意気軒昂ではあるが

岡林 弘志

(2013.1.8)

 

 年が明けても、金正恩第一書記は意気軒高だ。年末に打ち上げた長距離ミサイルがよほどうれしかったらしい。元旦恒例の施政方針も自ら「新年辞」として読み上げ、「特筆大書すべき出来事」と絶賛している。裏読みすると、他に特筆すべきことはなかったともとれる。そのせいか、今年も課題であり続ける「人民生活の向上」のための改善策については精神論だけが先走って、実のある指示は出なかった。

 

 

 19年ぶり人民に呼びかけ

 

 

 「親愛なる同志の皆さん!…全国のすべての家庭に親和とより大きな幸福があるように心から祈ります」

 

 

 北朝鮮の人々は、19年ぶりに「親愛なる」と呼びかけられてびっくりしたに違いない。しかも全家庭の幸福まで祈ってくれたのだ。

 

 

 先代の金正日総書記は全ての実権を握っても人々の前で1度も演説をしなかった。毎年の施政方針も元旦の労働新聞などの「新年共同社説」で済ましてきた。今年の新年辞演説は1994年までの金日成主席の方式に習ったものだ。

 

 

 金正恩は、姿恰好から祖父を見本にしている。新年辞についてもやはり祖父と同様、自ら演説することになっていたのかもしれない。その気持ちを後押ししたのが、昨年末に打ち上げた北朝鮮のいう人工衛星「光明星―3」号2号機の成功だ。1万km以上を飛んだといわれる。

 

 

 「昨年はチュチェの革命偉業を達成する確固たる保障をもたらした歴史的な年でした」。その理由は、もちろん「金正日同志の遺訓」である「人工衛星」打ち上げだ。

「太陽民族の尊厳と栄誉を最高の境地に至らしめた大慶事であり、千万軍民に必勝の信念と勇気を与え、朝鮮は決心すれば必ず実行することをはっきり示した特筆大書すべき出来事でした」

 

 

 「人工衛星」以外の成果はあいまい

 

 

 施政方針は、まず昨年の実績を誇ることから始まる。「人工衛星」のほかに、具体的に名前が挙げたのは煕川発電所、端川港、平壌市倉田通り、綾羅人民遊園地だ。

 

 

 ただ、“目玉”であるはずの煕川発電所に関して、朝鮮日報は「金正日総書記は…手抜き工事によって漏水が深刻との報告を受け、激怒して現地に急行する途中だった」(12.25)と、死因は煕川にありと報じた。怒り心頭に発して「急性心筋梗塞」を起こしたのだろう。昨年秋、煕川は完成したが、稼働していないという情報があったが、それを裏付ける話だ。

 

 

 また、肝心の民生経済や食料にかかわる部分では「相次ぐ天災の中でも、堅忍不抜の意思と百折不撓の闘争によって、社会主義強盛国家の建設と人民生活向上に大きな前進をもたらせた」と、抽象的に述べている。北朝鮮が難しい漢語を使うのは、物事をあやふやに済ませたい時だ。「大きな前進」の中身については何の説明もない。

 

 

 こうして見ると、昨年は「人工衛星」以外に住民にアピールできる成果は乏しかったのだろう。

 

 

 今年は「その精神、その気迫で!」

 

 

 「宇宙を征服したその精神、その気迫で経済強国建設の転換的な局面を切り開いていこう!」

 

 

 今年、党と人民が掲げるべきスローガンだ。金正恩が、新年辞の中で「経済強国建設と人民生活向上に画期的な転換をもたらす」ために提示した。

 

 

 ここでも模範となるのは「人工衛星」だ。それはいいとしても、気になるのは「その精神、その気迫で」と、精神論を強調しているところだ。これでは「根性だ!」「気迫だ!」とやたらどなり散らす、運動部の監督や先輩と変わらない。

 

 

 経済立て直しに必要なのは、「宇宙を征服したそのカネ、モノ、ヒト」を民生経済につぎ込むことだ。精神論で経済が活発になるなら、世界の指導者はなんの苦労もない。

 

 

 「改善措置」も抽象論

 

 

