金正日訪中、「6者協議」再開の謀略(上)

対談 洪熒・佐藤勝巳

(2010. 9. 6)

 

金正日訪中

佐藤 鴨緑江河口が大洪水に見舞われ、米の元大統領カーターが訪朝しているというのに、金正日は面会もせず、慌ただしく訪中しました。5月に訪中してまだ3ヵ月しか経っていないので、その理由は何か、と関心がもたれています。私は新華社通信を読んで、この度の訪中を、アメリカが金正日体制に対して、大規模な米韓合同軍事演習と北高官の銀行口座をピンポイントで閉鎖させるという、具体的な行動に出たことが、金正日、胡錦濤にとって予想外のことで、急遽対策が必要となった、と見ています。

 

 金正日が会談を呼びかけたのですから、北の必要によって中朝首脳会談が行われたのでしょう。中国は、金正日の暴走によって韓、日、米の連帯が強まった。他方、北を庇(かば)う中国への警戒と批判が日韓で強まるなかで、緊急な意思疎通が必要となり、胡錦濤が長春まで出向いて、金正日に会ったのだと思います。天安艦撃沈の対応として、黄海で軍事演習を韓米にやられ続けたら、中国の軍事情報が裸にされるのはもちろん、中国の面子(メンツ)が潰れる。アメリカは予告通り8月30日(ワシントン時間)制裁を発表しました。中身は、金正日体制の核心機関などへの追加制裁(行政命令13551号)です。アメリカが本気で制裁に動いたら、中国が企む6者協議は吹き飛んでしまい、金正日政権が持たないという危機感からの緊急首脳会議ということであった、と見ています。

 

胡錦濤、「6者協議」提案

佐藤 新華社通信は首脳会談に関して「中国は朝鮮が朝鮮半島の情勢の緩和、外部環境の改善に向けて積極的な努力を行なうこと尊重、支持するとともに、関係各方面が朝鮮半島の平和と安定、非核化の旗を高く掲げ、現在の緊張した情勢を緩和するため、6カ国協議を早期に再開し朝鮮半島情勢の段階的回復を推進するため積極的に努力することを主張する」と朝鮮半島の緊張緩和を強調しています。

 

 「6者協議」は北の核武装の阻止から、いつの間にか「停戦協定」を「平和協定」に変える論議の場に変質しつつあります。中国はいわゆる6者協議の「議長国」として、関係国に幅を効かしてきましたが、いまや「中国は金正日の後見人」として北の核解決への努力はポーズだけというのが誰の目にも明らかになりました。別な言い方をすれば、中国は地域覇権の確立に北や「6者協議」を利用しているだけです。この度の米韓の軍事演習などは中国の地域覇権確立を阻止するだけではなく、金正日もピンチに追い込まれます。

 

制裁解除の陰謀

佐藤 国連は2006年、北の核実験に対して制裁を科しました。だが、その直後にブッシュ政権は、中間選挙に敗北したこともあって、圧力から対話に路線を変更、国連決議を骨抜きにした「犯罪歴」があります。今回中国が主張している朝鮮半島の「緊張緩和のための6者協議」提案は、金正日政権にかけられている制裁解除の陰謀が裏に隠されています。「転んでもただは起きぬ」したたかさがあります。

 

同盟国への裏切り

 先ほども言いましたがアメリカは、胡錦濤・金正日会談が行われた後、金正日の秘密資金を管理する39号室と対南挑発の総本山である偵察総局など3機関と1個人(偵察総局長)を制裁対象に追加する行政命令(米国内の財産凍結と銀行取引停止)を公表し、これからも追加措置を取ると断っています。ブッシュ政権のときとは逆です。ところが李明博政権は同じ日に、北の水害に対して100億ウオン(約7億円)の赤十字人道援助を提案しています。これは同盟国に対する裏切りです。中国側の6者協議提案が、こんな形で韓国に影響しています。要注意です。

 

「6者協議」の欺瞞

佐藤 中国にとっての6者協議は、アジアにおける覇権の確立と韓半島分断固定化――南北の軍事分界線が中国国境へ移動するのを遅延させて現状を維持――の手段です。金正日にとっての6者協議は、非核化を掲げることで米中などを騙して重油をタダ取りできる詐欺を働けれる美味しい場所です。また、6者協議が続く限り、日本と韓国から核保有の声が上がりにくい、という米、中、北にとって誠に都合のよい場所でもあります。

 

 韓国は、金大中・盧武鉉親北政権から李明博政権に変わって、李政権は天安艦事態で見られるように中国を過度に意識しているものの、「北の非核化」は要求し続けています。中国は天安艦事件で国連安保理の制裁妨害をした。するとオバマ政権は対北抑止力行使と経済制裁を着実に実行し始めました。こういう流れの中での朝中首脳会談であったと申し上げましたが、中国は差し当たって、韓、日、米連帯への撹乱や次の手までの時間稼ぎとして6者協議再開ということで、金正日を説得したと見るべきでしょう。

