「語るに落ちた」マンション崩壊

(2014. 5.26)岡林弘志

 

 どうした風の吹きまわしか、北朝鮮が平壌市内で建設中のマンション崩壊事故を国内外に発表した。かつて鉄道事故などが漏れてきたことはあるが、死者が出たことを含め、自ら公にしたのは初めてだ。韓国のフェリー「セウォル」号沈没事故を見て、「我々は責任者がちゃんと人民に謝罪している」と強調したかったのだろう。しかし、このマンション崩壊は、北朝鮮の独裁体制の矛盾を象徴している。「語るに落ちる」とはこのことだろう。

 

見え見えの事故報道

 

 「13日、平壌市平川区域の建設場では、住宅の施工をいい加減に行い、監督・統制を正しく行わなかった幹部らの無責任な行為によって、重大事故が発生して人命被害が出た」(5・18)。朝鮮中央通信は、平壌で建設中の高層アパートが崩壊して、死者が出たことを内外に報じた。

 

 北朝鮮では、ときに多数の被害者が出る事故の情報が漏れてくることはあるが、ほとんど報道されることはない。2004年に龍川駅爆発事故の発生を報じたが、死傷者などについては口をつぐんでいた。それが今回、「革命の首都・平壌」、しかも平壌駅の西側から大同江にかけての中心地において起きた事故について、「いい加減」と監督不行き届きによって発生したと報じたのだから驚く。北朝鮮始まって以来のことではないか。

 

 事故の内容は報じていないが、韓国政府関係者は、このアパートは23階建て、完成していないが、工事が終わった部分では入居が始まり、すでに92世帯が住んでいたという。このため、死傷者の数は数百人、しかもこうした住宅に住めるのは、エリート層だ。

 

 いわば、北朝鮮にとっては、実に恥ずかしい事故であるが、わざわざ内外に知らせた狙いは見え見えだ。韓国で起きた旅客船「セウォル」号沈没事件を意識してのことだ。船舶会社のさまざまな違法操業、事故対応マニュアルのいい加減さと運用の無責任、監督官庁の癒着、関係機関による救助などの対応のお粗末さ…経済成長した韓国の負の部分の集大成だ。

 

「弔意」から非難のキャンペーンへ転換

 

 韓国内にも、恥部を世界にさらした、国辱ものなどの批判が起きている。そして、「同心円社会」である韓国では、あらゆることの責任は最高責任者が負わされる。今回も「大統領を出せ」「大統領が謝れ」となっている。朴槿恵大統領は重ねて謝罪をし、被害者救助や今後の対策に万全を期すと、涙ながらに国民に語りかけた。しかし、失われた人命が戻るわけではなく、容易に収まることはない。親北勢力もここぞとばかりに批判をエスカレートさせている。

 

 「今回の大惨事は、朴槿恵が故意にもたらした特大型人災である」(5・2朝鮮中央通信)。北朝鮮も、朴政権批判を繰り返している。しかし、事故直後には、北朝鮮赤十字は「弔意」を表した(4・23)。その後の韓国社会の動向を見て、揺さぶりをかける絶好の材料と見たのだろう。そんな時、今回のアパート崩壊事故が起きた。いろいろな「いい加減」の集大成という点では、「セウォル」号と同質だ。しかし、事故への対応という部分を強調すれば、「使える」と判断したのだろう。

 

 「関係部門の責任幹部が被害者家族と平川区域の住民をはじめ首都市民に会って深甚なる謝罪をした」(同)。朝鮮中央通信があげた幹部は、崔富一・人民保安部長、ソヌ・ヒョンチョル・朝鮮人民内務軍将官、車煕林・平壌市人民委員長ら数人だ。幹部が大勢の市民を前に深々と頭を下げている写真まで付けた。

 

 それぞれの責任者は「人民に犯したこの罪は何者によっても償えず、許されない」「労働党が愛していたわる人民を守れなかった自責感で頭が上がらない」などと述べ、「被害者の遺族の痛い心を少しでもいやし、生活を早急に安定させるために最善を尽くす」と誓った。

 

我々は素早く謝罪したぞ!

 

 もちろん、金正恩第一書記も迅速に対応した。「報告を受け、あまりに胸を痛めて夜を明かし責任幹部に万事を差し置いて現場に出向き、救助作業を指揮するよう」指示し、「被害を一日も早くいやすように具体的教えを与えた」のである。

 

 「どうだ。南朝鮮とは違うぞ」という得意満面が目に浮かぶ。最高責任者は、まず被害者のことを思いやり、担当の責任者は潔く謝罪をし、素早く事後処置に万全を期し、今後の対策にも取り組んでいる。事故対応について、北朝鮮の優位性を内外に誇示し、ひいては韓国内の動揺をさらに大きくしようという狙いがあからさまだ。

 

 しかし、このニュースを聞いて、「さすが北朝鮮は立派」と思う人は誰もいないだろう。北朝鮮の中にも、我々は大切にされている、さすが「地上の楽園」だと思う人もいないだろう。しかも、金正恩は事故の後らしいが、建設中の金策工業総合大学教職員用アパートの現地視察に出向き「工法を徹底的に守り、建設物の安全を保証せよ」と命令した(5・21労働新聞)。しかし、ちなみ写真の金正恩はストローハットらしきをあみだにかぶり、笑っている。同じ建設現場なのにどうも事故を深刻に考えているようではない。また、金正恩が事故現場へ行ったという報道もない。

