中井大臣の「妄言」

佐藤勝巳

(2010. 8.24)

 

 日ごろ「拉致のことなら俺に任せておけ」と豪語してきた中井洽(ひろし)拉致担当大臣が、あろうことか、内閣府を訪れた小中学生に向って、横田めぐみさん拉致の経緯を説明する中で、めぐみさんを「高校生で、仕事の帰りに拉致された」(8月20日)と発言した。

 

 これを知った友人は「冗談ではなく大臣は神経科で診察を受ける必要があるのではないか」と電話をして来た。“横田めぐみ”さんは、拉致の象徴的な人物であり、彼女が、中学1年のときバトミントンのクラブ活動の帰りに、拉致されたことは、数限りなくテレビで報道され、活字でも書かれている。それを拉致担当大臣が、この期に及んで間違えて説明したのだから、関係者が「頭の病気」ではないかと受け取ったのは、冗談でも皮肉でもない、それほど衝撃的な発言であったのだ。

 

 政界には「7ヵ月の法則」という言葉がある。内閣不支持率が支持率を上回ると、7ヵ月以上内閣が持続した例がない、ということから出来た言葉である。今回の中井「妄言」は「民主党政権はひどい」という印象を間違いなく国民に与え、この「法則」を補強するのに十分過ぎる役割を果たした。

 

 鳩山由紀夫前首相も中井氏も、自分が口にしていることがどれほど重要な意味を持っているのか、本人がまるで分かっていない。翌日中井大臣は「大変失礼しました。新聞社などを含めてご注意を戴きました。たいへんぼーっとしたことで済みませんでした」と謝罪している(産経新聞8月21日)が、緊張感、真面目さ、誠実が全く感じられない。それにしても拉致担当大臣が、国民の常識以下とはいくらなんでもひど過ぎる話だ。

 

 中井洽氏が大臣に就任した直後、「救う会全国幹事会」と家族会は運動方針を合同会議で検討した。それを報じた「救う会ニュース」(2009年10月4日)は、「なお、民主党政権は、現時点で拉致問題に精力的に取り組んできた中井洽・党拉致問題対策本部長(拉致議連会長代行)を拉致問題担当大臣兼国家公安委員長に任命した。これは我々が想定していた中のベストの選択となった」と高い評価を中井氏に与えていた。

 

 中井大臣は、朝鮮高校生への授業料無償化には反対だが、永住外国人に地方参政権を与えることには賛成という、政治的立場の人である。いずれにしても家族会と「救う会」は、中井大臣の評価を大きく誤ったことになる。民主党政権は「政治指導、政治指導」といって、担当大臣がこのていたらく。暗澹たる気持ちになるのは私1人ではあるまい。

 

 「救う会ニュース」は、キムヒョンヒの来日で新しい事実が判明、成果があったと強調している。キムヒョンヒが北朝鮮を離れて23年が経過している。それ以後の日本人拉致被害者のことは分かりようがない。仮に23年前のことで新事実が判明したとしても、それがこれからの拉致解決にどういう効果をもたらすのか、言及も分析もない。

 

 拉致解決最大の問題点は、金正日政権が交渉に応じて来ないことだ。キムヒョンヒ発言で、金正日政権が交渉に応じて来るような新事実はなかった。だったら、特別機にのせる、鳩山由紀夫氏の別荘で手料理づくり、ヘリで首都圏観光(中井大臣が国会で韓国の要請によると発言、韓国政府が外交ルートで否定するなど醜態を演じている)、帝国ホテルで特定国会議員との会食など、菅内閣は拉致救出にどんな見通しのなかでこんなことをしているのか、皆目分からない。

 

 家族会の中には、キムヒョンヒ来日で「取材ヘリコプター数機も飛んだ。拉致に関心を集めただけでも成功」との声が聞かれる。運動の目的が救出すら「関心をもたれること」にズレ出した。今回のキムヒョンヒ日本招請は、中井大臣と家族会などが「関心が持たれる」という点で意見が一致、挙行されてものだ。運動がショー化したという点で、手料理つくりもヘリコプター遊覧も理解できる。この運動の質は変わったと見るべきだ。

 

 菅内閣が、拉致を真剣に解決しようと考えているなら、日本の全マスコミの前で、キムヒョンヒに大韓航空機爆破の命令者が誰か、爆破を具体的にどうやったのかを語ってもらうべきだった。金正日政権の凶悪さを日本国民に周知し、国民的怒りを金正日政権にぶつけ、拉致解決につなげる千載一遇のチャンスであった。だが菅内閣はそれをしなかった。責任は極めて重大である。

 

 それにしてもこんな人が国家公安委員長で、この国の治安は大丈夫なのか。不安は消しがたい。

更新日:2022年6月24日