おさらい・北が嫌がること

岡林弘志

(2012. 2. 9)

 

なるほど、北朝鮮が南北関係で嫌がることとは、こういう内容か。と思わず納得してしまう文書を北朝鮮自らがまとめて公表した。韓国の李明博政権への質問状という形をとっているが、むしろ北の窮状が透けて見える。それに今年の総選挙、大統領選に対する「北風」という狙いもありそうだ。

 

李政権に公開質問状

 

「李明博逆徒一味は、われわれの対話の相手になれるのかを自らかえりみるべきだ」。北朝鮮の「国家主権の最高国防指導機関」(憲法106条)である国防委員会の政策局は、韓国に対してこういうタイトルの「公開質問状」を公表した(2・2)

 

なぜ、質問状かというと、このところ韓国側は「対話の扉を開いている」といっているが、それなら、まずはこちらの疑問にしっかり答えてみろということだ。

 

質問は9項目あり、第一は、金正日総書記の葬儀に関するものだ。李明博政権は延坪島砲撃などの理由に弔意を表さず、弔意団も送らなかったが、これは「わが民族の大国葬時に犯した大逆罪」であるからして、「謝罪」するかというものだ。

 

あと8項目あるが、李明博政権になって、北の思うように進んでいない案件を羅列してある。従って、質問状は「李明博逆徒」「逆賊一味」「かいらい」を連発して、いつものように口汚く非難してやまない。

 

対北融和政策に戻れ

 

2項目は、金大中・盧武鉉政権時の首脳会談で調印した6・15宣言と10・4宣言の「全面履行」である。この宣言は、自主的、平和的統一のために関係改善をと約束したものだ。

 

しかし、両政権の10年間、実際は韓国が一方的に経済支援をしただけ。結果として、北朝鮮はその上がりで、核開発を加速させた。韓国にとっては自分のカネで自分の安全を危うくしたことになる。

 

このため、李明博政権は相互主義を打ち出し、一方的な援助を打ち切った。しかも北のドル箱だった金剛山観光は韓国人観光客が北朝鮮兵士に射殺された(2007年)のをきっかけに中断した。

 

ただ、開城工業団地だけが残っているが、李の政権になってカネと食いものを無条件で受け取れなくなり、北の食糧不足と外貨不足に拍車をかけたのは間違いない。

 

こうした相互主義を具体化したのが李政権の対北政策の基本「非核・開放・3000」だが、これが北にとっては癪の種らしく、「悪だくみ」と決めつけている。

 

三番目に挙げたのは、「天安号事件と延坪島砲撃戦」だ。「これ以上けなさないということを世界に公言することができるか」と問うている。二つの挑発に対する国際的な非難もこたえているということだろう。

 

米韓軍事演習にいら立ち

 

これに関連して、4番目の質問として「米韓合同軍事演習」を取り上げ「わが共和国を軍事的に恐喝し、圧殺するための侵略行為」と断定し、「全面中止ができるか」と迫っている。

 

特に2月末からの「キーリゾルブ」は、米海兵隊も久しぶりに参加し、20年来の大規模演習になるといわれる。北朝鮮は、かねて軍事演習の度に非難を繰り返してきたが、自らの演習については、事前連絡もほとんどしたことがない。

 

しかも、米韓が昨年来演習の規模を大きくしているのは、おととしの延坪島砲撃が直接のきっかけになっている。まして、その砲撃を主導したといわれる金正恩最高司令官が後継者に就任した。自らが招いた結果である。

 

ただ、韓国で軍事演習をすれば、北も対抗上、演習をせざるを得なくなる。それなりの燃料や食料を準備しなければならない。それに故金日成主席の生誕百周年である今年、誕生日の4月15日には大々的に祝賀行事を計画しているはずだ。

 

合同演習計画が表面化して以来、北朝鮮は連日のように非難、中止要求を繰り返しているが、それだけ北朝鮮にとっては好ましくないというよりいやらしい出来事であることを裏付けている。

 

対北風船に「火の海」にするぞ

 

質問状の5項目以降は、これまでのおさらいという格好だ。いわく北の非核化を言うなら「北・南の全地域の非核化」に「足を踏み入れる決心ができているか」

 

