モンゴル大統領は偉い!?

岡林弘志

(2013.11.22)

 

北朝鮮のエリート中のエリートを前に、「暴政は永遠には続かない」と演説した。訪朝したモンゴル大統領だ。自国の現状を説明したようだが、図らずもか、図ってか北朝鮮の独裁体制への痛烈な批判になっている。このせいらしいが、金正恩第一書記との首脳会談は実現しなかった。人間は本当のことを言われると怒る性癖がある。

 

「いかなる暴政も永続しない」

 

「自由はすべての個人が発展のチャンスを見つけ、実現できるようにするもので、これは人間社会を進歩と繁栄に導く。モンゴルは根本的人権と表現の自由、結社の自由を尊重し、法治主義を支持し、開放政策を追求する」

50歳になるモンゴルのエルベクドルジ大統領は、10月31日、金日成総合大学で数多くの教授や学生の前で演説した。

 

大統領は「自由の尊さ」を強調したかったようで、この部分にかなりの時間を割いた。

「いかなる暴政も永遠に持続できない。すべての人は自由な暮しを熱望し、これは永遠の力である」「モンゴル人は『いくら甘くても、他人の選択に従って生きるよりは、つらくても自分の思い通りに生きる方がまし』という。自由社会とは達成すべき目標というより、生きていくための道だ」

 

「自由」の本質を的確に言い表している。大統領は、社会主義から転換したモンゴルの実情を紹介しつつ、自由と民主主義の尊さを、チュチェ思想の牙城である大学で訴えた。

 

「モンゴルは非核宣言した」

 

大統領は、旧ソ連のリボフ軍事政治大学(ジャーナリズム専攻)に留学した後、人民軍機関紙「赤い星」の記者を経て、1990年にモンゴル初の非政府系の新聞「民主主義」を発行した。同時に民主化運動を先導し、共産党独裁を終わらせた。その後、国会議員などを経て、09年に大統領に就任、今年六月に再選されている。

 

モンゴルは、急激な市場経済への転換で、様々な混乱もあるが、もともと地下資源は豊富で、経済の成長は著しい。こうした国造りへの自信もあって、北朝鮮に現状を知らせ、啓発しようとしたのだろう。「自由」のほかの分野にも言及している。

 

「モンゴルは21年前に自ら非核地帯を宣言し、国連安保理の常任理事国5カ国は、モンゴルのこうした地位を文書で確定させた」「モンゴルは政治・外交そして経済的な方法で、国家の安全保障を確保する道を選んだ」

 

核・ミサイルにしがみつく北朝鮮に対して、核がなくとも国家は存続できる。むしろ、核を持たないことで、国際的な国家存続の保証が得られる道があること。軍事的な挑発や恫喝をしなくても、国家を存続できることも知らしめようとした。

 

「モンゴルは2009年に死刑制度を廃止した。我々は死刑制度の完全な廃止を支持する」。北朝鮮では公開処刑がいまだに行われている。最近も韓国の脱北者団体「北朝鮮人民解放戦線」によると、北朝鮮各地で10月下旬から少なくても17人が公開銃殺刑に処された(11・17東京新聞)。そんな野蛮なことはやめなさいと言いたかったのだろう。

 

金正恩との会談は実現せず

 

エルベクドルジ大統領は、10・28‐31日の間、北朝鮮に滞在した。金正恩体制になって初めての外国元首の訪朝だ。モンゴルはこれまで、食糧援助などを続け、経済立て直しへの協力も約束している。中国の首脳との会談には応じてもらえない中、初の首脳会談には相応しい相手だ。当然、金正恩との会談もセットされていたはずだ。

 

滞在中、金永南・最高人民会議常任委員長や朴奉珠首相ら要人とは次々に会談した。北朝鮮の場合、最高責任者が会うのは滞在の最終日が恒例だ。金日成大学での講演は最終日の昼だった。従って、金正恩との会談はこの後に予定されていたと思うが、これは実現しなかった。

 

その理由について、当時は「土産」が少なかったなどの推測がされたが、どうも、金日成大学での演説が原因だったのではないか。この演説は、朝鮮中央通信が「モンゴルの政治、経済、歴史について言及した」と報道しただけで、当然ながら内容には触れなかった。最近になって、モンゴル大統領室がホームページで演説の内容(英文)を公開し(11・15)、明らかになった。

