金正日訪中、「6者協議」再開の謀略(下)

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010. 9.10)

 

なぜ、金正銀なのか

佐藤 今回の金正日の訪中をめぐってのメディアの報道では、金正日が今まで誰も見たこともない、「幽霊」のような子どもを連れて行ったかどうかが異様に取り扱われました。後継者として中国の承認を取り付けたのかどうかというニュアンスの報道を見て、開いた口が塞がりませんでした。

 

 ことが北でなく他の国なら単なるゴシップです。多くの国のトップが外国を訪問する時、奥さんはもちろん、子どもも非公式に同伴するのは珍しいことではありません。つまり、子どもに見聞の機会を与えるという気持ちなら問題ではありません。だって、金正日はすでに子どもたちを全部ヨーロッパなどで教育させているでしょう。

 金正日の後継体制は北と韓半島全体にとって重要なことであることは間違いありません。そうだからこそ冷静に注目し対応すべきことを、メディアは逆に金正銀の後継認知が訪中の最大目的だと勝手に決めて、常軌を逸した騒ぎをし、中、朝の戦略的思惑を見落としてしまうというお粗末ぶりです。

 

中国への事大主義

佐藤 一番驚いたのは、朝鮮日報8月31日付の「金総書記訪中、中国、北の『三代世襲』を黙認か」という報道でした。韓国政府関係者は中国が金日成の「聖地巡礼」を配慮したことが、「キムジョンウン氏による後継者に対する暗黙の支持をうかがわせる」と言っているようです。北の人間が言っているのではなく韓国の政府関係者が発言しているのには呆れて言葉がありません。大体この理解は牽強付会(けんきょうふかい)です。中国に対する事大主義がにじみ出ており、驚くと同時に深刻だと本当に思いました。中国は簡単に韓国を操ることが出来るでしょう。

 

世襲をなぜ批判しないのか

 王朝でない国で、親から子どもに絶対権力が3代も世襲される。「人民共和国」の名を持つ「国」ではあり得ないことです。こんな馬鹿なことがどうして批判の対象にならないのか。暴圧体制の下で生存すべき北の人間なら、権力や体制への批判・抵抗は命取りになるから誰が後継者になっても従うしかないのかも知れません。

 しかし、自由民主主義の社会で、自国の安保を脅かすテロ国家の絶対権力の世襲を当然視する知識人の風潮やメディアの報道は深刻な問題です。金正日体制の野蛮性を黙認する周辺国や、特に自由社会のメディアの独裁体制を批判しない姿勢が、状況を悪化させています。

 

北は最大の差別国家だ

佐藤 子どもに権力を世襲させるのは親が優れた「血」を持っているから、子どもも優れている、というまぎれもなく儒教的価値観です。この考えの対極には優れていない親の子どもは優れていない、という確固たる差別意識に裏打ちされています。そしてあろうことか、国民を金正日への忠誠度「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」に大別、徹底した身分差別を実施しています。この差別的政治体制下で無数(700万人)の人間が殺戮され、人間の尊厳が踏みにじられている。この事実を不問に付して、誰が後継者になるかなどと大騒ぎをしているメディアは、軽薄を通り越して、犯罪に近い行為ではないのか、この度改めて感じました。

 

6者協議を脱退したのは金正日だ

 金正日の今度の遊覧的な中国訪問を見て、失敗国家(金正日体制)を利用しようとする中国の卑劣な態度を改めて痛感しました。国連の制裁対象である金正日に、国連安保理常任理事国である中国のトップ胡錦濤が、長春まで会い行ったのは、如何なる論理や名分からも合理性がありません。

 中国と北の思考や行動が、自由民主主義社会の常識からどれほどかけ離れたものかは明らかです。中国は国連の対北制裁と、天安艦爆沈に対する対北制裁を無力化とするため「6者協議」再開に必死です。だが、金正日が6者協議に「再び戻ることは決してない」と宣言したのは昨年の4月14日です。米、韓、日はこんな連中をなぜ相手にしなければならないのか、です。

 

6者協議をご破算に

佐藤 中国が国際社会で最小限の信頼でも保ちたいなら、ならず者国家を庇護する6者協議再開を云々する前に、北の労働党代表者会議を睨んで権力の世襲は社会主義の道徳や原則に反すると堂々と忠告すべきです。

 日、韓、米は、そんな度胸もない中国が議長を務める6者協議に応じてはならないと思います。アメリカのコーエン元国防長官は9月2日、6者協議をご破算にして、非核化の「新しい枠組みを」と提言していますが当然のことです。日本は毅然として同調すべきです。

更新日:2022年6月24日