◎「並進路線」は名ばかり  

岡林 弘志

(2013.4.8)

 

 悪口の限りを尽くして米韓を挑発している北朝鮮が、新年度の目標として「経済建設」と「核武力建設」を同時に行うと言い始めた。いわゆる「並進路線」だが、見えてくるのは、相変わらずの核・ミサイル開発と神格化事業ばかりだ。「経済建設」はこれまでと同様お題目だけになりそうだ。

 

 

 「経済強国」の建設というが

 

 

 「総会は経済建設と核武力建設を並進させることに関する新しい戦略的路線を打ち出した」(3・31朝鮮中央通信)

 

 

 新年度を迎えるにあたってか、労働党中央委員会総会が行われ、「わが党の課題」の一つとして、「並進路線」が打ち出された。

 

 

 「宇宙を征服した精神、高い水準の核実験に成功した気迫で、祖国守護戦と経済強国の建設を同時に推し進めて、白頭山大国の富強・繁栄を必ず成し遂げなければならない」(同)ということだ。金正恩第一書記が指導して大成功を収めた核・ミサイル開発の余勢をかって、経済の方にも同時に力を入れようという宣言に読める。

 

 

 一昨年末に金正日総書記が死去して以来、金正恩は神格化と核・ミサイル実験に全力を注いできた。この間、公約の「人民生活の向上」は、全く進んでいない。それどころか、人民は動員続きで疲弊し、食糧事情はより厳しくなっている。あらためて、経済立て直しを人民に宣伝する必要に迫られたのだろう。

 

 

 「人民の楽園」を作るための「信念の結晶体」

 

 

 この「並進路線」は、中央委総会でも説明しているように、1960年代に金日成主席が打ち出したものだ。金正日もそれを引き継いだそうで、「この地に天下第一の強国、人民の楽園」を実現するための「確固不動の信念と意思の結晶体」だという。

 

 

 しかし、金日成が言い出してからすでに半世紀が過ぎた。同じ「路線」を再び登場させるというのは、いまだに「並進」がうまくいかなかったことを自ら認めたことになる。「人民の楽園」は絵に描いた餅。要するに、北朝鮮の国家運営がゆがんでいたために、経済建設に失敗したのだ。

 

 

 北朝鮮は「米帝に国家存続を脅かされていた」などと言い訳をしそうだが、ほぼ同じ条件で出発した韓国がいまや世界の経済大国にまでなろうとしている現状と比較すると、北朝鮮の失政は明白だ。そもそも独裁体制は民生経済を育てるようにはできていない。

 

 

 国防費を増やさず、核の強化は可能か

 

 

 それでも、これまでの過ちを認め、「経済建設」にまい進するなら、北朝鮮の人々も将来に希望を持つことができるが、どうか。

 

 

 「新しい並進路線の真の優越性は、国防費を追加的に増やさなくても、戦争抑止力と防衛力の効果を画期的に高めることによって、経済建設と人民の生活向上に力を集中するのを可能にすることにある」(同)

 

 

 国防費は今以上に増やさないで、民生経済に資金を回すということなのか。そうだとしても、もともと北朝鮮の財政のなかで、国防費の割合はかなり高く、民生経済を圧迫している。従って、経済再生のためには、国防費を大幅に減らさなければ、実現は難しい。

 

 

 それに、国防費を増やさないでいられるのか疑わしい。中央委総会は、「並進」のもう片方の「核武力」について、「質量的に拡大強化する」「核武力の経常的な戦闘準備態勢を完備していかなければならない」ことを決定した。これに伴い、翌日の4月1日に開かれた最高人民会議では、「自衛的核保有国の地位を一層強固にする法律」が採択された。

 

 

 この法律によると、「共和国は、核抑止力と核報復打撃力を質量的に強化するための実際の対策を講じる」ことになった。そのためには、これまでの予算では到底おさまらないはずだ。しかも、北朝鮮が相手にしているのは米国だ。どれほど「質量を強化」しても北朝鮮が安心できる水準には届かない。カネはいくらあっても足りない。

 

 

 「宮殿」整備・管理は別枠で最優先に

 

 

 それと、もう一つ民生経済をさらに圧迫する法律ができた。「錦繍山太陽宮殿法」である。ご存知、金日成と金正日の遺体をそのまま安置してある豪華な廟だ。今回、憲法の前文に、この宮殿は「領袖永世の大祈念碑であり、全朝鮮民族の尊厳の象徴であり、永遠なる聖地である」という文言が挿入された。これに伴い制定された法律だ。

