◎北朝鮮のぞき見⑦

岡林 弘志

(2012.11.12)

 

 これまで、街の様子から見た経済の実情を報告してきたが、経済全体はどうなっているのか。今回の訪朝でも、政府のシンクタンクの経済担当者から話を聞くことができた。結論を言うと、いまだに、過去最高だった1980年代の水準を突破できていない状態にある、ということだ。

 

 

 「年末までに最高突破の土台を作る」

 

 

 「今年の年末までに、過去最高を突破することを目標に、そのための確固とした土台を作るということだ」

 

 政府のシンクタンク、社会科学院経済研究所の李基成教授は「経済強国」を建設するための今年の目標をこう説明した。

 

 

 実は、2年前に訪朝した際も李教授のブリーフを聞いた。この時珍しく、過去最高の数字として「88年の国民一人当たりのGDPが2350ドル」と具体的に明らかにした。そして、「今年(2010年)は経済を飛躍できる物質的土台を作った」。従って「強盛大国を目指す2012年には過去最高水準を突破できる」と明言していた。

 

 

 このため、われわれ訪朝団が「その目標は達成されたか」と質問したの対し「今年の年末までに突破というのは間違い」と述べ、続いて冒頭に紹介した表現に修正した「工場や産業の中で、過去最高を突破したところが沢山ある」と言ったが、全体としては、いまだに(88年から24年経つが)、過去最高を突破できていないということだ。

 

 

 また、2年前「07年の国民一人当たりGDPは638ドル」と数字を示した。この時は過去最高水準の三分の一いかという数字に驚いた。今回、その後の数値を聞くと「数字は発表されていない。米国と対立している状態では、数字の公表は難しい。そうした環境を理解してほしい」と明らかにしなかった。

 

 

 「昨年の穀物生産は513万トン」

 

 

 今回、前年の成果を示した中で、具体的な数字をあげたのが穀物生産だ「2011年は513万2870tで、前年比1万t増産だった」「昨年は自然災害が多く、特に穀倉地帯の黄海道がやられた。しかし、新種のタネを開発し、肥料も有機肥料の工場を完成させた」ためだという。北朝鮮が経済部門で具体的な数字を出すのは珍しく、この513万t余というのは、最近では珍しく高い数字だったに違いない。

 

 

 北朝鮮の穀物の需要は年間600万tといわれており、もし昨年の数字がこの通りなら、不足分はごくわずかだ。専門家の中には需要量は援助を受けるためオーバーという見方もあり、それなら国内でほぼ賄えることになる。ただ、今年も干ばつ、台風、水害に度々襲われており、穀物事情が厳しいことは間違いない。

 

 

 稲の実り方などを見るため、平壌郊外に行った時に、バスを止めてくれるよう頼んだが、余分なことはしたくないということか、かなわなかった。ただ、バスの中から見た限りでは、どうも「稲穂が垂れている」という感じではなかった。水害で用水路の一部が壊れているところもあったが、稲が倒れているところはほとんど見なかった。実りが十分ではないのではないか。

 

 

 今回、農村部で目についたのが監視小屋だ。かなり前からあったようだが、2年前にはほとんど気にならなかった。今回、板門店や平壌郊外に行った際、ちょっと広いトウモロコシ畑には必ずといっていいほど、櫓の上に簡単な屋根をつけた監視小屋が立っていた。

 

 

 トウモロコシは簡単に実が獲れるため、盗まれやすい。これに備えて監視小屋が増えているのではないか。それだけ、食糧事情や世の中が世知辛くなっているではないか。

 

 

 総発電量は能力の半分以下

 

 

 もう一つ数字が聞けたのが発電量だ。李教授は昨年の成果として「各地で記念碑的創造物が造られた」と述べ、代表的なものとして「煕川発電所(30万kW)をあげ、「太陽節(4・15)から平壌へ送電し、平壌を中心に電力事情は改善しつつある」という。

 

 

 2年前に「全体の発電能力は700万kWの能力があるが、実際の発電量は半分ぐらいか」と言っていたので、今年はどうかと質問すると、「正確には把握していないが、300万kWを弱冠上回る程度だろう」と答えた。実際には、発電能力の半分まではいっていないということだ。

 

 

 今年の経済の課題の一つである「四大先行部門」(電力、石炭、鉄道、金属)のうち、「電力を最優先にしており、大規模発電所がいくつか年内に完成し、既存の発電所の発電量を増やす」と言う。新設として、平壌郊外の大同江総合果樹農場近くに建設するサンブン火力発電所をあげた。

 

 

 炭鉱水没で発電に支障

 

 

 しかし「発電量は、6割が水力、4割が火力。水害のため炭鉱が水没するなど火力に影響が出ている」と、電力事情の厳しさも明かした。また、北朝鮮では送電の際の漏電が異常に多いといわれており、このあたりの改善はされているのか。とくに言及がないところを見ると、そこまで手が回らないのかもしれない。

 

 

 実際に、われわれの1週間の滞在中、夜、レストランとカラオケ店にいた時、それぞれ30分ほど停電になった。従業員は、直ちに室内の棚に置いてあるLEDのランプ(中国製)を点け、「すぐに電気が来ますから」という。かなり手慣れた様子で、停電はいつものことのようだ。

 

 

 帰って来てからの情報では、北の電力事情改善の象徴ともいうべき「煕川水力発電所」は、稼働していない可能性が大きいという。これは金日成生誕100周年の記念事業の一つで、金正日総書記、金正恩第一書記が何回も現地指導に出向き、ことし4月に大々的に完成式が行われた。

 

 

 慈江道煕川市の鴨緑江に造られたこの発電所は、当初10年かかるといわれていたが、北朝鮮お得意の「速度戦」で、3年で完成させた。北は「煕川速度」とその速さを模範として宣伝したが、突貫工事の無理が出てきたのかもしれない。

 

 

 インフラ整備、治山治水は未だ

 

 

 李教授は、全体のブリーフィングで、今年の課題と展望について「経済強国へ進むための確固たる土台を築き、来年には経済強国、強盛大国への建設に全面的に進めるようにする」と4項目をあげた。

 

 

 ① 人民生活向上のため軽工業、農業を発展させる

 ② 人民経済の4大先行部門である電力、石炭、鉄道、金属分野の拡充を図る

 ③ 最先端突破によって新世紀の技術革命、産業革命の火の手を上げる

 ④ 対外経済関係の拡大を図り、先端技術の受け入れ、貿易の増加、合弁。合作の活発化を図る―

 

 

 いずれも、民生経済立て直しには必要なことだ。しかし、国際的な済制裁の中で、果たして可能なのか。1週間の滞在でお仕着せのコースを回っただけでも、鉄道、道路、電力などのインフラ(産業基盤)が脆弱なことが見て取れた。また、治山治水もほとんど進まず、毎年恒例行事のように水害に見舞われている。

 

 

 また、これまで北朝鮮が莫大なカネ、モノ、ヒトをつぎ込んできた核・ミサイル開発、神格化事業をどの程度縮小できるか。

 

 

 こうした経済にかかわる基本的な改革・改善ができなければ「経済強国」どころか、80年代の最高水準を突破するのは難しい(続く)

ブリーフィングをする社会科学院の李基成教授

色づき始めた稲=平壌西南部



水路が水害で崩れている=平壌西南部

トウモロコシ畑の監視小屋=黄海南道


車はだいぶ増えたが、渋滞するほどではない=平壌市内

「CNC(コンピュータ数値制御)主体工業の威力」の人文字」=マスゲーム「アリラン」


更新日:2022年6月24日