哨戒艦撃沈事件で、怖気づく青瓦台

洪熒・佐藤勝巳

(2010. 4.16)

 

佐藤 3月26日夜9時22分、韓国西海の白翎島(はくれいとう)近くで韓国の哨戒艦「天安」(1200トン級)が撃沈され、「事故だ」「北の仕業だ」「内部爆発だ」とさまざまな憶測が飛び交い、大変な騒ぎになりました。この騒ぎの最中にホンさんはソウルにいたので、事件の経緯と問題点についてお話しをうかがいたい。

 

魚雷攻撃以外考えられない

 104人の乗った哨戒艦が暗い海上で突然爆発し、真っ二つに割けて沈没。わずか2分ほどで艦尾が完全に沈み、艦長も自室に閉じ込められ、外からドアを破って救出されました。爆発の瞬間、海軍戦術指揮統制体制のモニターから「天安艦」の存在が消えたのですが、海軍第2艦隊司令部が状況を把握したのは、艦長から携帯電話で救助を要請されてからでした。南北が3回も交戦した「接敵海域」で、沈没した哨戒艦から「やられた」という報告があったわけですから、軍は最高の警戒態勢を敷き、生存者の救助と同時に哨戒艦を攻撃した敵(潜水艦)の索敵と撃破を命じました。まさに戦争状況でした。

 警察も、軍から情報を受けて「乙号非常警戒令」を発令。甲号は戦争のときですから、それに次ぐ警戒態勢を布きました。平壌側はこれまで「攻撃予告」をし続けてきていましたから、軍は当然の判断を下し対応したのです。

 

 ところが、政府も国民も、特にメディアは準戦争状況だという意識がなく、まるで海難事故のように捉えたのです。加えて青瓦台(大統領府)が混乱を助長しました。大統領府は、軍事・戦争行為に対応しようとせず、テレビカメラに映る沈没光景ばかりを気にし、人命救助ばかりを強調しました。しかし人命救助は、大統領が指示しなくても当然行います。火事が起こったら大統領が言わなくても消防士が鎮火します。大統領が鎮火せよと指示する国はろくな国ではありません。大統領や大統領府のやるべき役目は別途にあるはずです。

 そもそも最高指導者の仕事は、不確実な状況でも必要な決断を下すことです。奇襲攻撃を受けて対応に追われている軍に対し、大統領が軍の判断を〝予断〟だと退け、証拠を求めるのは正気の沙汰でありません。

 

佐藤 どこから「北が攻撃したかどうかわからない」という話が出て来たのですか。

 

北攻撃を打ち消す青瓦台

 天安艦が沈没した26日の深夜、大統領主宰の安保関係長官会議が開かれました。その会議の後、青瓦台のスタッフが哨戒艦沈没と関連した「北の特異な動向はない」と発表したのです。ほぼ全報道機関が、北の仕業を念頭においていたのに、青瓦台が敢えて軍の情報判断、つまり科学的・専門的判断を「証拠がない」から「予断だ」と退けたのです。

 哨戒艦が真っ二つになった現場から、艦首部の58人のみを救助したと報告を受けながらも、当局は艦尾に穴が開いたのだと状況を縮小しただけではなく、事実を隠蔽し続けたものですから、これが合図だったかのように、左派が支配するメディアは一斉に「座礁」「内部爆発説」「触雷説」などの噂を流し、事態の核心を「奇襲攻撃」から「海難事故」へと持っていったのでした。

 

朝鮮日報がスクープ

 これに対して、僅かな保守的インターネット媒体が専門家などの分析を紹介し、青瓦台側や言論界の主張に反駁しました。テレビや新聞などが、海軍が何か隠しているに違いない、「疑惑がある。疑惑がある」と騒いだ大きな要因は、青瓦台の高官が言論界に「軍が言うことを信じるな」と言ったことにあります。国民の多数と軍と朝鮮日報などは北の仕業だと思っているのに対し、青瓦台とメディアの多数は事故説に傾いていき、またしても常識と非常識が対立するという局面が演じられたのでした。

 

しかし、朝鮮日報は総力をあげて取材した結果、「やられた」という艦長の携帯電話による報告を入手し、北の潜水艇による攻撃の可能性を報道。東亜日報も似た報道を出したものですから、ようやく軍を疑う報道の流れが変わり始めました。

続いて白翎島にある地震計が、3月26日21時22分に、人工的な爆発音、重魚雷の威力に該当する水中爆発があったことを記録していること、そしてその事実が観測の直後に青瓦台などへ報告されたことが判明しました。

 すると青瓦台は、北が白翎島を攻撃してくる事態に備えて、1970年代に海岸に爆雷を改造した防御陣地、つまり敵が上陸を試みると陸上からスイッチを入れて接近した敵の艦船を破壊する防御施設を設置したことがあり、その後撤去したが、回収されなかった一部に触れたのではないか、などと言い出します。つまり「北だと断定するな」と青瓦台はあくまでも、北による攻撃の可能性を排除しようとしました。