 

セメントなど資材を横流し

 

 問題は、なぜ崩壊事故が起こったのかである。責任幹部は、「人民への奉仕精神が足りない」「危険への対策を立てていなかった」「建設に対する掌握・統制を正しくしなかった」などと、口々に己が責任を並べている。抽象的だが、その通りだろう。

 

 しかし、責任幹部の謝罪は繰り返し強調されているが、具体的な原因は何も明らかにしていない。というより、触れられないのだろう。なぜなら、この崩壊事故は、まさに北朝鮮、独裁の矛盾の象徴、いわば恥部をさらけ出すことになるからだ。

 

 「手抜き工事」「全階級が資材を横領…セメントに泥と石炭の燃え殻混入」(5・20)。デイリーNKは、脱北者の証言を集めて、事故原因を推測している。かつて平壌光復通りの建設にかかわった脱北者は「供給される資材が供給単位、調達、建設現場、警備などすべての単位で横流しされる」という。具体的には、党幹部、保安員、労働者が高強度のセメントを横流しし、低強度セメントと入れ替える、あるいは泥と石炭の燃えガラを混ぜることが日常的に行われている。

 

 こうした悪弊は、物不足などで「正常な供給体制が崩壊した1990年代以降」に日常化したという。冷戦崩壊で、北朝鮮経済は破たん寸前まで行った。それから20数年経つのに、民生経済はその時の水準まで回復せず、関係者の悪弊はますますはびこっているということだろう。

 

 資材不足のほかにもいくつかの原因が考えられる。ひとつは技術不足だ。おそらく北朝鮮では建設専門家はごくわずかしかいない。したがって、大型の建設は軍隊が行う。例の煕川ダムや馬息嶺スキー場も軍隊が大動員された。人口2千3、4百万の人口で、110万人もの軍隊を抱えていれば、民生部門での働き手は極端に不足する。命令一下、働かせるのはいいだろうが、専門技術者ではない。

 

「速度戦」がお粗末工事を招く

 

 それに、北朝鮮得意の「速度戦」も、大きな原因だ。植民地支配、戦争の廃墟から立ち上がるためもあって、「パリ、パリ(早く早く)」は、建国当時からの基本指針だ。「千里馬」「速度戦」は北朝鮮で最重要なスローガンだ。金正恩になって変わらないどころか、ますます拍車をかけている。昨年末に完成した大スキー場「馬息嶺スキー場」は、金正恩の命令により「10年かかるところを1年でやった」と大絶賛。その上、御本人があらゆる部門で「馬息嶺速度」を実行するよう命令した。とにかく早く、ということを誇る特異体質が染みついている。

 

 金正日時代に「速度戦」を大宣伝したのは、中朝国境の「煕川発電所」。金日成生誕100周年(2012・4・15)を記念して、首都平壌の電力不足を一気に解消するとうたって造った。これも「10年かかるもの」を誕生日に間に合わせるように3年で仕上げ、わずか10日前に完成式、というきわどい工事だった。間に合わなければ、責任者はクビか収容所送りだ。無理やり時間を合わせた。

 

 しかし、資材や技術が足りない中の突貫工事、これでうまくいったらお慰み。案の定、ダムの水漏れなどが激しく正常には稼働していないといわれる。完成後、筆者は平壌を訪れたが、夕食の最中に停電は日常のこと、北朝鮮の経済当局者はいまだに電力は大幅に不足していることを認めた。

 

 また、「要職にある党や軍の関係者は、新しいアパートには入らない」という話も聞いた。実情をよく知っているからだ。今回のアパート崩壊もおそらく「速度戦」を強いられての結果だろう。また、平壌のど真ん中の倉田通りには、30~40階建てのアパートが林立している。これも金日成生誕百周年に合わせて「速度戦」で造ったものだが、大丈夫だろうか。

 

事故は独裁体制の矛盾の象徴

 

 こうして、一連の原因を並べてみると、この崩壊事故は、北朝鮮の民生経済の矛盾・欠陥の結果であることがよくわかる。さらには、先軍政治、核・ミサイル開発、金一族の神格化を最優先する北朝鮮独裁体制の矛盾の象徴である。

 

 自らの事故を公表することで、韓国の対応のまずさを批判するのは勝手だが、「藪蛇」だ。フェリー沈没事故を突っついたところ、北朝鮮の恥ずかしい、あるいは忌むべき一面、というより独裁体制が抱える駄目さ加減を世界に知らしめることになるのではないか。

 

 「軍幹部ら5人粛清」(5・25東京新聞)という情報がある。アパート崩壊事故で、設計・施工を担当した技術者4人が銃殺刑、建設指揮の人民軍七総局長が強制収容所送りになったという。肝心の最高責任者の責任はそのままに「トカゲのしっぽ切り」で、けりをつけようとする独裁体制のやり方がここにも現れている。

 

 「人民の利益と便宜を最優先、絶対視し、人民の生命と財産を徹底的に守るのは、朝鮮労働党と国家の終始一貫した政策である」。事故発表分の書き出しだが、崩壊事故はそうなっていないこと、独裁体制ではそれが無理なことを浮き彫りにしている。

更新日:2022年6月24日