手のひら返した北朝鮮

岡林弘志

(2013.9.23)   

 

脅して、欲しいものを手に入れる――北朝鮮のよく使う手だが、今年の前半はこれまでになく激しく脅したが、何も得られなかった。今度は和解ムードを作り出して、欲しいものを手に入れようとしているようだ。しかし、周辺国はこれまでとは違い、北朝鮮の思うようには反応しない。怒ったり揉み手をしたり、下手な一人芝居を見る思いだ。

 

今度は「平和の使者」か

 

「せっかくつくられた北南関係改善の雰囲気が引き続き高まり、朝鮮半島で恒久的な平和が保障され、平和的な統一が実現することを心から望んでいる」(9・13)。

労働新聞の論評だ。「火の海にするぞ!」が突然「平和の使者」に変わった。いまさら、北朝鮮の豹変について驚きはしないが、今年はあまりにも見え透いている。

 

それだけでは足りないと見たのか、こんな文句もある。

「祖国統一を武力に頼ったり、戦争の方法でなく、対話と交渉で平和的に実現するのが我々の原則的立場だ」。北朝鮮の最高規範である「労働党規約」には、「労働党の最終目的は、全社会を金日成・金正日主義化」することとはっきり書いてある。韓国を金日成、金正日の国にするには、武力で言うことを聞かせるしかない。それが「原則的立場」のはずだ。

 

いわば、北朝鮮の国是である「武力赤化統一」である。となると、労働新聞の論評は、国是に反する。もっとも、最終目的を実現するには、様々な手練手管を使うのは許されるのであろうが、急に借りてきた猫のように、「対話と交渉で」と言われても、そうか、そうかとはいかない。

 

また、「せっかくつくられた関係改善の雰囲気」というが、南北関係の雰囲気を壊したのは北朝鮮である。誘導ミサイルをぶち上げ、核爆弾を地中で爆発させた。さらには「最高尊厳を冒涜した」などといちゃもんをつけ、開城工業団地を一方的に閉鎖し、いちいち書くのも馬鹿らしいほどの罵詈雑言を浴びせかけた。その前は韓国の哨戒艦を撃沈させ、韓国領の島を砲撃している。「雰囲気」を壊したのは北朝鮮の方である。

 

一人芝居を自画自賛

 

戦争前夜と思わせたが、韓国も米国も頭を下げることはなかった。効果がないことが分かってか、今度は手のひらを返したように、突然「開城団地の再開」を提案し、金剛山観光も再開しようと言い出した。このため、「関係改善の雰囲気が高まった」という。一人芝居を自分でほめているようなものだ。

 

「北南関係改善の兆しが見える時、同族批判は和解ムードを壊す。再び対決局面に追い込もうとするのか」(9・18朝鮮中央通信)。北朝鮮の韓国批判だ。具体的には韓国国防部の金寛鎮長官がシンポジウムで「北の核とミサイルがアジア太平洋の平和を脅かしている」などと発言したことへの批判だ。このほかにも祖国平和統一委員会、労働新聞も同様の批判をしている。

 

言いがかりだが、今の北朝鮮は「和解ムード」が壊れることに極めて神経質になっているのがよく分かる。それほど、開城団地の操業再開、そして金剛山観光の再開に焦っているのだろう。

 

働きたかった北の労働者

 

「労働者が以前より意欲的に働いている」。開城団地で操業を再開した工場などを取材した韓国メディアの共同取材団は、韓国側責任者の言葉を伝えている。また、北朝鮮の労働者は「他のところへ行って働くよりここがいい」と率直な感想を漏らした。

 

北朝鮮当局にピンはねされるが、ここの賃金は北朝鮮では、かなりいい方だ。おやつにチョコパイも出る。なのに、北朝鮮の操業中断で、5万人余の労働者が一気に失業した。家族を含めると20万人ほどが突然、路頭に迷ったのである。

 

衣料関係の工場の関係者は「北朝鮮の労働者が数カ月の間にぐっとやせて、真黒に日焼けしていた」という。ある労働者に理由を聞いたところ「海水浴場へ行ってきた」と答えたので「言葉に詰まった」という。中断直後にあちこちの農村に手伝いに行かされたという情報があったが、多分その通りだろう。

 

余談だが、デイリーNK(9・21)によると、団地再開で「北朝鮮産のチョコパイが大幅に下落」した。韓国製のチョコパイの人気が高いのを見て、北朝鮮のヨンソン食糧工場などが今年5月から、似たものをつくり販売を始めた。包装は韓国産をそっくりまねたが、味はどうにもならない。

 

