宥和政策は戦争を誘発する

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010.12.15)

本質を報道しないマスメディア

佐藤 北の延坪島侵略が起きて3週間ほど経過しましたが、マスメディアは、第七艦隊を中心とする米韓、日米軍の合同演習や「緊張する朝鮮半島情勢」というタイトルで、延坪島が攻撃され、島民が防空壕に避難する映像を繰り返し放映しています。勿論、危機をアピールすることは必要なことですが、どうしても気になることは韓国も、日本もこの事態をどう捉え、どう対処するかという基本的な意識が希薄なような気がしてなりません。

 テレビは連日歌舞伎俳優の不祥事を報道していますが、北の韓国砲撃の報道と一体どちらが大切なのか。あまりにもバランスを欠いています。このアンバランスが外から狙われて尖閣諸島問題を引き起こした要因の一つではないのか、と思っています。

北の侵略は北方限界線(NLL)をめぐって起きたのです。そもそもあのラインは如何なる経緯で設置されたのかということについての考察は、全てのメディアを見ていませんから断定的なことは言えませんが、11月29日の本ネット「金正日の野蛮な賭け」で洪さんが説明したもの以外目にしていません。メディアは国民になぜ正確な情報を提供しないのか、とんでもない怠慢としか言いようがありません。

 

NLLを動かす侵略

 NLLは、韓国戦争(朝鮮戦争)が停戦した1953年7月27日時点で、制海権は国連軍が完全に掌握していました。共産軍は停戦時、東・西海のどの島も支配していません。波打ち際が境界線だったのです。 ところが国連軍司令官が白翎島の北を一方的に譲歩し、北の陸地と韓国の島との中間点にNLLを決めたのです。

再び指摘しますが、今年金正日の天安艦と延坪島への攻撃は、NLLを武力で移動させようとする、つまり停戦協定(1953年体制)による「現状」の変更を狙う侵略、戦争再開の宣言なのです。この捉え方が日韓ともに十分ではないのが最大の問題です。もっと言えば金正日体制の凶暴性の捉え方が不十分だから、戦闘機が空母から発着陸する映像を放映し続ける、劇画的ニュース報道に陥るのです。なぜ金正日を糾弾しないのか。

 

領土は力関係で決まる

佐藤 砲撃があった直後、NHKの「日曜討論」で砲撃問題を専門家たちが討論していましたが、金正日政権がなぜ攻撃して来たのかという点についてほとんど議論をしなかったように記憶しています。

この事件の最大のポイントは、今なぜ、北が砲撃してきたかです。南・北は経済力をはじめ文化、教育、科学技術、農業など、何を比較しても比較の仕様もないほどの大差があります。つまり弱者が強者を攻撃してきたのはなぜか。

これを「中・朝」対「韓・米」という枠組みで見ると、アメリカの力の低下や中国の躍進という、より大きな戦略構図の変化が起きていることです。日本に民主党政権が誕生してから、沖縄の米軍基地問題などで摩擦が生じました。まさにそのとき、金正日が韓国哨戒艦を撃沈し、中国が尖閣諸島に出てき、金正日が延坪島を攻撃して来たのです。「領土(国境)は力関係で決まる」というのが私の持論です。今ひとつは韓国を脅してモノなどを取らなければ、北の政権がもたなくなってきているからです。

 

自主防衛

 李明博大統領の行動は、暴力団が押しかけて家族に刃物を突きつけて生命を脅かしているのに、まず体当たりでもして家族を護らねばならない場面で、電話機を持って110番に電話ばかりして、早く来てくれないのが怪しからん、と言っているのと同じです。天安艦が撃沈されたときに、断固反撃をしていたら、あんなに簡単に延坪島攻撃は出来ません。今回も、空軍機が北の陣地をミサイル攻撃で打撃を与えておけば、次に容易に手が出せないのです。(写真は北の砲撃を受けながら反撃に出る韓国海兵隊延坪部隊の砲兵隊)

 

能力と適性を欠く大統領

佐藤 李大統領は反撃をしないで、「今後攻撃したら断固報復する」と、盛んに言っています。天安艦撃沈の時も同じことを口にしていました。 殴られてその場で殴り返さず、「今度殴ったら酷い目にあわせる」と言っているのですから、金正日にとって痛くも痒くもありません。完全に足元を見透かされています。

 

 あの大統領は、原発を売り込むとか、仕事を取るなどの商売は上手ですが、国家の安保のために戦うという決断が出来ない臆病者です。天安艦が撃沈された今年の3月、大統領と彼の取巻き達は「予断するな」「北だという証拠を示せ」と軍の判断や対応を牽制したのを韓国民の誰もが記憶しています。北に対する制裁をあれこれ口にしたが、北に打撃を与える制裁は、結局、何もしなかったのです。

延坪島が砲撃を受けたら、軍がたるんでいると言って国防長官を更迭しました。天安艦のとき、北を擁護した青瓦台(大統領府)の幹部は誰一人責任を取っていません。北は「先軍政治」を唱えて核保有を既定事実化しているのに、南は李明博大統領(右写真)をはじめ政権の中枢に軍隊の経験のない人が多すぎます。これは致命傷ですね。危機に当って大統領が軍事を軽視し臆病では話になりません。だからこんな危機的状況に陥っているのです。 

 

