未完の「5・16軍事革命」成就のために

洪熒・佐藤勝巳

(2011. 5.17)

 

佐藤 ちょうど50年前の1961年5月16日、朴正熙将軍をトップに若い韓国軍将校たちが、民主党政権(「第2共和国」)をクーデターで倒しました。当時も今も、このクーデターの評価をめぐって、金日成・金正日政権は「軍事ファッショ」と激しく非難してきましたし、韓国内でも、それまでの既得権層(両班階級)をはじめ、金大中に代表される左派勢力はもちろん、金泳三などいわゆる「文民政治家」の多くが過去も現在も「5・16」を全否定しています。

半世紀たって、このクーデターをどう評価し、今日の韓半島の現状にどうつなげて行くのか、というテーマで今日は、話し合ってみたいと思います。

 

赤化統一の危機

 「5・16革命」は、大韓民国建国(1948年)から13年目、「6・25南侵戦争」停戦(1953年7月)から8年後に起きました。なぜ若い将校たちだったのかということですが、当時の韓国軍はスターリンや毛沢東など共産主義者との戦争を通じて、アメリカ軍とー緒に戦う過程で、世界ー流のアメリカ軍から多くのことを学び、祖国の後進性を自覚したのです。

当時の韓国では、歴史上初めての李承晩の自由民主主義革命にも拘らず、共産侵略による戦争の廃墟から国を再建するための資源も人材も絶対的に不足していました。特に、政治は前近代性や封建的体質から脱皮できず、近代国家建設へのビジョンや具体的な各論が無いのはもちろん、政治家たちの封建的体質そのものが近代化への最大の障害でした。北からは「連共統一」攻勢がなされる中、韓国軍の青年将校たちは、命をかけて護り抜いた祖国が赤化統一の危機に直面していると認識が、決起を促したのです。彼らの危機感や行動が韓国の歴史を変え、救ったのです。

 

佐藤 当時の韓国において、軍の若き将校たちは3年間の朝鮮戦争を共産軍と戦って、観念論の世界でなく現実の脅威に立ち向かう覚悟や力量を身につけ、近代的なものの見方が出来るようになった唯ーのエリート集団だったということですか。

 

封建既得権力との戦い

 そうです。「5・16革命」は、歴史的使命への自覚も足りず腐敗した観念論の封建的既得権勢力と青年将校たちを中心とする「近代化」勢力の衝突であり、近代化を目差した軍隊が権力を掌握した韓民族史上最大の事件、と位置づけることが出来ます。封建的既得権勢力の価値観からすれば、政治(権力)とは文民(ヤンバン)のもので、軍人や労働者、農民などは支配の対象でしかありませんでした。だから国民の義務だった兵役も逃れたこの守旧勢力が手続きや分論を振りかざして、クーデターの革命性と歴史的意義を否定してきたのです。

 

朴政権は空腹を満たした

佐藤 「5・16」を金日成政権の側から見れば、李承晩政府(政権?)の後を継いだ民主党政権の混乱は、北による共産化統一の絶好のチャンスだった筈です。それを阻止したのが〝朴正熙という憎たらしい存在〟です。既得権を失った韓国のヤンバン政治家と、北の金日成らの利害が一致し、「敵の敵は味方」という反動どもの一種の「連帯」が出来た時代があったのです。

1960年4月の学生デモで李承晩政権が打倒されたこともあって、日本では「北主導による統一近し」という雰囲気で溢れていました。在日朝鮮人の北朝鮮への「帰国」が盛り上がっていった大きな理由でした。当時、私もそうだったのですが、共産主義を疑わない「進歩派」は、北のプロパガンダに簡単に騙されました。雑誌『世界』がその見本です。

 

 朴正熙は、封建的守旧勢力からの批判も、国際的進歩派からの攻撃なども意に介さず、セマウル (新しい村づくり) 運動で農村の近代化を進め、「漢江の奇跡」と言われる産業化、近代化へと突っ走りました。何よりもまず国民の空腹を解決しました。偉大なことです。

 

佐藤 私が、はじめてソウルを訪問したのは1977年春でした。誰の紹介か忘れてしまいましたが、旧制女学校を卒業した、当時60歳近い韓国の婦人に会う機会がありました。私が、「パク大統領は、国民の自由を押さえすぎるという批判を耳にしましたが、どう思いますか」と質問したところ、婦人は物静かに「私は、日本の植民地下、そして植民地解放後幾つかの政権の下で暮らしてきました。貧乏人が自分の娘を売らずに生活できるようになったのはパク大統領になってからです。自由でおなかは一杯になりません。そんなことを言っている韓国人に騙されないで下さい」と確信を持って私に語りかけました。

