ボロボロの金正恩承認人事

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010.10.13)

 

佐藤 注目された朝鮮労働党代表者会(9月28日)を通じて「党指導機関」の人事が公表されました。まず、今度の会議を朝鮮労働党の歴史の中で、どう位置づけるか、ということが重要かと思いますが……。

 

党を破壊した「唯ー指導体系」

 そもそも金正日は、父から絶対権力を承継しながら、「唯ー指導体系」(注1)と称して党の規約などを完全に無視し、党大会も中央委員会総会も開かないまま、党組織をただ個人神格化独裁の道具にしてきました。その結果、1980年の第6回党大会では145名いた党中央委員が、死亡や失脚等で77名になり、現在68名しか残っていません。また5名いた政治局常務委員も1名だけです。政治局委員、同候補、書記局員も、党大会などを開かないのですから、死亡しても補充すら出来ません。結局、党組織全体をガタガタにしてしまったのです。

 多分、金正日やそのー族は、ここに至って、金氏王朝3代目への世襲を決めながら、これを自分が決めたのではなく労働党が決めたものだ、と逃げようとしています。

 

 (注1)唯ー指導体系  革命の党は首領に指導されねばならないという「革命的首領観」に基づく北の鉄の個人独裁システム。1960年代から金日成は、自らの「抗日闘争」だけを党の唯一の抗日革命伝統として打ち出し個人崇拝体制を確立し、朝鮮労働党の金日成党化を図ってきた。金正日もまた、後継者としての自分の地位を構築する過程で、父・金日成を神格化する「党の唯一思想体系確立の10大原則」(1974年)で完成させた。今回の金正恩への権力世襲の試みにおいても、「党の唯ー領導体系」の確立が強調されている。

 

 

党破壊の「先軍政治」

佐藤 北は韓国を赤化するため、スターリンと毛沢東の全面支援を得て南侵戦争(1950~53年朝鮮戦争)までやったのに失敗しました。そこで金父子政権は、核ミサイルなどによる軍事力強化に、ヒト、モノ、カネなど北の全資源を投入してきたが、間違った目標と戦略で国の体制そのものが崩れ出してきました。すると金正日は父の死後、「先軍政治」(注2)と称して暴圧体制ー層強化し、昨年はとうとう自分が委員長である国防委員会を「最高権力機関」と憲法に規定しました。

 

 (注2)先軍政治 この言葉が朝鮮労働党に最初に現われたのは1997年、金正日が「総書記」に推戴されたときからである。金正日は朝鮮人民軍を社会主義建設の主力とみなし、「先軍政治は私の基本的な政治方式であり、我々の革命を勝利に導くための、万能の宝剣です」と述べている。マルクス・レーニン主義は、間違っているが、社会主義建設の主要勢力を労働者、農民と規定している。先軍政治は、これとも異質のものである。

 

 

特権維持を狙った党代表者会議

佐藤 2008年夏、金正日は病気で倒れ、昨年春も体調を崩したといわれています。見た目にも最近は老いが目立っています。党組織が機能しない上、カナメの独裁者が亡くなったら、収拾のつかない混乱が容易に予測されます。金正日の死後、金氏王朝が全面否定されたら金氏ー族はもちろん、残された幹部たちは真っ先に特権的地位を失ってしまいます。だから幹部たちがポスト金正日体制作りを急いだのでしょう。

 今ひとつは中国です。本欄でも繰り返し指摘してきたことですが、北が混乱して自由民主主義が中国国境まであがってきたら大変だ、と彼らは考えています。だから、現状維持の一点で中国と北の支配層との間で意見が一致したことで党代表者会議になったということでしょう。

 

無茶苦茶な混乱

 党規約に「朝鮮人民軍は……朝鮮労働党の革命的武力である」(7章)と明記されています。当然のこととして軍は党中央軍事委員会の指導下にあるはずです。ところが先ほど触れたように、国防委員会を憲法で「最高権力機関」と規定しました。金正日のいう「先軍政治」は、前述のように軍が社会主義建設の「万能の宝剣」と主張していす。

