はやり「先軍」で行くしか

岡林弘志

(2012.12.20)

 

 「人工衛星」成功で大笑いし、父親の一周忌で目頭を熱くし――金正恩第一書記の年末は複雑にして、あわただしい。最高権力を引き継いで一年、表向き「ソフト路線」が目立つが、「遺訓の継承」から透けて見えるのは、経済再生が遅々として進まない中、先代の「先軍政治」から外れられない統治のあり方だ。

 

 

 ミサイル成功で権力世襲の正しさ誇示

 

 

 「われわれは『宇宙強国』の地位を一層強固にした」「科学技術的に難しい寒い冬に行ったが、成功した。世界に誇るべき勝利だ」

 

 

 金正恩は、12月12日午前9時49分46秒、衛星完成総合指揮所で、発射の命令を下し、電光掲示板で打ち上げ成功を視察し、興奮した面持ちで勝利宣言をした(12.14朝鮮中央通信)

 

 

 打ち上げ成功は、昼12時の朝鮮中央テレビなどの特別放送で全国に流され、宣伝車が全国を駆け回った。その後テレビは、成功に感激する人々が街頭に出て踊り、金正日総書記や金正恩を讃える言葉を繰り返し流し「全国は喜びに沸き立ち、人々は限りなく興奮」した。

 

 

 早速、平壌では軍民慶祝大会が開かれ、金己男書記が報告を行い「総書記の遺訓の中の遺訓を貫徹した民族史的大慶事である」と演説した。このあと、軍楽隊が市内を回り景気をつけた。各道でも厳寒の中、住民が大動員され、集会が行われた。

 

 

 誰よりも喜んだのは金正恩だろう「特別放送」は、金日成主席、金正日総書記の死去時以来という。金日成生誕百周年を寿ぐため4月に打ち上げたが失敗、外国報道陣を招いていながら大恥をかいた。その屈辱を年が変わらないうちに見事に晴らし、金正日の1周忌にも間に合わせた。

 

 

 「敬愛する元帥こそ、白頭山の偉人たちの代を継いだ天が賜った偉人である」(同、科学者の言葉)。これで金正日の最大の「遺訓」を実行し、三代世襲の正統性を全人民に証明することができた。同時に未経験を補う実績を示し、新指導者の威光を内外に誇示した。1万km以上を飛んだミサイルは、米国を対話の場に引っ張り出す役割をするはずだ。万々歳である。

 

 

 騙して大笑い?

 

 

 もう一つ、金正恩を大喜びさせたのが、周辺国を見事に翻弄したことだ。12月1日に「10~22日の間に発射」と予告。ところが8日には「時期を調節」10日に「発射期間を29日まで延期」と発表。翌日にはミサイル周辺で衛星から見てもわかるような作業をした。このため、韓国当局は「修理のため解体」発射は先送りと見て、メディアも報道した。日本でもそうした見方が広がった。

 

 

 ところが発射は、延期予告の翌々日だった。日韓の安全保障当局者がメンツを失ったのは間違いない。北朝鮮がミサイル修理の動きを偽装して見せたのだろう。中国滞在の北朝鮮軍関係者は「警戒を強める日米韓を欺く狙いがあった」という(12.13朝日新聞)おそらく、金正恩は腹を抱えて転げまわるほど笑ったに違いない。

 

 

 しかし、北朝鮮が言うように「人工衛星」なら、隣国をだます必要はない。人工衛星の発射日時で嘘をついた国なんて聞いたことがない。正々堂々と打ち上げればいい。だました私が悪いのか、騙されたお前が馬鹿なのか。何ともおぞましいことだ。

 

 

 「先軍の金正日」を強調

 

 

 打ち上げの喜びに浸る中、金正恩も出席して金正日一周忌中央追悼大会が開かれた。

 

 

 「金正日総書記は金日成主席の銃重視政策を先軍革命思想、先軍政治思想に深化、発展させ、社会主義強盛国家建設の理論を提示した」「人民軍を無敵必勝の白頭山革命強兵に強化し…朝鮮を世界的な軍事強国、堂々たる核保有国の地位に引き上げた」

 

 

 金永南・最高人民会議常任委員長は、金正日の最大の功績として「先軍」体制の確立と核開発を挙げた。

 

 

 きりがない核・ミサイル開発

 

 

 さらには「金正恩同志の思想と領導は、金正日同志の思想と領導である」と、三代目は父親の遺訓を忠実に守ってこその後継者であることを強調した。三代目も「先軍政治」をやらざるを得ないのである。

 

 

 「これからも人工衛星の打ち上げを引き続き行わなければならない」「科学技術の発展に投資を惜しんではならない。この一帯を一新するように」――金正恩は、打ち上げ成功を見て、今後も長距離弾道弾の打ち上げを継続し、そのために直ちに発射場の設備近代化、周辺整備を指示した。成功は「先軍」に拍車をかけることになった。

 

 

 運搬手段が整いつつあるとなれば、当然、弾頭に乗せる核爆弾の小型化も進めなければならない。韓国の佑益統一相は「実験準備を着実に進めている」と見る。金正日は強盛大国のうち軍事については達成したと言ったが、このままでいいとはならない。

 

 

 北朝鮮が米国を仮想敵に想定している以上、軍事面でゴールはない。どこまで行っても安心はできない。軍備の競争はきりがないのである。

 

 

 人民のベルトは締まったまま

 

 

 「再び人民がベルトを締めることがないように」

 

 

 金正恩は最高権力を握った時、人々にこう約束した。そのためか、ミ発射サイル成功の時も「国の科学技術と経済を発展させるために、今後も人工衛星を打ち上げる」と、経済への配慮を口にした。しかし、いまの北朝鮮では、どうみても「人工衛星」打ち上げと経済は両立しない。