 

 

 この中に「宮殿をさらに神々しくて完璧に整備し、誰も害することができないように決死防衛すべき」という「国家的義務」を規定している。そして、遺体の永久保存事業は「最も重要な国家的事業として一貫して行う」ことになった。

 

 

 そのために、「宮殿に必要な電力、設備、資材、物資を最優先対象として別に計画化し、確実に保障する義務」も盛り込まれた。他のすべての部門に優先して、しかも別枠でモノをつぎ込み、電気を供給せよ、ということだ。これまでも、神格化事業は最優先で行われてきたが、宮殿に関してはこれを法制化した。

 

 

 錦繍山宮殿は、元の主席官邸を総大理石の豪華な造りに改造、広大な敷地には世界各国から草木を取り寄せて植え、宮殿をめぐる堀では白鳥が遊んでいる。贅を尽くした施設は、まさに「地上の楽園」というか「天国」だ。このため、維持管理や警護には途方もないカネがかかっている。それに拍車をかけるのが今回の「宮殿法」である。

 

 

 中央委員会総会の議題のうち、「核武力建設」と「錦繍山宮殿」にかかわる課題は、直ちに翌日の最高人民会議で法制化され、実行するための準備が進められた。しかし、経済建設はどうか。

 

 

 「信念と覚悟で奇跡を起こせ」

 

 

 「幹部と党員と勤労者は、必勝の信念と覚悟をしっかり抱いて大胆な攻撃戦、全人民的な決戦を繰り広げて、人民経済各部門で、奇跡と革新の炎を激しく巻き起こしていかなければならない」

 

 

 これが中央委総会の指示だ。「信念」と「覚悟」で「奇跡」を起こせというのだから、何をかいわんやである。

 

 

 目標としては「農業と軽工業に力量を集中して人民生活を最短期間に安定させ、向上させなければならない」と指示しているが、必要な法律やスケジュールなど、具体的な裏付けは見当たらない。対策として、電力問題解決のため「軽水炉開発」を進めろ。「対外貿易を多角化、多様化して、投資を積極的に受け入れろ」というが、いずれも近い将来に実現する可能性はない。

 

 

 また、人々の生活に密着する「経済管理」についてはどうか。「発展する現実の要求にふさわしく経済指導を根本的に改善し、チュチェ思想を具現した朝鮮式の優れた経済管理方法を完成すべきである」。要するに、金正恩が最高権力を握って1年経つのに、肝心の経済指導も経済管理方法もいまだできていないことを物語っている。

 

 

 経済管理はお手上げか

 

 

 「経済管理」は、金融のかじ取りをはじめ、工場などの事業所、集団農場、市場などの在り方や利益の分配方法などについての政府の方針だ。配給ができないため、十年ほど前に市場の存在を公認した。その後、市場は人民生活になくてはならない存在になった。

 

 

 しかし、カネがすべてを支配する市場は、独裁者への忠誠を損なう。このため、これまで何回か市場の統制をこころみたが、住民の反発が激しく、中途半端に終わっている。また、農民の間では、食糧増産のためにも、集団農場の自作地の増加を望む声があるが、統制が緩むことを危惧して踏み切れない。

 

 

 経済管理は、人々の生活に直結するだけに、難しい。今回の中央委総会は、民生経済をどうしたらいいか、お手上げ状態であることを現している。

 

 

 もっとも、北朝鮮の住民にとって切実なのは、金正恩によって引き起こされた戦争騒ぎだろう。事あるごとに動員をかけられ、特に寒かった今年の冬、塹壕や防空壕などで過ごさなければならなかった。また、その度に命綱である市場が時間を制限されたり、閉鎖され、カネとモノの流通が悪くなり、生活に大きな支障が出ている。

 

 

 「経済建設」「地上の楽園」もいいが、とにかく今の「地獄」から抜け出させてくれ、普通の生活を邪魔しないでくれ、そうすれば何とか生きていく、というのが人民の本音だろう。

 

 

 しかし、これからも、金日成生誕101年(4・15)人民軍創設記念(4.25)朝鮮戦争勃発(6・25)、朝鮮戦争休戦(7・27)……と、国民が動員され、国費が浪費される行事が途切れることはない。

更新日:2022年6月24日