◎ミサイルは自らの頭上に

岡林 弘志

(2013.4.22)

 

 平壌は平常だった。ダジャレを言っている場合ではないが、北朝鮮は開戦前夜を思わせる脅しを連発する一方で、金正恩第一書記は平壌で美人芸能団の公演を見学していた。ただ、一連の脅しに伴って、日米韓の対北軍事態勢はこれまでになく強化された。北朝鮮にとってはとんだ「藪蛇」。ミサイルを飛ばす動きも見せたが、どうも自分の頭の上にミサイルを吊り下げられた格好だ。

 

 「核戦争演習を止めてくれ」

 

 「米国と南朝鮮のかいらいは、本当に対話と交渉を願うなら、次のような実戦的措置を講じるべきだ」(4.18)

 

 国防委員会政策局が声明を発表して、対話の条件を示した。あれ、あれ、これまで「最後通牒」などとあわや戦争突入をあおりたててきたのに、突然「対話」とは何事か。

 

 それはともかく、北が示した対話の条件は3項目だ。

 

 ① これまでの対北挑発行為を直ちに中止し、全面謝罪をする。具体的には国連安保理の制裁決議を撤回する。

 

 ② 二度と共和国を脅迫する核戦争演習をしないことを世界の前で保障する

 

 ③ まずは南朝鮮と周辺地域に引き入れた核戦争手段を撤収し、再投入しない

 

 北朝鮮がこうした条件をつけるのは、予想の範囲内だが、元をただせばすべて、北朝鮮が招いた結果である。この声明は、米韓が北を非難するのは「盗人猛々しい」と揶揄しているが、むしろ「猛々し」かったのは、北朝鮮の方だ。

 

 三ヵ月にわたり「火の海に」「核の先制攻撃」

 

 それにしても騒がしかった。昨年12月の長距離誘導ミサイル発射に対する国連安保理の経済制裁強化決議(1・22)以来、約三ヵ月――。ミサイルに加えて3回目の核実験(2・12)に自信を深めたようで、脅しにも拍車がかかった。

 

 「第二、第三の強硬措置に及ぶ」「韓国の気まぐれな行動は最終破壊を招く」(2・12)「休戦協定を白紙化」(3・5)「ソウルだけでなく、ワシントンまで火の海にする」(3・6)「核の先制攻撃の権利を行使する」(3・7)「戦略ロケット部隊をはじめ全ての野戦砲兵軍団を『1号戦闘勤務態勢』に入らせる」(3・26)

 

 「南北は戦時状況に入る。米本土や南朝鮮の米軍基地は焦土になる」(3・30)「横須賀、三沢、沖縄、グアム、米本土も射撃圏内にある」(3・31)「紛争が起きた場合、国内の大使館と国際機関の安全は保障できない」(4・5)「南朝鮮はわが最高尊厳を傷つけた。予告なしの報復行動を始める」(人民軍最高司令部・最後通牒状)」(4・16)

 

 各機関や組織がより刺激性の高い言葉を探し、どこがより挑発的な表現をするか。競い合って、開戦直前、攻撃を誇示し、米韓日に非難を浴びせ続けた。かたわら、4月に入ってからは、中距離弾道ミサイル「ムスダン」などの機体を、平壌から日本海側の江原道旗対嶺のミサイル基地へ、これ見よがしに移動させ、発射の構えを見せた。「口先だけの脅しじゃないぞ」というわけだ。

 

 「平壌にあふれる祝賀ムード」

 

 ところが、一方では、4月に入って、平壌は金日成主席の誕生日(4・15)を迎えて、様々な記念行事がおこなわれた。もちろん、中央慶祝大会が開かれ、恒例の金日成花の展示会も行われた。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」によると、「平壌にあふれる祝賀ムード」(4・18)だそうだ。

 

 当の金正恩も、記念日当日は自らがつくったと言われる「銀河水」の慶祝コンサートを鑑賞し、色鮮やかなチマチョゴリの女性の歌や踊りを楽しんだ。続いて、軍事学校教職員スポーツ大会で、バレーボールやバスケット、綱引きを見学した。教職員と言ってもほとんどが軍人だ。戦争前夜には不似合いだ。

 

 金正恩は、その前には建造中の食堂船「大同江」(300人収容)を視察(3・24)し、「客がデッキで景色を見るのに差支えないか」「備え付け家具は便利で見栄えするものがいい」などと、現場監督さながらの指示を連発した。そして「大同江を上下しながら、人民にサービスすれば、平壌の姿は一層美しく見えるだろう」と語ったのである。

 

 「戦争前夜」をあおる当の本人が、何とものんきな話だ。これでは、せっかくの脅しも効果がなくなる。「頭隠して尻隠さず」。地方では、当局が人民に「戦争はないから、農作業に励むように」と説明という情報もあった。

 

 「同じ轍は踏まない」

 

 1990年代の第一次核危機や2000年代、米国は、北朝鮮の恫喝外交に屈して、話し合いに応じ、制裁を解除するなど、北朝鮮のペースに乗った。今回も、米国は北朝鮮を刺激しないために、4月に予定していた弾道ミサイル実験を延期したというが、4月末までの米韓軍事演習はそのまま続行する。