 

接雷による爆発は100%ありえない

佐藤 かつて船員だった私は、敗戦3ヵ月前にアメリカが投下した機雷に触れて遭難した数少ない生き残りです。哨戒艦沈没の報道を読みながら、機雷の可能性は100%ないと確信しました。機雷に触れて爆発した場合、艦内は天井が低いから、立っている人の全てが頭を天井に強打し、内出血のため鼻・耳から大量の血を噴出します。その様は地獄絵さながらです。ところが艦首にいた60名近くが無傷だったというのですから、機雷はありえない話です。

 だとすれば、可能性は艦内爆発か魚雷です。しかし、韓国海軍が何のために自分の艦を爆破しなければならないのか。また、僚艦を魚雷攻撃する必要があるのか。どれもこれも考えられない話です。攻撃・撃沈の犯人は金正日政権以外ないのです。

 

青瓦台の関与暴露される

 それが常識です。国会も4月2日国防部長官を呼んで、哨戒艦沈没事件を糺(ただ)しました。ハンナラ党の国会議員が、一つ一つ沈没の可能性を消去法で消して行き、最後に「機雷か魚雷かのどちらか」と質問したら、国防長官は「その場合は魚雷の可能性が実質的だ」と答弁した直後、青瓦台が「魚雷以外もあらゆる可能性があると言え」という内容のメモを答弁中の国防長官に渡したのです。

 

ちょうどそのとき、国防長官の席を後ろから見下ろす記者席にいた「ノーカットニュース」の記者が、青瓦台からのメモを読んでいるところを望遠レンズのカメラで撮ったものだから、メモの内容が大スクープとして写真入りで5日にインターネットに掲載されたのです。 

この写真こそ、北の関与を排除したい青瓦台と、北の仕業だと判断する軍が対立・衝突しているという動かぬ証拠になりました。この図図しい行為に対して青瓦台はもちろん開き直りますが、撃沈した犯人は北であり、その可能性を否定しようとしているのが大統領府だということは誰の目にも明らかになりました。金正日にとっても、多分青瓦台にとっても〝不運〟だったのは、沈没地点が水深50メートルほどだったことでしょう。水深数百メトル以上だったら、物証が見つからないかも知れないのでしょうから。

 

北攻撃、北支持勢力も認める

 実は、韓国内「従北勢力」の中でも物事が少しは分かる者たちは北の仕業という事実をよく分かっていて、内心では認めています。興味深いのは、アメリカで平壌のため「統一学研究所」を運営する韓浩錫は、北の潜水艦が発射した魚雷が天安艦を撃沈した、とその状況を堂々と詳しく論証していることです。もっともその記事は親北サイトに掲載されてから直ぐ消えましたが、関連した彼の文(4月12日付)は今も統一ニュース(www.tongilnew.com)に載っています。彼は、天安艦の撃沈は「韓米の海上北侵演習」に対する自衛的な措置だと強弁しています。

 

佐藤 青瓦台は、どうして「証拠を出せ」「予断するな」と金正日政権をかばうのですか。

 

軍アレルギー

 李明博大統領をはじめ青瓦台の外交安保首席秘書官などはそもそも兵役経験がないのですが、そのせいか普段から軍を信じていません。建国以来、韓国の国防費の増加率は、国家予算の増加率を上回っていたのですが、今年初めて、国防費が予算増加率を下回ったのです。金正日が核ミサイルを増やし続けているというのに、逆に韓米連合司令部は解体が進められています。半年前、この国防費の削減に抵抗した国防長官が、李明博の信任する国防次官によって首が飛んでいます。それほど李明博の青瓦台は安保問題を軽視しているということです。

 

佐藤 水面下で南北トップ会談の交渉が取り沙汰されていましたが、大統領府の態度は、それと関係はなかったのですか。

 

 去年金大中の葬式に平壌から「弔問団」がソウルに来て以降、李明博‐金正日会談問題は水面下でいろんな模索がありました。今年に入ると大統領の側近を自称する人々が、「月刊朝鮮」などに上半期にトップ会談が実現するとまで言っています。何しろ、青瓦台安保首席秘書室の「統一秘書官」(鄭文憲、前ハンナラ党議員)などは、金正日と堂々と野合した金大中の反逆的「6・15宣言」の支持者です。李明博政権は、「6・15宣言」や盧武鉉と金正日の「10・4宣言」を支持した者らをまったく整理(粛清)していません。国連の対北制裁自体が気に入らない彼らは、白面の書生か偏狭な民族主義者か、それとも積極的に金大中・盧武鉉の反逆路線に加担した者たちです。

 

緊張恐怖症

佐藤 日本に例えて言うなら、東大和田春樹名誉教授のような人物が権力中枢にいるということですね。トップ会談を実現するために、北の関与を消そうとしたということですか。 

