見当違いの「現地指導」

岡林弘志

(2012. 5.18)

 

金正恩第一書記が、視察に行った遊園地で、管理者や同行した労働党幹部らを激しく叱責したという。職務怠慢、人民のことを考えていない……まったくその通りだろう。なんともありがたいと思わせたいのだろうが、いま最高責任者が気を使うべきは、第一に人民の腹を満たすこと。遊園地が快適かどうかは、枝葉の問題だ。

 

「人民に奉仕する良心があるのか」

 

「人民を大事にしない幹部が千人、万人いても何の必要があるのか!」

万景台遊技場を視察した金正恩は、遊技場の幹部や同行者に対して、雷を落とした(5・9朝鮮中央通信)。

 

この遊技場は、1982年4月、金日成主席の生誕70周年を記念して造成されたもので、総面積70ヘクタールと広大だ。第一段階遊技場と後に加わった第二段階遊技場、遊泳場に分かれ、ロープウエイ、ジェットコースター、空中列車、回転遊具などが設置されている。

「金日成主席と金正日総書記の大きな愛と恩情によって建設された人民の文化休息の場、大衆文化情操教育の拠点」なのである。

 

それほどありがたい遊技場なのに、金正恩が見て回ったところ、第二段階遊技場の道路ははなはだしく壊れ、歩道ブロックの隙間には雑草が生え、木が高く茂って遊具を隠し、噴水は稼働せず、遊具のペンキはげ落ちている。

 

「人民に奉仕する良心があるのか」「幹部と管理人の人民に対する奉仕精神がゼロではなく、それ以下だ」「実務の問題以前の思想観点に対する問題だ」「人民に対する献身的奉仕精神を持たなければ、何事をしても党の意図を正しく支えられない」

すべてが軍事優先のなかで、遊技場にまでカネも資材も回ってこない。まして噴水を噴き上げるための電力などはもったいなくて使えない。これが、管理不十分の最大の原因だ。しかし、金正恩はそんなことには頓着せず、叱責はとどまるところを知らない。

 

その上でこまごました具体的な指示をした。「カシワやイブキの周りに小石を様々な模様で打ち込めばきれいに見えるではないか」「ジェットコースターの入り口の前が広すぎる。分離ラインを作れば整って見える」「急流滑り台の水槽の深さは170センチ以上にし、周辺に砂浜を作れ」

 

最側近に公園管理を指示

 

そして、同行していた崔龍海・人民軍総政治局長に、「遊技場の運営を中止して」、「人民軍の強力な建設集団を派遣して、遊技場を新世紀の要求にふさわしく変貌させる」よう指示した。

 

我らが新しい最高指導者は、人民のことをひたすら考え、細かいところまで指示して、人民が快適に使えるように、とあらゆる心遣いをしてくれた。なんとありがたいことか。

この報道は、こうした金正恩の善政をひたすら宣伝してやまない。

 

管理改善を指示された崔龍海は、驚いたに違いない。元「金日成社会主義労働青年同盟(社労青)」の委員長。今年62歳。かねて金正日の側近と言われたが、金正恩の治世になって大抜擢され、政治局常務委員、中央軍事員会副委員長に昇格。さらには、次帥の称号を与えられ、軍歴がないのに、総政治局長まで昇りつめた(4・11)。二階級、三階級特進だ。

 

総政治局長は、軍の党組織と思想面を担当するなど巨大な権力を握る。「先軍政治」の中で、軍ににらみを利かす立場であり、この椅子への登用は金正恩の最側近に取り立てられたことに他ならない。

 

ところが、その手始めであろう仕事が遊技場の管理改善では、拍子抜けではないか。もちろん、そんなことはおくびにも出せないが、いわゆる「現地指導」はあまりに軽い。

 

「人民のため」なら、まず食糧確保のはず

 

それよりも、違和感を覚えたのは、「人民のために」といわれた当の人民ではないか。昨年暮れから続く、慶弔入り乱れた行事のため、事あるごとに動員され、あるいは募金を強要された。

 

さらには、これらの大行事のために国費が使われ、民生経済はおそらくマヒに近かったのではないか。平壌は、きれいに整備されたようだが、地方はそのしわ寄せを食って、経済の疲弊は一層進んだ。このため、地方では電気の供給が少なくなって停電が増え、黄海南道や咸鏡北道では万単位の餓死者が出たという情報もある。

 

いま、人民が必要とする政策は、人民のための食糧確保である。遊園地に雑草が生えていているかどうかは、どうでもいいことだ。腹が減っては、遊園地にも行けない。なにより生きていけないのである。

 

先代も、この2,3年、「人民生活の向上」を優先課題といったが、食糧事情は改善どころか、ますます悪くなっている。新しい指導者が本当に人民のことを思うなら、まずすべきことは人民が腹をへらさないで済む政策の実行、指示である。

 

しかし、食糧事情の改善は容易ではない。先々代からの農業政策が間違っている上に、耕地が荒れて年中行事のように洪水被害にあう。治山治水から始まって、農業政策、経済政策の根本を変えなければ、食糧事情の好転はあり得ない。

 

先に金正恩は、普通江河畔の「万寿橋魚・肉類商店」の完成を祝った(4・26朝鮮中央通信)。金正日・正恩父子の「人民愛の創造物」であるこの巨大商店の1階には「新鮮な魚と冷凍した魚」にチョウザメ、龍井魚、ナマズも、2階には牛豚だけでなくガチョウ、七面鳥、ウズラなどの肉まであるという。

 

金正恩は「人民により幸福な生活を保障するのがわが党の意図である」と述べたという。こうした一連の善政宣伝は、三代目が人民生活向上に誠心誠意尽くしていることを強調するのが狙いだろう。

 

本末転倒の現地指導

 

しかし、本末転倒。人民にとって、七面鳥やガチョウはどうでもいい。日々のコメの飯が食いたいのである。枝葉のことに労力とカネをつぎ込めば、むしろ根本の問題の改善はますます遠のく。どこの国でもそうだが、人気とり政策が国民生活をよくすることはない。

 

そして、この国の最高権力者がすべきは、食糧増産を最優先にしろ、と指示し、具体策は現場の専門家に任せることだ。これまで、最高権力者が現場へ行って、こまごましたことを思いつきで指示したせいで、現場は混乱し、生産力を阻害してきた。

 

いわゆる「現地指導」は、先々代、先代が得意と思い込んできた統治の一手法だ。金正恩もこの手法を忠実に踏襲している。というよりむしろ積極的に行っている。軍部隊を視察した際は、軍幹部の家族に会って、スキンシップまでしている。

 

くつろいだ姿にびっくり

 

今回の遊技場視察で驚いたのは、金正恩のくつろいだ格好だ。多分かなり熱い日だったに違いない。それにしても、人民服の前のボタンをはずし、夏帽を少しあみだにかぶった姿は、いただけない。父親の現指導でも、こんな格好は公表されなかったと思う。

 

最高権力者の座について5カ月。早くも最高権力の味、魅力を覚えたのか。どこへ行っても大歓迎の拍手と歓声。一声発すれば、周りの者はすべてひれ伏す。

 

現地視察は、最高権力者の持つ権限のすごさを最もわかりやすく味わうことができる機会である。その快感が、図らずもくつろいだ格好に現れたのか。この分では、この手の現地視察は頻繁に行われそうだ。\

更新日:2022年6月24日