 

 オバマ大統領は、金正恩について「父や祖父と同じ、挑発的な行動に見返りをすることはない」(4・16)。国防長官らも北の脅しには乗らないと述べている。同じ轍は踏まない決意だろうが、腰砕けにならないよう願いたいものだ。

 

 冒頭で紹介した国防委政策局の声明は、オバマ大統領と「青瓦台の女主人」が「態度を一変して急に当局の対話を提議」してきたと、あたかも北朝鮮にひざを屈して話し合いを求めてきたと言わんばかりの説明をしている。国内向けという狙いもありそうだ。

 

 「藪をつつき大蛇を出す」

 

 ただ、北朝鮮が示した対話の条件を見ると、北朝鮮が何を恐れ、何に困っているかがよくわかる。

 

 経済制裁はもちろん、今回北朝鮮が最も恐れを抱いたのが米国の「核戦争演習」「核戦争手段」であることの告白に他ならない。声明では、それを具体的にあげている。「核爆弾を積載した原子力超大型空母打撃団とB52、B2をはじめ核戦略爆撃機、巡航誘導弾を発射する原子力潜水艦と誘導弾駆逐艦集団」そして「戦争初期にわが軍の対象物に初の打撃を加えるF22ステルス戦闘機編隊」ということだ。

 

 分かっているじゃないの。と言いたくなるが、今回の米韓合同演習にはこれらの最新鋭装備が投入された。しかも、それを米軍はわざわざ公表した。特に、金正恩は平壌上空までレーダーにとらえられずに飛来したかもしれないステルス戦闘機に恐怖したともいわれる。米韓演習は毎年行われている。しかし、これだけの最新鋭装備をそろえたのは、北朝鮮がミサイル・核実験をし、恫喝したからに他ならない。「藪をつついて大蛇を出した」といったところだろう。

 

 もちろん、韓国も北朝鮮への備えを強化した。世界最強の対戦車攻撃用の大型ヘリ、通称「アパッチ」を36機導入することが決まり、在韓米軍もアパッチ大隊(24機)を配備することになった。また、「北朝鮮全域に届き、軍指導部の窓まで届く」(韓国軍)巡航ミサイルを駆逐艦と潜水艦に搭載した。射程800㌔の弾道ミサイルを実戦配備する計画も確定した。

 

 軍の運用面でも、米韓両軍は北の局地的な挑発に対する作戦計画を初めて作成し、署名した(3・24)。米韓合同演習が、北の挑発、侵攻に対する共同対処を強化するためであるのは言うまでもない。また、日本も、ミサイル迎撃などの装備強化を図りつつある。北は事あるごとに日本の軍国化を非難するが、日本の軍備強化を刺激しているのは、北朝鮮と中国だ。

 

 ただ、今回の動きの中で、明らかになったことの一つは、開城工業団地の脆弱性である。ここには常時数百人の韓国人が滞在している。もし戦争とでもなれば、絶好の人質だ。金大中政権時の負の遺産になりつつある。朴槿恵政権にとってはのど元に突っかかる大きなとげだ。

 

 脅しの代償は高い

 

 ここへきて、北朝鮮が対話の条件を出したことで、対話姿勢に転じるという見方も出ている。それならそれで結構だが、振り返ってみると、再選されたオバマ大統領も就任した朴槿恵大統領も、始めから「対話をしよう」と呼びかけている。北が対話をしたければ、それに応じればよかっただけのことだ。しかし、「それでは非核化だけを求められる。核保有国として対等に話をしよう」と言いたいのだろうが、今回の荒っぽいやり方は、北朝鮮にとってはむしろ、失ったものの方が大きい。

 

 いつもの恫喝、瀬戸際戦術の効果が薄れたこと、米韓の軍事的な対北対応能力が強化されたことだけ、それに加え、北の赤化統一の推進役と期待する韓国内の親北勢力の立場を弱めた。また、発足間もない中国の習近平態勢に冷や水をかけ、対北不信を深めたのも間違いない。

 

 北朝鮮の国内的には、外からの危機をあおって、金正恩への求心力、忠誠心を強化し、権力基盤を固める思惑があったのだろうが、人民が一番望む肝心の「生活向上」は全く進まない。むしろ悪くなっている。神格化や核ミサイル開発に加えて、米韓演習に対抗した軍の動員のためのカネとモノの投入は大きな負担になる。経済再生の兆しは見えない。

 

 「ワイルドだろう!」

 

 3月から始まった恒例の米韓合同演習は今月末で終わる。これに伴い北朝鮮の脅迫も一段落と見られている。

 

 一連の騒ぎでよく分かったのは、金正恩の対外政策に緻密な計画あるいは計算、もっと言えば戦略が見えないことだ。筋書きがあるにしても稚拙である。若い指導者の若気の至り、あるいは世界中を手玉に取ったといい気になっての暴走の感が強い。去年の流行語ではないが、まさに「ワイルドだろう!」だ。ただ、あまりにきな臭い。

更新日:2022年6月24日