 

 

 北朝鮮の経済を発展させるため、直ちに必要なのは、治山治水とインフラ整備である。それには、民生経済に資金、資材、人材を回すことだ。

 

 

 人工衛星は「山林資源分布状況と自然災害の程度、穀物予想量などを判定する」と言うが、水害などの被害や植林の必要性は、衛星から調べるまでもない。毎年堤防が崩れるところは農民がよく知っている。ミサイル開発にかける資金を回せば、簡単に治山治水はできる。道路や鉄道、発電所、送電線を整備すれば、民生経済は立ち直る。

 

 

 「未踏の雪道」を強調

 

 

 実際に、この1年を見ると、北朝鮮当局は日用品や食品を製造する軽工業が大幅に成長していることを強調する。確かに平壌では、かつてに比べて商店などが増えている。しかし、驚くほどの物価高は、食糧やモノの絶対量が足りないことの裏返しだ。

 

 

 「今年起きたすべての奇跡と変革は…歴史の未踏の雪道を陣頭に立って切り抜けた金正恩同志の賢明な指導の結実」(12.7)

 

 

 この一年を総括した朝鮮中央通信の「金正日的愛国主義で今年に大変革を創造した」と題する記事の中の1節だ。おやっと思ったのは「雪道」という表現である。

 

 

 前にも「未踏の雪道突破で創造し勝利しよう」と題する労働新聞の社説(10.16)が掲載された。北朝鮮はキャッチフレーズが好きだ。金正日の時代は「苦難の行軍」だったが、それに続くのは「未踏の雪道」になったらしい。

 

 

 もっとも、最近は先代についても「祖国と人民のために吹雪の一生を生きた金正日総書記」(12.7朝鮮中央通信)という記事が出た。「白頭山の花吹雪に祝福されて」誕生した金正恩は「吹雪を愛した」という。

 

 

 一族神格化のために、時節柄か今度は「雪道」や「吹雪」を使うことになったようだ。「吹雪」より「雪道」の方が穏やかな感じがするが、必ずしもすいすいと歩いて行ける道ではない。時に滑って転び、雪が深ければ歩くのもままならず、吹雪にあって方向を失い、生命の危険にさらされることもある。

 

 

 金正恩は身辺不安で平壌に?

 

 

 北朝鮮の主要な宣伝機関がこういう表現を使い始めたのだから、金正恩も「天気のいい日に平たんな道」を歩いているのではないことを認識しているのだろう。

 

 

 そういえば、このところの金正恩の動静で気になるのは、ラジオプレスが指摘するように平壌から外へ出ていないことだ。

 

 

 8月下旬には、東部戦線の江原道鉄嶺で部隊を視察したが、そのあとの現地指導は平壌市内か近郊に限られている。それも、警察の全国分駐所長会議、国家保衛部の創立記念式など警備・警護担当機関の視察が続いた。朝鮮日報は金正恩が「私の警護に最大の注意を払え」と命令し、官邸や別荘に装甲車100台を配備し、警護態勢を強化した(12.6)という。

 

 

 4月に肩書の上で最高権力者の地位を手に入れ、少しずつ権力の座の高さ、重みを実感するに従って、その怖さも同時に感じてきたのか。実際に、身辺で不穏な動きがあったのか。全国民の忠誠を得るため、全国を回らなければならないときに、平壌にとどまっているのは不思議だ。

 

 

 「生活向上」部門は首相が視察

 

 

 もう一つ気になるのは、このところの金正恩の現地視察の対象は、遊園地や産科病院、騎馬訓練場、それにモランボン楽団公演、サッカー試合……「人民生活の向上」の根幹にかかわらない部門に限られていることだ。

 

 

 事業所や農村などの視察は、崔永林首相が82歳という高齢にもかかわらず行っている。今月14も日には、平壌市内にある穀物加工工場、電気合弁会社、製靴工場などを精力的に回った

 

 

 東京新聞によると、崔永林首相は工業と農業、崔龍海人民軍総政治局長と張成沢国防委員会副委員長が軍を「引き受ける」ことになった(12.17夕刊)という。10月8日の政治局特別会議で、崔永林が「農業部門の問題を決定的に解決する条件が整っていないので、金正恩元帥様が直接農民と会うのは時期尚早。当面は私が老いた体で犠牲となりますのでご心配なさらないように」と提案した。これを受けて、側近が担当を決めて前面に出ることになったという。「側近たちは第一書記には深刻で重要な懸案を預けない。新体制を象徴している」という。

 

 

 民生経済だけでなく、軍の方も外貨稼ぎ等の既得権益を削り、首脳部を入れかけるなどの荒療治を行ったため、穏やかではないのだろう。

 

 

 厳冬で石炭が高騰

 

 

 日本でもこの冬は暖冬の予想が外れて、寒さが厳しい。北朝鮮も同様だ。このため暖房用の石炭が高騰しているという報道があった。外貨稼ぎのため多くの石炭を中国に輸出し、輸入代金の代わりに石炭で支払うため、かねて石炭は不足していたが、この寒さが拍車をかけたのだろう。人々の苦労は並大抵ではない。

 

 

 そうでなくとも、人々は超インフレに苦しめられ、例年以上の寒さのなかで「人工衛星」成功や1周忌の集会に動員される。まさに吹雪の中の「雪道」を歩かされている如くであろう。金正恩の最大の公約「人民生活の向上」は、雪煙の向こうに霞んでいる。三代目の前途は多難だ。

更新日:2022年6月24日