 もう一つ必要なのは、改革だ。北朝鮮は「改革」は資本主義の餌食になることと拒絶反応を示し、「改善」という言葉を使う。どちらでもいいが問題は中身だ。昨年の「6・28措置」が注目されたが、画期的なものは出てこなかった。

 

 

 新年辞で、金正恩は「発展する要求に即して、経済指導と管理を改善すべきです」と、改善の必要性を強調した。「各部門であらゆる潜在力と可能性を最大限に引き出す」ために、経済作戦、指導、段階別の発展戦略を立て、実行する。

 

 

 あるいは「勤労人民大衆が生産活動において主人としての責任と役割を果たす」「各単位の立派な経験を広く普及させる」ようにと指示した。その通りだが、問題は、軍需と神格化事業優先、硬直した社会主義経済の仕組みでそれが実行できないところにある。

 

 

 産業部門の農業と軽工業については、「人民生活により多くの恩恵が行き届くようにすべきだ」と指示した。そのために、「依然として経済の主要攻略部門」である「農業に国家的な力を集中し」「軽工業向上への原材料、資材供給対策を綿密に立て」、と指摘している。これもその通り、金正日の時代から同じことが言われたが、実現していない。

 

 

 神格化事業に限界はない

 

 

 そんな中で、新年辞からはっきり昨年の“成果”が見て取れるのは神格化事業だ。「錦繍山太陽宮殿をチュチェの最高聖地として最も神々しく整備し、万寿台の丘と各単位に大元帥たちの銅像を丁寧に建立した」のである。

 

 

 また、今年が北朝鮮創建65周年(9・9)と朝鮮戦争勝利60周年(7・27)であることをわざわざ強調した。「大元帥たちの不滅の建国業績があり、卓越した戦略戦術で祖国解放戦争の勝利をもたらした」と注意喚起している。おそらく記念日の前後には各種の行事が行われ、核実験ということにもなりかねない。

 

 

 いずれも「党と人民の進むべき不変の進路」として「金日成―金正日主義」を人民に植え付けるため、記念日を材料に大量動員が行われ、カネがつぎ込まれる。神格化にはこれでいいという限界がなく、毎年のように記念行事が盛大に行われる。

 

 

 独裁体制の経済の仕組みは従前

 

 

 何回も書くが、核ミサイル開発、神格化事業に途方もないカネ、モノ、ヒトをつぎ込んでいる構造を変えない限り、経済強国はおろか、人民の腹を満たすことはできない。

 

 

 また、経済原理とかけ離れた首領の現地指導と社会主義経済、現実を無視したノルマ、治山治水のお粗末など、およそ生産現場の知恵と経験をないがしろにして、思いつきの指示と精神論では、経済再生は無理だ。

 

 

 そもそも、いくら誇りが高い民族といっても、「経済強国」「富強・繁栄」などの言葉はあまりに実際とかけ離れている。新年辞には「白頭山大国」などいう用語も出てくるが、こうした現実離れをやめないうちは、地道な努力の積み重ねが不可欠な経済活動は進まない。大言壮語すれば、人民が誇りを持てると指導部が考えているとしたら、大きな勘違いだ。

 

 

 足元がより見えなくなった?

 

 

 どうも長距離ミサイルの成功以来、北朝鮮指導部は、空ばかり見ているようだ。それだけで「宇宙を征服」「宇宙大国」などと言いだし、足元がよく見えていないようだ。

 

 

 昨年暮れには、「国際金正日賞」などと言い出した。「国と民族の自主性を目指す闘争、全世界の自主化と平和偉業の実現、人類の文化発展に特出した寄与をした」人たちを世界中から選んで授与する(12・24国際金正日賞理事会)

 

 

 これも足元が見えない一つの現象だが、悪い冗談だ。北東アジアの最大の不安定要因である北朝鮮から「あなたは世界平和に多大の貢献をし…」と、金正日の肖像画が入った金メダルを贈られた人は、なんと感謝の言葉を返せばいいのか。贈られたことで、国際的に白い目で見られるなんて気の毒なことにならないか。人ごとながら気になる。

 

 

 元旦の新年辞も空ばかりを見ていることの延長線上にあるのか。若い指導者が自ら読み上げた初めての施政方針であるが、足元の課題に果敢に実利的に取り組む意気込みは見いだせなかった。

更新日:2022年6月24日