しかし、開城団地経由の本物が入らなくなったため、一個500ウォンだったが、8月末には3000ウォンまで高騰した。それが、団地再開で再び本物が入ると言うので、一気に元の値段に戻ってしまった、という話だ。もっとも、団地の韓国企業は、操業停止で苦しい。当面、これまでのような大盤振る舞いはできない。となると、本物はますます、価値が高くなる。底の浅い北朝鮮経済の悲喜劇だ。

 

「前提なしに対話を」というが

 

「六か国協議、またはより小さい枠であれ、我々は形式にこだわらず、対話の場に出る用意がある」。北京の釣魚台迎賓館で中国が主宰した六か国協議10周年記念シンポジウム(9・18)で、北朝鮮の金桂寛第一外務次官は、対話への積極姿勢を強調した。

 

かつて「六か国協議は破たんした」と一方的に宣言したのは、忘れてしまったようだ。最も、金桂寛は「対話に前提条件をつけるのは信頼を損なう」とくぎを刺した。米国などが「非核化への具体的措置」を求めていることに対する批判だ。

 

しかし、日米韓が前提条件をつけるのは、北朝鮮がこれまでの合意にもかかわらず、核・ミサイル開発を止めないからだ。約束を破った北朝鮮自らが招いた結果である。

 

また、寧辺の黒鉛型原子炉隣の建物から白煙が上がっているのを、米国の研究グループが確認した(9・11)。プルトニウムを抽出するために再稼働させたようだ。要するに、米国が協議に応じなければ、我々は核開発をどんどん進めるという脅しだ。

 

確かに、かつて日米韓は北朝鮮の恫喝外交に驚いて、見返りを提供する合意を行った。しかし、いまそのやり方は通じない。脅せば脅すほど、対話は遠ざかる。北朝鮮も、旧来のやり方では、米国を対話のテーブルに着かせることはできないと知るべきだ。

 

平壌に韓国の国歌・国旗が

 

和解ムード作りには、金正恩第一書記も率先している。平壌で開かれた重量挙げのアジア・クラブ選手権(9月中旬)には、李雪主夫人とともに、見学に訪れた。この大会には、韓国選手の参加しており、金銀銅メダルを獲得した場合は、韓国の国歌が流れ、韓国の国旗・大極旗が掲揚された。もっとも、金正恩が訪れた時に、韓国選手のメダルはなかったようだ。

 

北朝鮮で韓国の国歌・国旗を公式に認めたのは、これが初めてだ。「和解ムード」演出の象徴だろう。しかし、金正恩時代になってからの外交をたどると、先にも述べたが、北朝鮮の一人芝居、から回りばかりが目立つ。中朝関係も過去最悪と言ってもいいだろう。要するに戦略が見えない。

 

手柄を横取りしたから「再会」は延期?

 

ここまで書いて、インターネットのニュースを見たら、「北朝鮮は25日からの離散家族再開を延期」というニュースにぶつかった。何ともむごい。離散家族はすでに高齢だ。韓国側には再会が決まっていたのに、数日前亡くなった人もいる。多くは、土産を目一杯用意して、数十年ぶりの骨肉との再会を心待ちしていた。

 

「南朝鮮保守一味の無分別かつ悪辣な対決騒動によって、またも危機へ突っ走っている」(9・21)。再会事業を担当する「祖国平和統一委員会」(祖平統)は、延期の理由を三つあげている。①再会実現を韓国側が自分たちの手柄にしている②北が求める金剛山観光再会はドル稼ぎのためと揶揄している③内乱陰謀事件をでっちあげて、「進歩民主人士」を弾圧した――。

 

韓国では北朝鮮よりはるかに言論の自由が認められており、みんなが言いたいことを言う。北朝鮮はそれに耐えられないということだ。「南がこんなことをやっているのに黙っているのか」という対南関係当局からの非難を、祖平統は跳ね返せなかった。まして、離散家族再会は「韓国風」が流れ込む有力な場になりうる。もともと北は積極的ではない。

 

さらには、北朝鮮が望ましい形でドル稼ぎができる金剛山観光再開に、韓国は応じていない。これも北内部から批判にさらされたのだろう。かくして、再会事業は「対話と協調が行われうる正常な雰囲気がもたらされる時まで延期」となった。また「盗人猛々しい」「破廉恥な白昼強盗行為」など、罵詈雑言も元に戻ってしまった。

 

それにしても、金正恩はどうしているのか。脅迫から対話への転換には、当然サインをしたはずなのに、こんなに右往左往するのは、どうしたことか。本当はおれたちが努力して対話・交流となったのに、南が自分たちの手柄にするのはけしからん、というのでは子供の喧嘩だ。手の平を返したと思ったら、あっという間にまたひっくり返した。外交に戦略性、一貫性が見られない。

更新日:2022年6月24日