばつが続く黄海道の大部分の地域と開城市、江原道などでは依然として雨が降っていない。農業部門では深刻な灌漑用水不足現象が発生している」(6・23朝鮮中央通信)。このため、「数万ヘクタールの田が割れて農作物の生育に支障をきたしている」。地球的な異常気象は、北朝鮮も例外ではない。今年春から、干ばつの報道が続いている。

 

 と思ったら、今度は「咸鏡北道、ゲリラ豪雨で山崩れ」(6・27デイリーNK)という報道もあった。山の斜面を畑にしているため、少しの雨でも土砂崩れが起き、草刈りに行った農民が死亡したという。相変わらず、治山治水がおろそかにされ、灌漑も粗末なままだ。農業生産を高めるには、こうした農業のインフラを早急に整えることだ。

 

節約闘争は見当違い

 

 節約以前に解決すべき課題ばかりだ。それでも、労働新聞は「節約闘争の結果出てくる余裕労力、遊休資材などを生産と建設へ実際に効果的に利用できるよう、党組織は対策を立てろ」と、叱咤激励をする。とにかく、「節約闘争」は金正恩の命令、しばらく、「党組織」は「節約闘争」を展開せざるを得ない。

 

 いまの北朝鮮での節約命令は、全くの見当外れだ。思い付きとしか言いようがない。もっとも、経済にかかわる指示や方策で、経済の立て直しにプラスになったことはほとんどない。今回の指示も同じような話だ。

 

 ことによると、「労働新聞」が新年辞を読み返しては、この部分はまだ取り上げてないと見て、社説に取り上げたのか。いずれにしても、こうしたことが、報じられれば、党の幹部や「イルクン(働き手)」は、指示に従って闘争を始めなければならず、動員されるのは人民だ。田植えは終わったようだが、モノ不足の中で、節約の実をあげなければならず、四苦八苦の思いだろう。

 

最も節約すべきは自分では

 

 そもそも、この国で一番節約を怠っているのは、金正恩自身ではないか。上等な生地の服を着て、贅を尽くした公邸、官邸に住み、各地にある別荘は世界のぜいたくな材料を調達して、飾り立てている。「節約は愛国心」というなら、最高権力者の暮らしぶりは、どう見ても愛国的ではない。

 

 それに、金正恩は遊園地や遊興施設になぜか執念を燃やしている。巨大スキー場をはじめ、乗馬センター、各種の遊園地など、金正恩が現地指導した施設は多い。「人民の健康のため」「楽しみを作るため」などもっともらしい理由をつけているが、いずれも最貧国においては優先度が低いものばかりだ。これこそ、いくらでも節約できる。

 

 また、それらの施設を「馬息嶺速度」と称して、突貫工事でやらせる。手抜き、粗雑工事はやがてツケが来る。この間のアパート崩壊のように人命まで失われる。それを修復、再建するという二重の出費、労力を要することになる。これも大きな無駄だ。

 

 金正恩さん、まずは自分が模範を示して、節約の実を見せないと、「愛国者」「社会主義者」になれませんよ。

更新日:2022年6月24日