鼻息荒い「人工衛星」打ち上げ

岡林弘志

(2012. 3.22)

 

北朝鮮の鼻息が荒い。金日成生誕百周年を寿いで、「人工衛星」を打ち上げると発表した。国内に向けては後継体制の強化、「強盛大国」の象徴として宣伝し、「長距離ミサイルと同じ、止めろ」という周辺国に対しては、威嚇するが如く反論している。

 

「我が国は宇宙を征服する」

 

「我が国は遠からず宇宙を征服してしまうだろう」(3・17労働新聞電子版)――。北朝鮮宇宙空間技術委員会が、実用衛星「光明星3」号打ち上げを発表した翌日、金日成総合大学の物理学教授の論文が掲載された。いま宇宙に6000個もの人工衛星が漂っているというのに、何とも大げさだが、とにかく威勢がいい。

 

「光明星3」号の打ち上げは、4月12-16日の間。言うまでもなく、4・15の金日成生誕百周年に際して、「宇宙科学技術が大きく前進し、共和個の威力がより高い段階に達したことを誇示」(朝鮮中央通信)する

「大祝砲」というわけだ。同時に、金正恩の総書記就任することになればそれをも祝い、権威づける狙いもありそうだ。

 

米朝合意直後の裏切り

 

しかし、何とも物騒な「祝砲」である。日米韓は「弾道ミサイル技術を利用した核兵器を運搬するための手段の開発」(李明博大統領)とみて、直ちに中止するよう求めた。このところ北朝鮮の後見役を演じている中国もただちに「関心と憂慮」を北に伝えた。ロシアも「深刻な懸念」を表明している。

 

特に米国は、「極めて挑戦的な行為」(国務省)と不信感をあらわにしている。つい半月前、米朝合意で、北朝鮮の核実験と寧辺のウラン濃縮活動の一時停止とともに、「長距離ミサイル発射の一時停止」をすると発表した(2・29)ばかりだからだ。舌の根が乾かないうちの「人工衛星」打ち上げだ。

 

それに、国連決議もある。2006年10月、北の核実験を受けての安保理決議の中に、「北朝鮮は、弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を停止し、発射の一時停止の約束を再確認する」という項目がある。また、09年4月のミサイル発射の際にも、「ミサイル発射を非難する安保理議長声明」が出ている。

 

こうした国際社会からの非難に対して、北朝鮮の反論は激しく、いきり立っているようだ。「平和的宇宙利用の権利を否定し、自主権を侵害しようとする卑劣な行為」(3・18朝鮮中央通信)とみるからだ。

 

「なぜ、北だけを責めるのか」

 

なぜなら「世界の数多くの国と地域で宇宙空間の利用に対する研究、実践を積極的に実践」している。とくに米国は「多くの偵察衛星を打ち上げ、主権国家に対するスパイ行為を働いている」し、日本は「軍事大国を夢見ながら偵察衛星打ち上げと宇宙偵察システムの樹立に疾走」しているではないか。

 

特に韓国に対しての非難は、韓国軍内部の金父子「侮辱事件」も重なって激しさを増している。韓国は「2回にわたって外部の支援を受けながら衛星打ち上げに失敗した」。従って「他人の打ち上げについて非難する名分も体面もない」と皮肉たっぷりだ。

 

目障りな「核安保サミット」

 

特に、李明博大統領が主宰してソウルで行われる「核安全保障サミット」(3・26―27)は、癇に障るらしく、「(人工衛星打ち上げ批判を)国際化する企図を露骨にさらけ出した」と非難を繰り返している。

 

そのうえで「李明博逆徒が僭越で笑わざるを得ない醜態を演じている」と、相変わらずの罵詈雑言だ。さらには、このサミットで核問題に関する声明が出されれば、「宣戦布告になる」(3.21朝鮮中央通信)とおどろおどろしい。

 

サミットには、オバマ米大統領、胡錦禱中国主席、メドベージェフロシア大統領、野田佳彦首相ら、26カ国・機関の首脳が参加する。この場で、北の言う「人工衛星」打ち上げ中止の共同声明が出されれば、せっかくの「祝砲」にケチがつくことになる。

 

また、オバマ大統領は、この機会を利用して、サミット前日に非武装地帯近くに駐屯する在韓米軍部隊訪問すること日程に入れた。米韓の軍事的連携強化は、北が最も神経を逆なでされる出来事の一つだ。

 

北に対する国際社会の不信

 

北が言いたいのは、日米韓などは自分たちで人工衛星をあげながら、なんで北朝鮮だけを責めるのか。そんな資格はない。「反共和国圧殺政策」「反共和国敵視政策」の現れというわけだ。

 

「各国が人工衛星をあげているではないか」というのは、確かに一理ありそうだが、周辺国が反発するのは、北朝鮮の言い分が信用できないからだ。これまで、北朝鮮は、核開発と中長距離ミサイルについて、国際社会を裏切り続けてきた。