6項目は、「悪辣な心理・謀略戦に執着し続けるつもりか」。具体的には書いてないが、主として軍事境界線近辺から、脱北者団体などが独裁体制、権力世襲などを非難するビラをつけた風船を北に向けて飛ばしているのを指しているようだ。

 

この風船には、ビラだけでなく、ドル紙幣や小型ラジオ、最近では北朝鮮で人気があるチョコパイ、韓国の現状や北の孤児などの映像を取り込んだパソコン用USBメモリーなども飛ばしている。

 

これには、北の軍部をはじめかなり神経をとがらせており、今回も韓国当局が放置しておくなら「心理・謀略戦の本拠地を木っ端みじんにする火の海戦につながる」と恫喝している。

 

またまた「火の海」発言だが、この風船作戦がいかに効果があるかの証明だ。こうしたこまごましたモノでも人民に動揺を与えることがよくわかる。

 

後は、「北南協力と交流の再開、活発化」(7項目)、「停戦体制を平和体制に切り替えるべき」という北の要求への同調(8項目)、「保安法など悪法の撤廃」(9項目)と従来からの要求をあげている。

 

にじみ出る無条件で「カネとモノを」

 

羅列してみると、北が韓国の対応の何を嫌がっているか、何を実行してほしいのかの集大成であることがよくわかる。非難の行間からは悲鳴や焦りもじみ出てくる。

 

北朝鮮は昨年から「李明博逆徒は相手にしない」といい、今回の質問状でも「「逆賊一味などを相手にするわが軍隊と人民ではない」と宣言している。それなのに、対話がしたければ「公開質問に明確に答えることを要求する」という。

 

相手にしないなら、放っておけばよさそうなものを、わざわざ「公開質問状」などを出して、返事を求めるのか。この質問状から透けて見えるのは、まず世界的な偉人である故金正日を敬い、謝罪して、貢物をするなら相手にしてやるよということだ。カネとモノの獲得に焦る北の本音がうかがえる。

 

「南朝鮮当局」に反李明博を求める

 

おかしいのは、この質問状は李政権に対する質問とともに、「南朝鮮当局」に対する呼び掛けが入っていることだ。もともと当局は政権の政策に従って動くものだが、反政権の動きをそそのかしている。

 

「南朝鮮当局が(北との)対話と関係改善を望むなら、李明博逆賊一味を埋葬すべき」(2項目)という。「保安法」(9項目)に関しても、当局に対して「悪法を維持しようとする李明博逆賊一味を一掃」しろと求めている。

 

なぜなら「南朝鮮の各界は現傀儡政権を徹底的に決算しなければならないという声を高めている」からだ。要するに、この質問状は、4月の総選挙、12月の大統領選挙を前にして、韓国内の世論の分断も狙っているのである。

 

韓国総選挙・大統領選を前に「北風」第1号?

 

4月の総選挙で野党が過半数を占めれば、李政権は対北融和に切り替えざるを得ない。まして12月の大統領選挙で、野党や無党派代表が当選すれば、金大中・盧武鉉政権と同様、無条件で北を支援することになるはずだ。

 

北朝鮮は質問状のなかで、米韓合同軍事演習について「われわれの哀悼期間を選んで」実施すること強く非難している。しかし、この質問状自体が哀悼期間なのにもかかわらず、韓国の選挙に「北風」を吹かせようという生臭い動きだ。

 

李明博政権は、指導者の交代を機に南北関係を動かそうと動いているようだが、金正恩の北朝鮮は後継体制を固めるのに懸命だ。しかも、韓国で対北強硬勢力が大統領になる可能性はほとんどないとみる。こんなとき、北に働きかけても、これまでの政策を変える余裕はないし、変えるつもりもない。

 

李政権は、北朝鮮が嫌がることを、外交常識を曲げ、常識を逸脱して取り除くこともないだろう。政権当初の対北基本方針である相互主義を念頭にじっとしている方がよいのではないか。質問状を逆手にとって、後継体制を揺さぶろうとするなら別だが。

更新日:2022年6月24日