私は世界大恐慌の最中の1929年に生まれています。物心ついたときは、コメを作っている農民が雑炊を食べざるを得ないほど貧しいものでした。近所で娘が売られたという話は聞きませんでしたが、貧乏からくる飢餓感は感覚として今でも忘れていません。だから婦人の話は韓国を分析したどの論文よりも何倍も説得力があり、重く深く私の胸を衝きました。このときを以って私の朴正熙大統領評価は変わりました。

ところで、最近の韓国社会を見ていると、「5・16」を境に自国の社会システムや文化が構造的に変化したことが忘れられているのではないかと思うのですが…。

 

朴政権の近代化作業

 世界を見渡せばクーデターなど数多くありますが、軍事クーデターで短期間に近代化に成功したのは「5・16革命」だけです。この成功は、「近代化」という壮大なビジョンと信念をもち、それを実現させた有能で強力な司令塔(指導力)があったからに他なりません。

「5・16」当時の韓国には、ハード面でもソフト面でも産業化へのインフラは未整備でした。例えば、自家用車などはなく、自動車の運転免許を取る教習所もありませんでした。このころ車の運転ができたのは、軍で運転訓練を受けた人だけでした。ベトナム戦争終了後の1970年代半ば以降、韓国企業は中東に進出しますが、初期のころは土木工事で重機などを操作できたのも軍の工兵出身者だけでした。

朴正煕は近代化を推進するために、それまで韓半島に存在しなかった新しいシステム作を始めました。法治の基礎である法令を整備し、職業公務員制度を確立します。それまで「第1共和国」(李承晩の自由党政権)と「第2共和国」(民主党政権)は、日本の植民地遺産である多くの法令をそのまま使っていましたが、朴正熙政権は、そういう法令を韓国語に翻訳し改正して、政府の行政システムを当時最も進んでいた軍のレベルに引き上げる「近代化作業」を推進したのです。

朴正煕は戦略的に日本との国交正常化とベトナム戦争への派兵をし、近代化への経済と安保の土台を固めます。こういうことを今の韓国社会はもう忘れ、若者たちも親北左翼の「全教組」の反韓教育のため殆ど知りません。

韓国の近代化を上も下も具体的に担ったのは「文民政治家」ではなく、「5・16革命」勢力が主導したのです。朴正熙の後に、崔圭夏、全斗煥、盧泰愚、金泳三、金大中、盧武鉉、李明博と大統領が続くわけですが、金泳三大統領からは、朴正熙時代が築いた「近代化」の推進、進取の気性を萎えさせるか、金大中・盧武鉉は、野蛮な「金氏王朝」に接近し秋波を送る「反動」の方へと動きます。

韓国が「6・25戦争」で日本の植民地になる前の20世紀初頭の惨状に戻った1953年からわずか35年後(日本の植民地35年間とちょうど同じ期間)の1988年に、ソウル五輪を成功させてソ連や旧社会主義圏を北から切り離し、金日成王朝を追い詰める戦略的基盤を作ったのは、李承晩の「自由民主主義革命」と「韓米同盟」、そして朴正熙に導かれた「近代化革命」であることは歴史的事実です。

 

自主国防を決意

佐藤 アメリカの民主党をはじめ欧米のいわゆる進歩派、日本の朝日新聞や雑誌「世界」などは、欧米や日本の価値観をもって、朴政権を「軍事ファッショ」と非難しました。その一つが雑誌『世界』に連載された「韓国からの通信」です。これこそ朴政権を謀略、中傷し続けた悪名高き代表作品と言えます。

当該国の民主主義のありようは、その国の歴史と文化、価値観を離れてはありえません。朴正熙氏はそれを「韓国的民主主義」と規定したうえで〝圧縮成長の近代化〟を強力に推進しました。彼は、独善的に欧米の「進歩派」などが求める欧米式民主主義を断固拒否し、自主国防のため核武装までを覚悟した自主精神の持ち主でした。

 

形は文民、中身は反動。形はクーデター、中身は近代化

  金大中や金泳三などは、朴正熙政権を「軍事ファッショ」と批判しましたが、実は彼らの器では「近代化革命」などは所詮理解の範囲を超えるから、批判し否定し続けたのが実態ではなかったかという気がします。形は文民ですが、中身は私利のための封建的「守旧反動」です。誰が進歩派でどちらが反動派なのか、歴史が明らかにしています。