 ここで興味深いのが、国防委員会が党中央委員会の指導下にあるのかどうかです。今は党の総書記も国防委員長も同じ金正日で、また「唯一指導」で、独裁者金正日の言葉が絶対法ですから、本人は矛盾しないのかも知れません。常識的には、わざわざ新しく構成した中央軍事委員会が機能すべきですが、どうでしょうか。それにしても滅茶苦茶な混乱で、金正日独裁の実態をよく反映していると思います。

 

佐藤 そもそも党大会も党中央委員会総会も開催されていないのに、国防委員会が「最高権力機関」と位置づけられたのは、言うまでもなく金正日が決めたことです。だったら、党代表者会など開く必要はないわけです。金正日が「俺の後継者は正恩だ」と宣言すれば、幹部も党員も国民も全部従います。ここに来て、なぜこんな党人事を行なったのか。金正日自身が自らの限界、余命を自覚したということなのか……。 

 

金正日独裁に変化なし

 「党指導機関」のメンバーは当然親族、側近、軍の忠臣たちです。そして政治局員の平均年齢は約78歳ぐらいですが、「政治局員」という「勲章」を与えたという感じです。困難を打開するパワーを全く感じとることが出来ません。独裁者金正日が亡くなったら、政治局が権力の果たして受け皿になり得るのかも分かりませんが、仮にそうなったにしても、また、金正恩を支える権力機関になったとしても、平均年齢78歳の老幹部たちに耐え得るはずがありません。

 いわゆる「党指導機関」が構成はされましたが、金正日が生存している限り最後まで権力を手放すなどあり得ない話です。現に独裁者の手足や目や耳となって動いている実働部隊・縁の下の力持ちら(書記室)は、政治局員、書記局員などに顔を出していませんが、「唯ー指導体系」は健在、機能しています。

 

佐藤 金正日の日課・行動日程、随行者の決定、警備、体調の管理など具体的に仕切っている手下らが本当の権力を持っています。現時点では政治局員、政治局常務委員などは、後期高齢者に贈られた「称号」のようなものと考えるべきものでしょう。金正恩は、父の正日だけが動かせた「唯ー指導体系」の引継ぎに成功するだろうか。

 

封建反動クーデター

 正恩への権力世襲とは「独裁システム」を継ぐことですが、それは無理でしょう。それにしても、平壌の金正日体制やー族の状況認識や対処能力はお寒いものです。飢餓の国で、どうしようもなく硬直したシステムを、肥満型の餓鬼に大将の階級を与え、暴力で国民を抑えさえすれば、権力継承や体制の維持が可能だと思っているようですね。それとも、そう期待するしかなかったのかも知れません。

 21世紀のこの世の中で、「人民共和国」を「王国」に変えると宣言したのだから、これこそ「封建反動クーデター」です。金正恩への世襲は金正日の最後かつ最大の失敗作、自殺策だったことが遠からず判明するはずです。

 

数々の疑問人事

佐藤 金正恩が、なぜ国防委員会の副委員長でなく、党中央委員会軍事委員会副委員長(新設)なのか、です。また、国防委員会副委員長の呉克烈はただの中央委員で、政治局員候補にすらなりませんでした。同じく副委員長の張成沢は、金正恩の後見人と目されていたのに政治局員候補です。国防委員会内部で何かが起きていたのか。また、張成沢の妻、金敬姫は大将で政治局員、発表された序列が夫より上なのは何を意味するのか。今指摘した数々の疑問は、そう遠くない将来解明されると思います。金正日が死亡したら、諸々の矛盾が、路線対立と絡んで表面化します。27歳の正恩ではとても手に負えません。

 

 今までの北に関する認識は、発表された肩書きや序列で権力の大きさと捉えてきましたが、今回の党人事はボロボロの状態です。金正日や金正恩を擁立する勢力が今のところできたのが、上記の宮廷内人事です。つまり今回の人事を、金正恩後継への始まりと見るべきか、それとも終わりの始まりと見るべきかですが、本当の権力闘争や粛清はこれからです。