戦争を望む北住民

佐藤 臆病という点では鳩山由紀夫、菅直人両氏も、多分、日本国民も国を護るために断固戦うという態度をとることは現状では難しいと思います。個人も国家も「失うもの」を余りにも多く持ちすぎました。

北の「強さ」は10年ほど前から、生活苦から現状脱出のため、一種の戦争待望論が国民の間に広まっているという話が伝わってきていました。まさに今は、飢餓からの戦争待望対豊饒からの戦争回避という構図です。主観的にわれわれがどう考えようと、飢えた狼の群れは、太った動物に襲いかかってくるということです。

 

仁川空港が危ない

佐藤 11月に、日本経済新聞の鈴置高史記者が小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞社刊)を出版しました。この小説の中で、仁川空港沖で韓国軍が誤って中国の貨物専用機を撃ち落としために、仁川空港(右写真)が全面閉鎖されるという話が出て来ます。ハイテク部品の空輸が止まり、ウォン、株が暴落して韓国経済が危機的状況に陥っていくとき、日米中がどう動くか。結局、韓国は中国に飲み込まれていく、という過程を詳細に描写しています。

このくだりを読んだとき私は咄嗟に、1986年9月14日の北がソウルのアジア大会阻止を狙って「金浦空港爆弾テロ」を実行した事件を思い起こし、金正日がこの次に韓国に仕掛けてくるのは、仁川空港テロではないか、と直感したことです。 情勢は、危険水準をはるかに超えていると現状を捉えるべきだと思っています。 

 

 金正日が「西海NLLの変更」に出たのは、白翎島や延坪島など「西海5島」が、仁川空港だけでなく韓国の首都圏全体の息の根を完全に止められる急所だからです。つまり「停戦協定体制」の一部を変えることで、陸上の休戦ラインを破る全面戦争をしなくても韓国を事実上支配できる勝利を狙う戦略です。

金正日は人民を搾取し収奪して、結果的に今指摘されたように戦争を肯定する状態に民を追い込んで、独裁者の野望を果そうとしています。もちろん、金正日の目論見は諸刃の剣でしょう。

中国は、このような金正日の冒険主義を積極的に阻止せず、攻撃された韓国が憤慨すると「自重」するよう韓国、日本、アメリカに求めています。要するに客観的には金正日を擁護し、米韓日の力を削いでこの地域に覇権を拡大して行くために、中国と北は、お互いに利用し助け合っているのです。韓日米の外務大臣が会議を開いて、中国にもっと金正日に圧力を掛けろと言っていますが、見当外れもいいところです。(写真は引揚される天安艦の艦首、2010年4月)

 

緊張と相互利用

佐藤 ヤクザの子分が、親分の前で堅気の人間に向かって、大きな声で吠えて脅します。すると親分が子分を「まあまあ」と言って抑えます。これはゆすりたかりの常套手段です。中国に対して北に圧力云々など、親分に対して子分に圧力をかけろ、という話です。実態を知って駆け引きで言っているのならともかく、本気で口にしているのなら相手に馬鹿にされるだけです。

ただ中国は、北京が射程圏内に入る北の核ミサイル保有は容認できないはずです。したがってこの面で両国は摩擦関係です。 反面、金正日に韓国を攻撃させ、米韓日3国を追い詰めることは両者にとって利益です。中朝の関係は「摩擦と相互利用」というヤクザの親分と子分の関係に酷似しています。

 

限界のない我慢は奴隷

 北は、12月8日、白翎島の近くのNLLに大砲を打ち込んできました。限界のない我慢は「奴隷の我慢」です。 ヒットラーを増長させたのはイギリスとフランスの宥和政策であったことは広く知られた史実です。戦争を防ぐのは断固たる態度をとる以外にないことは歴史が物語っています。何よりも韓国は砲撃され、日本は尖閣諸島を中国に狙われています。ロシアも日米の合同軍事演習を公然と妨害してきました。相手(敵)の意志が弱い、甘いと見れば、寄って集って襲いかかります。これこそ日韓米が直面している現実です。

 

現実を学び、将来に生かそう

佐藤 今東アジアで起きている情勢と課題は、鮮明になってきました。日韓米が、中朝にどう対処して自由民主体制の安全を護るのかということと、金正日政権の「末期的自爆テロ」を未然にどう封じ込めるのかということです。

ところが日本の民主党政権は、合同軍事演習という名の「戦争」が始まったのに、この戦列から離脱し、党内の主導権争いにエネルギーを消耗しています。政権が自滅するときはいつも似た現象が起こります。自民党も駄目でしたが、民主党はさらに駄目です。選挙民はこの現実から何を学ぶのか。だが、この現実を作り出したのは有権者の無責任な投票行動でした。昨今の事態を勉強し、次の責任ある投票に備えて欲しいと思います。

 

 金正日の挑戦やその背後の中国共産党の覇権主義、つまり大陸独裁勢力からの現状変更の圧力に立ち向かうためには、自由民主主義の価値観に対する確信とこれを護り抜くという意志が必要です。

金正日体制と中国共産党の戦略、攻勢の根源が軍事力、その中でも特に核ミサイルである以上、韓日は、向こうの圧力・戦略を一挙に無力化する戦略やこれを実行する意志を闡明(せんめい)にする対応が避けられません。今のところ韓日が取るべき選択は中・朝への強力な独自の抑止力確立です。われわれの自由、われわれが享有する体制を護るための投資を今怠ると、日韓は将来もっと高い代償を強いられることになります。

更新日:2022年6月24日