「5・16革命」に即して言うなら、形は軍事クーデターですが、中身は「近代化革命」であったと言えます。「5・16」は民主主義を破壊したのではなく、民主主義のための土台やシステムを作ったのです。したがって、「5・16革命」を全否定する勢力は必然的に「近代化への反動」、つまり封建時代の政治に戻ることになります。金大中や金泳三などの言動、様態は稚拙な自己正当化であり封建ヤンバン政治そのものです。

 

韓国に北シンパが多いのはなぜか

佐藤 あれから50年が経過し、来年は韓国大統領選挙です。最大の課題は、諸悪の根源である北の「金氏王朝」の個人独裁体制にどういう態度で臨むかです。私は、世界ーの教育熱心で知られる韓国で、野蛮と独裁を容認する勢力がどうしてここまで拡大したのか不思議に思っています。

 

 前述のように、「5・16革命」勢力は反共を国是とし、封建的残滓や旧悪の一掃を目標にしました。第2次世界大戦後、東西冷戦の中で多くの新生国家はソ連の輝かしい成功に魅惑され「社会主義体制」を選択しましたが、共産主義や社会主義革命は人類に災難をもたらした幻・詐欺で終わりました。反面、「5・16」は自由民主主義勢力を糾合し、左翼や守旧勢力と戦い近代化の礎を築きました。現在「5・16革命」の伝統を継承しているのが、愛国保守勢力です。愛国保守は今、韓国の近代化革命に抵抗する歴史の反動と戦っています。

李明博大統領に代表されるいわゆる「中道」ハンナラ党は、金大中や盧武鉉ほど確信犯的反逆ではありませんが、封建時代よりも遥かに劣る悪の体制、金日成・金正日世襲独裁体制に対して断固戦う姿勢が欠けています。左翼の扇動・洗脳によって北にシンパシーを持つ韓国の30パーセントの有権者を覚醒させることも近代化革命の課題と言えます。

 

諸悪の根源を根絶することだ

佐藤 50年前との最も大きな違いは、アメリカの力の衰退です。代わって台頭してきたのが中国ですが、今年に入って中東で起きたデモの嵐が中国内に波及するのか、中国共産党幹部は戦々恐々としている感じです。独裁権力は外からの攻撃には強いが、足元からの攻撃には弱い、というのが歴史の教訓です。中国が最近、勢いがないように感じるのは、そのせいでしょう。何が起きるか分かりません。

金正日政権は、事実上中国の従属国となっていますから、中国に動揺が起きたら、自動的にピョンヤンに波及します。韓国内の左翼は、所詮、朝鮮労働党の影響下にある人たちです。諸悪の根源が絶たれれば自動的に解決する問題です。「5・16革命」の完結は韓半島で前近代性の残滓、諸悪の根源を除去することにあります。

 

韓半島の近代化は、北解放だ

 東西冷戦という緊張が消えた途端、また次元の違う葛藤・対立が現れ、多くの先進国がポピュリズムに陥った現象を見ています。そして中国共産党の跋扈(ばっこ)を許しています。そもそも、大衆迎合主義では未来への対処はもちろん、現在の問題も解決できません。

近代を振り返って見ると、大衆の選択は賢かった場合も愚かだった時もありますが、その選択の優劣を決定的に左右したのは価値観や指導者の選択でした。「5・16」の朴正煕も幕末の坂本龍馬も「現状打破」を夢見た革命家でした。現状打破とは抵抗を打ち破ることです。当然容易なことではありません。守旧勢力、既得権勢力を克服する信念と勇気と智謀が必要です。今日本では坂本龍馬を英雄として評価していますが、仮に21世紀の今坂本龍馬が現れたら日本国民の多数は果たして彼を歓迎するでしょうか。

「5・16革命」への歴史認識と評価は韓半島の未来を決定します。韓半島の現状打破、つまり韓半島においての前近代性や悪の克服と清算を、全うするのか諦めるのかです。自由と良識を愛するなら現状打破に出るべきだと思います。「北韓解放」こそ、韓半島の近代化であり、今、指摘された「5・16革命」の完結になるはずです。

 

洪 熒(桜美林大学客員教授・統一日報論説委員)

佐藤勝巳(ネット「現代コリア」主筆)

更新日:2022年6月24日