 

水面下で巨大な潮流

 これまでの対談で何度も言及してきましたが、暴圧体制の下で人民の暮らしを支えてきたのは「市場」です。住民の80%近くが、金正日らとは関係なく、市場からモノを買って生きています。需要と供給によって商品の価格が決定されているのが、すでに15年間も続いています。この過程で、金正日らに頼らなくても生きてきたという自信が、人民の意識を変えたのです。

 金正日体制や労働党は、人民という水の上に浮いている油に過ぎません。暴圧体制と「市場勢力」の対決は、北の情勢を見ていく上で見落とすことの出来ない重要なファクトです。

 

佐藤 昨年末の「通貨改革」が失敗した理由は、市場を武力で弾圧できなかったことです。軍、公安機関、党機関なども独自に商社を持って資金稼ぎをしていますが、彼らは中国などから仕入れた商品を、市場を通じて販売していたので、肝腎の市場を潰したら、自分たちの資金稼ぎが出来なくなってしまいます。つまり、住民だけではなく、党、公安、軍も市場にがっちりと組み込まれていたことが明らかになったのです。

 他方、水面下では韓国から、モノ、カネ、映画など資本主義文化がDVDなどを通じて流入してくる。空からは独裁体制批判のビラとドル紙幣が降ってくる。確実に独裁体制を脅かす「攻撃」が進行しています。これが効果を発揮しているから、軍は風船打ち上げ場所を「武力攻撃する」と悲鳴をあげています。これらの動きがどういう形で政治と結合、顕在化するのか現時点では分かりませんが、極めて注目すべき動向です。

 

金正日を支える中国

 この政権を倒れないように援助しているのが中国です。結果としてではあるが、判断ミスによって独裁政権を助けてきたのが、韓国の親北左翼政権、アメリカ、日本の歴代政権です。思惑はそれぞれ違いますが、各国とも現状の固定化で利益を見出していることです。それで核を破棄させることが出来たのならまだしも、逆に核開発は進み、北韓の住民の人権侵害などは全く改善されていません。

 天安艦を撃沈した金正日政権を恥知らずにも庇護し続けている中国の対応は、明らかに犯罪者への共犯です。だが、これに対してようやく世界の厳しい目が向けられるようになりました。

 

暴かれた中国の正体

佐藤 尖閣諸島で起きた中国「漁船」の海上保安庁巡視船への衝突事件は、第二次世界大戦後、日本国民が「中国の正体」を知らされた劇的な事件でした。身近の国民の健全な反応を見て、「太平の夢」から覚める可能性がある、と思いました。

 オバマ政権は、7月から日本海と黄海で韓国軍と合同軍事演習、11月からは日米の合同軍事演習が東シナ海で行ないます。情勢が急展開をしていることは歓迎すべきことで、6者協議など話題にも上らなくなりました。

 

 そこに中国の民主化活動家にノーベル平和賞が授与され、中国共産党の報道規制が全世界に明らかになり、ノーベル平和賞の授与が的を射たものとなりました。中国は逆に、北京オリンピック、上海万博の「成果」が吹き飛んでしまった感じです。韓国でも天安艦撃沈を契機に、中国への警戒心は、中国が60年前韓半島を侵略した「韓国動乱」以来最大のものとなっています。国際政治はー寸先が闇です。

 

独裁政権との闘い放棄は自殺行為

佐藤 雲霞(うんか)のごとく尖閣諸島に中国人が押しかけて、日本の領土が中国に奪われるかもしれません。時代に対応できない金正日政権や菅直人政権が、半年後に存在しているのかどうか予測できない時代に入った感じです。

 

 恥ずべき親子3代にわたる権力世襲、国民のあらゆる人権を蹂躙し、核ミサイルを開発し続けている独裁政権を、関係国の目先の思惑や指導者たちの無能・卑怯さで生かし続けるのは民主主義の自殺行為であり、歴史の前進を止めたと裁かれて当然かと思います。

更新日:2022年6月24日