 

演説に教授や学生は拍手喝さい

 

また、「大統領は質問を受けると言ったが、質問はなかった。ただ、教授や学生など聴衆は大統領が立ち去るまで拍手喝さいをした」そうだ。この演説は北朝鮮側からの要請で行われたもので、「民主主義」「市場経済」という単語は使わないよう注文されたという。

 

北朝鮮としては、金正恩礼賛、北朝鮮は地上の楽園、北朝鮮の人民は将軍様の懐に抱かれて幸せだ、というような演説をすると期待してのことだったのかもしれない。ただ、北朝鮮側は禁句の例として「自由」を加えなかったのは失敗だった。

 

金正恩がこの演説に腹を立て、初の外国元首との首脳会談をすっぽかした可能性大だ。この方が分かりやすい。国内では「太っ腹」を事あるごとに強調しているが、懐が狭い。ということは、金正恩はいまの独裁体制を「暴政」と分かっていて、痛いところを突かれたため、とも受けとれる。あるいは、独裁にとって、自由がいかに有害であるかの認識はあるようだ。

 

「チュチェの牙城」で初の「自由」演説

 

おそらく、これまで北朝鮮の国内、しかも「革命の首都」平壌のチュチェ思想の牙城とも言うべき金日成大学で、これだけ北朝鮮の独裁体制を批判した例はないに違いない。もちろん、自国の例を紹介するという間接的な表現だったが、聞く方は北朝鮮に変化を促しているととらえるのは間違いない。しかも、北朝鮮が友好国と見ている国の元首である。

 

エルベクドルジ大統領は勇気ある人と言ってもいいかもしれない。ただ、これが北朝鮮に影響を及ぼすかとなると、ほとんど希望は持てない。また、北朝鮮が核を放棄する可能性はほとんどない。もし、北朝鮮の「改革・開放」への先導者にならんとしてのことなら、蛮勇の持ち主ということになるが。

 

おそらく、滞在中の大統領の日程を組み、演説を提案した当局者は強制労働所か。また、この日の聴衆だった教授や学生は演説批判の学習を強いられるに違いない。ただ、口コミの発達している北朝鮮のことだ。演説の内容が全く漏れないということはあり得ない。何らかの波紋が広がることを期待したい。

 

大統領は日朝仲介に意欲

 

また、大統領の訪朝で気になることがある。日朝関係改善の仲立ちにも意欲を燃やしていたからだ。訪朝を前にして、国連からの帰途、日本に立ち寄った(9・29)。安倍首相は親密さを示すためか、富ヶ谷の私邸に招いて会談している。モンゴル人力士の活躍が話題になったと言われるが、日本人拉致問題についても、何らかの話があったはずだ。

 

ちなみに、安倍は今年3月モンゴルを訪問、大統領らと会談、北東アジアの安全、拉致問題解決への協力要請をしている。また、7月のエルベクドルジ大統領再任の就任式には、特派大使としてわざわざ古屋圭司・拉致担当相を派遣した。安倍の親書を手渡すとともに、やはり拉致問題解決への協力を依頼した。

 

安倍は「任期中に必ず拉致問題を解決する」と約束した。こうした動きをみると、モンゴルにはかなりの期待を寄せているようだ。大統領もこれに応えるかのように、全面的な協力を約束している。

 

このため、大統領が北朝鮮の要人との会談で、拉致問題の解決も議題にしたのは間違いない。安倍らとの会談で示された見返りについても言及したかもしれない。しかし、この問題は“神御一人”の決断なしには一歩も進まない。金正恩との会談はなかったため、成果はなさそうだ。ただこれまで、拉致問題については、歴代政府が関係各国に繰り返し協力を求めてきた。しかし、前進はなかったことは念頭に置いた方がいい。

 

 

モンゴルと言えば、朝鮮総連本部の競売で、最高価格で入札したのが、モンゴルの会社だった。ペーパーカンパニーのようだが、こちらは、北朝鮮‐総連‐モンゴル‐日本の間に込み入ったつながりがありそうだ。モンゴルが北朝鮮にいかに関わっていくのか、しばらく話題になりそうだ。

更新日:2022年6月24日