 

抑止力なき外交は時間の浪費

 われわれが教訓として学ぶべきことは、ああいう「ならず者体制」には抑止力の行使なきところでの外交は時間の浪費ということです。李明博の水害支援、菅直人内閣の朝鮮高校生の授業支援など金正日の本質を取り違えたナンセンスな行動です。

 

 

佐藤 金正日訪中に当たって今まで「幽霊」のように存在してきた子どもを連れて行ったかどうかが異様に取り扱われました。後継者として中国の承認を取り付けたのかどうかというニュアンスの報道を見て、開いた口が塞がりませんでした。

 

 ことが北でなく他の国なら単なるゴシップです。多くの国のトップが外国を訪問する時、奥さんはもちろん、子どもも非公式に同伴するのは珍しいことではありません。つまり、子どもに見聞の機会を与えるという気持ちなら問題ではありません。だって、金正日はすでに子どもたちを全部ヨーロッパなどで教育させましたから。

金正日の後継体制は北と韓半島全体にとって重要なことであることは間違いありません。そうだからこそ冷静に注目し対応すべきことを、メディアは逆に金正銀の後継認知が訪中の最大目的だと勝手に結論を出して常軌を逸した騒ぎをし、中・朝の戦略的思惑を見落としてしまうというお粗末ぶりです。

 

中国への事大主義

佐藤 一番驚いたのは、朝鮮日報8月31日付の「金総書記訪中、中国、北の『三代世襲』を黙認か」という報道でした。韓国政府関係者は中国が金日成の「聖地巡礼」を配慮したことが、「キムジョンウン氏による後継者に対する暗黙の支持をうかがわせる」と言っているようです。北の人間が言っているのではなく韓国の政府関係者が発言しているのには呆れて言葉がありません。大体この理解は牽強付会(けんきょうふかい)です。中国に対する事大主義が自然に現われていて、驚くと同時に、深刻だと本当に思いました。政治に簡単に利用されます。(何が政治に利用されるのですか)

 

世襲をなぜ批判しないのか

 王朝でない国で、親から子どもに絶対権力が3代も世襲される。「人民共和国」の名を持つ「国」ではあり得ないことです。こんな馬鹿なことがどうして批判の対象にならないのか。暴圧体制の下で生存すべき北の人間なら、権力や体制への批判・挑戦は命取りになるから誰が後継者になっても従うしかないのかも知れません。

しかし、自由民主主義の社会で、自国の安保を脅かすテロ国家の絶対権力の世襲を当然視する知識人の風潮やメディアの報道は深刻な問題です。金正日体制の野蛮性を黙認する周辺国や、特に自由社会のメディアの独裁体制を批判しない姿勢が状況を悪化させています。

 

佐藤 子どもに権力を世襲させるというのは親が優れた「血」を持っているから、子どもも優れている、というまぎれもなく近代以前の思想です。この考えの対極には優れていない親の子どもは、優れていない、という差別意識に裏打ちされている非民主的な思考です。

その上に個人独裁体制です。核を開発、日本人、韓国人などを拉致、哨戒艦は撃沈する。この地域の悪の権化でしょう。この重要な政治問題に触れないで、誰が後継者か、などと大騒ぎをしているメディアの関心の持ちようは、真面目さを欠いた態度です。

 

 金正日の今度の遊覧的な中国訪問を見て、失敗国家(金正日体制)を利用しようとする中国の態度はやはり共産主義国家だと改めて痛感をしました。国連の制裁対象である金正日に、国連安保理常任理事国である中国のトップ胡錦濤が長春まで会い行ったのは、如何なる論理や名分から見ても合理性がありません。

中国と北の思考基準や行動が、自由民主主義社会の常識からどれほどかけ離れたものかは明らかです。中国は国連の対北制裁と、天安艦爆沈に対する対北制裁を無力化とするため「6者協議」の再開に必死です。これに応じてはなりません。

 

6者協議をご破算に

佐藤 中国が国際社会で最小限の信頼でも保ちたいなら、ならず者国家を庇護する6者協議再開を云々する前に、北の労働党代表者会を睨んで権力世襲は社会主義の道徳や原則に違反すると堂々と主張すべきです。

日、韓、米は、常識も無い?中国が議長を務める6者協議に応じてはならない。アメリカのコーエン元国防長官は、9月2日、6者協議をご破算にして、非核化の「新しい枠組みを」と提言していますが当然のことです。日本は毅然として同調すべきです。

更新日:2022年6月24日