ハリが異常に伸びたハリネズミ

岡林 弘志

(2013.3.5)

 

 北朝鮮を見ていると、異形のハリネズミを連想させる。もともとはおとなしいが、襲われるとハリを逆立てて抵抗する。ところが、北朝鮮ハリネズミはそのハリを異常に伸ばして、絶えず周囲を威嚇する。一方で身体は、栄養分をハリにとられてしまうので栄養不足、そのうえ超インフレという悪性の病いに……

 

 

 金正恩は続けて部隊指導

 

 

 「人民軍砲兵は、命令さえ下せば、いつでも命中砲弾を飛ばせるよう経常的な戦闘動員態勢の準備を整え、敵が発砲すれば、無慈悲に打撃を加えろ!」(2.26朝鮮中央通信)

 

 

 金正恩第一書記は、各地の砲兵部隊を集めた砲兵火力打撃訓練の現地指導を行い、将兵らに檄を飛ばした。

 

 

 金正恩は、昨年後半に長距離ミサイルを打ち上げ、核実験も成功したことで至極機嫌がいいようだ。長い間、平壌から離れずにいたが、一大行事である金正日総書記の誕生日(2.16)を終え、急に部隊指導に出かけ始めた。報道によると、22日を皮切りに、攻撃戦術演習、飛行降下訓練、それに今回の砲兵部隊を連続して訪れ、将兵を激励した。

 

 

 金正恩は、こうした現地指導の場で「報復」を強調している。核・ミサイルに対する各国の非難や国連の制裁決議とともに、米韓合同軍事訓練に神経をとがらせてのことだ。特に、3月1日からは2カ月にわたって米韓21万人ほどが参加する「フォール・イーグル」が行われる。11日から10日間は機動展開向上などを目的にした2万人規模の「キー・リゾルブ」が行われる。

 

 

 米韓などが挑発するから、北朝鮮は止むをえず対抗措置を取らざるを得ない、といいたいのだろう。砲兵訓練の際にも、金正恩は、2010年11月の延坪島砲撃について「砲兵たちは偉い。延坪島の敵が無謀な砲弾をあえて飛ばし、人民軍砲兵が浴びせる砲弾にさんざんにやられた」と、韓国側が先に攻撃したかのように述べている。しかし、これらの米韓演習は北朝鮮の核・ミサイル開発に伴って規模が大きくなってきた。北朝鮮の軍事挑発が招いたものである。

 

 

 攻撃的なハリネズミ

 

 

 防衛の基本をハリネズミになぞらえる例はよくある。日本でも1980年前後に「ハリネズミ防衛論」がもてはやされた。普段はおとなしいが、外敵に襲われると、体を丸め、鋭いハリを逆立てて刺す、という習性に着目した自衛を柱とする戦略論だ。

 

 

 ハリネズミは、ネズミというよりモグラに近い。体長15-20㎝、同じくらいの長さのしっぽを持つ小動物だ。決して攻撃的でないため脅かさずに優しく接すれば、よく馴れ、素手で抱き上げることもできるそうだ。ハリは5000本ほどあり、長さは1―3㎝ほど。眼がクリクリして可愛い。

 

 

 北朝鮮も当初は、自衛のための「強兵」を目指したのだろうが、武力による韓国の「赤化統一」を国是としたため、南侵して朝鮮戦争を起こし、この戦争に参加した米国を最大の仮想敵にしたことにより、大量破壊兵器の開発にまで突き進んでしまった。本来のハリネズミと違って、攻撃されないのに、ハリを逆立て、隣を攻撃し、妄想によってハリを異常に長くした変異種に変わってしまった。

 

 

 周辺の軍備強化を招く

 

 

 軍拡は軍拡を招く。冷戦時代の米ソを見ればよくわかる。競争して大量破壊兵器を開発。結局、国力に劣るソ連が手を挙げ、冷戦は終わった。

 

 

 朝鮮も南北長い間、軍備競争を続けてきたが、国力が劣る北朝鮮が「貧者の究極兵器」といわれる核爆弾の開発に手を染め、いまや北東アジアの最大の不安定要因になっている。

 

 