 

1990年代の第1次核危機では、核開発停止で米朝合意をしながら、ひそかにウラン濃縮を進めてきた。2000年代に入ってからは六か国協議で、「北朝鮮はすべての核兵器および既存の各計画を放棄する」(05・9共同声明)ことを確認しながら、反故にしてきた。

 

こうしたいきさつの中で、核兵器の運搬手段である長距離ミサイルにも国連安保理をはじめとする国際社会は、「大量破壊兵器」として開発中止を求めてきたのである。しかし、北はこれに背いて、開発を進めてきた。人工衛星かミサイルかは、弾頭に観測機器を積むか、核兵器を積むかの違いでしかない。

 

これまで、北朝鮮は2回、「人工衛星」を打ち上げ(98・8、09・4)を発表した。その際、軌道に乗った、一年後も「金日成将軍の歌」を流しながら地球を回っているなど公表してきた。しかし、他国の関連機関は、いずれも軌道に乗る前に海上に落下したことを確認している。北の言うことは信用が置けないのである。

 

怪しい南へ向けての発射

 

もう一つ。冒頭で紹介した金日成総合大学教授は「私達が任意の方向で正確に軌道に侵入させられることを証明する」と述べた。われわれはどの方向へも発射させるほどミサイル技術が進歩していることだ。

 

確かに、ロケットやミサイルは、地球の自転に伴う遠心力を利用して、緯度に沿うように、西方に飛ばす方が容易だ。このため、過去2回は日本列島の上空を飛ぶ軌道を想定していたようだ。

 

今回、北朝鮮は黄海に近い平安北道鉄山郡の「西海衛星発射場から南方に向けて打ち上げる」と発表した。韓国の東側の黄海を経て、フィリピンの西方海上を通るコースだ。

 

わざわざ困難を伴う経度に沿った打ち上げコースをとる意図が怪しい。どの方向にも飛ばせる技術があることを誇示したいのだろう。これまでの北朝鮮への不信と重なり 、国際社会は、人工衛星ではなく長距離ミサイルの発射実験とみている。自業自得である。

 

自信満々、外国報道陣も招く

 

それにしても、今回、北朝鮮は自信満々だ。緯度に沿っての打ち上げがその現れだが、さらに打ち上げ現場に、外国の専門家と記者を招待することも発表した。

 

また、打ち上げ予告とともに、国内のテレビなどでは、あたかもすでに打ち上げが成功したかのように、人民や兵士が喜ぶ姿を繰り返し放映している。しかも、打ち上げは金日成生誕記念日の前後である。もし失敗したらどうなる。人ごとながら気になるが、よほど自信があるのだろう。

 

「打ち上げを撤回すると思うな!」

 

「すでに計画した衛星打ち上げを撤回すると思うなら、それは誤算だ」

北朝鮮は打ち上げ断行を繰り返し強調している。

 

一つは、金正日の「遺訓」だからだ。聯合ニュースによると「北朝鮮は、昨年12月15日に、米朝協議にかかわった米民間人に人工衛星打ち上げの計画を通告した」という。金正日の生存中に決定した可能性が高く、何が何でも「遺訓」は守らなければならない。

 

もう一つは、いかに周辺国から非難されようとも、既成事実を積み上げていけば、結局は認めざるを得ない、と計算しているからだ。北朝鮮は、核でこうした処世術を身につけた。

 

六か国協議などで、北の核を抑えようとしたが、実験を重ねた結果、今や立派な核保有国となり、国際社会もそうした既成事実を前提に付き合わざるを得ないようになった。それみたことか、というところだ。

 

「強盛大国」未達成の目くらまし?

 

確かに、そうした側面はあるが、北朝鮮の国際的な地位が上がったわけではない。また、北朝鮮は此の打ち上げを2012年の目標に掲げた「強盛大国」の象徴にするのだろうが、肝心の「経済大国」「生活重視」は達成できていない。

 

「光明星3」号は、その目くらましになりそうだ。しかし、人工衛星で人民の腹は膨らまない。それに「強盛大国」の人民が腹をへらしている、というのは、何とも皮肉な光景である。

 

朝鮮日報が面白い推計を出していた(3・20)。見出しは「ミサイル発射1回の資金で2年分のコメ不足分」――。光明星3号の製造と発射場の建設費用は8億5千ドル(709億円)。いまの相場でコメ141万トンを購入できる。国際機関は昨年のコメ不足は70万トンと推計しており、従って2年分に相当する。

 

要するに、北朝鮮がミサイル計画を止めれば、人々の腹は満たされるのである。まして核も含めた大量破壊兵器につぎ込むカネ・モノ・ヒトを食糧購入・生産に向ければ、北の食糧問題だけでなく、民生経済の建て直しも可能になるはずだ。

北の「人工衛星」は物騒なだけではなく、罪作りだ。

更新日:2022年6月24日