 

 それにもう一つ、北の関与、つまり大韓航空機爆破テロのように金正日の指令であることが明らかになった場合、その後彼らが直面する現実を恐れているようです。

 

佐藤 恐れているって、どういう意味ですか。

 

 北が韓国艦艇を撃沈したという結論になれば、これは「停戦協定」の違反を超えて協定の破棄ですから、当然、韓国は国家として報復措置はもちろん、再挑発の余地を無くすなどの対応をせざるを得ないからです。青瓦台は多分そういう状況が悪夢のように怖れているのでしょう。だから「北が関与した証拠を出せ、証拠を出せ」と言いながら、とりあえず時間稼ぎをしているように見えます。

 

佐藤 日本も大変ですが、韓国も深刻ですね……。

 

 深刻です。常識と法治が機能しないという点で、李明博政権は大統領が変わっただけで、左翼政権3期目だという保守派の見方が強まりつつあります。というのは、法治よりポピュリズムや、左翼の真似をして「社会統合委員会」などを作る手法への絶望もありますが、何より金正日体制の本質を見る姿勢が間違っているからです。

 

佐藤 ホンさんは、北が「白翎島の奪還のため上陸を試みるかも知れない」と昨年から言い続けてきましたね。

 

 専門家たちは、色んな理由から、金正日が韓米との全面戦争を回避しながら軍事的賭博ができる場所として〝白翎島〟を名指してきました。今回は上陸ではなく、哨戒艦を攻撃したのです。だから当初から目的、動機、意図、能力、そして犯行予告、つまり北側は西のNNL(海上北方限界線・海上休戦線)を認めないと繰り返し主張し、表現の強度を高めてきたから、軍は北側の奇襲だとほぼ本能的に判断できたのです。

 なのに、安保軽視、軍事に無知の青瓦台は、〝物証〟を求めながらこの現実から逃げようとしています。

 

決定的瞬間に判断ミス

佐藤 金正日政権は決定的瞬間にミスを犯したと思います。哨戒艦を攻撃しないでトップ会談に持ち込めば、援助を手にすることが出来たかもしれない。引き揚げられた哨戒艦が北の仕業であることを決定的に証明されるでしょう。李明博大統領が考えていたトップ会談は無理です。「脅して取る」手法が今度もまた裏目に出たのです。中国だって韓国を武力攻撃した北を援助することは難しくなります。困るのは金正日政権です。

 

 国防長官は軍事に関して大統領を補佐する最高職です。その国防長官や軍の軍事問題に関する判断をしろうとの青瓦台が「予断するな」と退ければ、天気予報も予断で、「景気予測」など、政府のあらゆる政策予測も全部「予断」となる。まるで漫画です。 

 信念のない者は、危機に直面するとどうすればいいか分からなくなるのです。昨年の「狂牛病」デモのときも、法律に基づいて対処していたら「騒動」にならなかった。国の政を慎重に行うのを悪いとは言えませんが、臆病や無能を隠すための慎重さは国を滅ぼします。

 李明博大統領は今回の事態で「予断をするな」と軍を叱責し続けましたが、軍の判断が予断だったら、その判断によって取られた作戦も全て過ちです。大統領が自らの予断を反省するのか、それとも自分には誤りなど無かったと突っ走るのか、それによって国防長官や海軍の首脳部の寿命が決まりそうです。

 

佐藤 今後の展開は……。

 

「仮想現実」からの脱却を

 「天安艦沈没事態」は遠からず最終結論を出さざるを得ません。韓国は天安艦を攻撃した敵が誰であろうとも報復せねばなりません。問題は意志ですが、李明博の青瓦台は対応策の重荷から逃れようと韓米同盟を超えた国際的な枠を期待する模様です。

 自由世界最高レベルの韓国軍を指揮すべき青瓦台が怖じ気づいているように見えるのは残念です。これくらいの危機、挑発にも狼狽する政府が韓米連合司令部を解体した後はどうなるだろうかは、想像もしたくありません。

 安全保障と危機管理は、まず現実を冷静に把握することから始まります。現実と懸け離れた「仮想現実」で生きる者は危機管理ができません。韓国の問題は安保を観念論の世界、「仮想現実」のルールで見ている者(いんちきの北韓学者など)が多いということです。彼らは現実のことを教えてやっても聞かないし、仮に分かっても勇気がない。

 李明博大統領が今度の事態を契機に、青瓦台、軍、情報機関など政府と国家の中枢から金正日と通じた反逆勢力や無能な分子を整理、粛清しないと、100年植民地状況の北韓住民の解放どころか、韓国の未来が危うくなると思います。

 

佐藤 この事件で困ったのは小沢一郎氏と鳩山由紀夫氏だと思います。何もなければ7月の参議院選挙前に、北と拉致問題で取引をして、票をかき集める算段だったようですが、その線は消えてしまいました。不幸中の幸いです。

更新日:2022年6月24日