 昨年後半の北朝鮮の誘導ミサイル発射、核実験を受けて、韓国は、射程800kmの弾道ミサイルを実戦配備する計画を明らかにした。昨年10月には、巡航ミサイルについて、これまで米韓の合意で300kmに制限されていた射程を800kmに緩和して開発を急ぐことになった。

 

 

 先にも触れたが、米韓合同の軍事演習は、これまでにない規模に膨らみ、質も向上している。

 

 

 米国は、日韓など北東アジアにおけるミサイル防衛システム(MD)をさらに充実させる方針だ。日本も防衛予算を増やすとともに、MDなどミサイル迎撃態勢の強化を目指す。

 

 

 また、北朝鮮が味方と思ってきた中国も、ミサイル・核には厳しい。特に核実験については、再三再四の中止要請を蹴飛ばしたため、これまでになく不快感をあらわにしている。2月14日には「寒冷地」で人民解放軍第2兵(戦略ミサイル部隊)が、核攻撃を受けた後に反撃を行う訓練を実施した(2・17東京新聞)

 

 

 「寒冷地」というからには、東北地方において、北朝鮮を想定したものと思われる。先の核爆発の振動は吉林省にも伝わり、住民を不安に陥れた。珍しくも中国のあちこちで、北朝鮮の核開発反対のデモや集会が行われたという。

 

 

 今回の核実験などが、外交孤立をより深くするとともに、周辺国の対北防衛態勢を強化させたのは間違いない。

 

 

 ハリが長くて近寄れない

 

 

 北朝鮮は「軍事大国は達成した」と自負しているが、周辺が軍備を強化すれば、さらに核・ミサイル開発を中心とした軍備拡張を図らざるを得ない。しかも、相手が米国となれば、北朝鮮が無限に軍拡をしても追いつかない。

 

 

 北朝鮮がハリを長くすれば、周辺国が警戒態勢を強化するため、さらにハリを伸ばざるを得ないという悪循環に陥ったのが現状だ。しかも、ハリを伸ばしても相手がひるまないことを心配してか、盛んに泣き叫ぶ。そのための声帯も異常に発達した。とにかく騒々しい。

 

 

 ハリネズミのハリは、普段は体に沿って寝ているが、これほど長くなると、いつも立ったままだ。危なくて近寄れない。北朝鮮の外交孤立は自ら招いたものだ。

 

 

 米プロバスケのスターと歓談

 

 

 米国や周辺を威嚇しながらも、本音は、米国に存在を認めてほしい。正面から交渉の場に着いてくれと言えないらしく、大量破壊兵器の開発で脅し、一方で変化球を投げてくる。

 

 

 「こうした体育交流が活発になれば、両国人民の相互理解に寄与するだろう」(3・1朝鮮中央通信)

 

 

 金正恩は、子どものころからバスケットボールが好きだった。そこで思いついたのか、米国プロバスケットボール協会(NBA)の元スター選手、デニス・ロッドマンらを招いた。

 

 

 模範競技や北朝鮮選手も交えての紅白試合などが行われ、金正恩も李雪主夫人とともに見学、さらに夕食会に招いた。朝鮮中央テレビは、金正恩が観覧席でロッドマンらと握手し、試合の様子を語り合い、さらに夕食会ではワインを飲み交わし、談笑する様子が放映された。

 

 

 最高指導者が外国のスポーツ選手と交わる映像は珍しい。少なくとも金正日時代にはなかった。しかも「不倶戴天の敵」という米国のプロ選手である。その狙いは。

 

 

 新指導者はスイス留学の経験もあり、世界に広く眼をやり、開放的である一面を誇示するためか。敵であっても招いて歓談する「太っ腹」なところを誇示するためか。あるいはオバマ政権に対して、政治的な接触がなくても、他の部分では交流を進めるぞという揺さぶりか。

 

 

 余談だが、金正恩は、夕食会で「太っ腹」なところを誇示するのが好きなようだ。昨年夏には、「金正日の料理人」を平壌に呼んで夕食会を開いた。料理人はかつて日本に逃げ帰り、金正日の私生活を暴く本を出し、テレビにもよく登場した。

 

 

 金一族の独裁体制にとっては「飼い犬に手をかまれた」思いだろう。それでも、金正恩は子どもの頃遊び相手をしてくれた料理人を招いて御馳走をした。この寛容さに気をよくした料理人は、帰国後、テレビなどで喋りすぎ、どうも逆鱗に触れたらしく、その後は入国禁止になっている。

 

 

 時々、ハリがうずくのか

 

 

 それはともかく、金正恩が米国との関係改善を強く意識しているのは間違いない。しかし、それなら、別のやり方があるはずだ。米朝は、昨年3月に核ミサイル開発の中止と、人道支援で合意したが、北朝鮮が誘導ミサイル発射を予告したため、水の泡と消えてしまった。

 

 

 金正恩が本気で、米朝の関係改善を目指すなら、絶好の機会だったのに、自ら壊してしまった。この期に及んで、米国で有名な選手を呼んだところで、すぐにどうなるものでもないだろう。やることがちぐはぐだ。外交政策が一貫していないのか、取り巻きに振り回されているのか。指導力に問題があるのは間違いない。

 

 

 それに、長くなりすぎたハリは時々疼くらしい。時々ハリを振り回してみたくなる。どこの国でも軍備はより強いレベルを求めて独り歩きをする性癖がある。まして「先軍朝鮮」とあって、この面でのブレーキはきかない。

 

 

 栄養分はハリにだけ

 

 

 これだけハリが長くなると、問題は身体だ。ほとんどの栄養分がハリへ回されれば、身体は栄養失調になる。ミサイルと核を合わせれば、年間の国家予算の大部分に匹敵するに違いない。

 

 

 そのうえ、このハリネズミは先祖供養(神格化)に異様に執着し、前2代の遺体を総大理石の豪華な建物に、生きているかのように保存している。また、2人の銅像を始め、パネルや絵画などを各界、各地方が競って造り、カネと資材と労力を浪費している。

 

 

 長いハリも豪華な先祖祭りも、ハリネズミの身体を育て、健康を保つには、何の役にも立たない。というより有害だ。それでも、生きながらえているのは、中国がカンフル注射か、胃ろうで栄養分を補給しているからだ。

 

 

 身体は悪性インフレという業病に

 

 

 そのうえ、このハリネズミは超インフレという悪性の疾病に犯されている。昨年秋まで、コメ1kg4000ウォン前後といわれたが、いまは5000ウォンを超し、一時は7000ウォンまで上がった。物価に連動している外貨も、昨年秋は1ドル4000ウォンほどだったが、今は8000ウォン、一時は9300ウォンまで上昇した(2.25デイリーNK)。

 

 

 2009年11月に行った貨幣改革で、貨幣価値を実勢価格に合わせるため、貨幣単位を100分の1に切り下げた。ところが、当時に比べ、米価は300倍、米ドルは240倍に上がっている(同)。要するに、北朝鮮のウォンの価値は下がりつづけ、それを補うために当局はウォンを大量に印刷、さらに価値を落とすという悪循環が止まらない。

 

 

 モノが足りないうえに、核・ミサイルや神格化に異常なほどの資材をつぎ込むという国家運営の基本は変わらず、というより金正恩の治世になって、さらに強化されたため、慢性的なモノ不足はより深刻になり、物価の上昇が止まりそうもない。人民生活は苦難にあえいでいる。北朝鮮経済の長い間の業病である。

 

 

 変種は元に戻れない

 

 

 ただ、この変種のハリネズミは、自らの異形をよくわかっているようで、自らをほめてくれる人しか、国内に入れたがらない。また、「姿がおかしいよ」という考えや見方が自国に入って来るのにも神経を使い、21世紀では珍しく、情報鎖国を徹底している。

 

 

 生物は気候風土に適応できなければ、生き残れない。インターネットでハリネズミの飼育方法を見ると「愛情と根気が必要。愛情を知らずに放置されて育てたり、恐怖の体験をすると、慣れずに丸まったままという場合もある」そうだ。しかし、変種となったハリネズミが本来の姿に戻るのは難しそうだ。果たして、いつまで生き続けるか。

更新日:2022年6月24日